第2話 切り裂きジャック
ロンドンの夜、
誰もが眠り灯りが消される真っ暗闇の中、
蝋燭の揺れる火に照らされて店の壁に引き伸ばされた、不気味なほどに口を大きく開いた笑顔を浮かべる男の影が、
十字のガラス窓越しに見える。
人型の影に手に持った刃物を突き立てると、
何度も何度も何度も刺し
何度も何度も何度も抜き
中に入っていたモノがぶち撒けられる。
「腹ワタを詰め過ぎたか?」
そう俺は
家がわりに借りている家でぬいぐるみ屋をやっている。
目の前にあるのは修理に出されたクマのぬいぐるみ、長年子供の遊びに付き合い続け、抱きしめ愛され続けた経年劣化により、縫い付けてあった紐が切れワタが抜けて萎み過ぎてクマのぽっこりした体型から人型になってしまったらしい。
深夜を過ぎて夜が開け始めたグレーの空、
裏地から赤い紐で見えないように縫う。
綺麗に整頓された五段重ねの裁縫箱は
筒に巻かれた手縫糸、太い紐は別で束ねられ、色の階調によってカラフルに並べられる。
ボタンは小さい小箱に大きさごとに分けられ、可愛いピンクやカエル型のボタンは小箱に分けられる。
多種多様な針は縫い方、縫われる素材によって分けられ、全て綺麗な白銀色に磨かれている。
そして今使っていた針に関しては近くの針山に刺しておく。
ぬいぐるみに刺していた仮布やまち針を取り
ぬいぐるみを優しく子供を抱き上げるように持ち上げる。
「ふー...治った。」
このぬいぐるみは昨日の昼間、店の噂を聞きつけて来た、俺の顔を見て怖がりながらも
1人でお店まで来た少女から頼まれたモノだ。
カラーンカーン
店のドアが小さく開くが自分の目線では誰もいなくて、目線を下げると少女がいた。
「あ...あのすいませーん。」
「お、どうしたの?」
少女の声が震えていたから真剣な事だろうと椅子から立ち近づいた、それが少女の恐怖を煽ったのだろう。
「え、あ...あ..あ」
少女の声の震えが足にまで伝わってしまう。
怖さに対して振り絞った勇気
それらから無意識に手に入る力で、
抱きしめてよりワタが溢れるクマのぬいぐるみ。
それだけこの店に来た理由を推測できる要素があれば言わなくても分かる。
「ああかわいそうに
すぐ治すから安心してね。」
自分の誠意が伝わったのかぬいぐるみに手を伸ばすとすぐに手を離しいてくれた。
ぬいぐるみかなり年季が入っている、
多分だけどあの子の年齢ではまずありえない年季の入り方だ、親の代から受けた
宝物とかなんじゃないかな?
大事にされているのは分かるけど
生地も糸も全部が駄目になっている、
少なくとも数週間はかかりそうな惨状だった。
少女はしばらく見ていたが、
俺の手先を見て暖かい店の内装になんとなく安心したようで、目が細くなり頭がカックンカックン相槌を打っていた。
「...おーいキミ明日まで我慢できるかな?
もう眠いんでしょ、今日はもうお家に帰って良いんだよ。
明日には絶対君のぬいぐるみ綺麗になってるから。」
笑顔は不気味でも
言葉、声、雰囲気、ジャックの節々から
優しさを感じて少女は頷いた。
そして次の日
「治ったよ。」
ぬいぐるみを少女に帰すと
「ありがとうおじさん!」
と言いながらふかふかになったクマのぬいぐるみを抱きしめる。
自分の治したものでこんなに喜んでもらえると嬉しくなる、それはそうとして…
「おじさん?おじさんか…呼び方お兄さんとかに出来ない?」
「オニーサン!お金持って来たよ20ポンドあれば足りる?」
小さな手にキレのあるピン札の20ポンド札を渡されるが、俺はそのお金を受け取らない。
「子供からお代はいただきません。」
今までは子供に目線を合わせた話し方だったが、お金を差し出されると店員口調に変わり話し出す。
「でもそれじゃあお店潰れちゃわない?
いやだよお兄さんのお店潰れちゃ..いや。」
「大丈夫だよ潰れちゃったら
ぬいぐるみみたいにワタ詰めて治しちゃうから。」
笑わそうと思ったギャグだったけど
少女にはウケなかったようだ、
ボーっとした顔で俺の顔を見る。
「まあそうだなぁ
君のぬいぐるみ大切にしてあげてね。
そして今度は気に入ったぬいぐるみがあったら買いに来てね。」
少女の前で手を広げる
お店の壁や天井の釣ってある船、テーブルの上、虹のかかった雲、そこに今にも動き出しそうな躍動感のある色とりどり形とりどりのぬいぐるみが立ち並ぶ。
「じゃあれ欲しい」
少女は、言葉をそのまま受け取り欲しがったが、
「う〜ん、流石に買う時はお金いるかな……
ごめんねクレアちゃん。」
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