第7話 決めたこと
たぶん僕の母さんは、僕が行方不明になっても、それが問題にならない限り探そうとしてくれないんじゃないかと思う。
だからその結果として、送っておいたLIMEメッセージには、既読マークが付いていなかった。
『今日は友達の家に泊まる』
短い文字の羅列だ。
既読を付けず、メッセージの通知欄だけでこれを把握してくれた可能性も考えられるけれど、僕はそうじゃないと思ってる。
恐らく、何も興味がない。
母さんは、僕に対して、何も。
それを知ることができて、柄にもなくドキドキしていた僕は、少しばかり冷静さを取り戻すことができた。
明朝。
カーテンが閉め切られていて、薄暗い寝室。
そこには、ベッドと、物置と化しているような小さめのソファが置かれている。
僕はそのソファで縮こまるようにして寝転び、さっきまで眠っていた。
ベッドの方では、昨日の夜に出会った不思議な女の子が、小さく寝息を立てている。
死のうとしていたのに、まさか女の子と二人きりになって同じ部屋で寝るなんて。
つくづく理解が追い付かない。
仰向けのまま、僕は脱力するように息を吐いた。
持っていたスマホの電源を落とし、片手で顔を覆う。
昨日は、お互い眠りに落ちるまで、色々なことを話した。
過去のことは少しばかりで、これから先のことについてたくさん。
まず、僕は彼女――流川さんに願い事を言った。
『生きてて良かったと思える体験をさせて欲しい』
すると、流川さんは笑って、
「そんなの、私と一緒にいたら四六時中思えることだよ?」
なんて風に返してきた。
凄い自信だ。
自惚れのようにも思えるけれど、僕は彼女のその発言を否定しなかった。
「じゃあ、一緒にいて欲しい。それだけでいい」
流川さんはニヤッと笑んで、
「なんかそのセリフ、告白みたいだね」
「僕もそう思った。言った瞬間にもっと別の言い回しがあったんじゃないかって考えたよ」
「ふふふっ。でも、いいよ。その告白、ちゃんと受け取るね」
――私は、最後のその時まで、共の傍にいる。
彼女は確かにそう言ってくれた。
でも、気になる。
最後のその時、という言葉の意味が。
「それは、死ぬまでってこと?」
「うん。死ぬまで」
「何十年あるの?」
「何十年あるんだろうね?」
「君はこういうこと、誰にでも言ってる?」
「ううん。本当に気の合いそうな人。共にしか言ったことない」
「合いそうな、な段階の人によくそんなこと言えるもんだ」
「じゃあ、訂正。気の合ってる人にしか言わない」
意地悪そうな、僕をからかうような、そんなニヤケ顔。
どこまでが本気なのかわからない。
わからないけれど、何て言ったって、僕たちはまだ出会ったばかりだ。
きっと、これは彼女なりのコミュニケーションなんだと思う。
クラスにいる明るめの人たちは、すぐに好きだとか嫌いだとか言ってふざけ合ってるところをたまに見るし、流川さんのもそれと似た類のものなんだろう。
勘違いだけはしない。
代わりにため息をついた。
じゃあ、少しの間、言った通り、生きてて良かったと思える体験をさせて欲しい。
改めてお願いし、頭を下げながら。
――それで、今に至る。
同じ部屋の中と言えど、別々の場所で眠りにつき、朝だ。
僕は体を起こし、立ち上がって、カーテンの隙間から外を眺める。
当たり前だけれど、外は木々が生い茂っていて、自分の住んでいる場所よりも鳥の鳴き声が多く聞こえる。
空気も美味しそうだった。
「……後で外に出てみようかな」
小さく独り言を呟き、それが森閑としている部屋の中に飲まれていく。
流川さんの寝息と同化した。
僕は、そんな彼女の方へ振り返り、遠くから横たわっている流川さんを見つめる。
今日やることは、具体的に昨日の夜決めた。
『一緒にお弁当を作って、森の中で遠足しよう』
考えてもいなかったものだ。
発案者は流川さん。
遠足なんて小学生の頃以来。
けれど、それは悪くなさそうだった。
生きてて良かったと思えるのかはわからないけれど、楽しそうなのは間違いない。
僕は彼女の提案を了承したわけだ。
「……なら、そろそろ弁当を作らないと」
お弁当箱は、昨日のうちにどんなものがあるのか教えてもらっている。
そこにご飯やおかずを詰め込んでいく。
パンもあるし、サンドイッチも作れるって言ってた。何でもアリだ。
「……」
寝てるところ悪いけど起こそう。流川さん。
無言のままに決心し、彼女のいるベッドへ歩み寄る。
そしてかがんで、流川さんの顔を見やった。
気持ちよさそうに寝てる。
「……流川さん。流川さん。起きて。お弁当、一緒に作るんだよね? そろそろ作ろうよ」
彼女の元に歩み寄り、ひそひそ声で起こすと、もぞもぞし始める。
言葉になっていない声で反応してくれ、やがて目も覚ましてくれた。
「……ん……おはよう。共」
「おはよう……だけど、ごめん。さすがに早すぎたかな?」
「時間は……」
しゃがれ気味の声をし、近くにあった置時計を見やる流川さん。
それから、「ううん」と首を横に振った。寝転んだまま。
「これくらいでいい。ベストタイム」
「そっか。なら、さっそく起きて作ろう、お弁当」
「……ん。……何作ろっか?」
「何でもいいよ」
「そういう曖昧なの……ダメ。何がいいか……ハッキリ言わないと」
じゃあ。
僕は提案する。おにぎりとおかずを詰めないか、と。
流川さんは眠そうなままにこっと微笑んだ。
そして、「了解」と頷く。
「でも、まだ少し眠いから……」
「眠いから……?」
「共も横になって。ここで」
「え」
ここで、というのはベッドの上らしい。
流川さんは自分のすぐ真横をポンポン叩いて、ここに来るよう催促。
そこに行けば眠りそうだし、雰囲気的にも良くない気がした。
でも、僕がうろたえていると、彼女は「早く」とさらに言ってくる。
仕方ない。
僕は彼女の横にお邪魔した。
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