第5話 少年の電話


カランカラン!

 ドアが一定の力で押されゆっくりと開く、

振動がドアの上に付けられた数個のベルを鳴らし、子供の夢のぬいぐるみ屋とは対照的な暗い部屋まで誰かが来た事を知らせる。


硬い木の椅子に深く腰をかけていたぬいぐるみ屋は、縁なしの透明なレンズ小さいパーツで繋がった銀色のツルと耳にフィットするように細かな曲線を描いた部分、を片手で持ち眼鏡を外しながら、縫っていたぬいぐるみを置く、ジャックはベルの音のした方向を見る。


「あ、おはよう!グウェン君またきたね。」


 グウェンと言われた少年は手に自作の裁縫箱持っている、見ればわかるかもしれないがこの子と俺の出会いは、


 ある日の開店日、開店を知らせる為にドアにはOPENと書かれた面を上にしてかける。

ドアの横のショーケースみたいになっている窓も綺麗に拭き、そこで遊んでいるみたいに居るぬいぐるみ達を外から見やすいように真紅のカーテンを開ける。


その日は朝から店はにぎわった。

新商品のぬいぐるみを販売する日だから、子供達や大人達も会いに来ていた、ついでにと手に取ったぬいぐるみ達も飛ぶように売れた。


客足も落ち着いた頃、

人で賑わうとどうしても汚れてしまう、店の前の掃除でもしようかと思って外に出たら、ぬいぐるみを持った少年がショーケースを覗いていた。


「どれが一番好き?」って聞いたよ、そしたら聞いた選択肢の中からではなく、予想外に自分の持っているぬいぐるみを目の前に出してきた。

「この子が一番好きなの?、良いね。」


ぬいぐるみを撫でたそしたら、ぬいぐるみに対する力の加減は十分わかってたつもりだ、でも少し触っただけでワタが飛び出してきた。

「ごめんね!今すぐ治そうか?!」って焦って聞いたら、首を振られた、色々と嫌われちゃったかと思ったら、「教えてください」って言うんだ。

もっと驚いた、でも最近になってはもう一緒にやって教え合ってる仲の友人だ。


 丁寧に教えたら次の日には出来るようになっていた、手のあちこちに絆創膏を貼って、彼はやる気で満ち溢れててそのおかげで、メキメキと技術と経験を付けていった。


今では教えられるような技術はほぼ無くて、あとは経験を重ねていけば、すぐに俺を越す腕前だった。なのに今日はなんか、糸を扱う手の動きもいつもは一針一針楽しそうにしていた表情も何かを隠すように、ぎこちなかった。


「グウェンくん、何かあったのかな、」

小さなぬいぐるみを縫う手が止まって、明らかに聞いている、はずなのにこちらを見ようとしない。

「心配だよ一番弟子が不安な顔してたら、当然師匠は気づくものだよ。」


グウェンの方を向き優しく聞く姿勢をとると

「…言われたんだ。」

「なんて?」

「男なのに裁縫が趣味なんて…変だって、」

グウェンはゆっくりとゆっくりと時間をかけて、言葉を選んで話し始めた。



「そうか…」

 そう言って一度相槌を打つと、ジャックはまた小さいぬいぐるみを縫い始めた。


「え?もう聞かないの?…」

グウェンはジャックの態度が想像していたのとは違い驚いて本音を隠す暇なく聞き返す。

「話したいんだったら話して良いよ、

なんでも聞くよ。」

カチャ、ジャックは眼鏡をかけて、目に合わせるように中指と人差し指で上げて下げる。


「あ〜……うん、

俺いつもぬいぐるみをカバンに入れてたんです、学校にも持っていて男友達と遊んでいた時にたまたま見つかっちゃって、そしたらバカにされて。」


「ウンウン、」


「趣味が裁縫だから、その為に持ってるんだって言ったら、もっとクラスの前でバラされて、フィニーの前でも皆んなに…バカにされたんです。」


「そのフィニーって子は特別な子なの?」

「い、いや? ウちが、違うと思うと思う…」



 初めて知ったよ。グウェンもそう言えば、

12歳か、好きな子が出来て色恋に花を咲かせる、でも周りの人には言いたく無いなんて、……年頃だなぁ。

ジャックはグウェンの方とは反対を見て、目を細めて少し微笑んでいた。


 刺繍をしていた、

グウェンの作っている小さいテディベアーと対称の色の女の子っぽいテディ、

その子のお腹にピンク色の胡蝶蘭を、

花言葉は『幸せが飛んでくる』

もう一つあるけど、それはヤボってもんだ。


針を刺しながら、眼鏡越しの目で、

趣味がどんなものであれ、自分が楽しくて周りも笑顔にできるようなものなら、恥ずかしい事じゃ無いと諭すが、まあ子供は感情を優先するものだ、そういう場合は、


バン!

机に手を叩きつけて大きな音を鳴らす、


「めんどくさいな、俺の話が聴けないなら、

君を切り裂いちゃおうかな? なあ…」

 いつもは糸や布を断ち切るための大きなハサミを両手に持ち、目の前でジャキンジャキン見せびらかすように音を鳴らす。

いつものジャックは怖い表情をしないように心がけている、なのに恐れられているのに、今のジャックの顔は演技だとは分かっていてもどうしようもなく怖い。


当然グウェンの足は震えている。


「いやだ」

震える声でキッパリとグウェンは断った。


「言えるじゃん

それを言っちゃえばいいんだよ。

ひどいことを言われて、されて、

自分がごめんなさいって言うぐらいなら、

自分からやめてっていった方が良くない?」


 こんな不器用でごめんね。

下手な言い方しかできないけど、コレが俺の全力だし、コレは君がやらなくちゃ…自分でしなくちゃいけないことだから……。

 言い聞かすようにそう心の中で呟いたジャックは、またぬいぐるみを縫い始めた。

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