第6話 願い事
世の中に蔓延っている病の数を僕は知らない。
それは、肉体的なものであったり、精神的なものであったり、色々あるはずで。
医学を一度も学んだことのない僕は、想像でしか病気について語ることができないし、理解を示すことができない。
だから、彼女が病に侵されている事実にも気付けず、適当に酷いことを口走ってしまった。
少し高まっていた体の熱が冷める。
後悔と焦りと、その他諸々の感情が黒になって染まり、全身を巡った。
僕は冷や汗をかき、気付けば頭を下げていた。
「――ごめん。さっきとんでもないことを言ってしまった」
「え?」
すぐそこ。
ソファに腰掛けている流川さんは、僕の謝罪を受けて小首を傾げる。
気付いていないのか、それとも僕の失言を認知していながら誤魔化しているだけか。
よくわからないけれど、とにかく僕は続ける。
酷いことを言ってしまったことに変わりはない。謝らないと。
「昼よりも夜によく外出するって流川さんが言った時、僕は夜の方があまり動かなくて済むから夜に外出してるんじゃないかって風な言葉を返したんだ」
「……あぁ~」
「君のことを何も知らないくせに。本当にごめん」
再度頭を下げる。
こんなに楽しく誰かと話せていたのは久しぶりだったのに。
僕は、僕のせいでその機会を壊してしまった。
母さんを嫌な気持ちにさせた次は流川さんだ。
嫌になる。
どうして僕はいつもこんななんだろう。
情けなくて、悔しくて。
顔をうつむかせたまま拳を握り締めるけれど、そんなことに意味はない。
やってしまったことはやってしまったことだ。
素直に認めて、僕は大人しくこの家から出て行こう。
「……ぷっ」
「……?」
そうして下を向いていると、流川さんが吹き出したような気がした。
ゆっくりと顔を上げる。
「あっははは! えぇ~! 何それ!」
「……え……」
考えてもいなかった反応。
彼女は僕の謝罪を受け、お腹を抑えて笑い始めた。
「いいよいいよぉ! そんなの気にしなくて! 私が病気って言ったからそうやって謝ってくれたんだろうけど!」
「……そ、それは……そうだよ。そんなの……君からしたら許し難いような発言だったと思うし……」
ぎこちなく返すも、流川さんは「ううん」と手を横に振って否定する。
「全然そんなことないよ。私は自分の病気をもう受け入れられてるし、こういう運命なんだって思えてる。だから、せめて流れ星みたいに生きたいなって思ってるし、憧れてるんだよ」
「……具体的に……どうして昼間外に出られないの?」
問うと、笑顔だった彼女は腕を組んで考え込む仕草をする。
うーん、と少し考え、やがて答えを僕に教えてくれた。
「ざっくり言えば、極端に皮膚の弱い人が日光を浴びられないものと似てるかもって表現になるかな?」
「皮膚? 流川さんは皮膚が弱いの?」
「あ、ううん。それはあくまでも例え。別に私、皮膚は弱くないけど、皮膚の弱い人が日光に当たっちゃダメなように、私にもされちゃダメなことがあるよって話」
「……そのダメなことを昼間にはよくされるから、夜しか出歩けないってこと?」
「そういうこと。こうして森の中で一人暮らししてるのも、その病気が原因なの。それが何なのかは言えないんだけどね。あんまり共に心配かけたくないし、私は今、君の前で流れ星として生きたいなって思うから」
「僕の前で……流れ星として……」
流川さんは笑顔のまま、強く頷く。
あまり言ってることの意味がよくわからないけれど、情報の一つ一つをゆっくり得ようとしている僕の手を彼女は取ってきた。
「さぁ、共。そういうわけだから、面倒なことは考えず、私に願い事を言って? 君の願望を、私は可能な限り叶えてあげる」
「え。い、いきなり過ぎない?」
「そりゃいきなりだよ。流れ星は流れる時にわざわざ『流れまーす』なんて言わないでしょ? いきなり現れて、いきなり誰かの願いを聞き入れるの。そんでもって叶えちゃう。最高にカッコイイよね!」
「かっこいいかは……わからないけど……」
「ほらほら、何でもいいからさ! 余計なことは考えずに願い事言ってみ言ってみ? あ、もちろん言う時は三回コールでお願いだよ!」
なんかもうどこかのお店の店員さんみたいになってきてる。流れ星って何だっけ?
そもそも、僕にはまだ聞きたいことがあった。
詰め寄って来る流川さんをなんとか手で制止させる。
「ちょ、ちょっと待って。わかった。わかったから、その前にもう少しだけ質問させて?」
「まだ何か質問ある?」
「あるよ。何で流川さんは僕なんかに目を付けたのか、とか……」
踏み入ったような質問だ。
それは、一歩間違えれば、彼女の僕に対する好意を確認するような、そんなセリフな気もする。
答えづらい質問かもしれない。
言った手前で申し訳なくなる。
でも、知っておきたかったのは紛れもない事実なわけだ。
僕は、あの湖のある場所で死のうとしていた。
流川さんだってそれを見ていた。
入水しようとしていたところを。
「……何でだろうね?」
「何でなんだろう?」
「理由は一応あるよ。でも、それが明確にこうだからこうなって、その理由ってやつに辿り着いた、っていう風に説明はできないの」
「……じゃあ、説明はできなくてもいいので、その理由が何なのか、教えて欲しい」
「うん。いいよ」
僕の目をしっかり見て、頷きながら言う流川さん。
彼女が握ってくれている手には、わずかながら力が込められた。
「君が私に似てたから」
「……え?」
「それと、これは会話してて思った。きっと君は、私に協力してくれるくらい強くて優しい男の子だから」
「……僕が……? 強くて優しい……?」
「うん」
また、流川さんがにこっと笑う。
彼女はよく笑う人だ。
よく笑うから、光り輝く星みたいに明るい。
でも、僕はまだその輝きの源は知らなかった。
「私ね、一緒にお話しできる人が欲しかった。流れ星みたいにもなりたいけど、それと同じくらい、お話しできる人が欲しかったんだ」
「……まあ、こんな森の中で一人暮らしだとさすがに寂しいよね」
「そう。そうなんだけど、私は寂しくなるためにここにいるから」
「……?」
彼女の表情が一瞬暗くなった。
でも、それは本当に一瞬で、すぐにまたいつも通り明るく笑う。
「あははっ。矛盾してるでしょ。言ってること意味わかんねーって感じだよね」
「……それは……うん」
だけど、その矛盾してる中には、彼女なりの答えの理由が詰まってるんだろう。
そこが知りたい。
「でも、矛盾してていいの。色々なことを難しくして考えて、暗い気持ちになるのが私は一番嫌いだったから」
「……だった……?」
「ほら。そういうとこも。今は面倒なこと考えないの。共は共の願い事を私に聞かせて? それだけでいいから」
「それだけでいいって……」
「学校、明日は休みでしょ? 願い事が思いつかないなら、今日はここに泊って行っていいからさ」
「え。と、泊まり?」
困惑して、最初のうちは流川さんのこの家で泊まることを拒んでいた僕だけれど、結局その日は彼女と一夜を共にした。
もちろん、変なことはしていない。
こんな僕だ。
そういう欲みたいなものは、さっきも言った通り、今は皆無に等しい。
無いことは無いのだけれど、というやつだ。
それから、願い事もその夜のうちに決めた。
考えて、捻り出したものはこれだ。
「生きてて良かったと思える体験をさせて欲しい」
その願い事は、彼女のことを知るための切符でもあった。
僕は流川さんのことが気になっている。
自分と似ている。
そう言ってくれた彼女が、どこにそれを見出してくれたのか。
僕は、ただそれが知りたかった。
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