2の下3「爪楊枝 vs. サイクロプス」

 無能のタツ・・・いや仕事の際は爪楊枝のタツか、そして組紐屋のベルは仲良く夜道を歩いていた。仲良くと言うのにはいささか語弊がある、なぜならば二人はこれから人を殺さんとしているのだから。

 殺しの相手はレストラングレイスの警備主任タイラー・カイザー。警備主任とは世を忍ぶ表の顔でその実は街で気に入らぬものを始末する非道な殺し屋である。今回の集団食中毒事件で料理に毒を混入した実行犯である。

 殺し屋という点については裏稼業のタツやベルも同じ穴の狢である。しかしそれが人の道に背くかそれとも力なき者たちの声に耳を傾けるか、そこが殺し屋と裏稼業との大きな違いであり。裏稼業の者たちの矜持である。

 タイラーはサイクロプスへと変身する魔法を使うハーフサイクロプスだ。高さ5mにもなるその巨体しかも魔法による肉体強化を駆使する相手を、この二人が魔法も無しで如何にして殺そうというのか。普通に考えれば返り討ちに合うのが関の山である。

「私が足止めをする、タツあんたは隙を見て一息に仕留めなさい」

 ベルは淡々と殺しの絵図を伝える。

「おう・・・」

 タツは口にくわえた爪楊枝をかみながら頷く。

 それが簡単に出来れば苦労はない。・・・だがやらねばならぬ。殺ると決めたからには仕事はキッチリこなすそれが爪楊枝のタツである。

 ベルは腰に下げた獲物の組紐をぎゅっと握り己を鼓舞する。手首には足がつかないようにご禁制の魔力封印ブレスレットが巻かれている。そしてタツの獲物は口にくわえた爪楊枝、まさか相手も爪楊枝が武器だとは夢にも思うまい。

 今宵この組紐と爪楊枝の二人が悪鬼サイクロプスを討ち取るのだ。




 レストランの浮かれた熱狂をよそに裏通りは静まり返っていた。警備主任タイラー・カイザーは店外の見回りに当たっていた。

 目障りなドラゴンの子供食堂は閉店へと追いやりドラゴンは今檻の中。

 ドラゴンは復讐してくるだろうか、たとえドラゴンが復讐してこようとヤツの店からご禁制の毒物インフィニティポイズンが発見された動かぬ証拠があるのだ。そうとなれば錦の御旗はこちらにあるのだ。

 大人しくお縄に着くとは腑抜けたドラゴンめ。首尾よく進んだ計画の達成とドラゴン・ガストレドの不甲斐なさを考えるとあっけなさ過ぎて思わず笑みがこぼれる。

「ふふっ」

 不敵に笑うタイラーの視線の先、物陰からこちらへと手を振る者がいる。不審者だろうか?タイラーが目を凝らすと不審者の手にはインフィニティポイズンの瓶がある。

「ほう?」

 タイラーが気づいたのを察したのか不審者は物陰へと身を隠す。報復かはたまたユスリか?この俺を挑発するとはいい度胸だ。タイラーはその誘いに乗り不審者の跡を追いかける。

 外套のフードを深々と被った不審者はタイラーと着かず離れずの距離で人気のない場所へと誘い出す。好都合だ、事件の真相を知る人間を穏便に始末したいのはタイラーも同じである。


 誘い出したのは街はずれの森の入り口にある資材置き場、街灯を深々と被ったベルと警備主任タイラーは距離を取り向き合う。下手人を始末するにはぴったりの場所だ。

 不審者へ向けてタイラーは問いかける。

「あんたが街で噂の復讐代行っていうやつかい」

 外套を被った不審者・・・ベルは答えない、裏稼業の噂はタイラーの耳にも届いている。

 同じ殺し屋同士、金をもらって人を殺すそこに違いはない。金をもらい復讐を行う善人ぶった連中の存在がタイラーには目障りだった。

「同じ殺し屋同士仲良くしようや。いくら欲しい?倍の額を払ってやる、依頼主を教えてくれるなら見逃してやってもいい」

 ベルは沈黙を保ったまま答えない。

「・・・」

「・・・」


 にらみ合う二人の間で緊張が高まる。

 沈黙を破る様にタイラーの背後からタツが手にした剣を振りかざす。奇襲に気づいたタイラーは首のネックレスを引きちぎりサイクロプスへの変身魔法を発動。瞬く間にサイクロプスへと変身、身の丈5mにもなる巨人は背中に切りかかるタツをその剛腕で力任せに薙ぎ払う。

 薙ぎ払われたタツは遠く離れた材木の山へと吹き飛ばされる。粉々に砕け散った材木がサイクロプスの力の程を物語る。サイクロプスの一撃をもろに食らったタツといえば・・・、剣で防御し受け身を取ったとはいえ手傷を負っていた。・・・しかし打ち所が良かった、服の内に忍ばせた警護団の胸当てのおかげで何とか致命傷は避けられた。ベルが組紐で繕ってなかったら深手を負っていたかもしれない。


 サイクロプスへと変身したタイラーは飛び散った材木を両手に携えタツとベルに追撃を始める。高さ5mの巨人とその半分にも満たない二人では一寸法師もいいところ。大ぶりな巨人の太刀筋を見極めながらその一撃一撃を間一髪のところで回避する。

「ちょこまかちょこまかと!」

 なかなか当たらぬ攻撃にサイクロプスはしびれを切らす。

「組紐屋、ヤツの足を止めろ!」

「分かっているわよ!」

 組紐屋のベルは腰の獲物を取り出す。組紐がシュルシュルと伸びてサイクロプスの足に絡みつく。しかしそれだけでは巨人の動きを止めることなど出来はしない。

 それならばとベルはそこら中に散らばる材木を結び付け巨人への重りとしていく。ベルが組紐を操るとまるで魔法のように材木が巨人の足へとまとわりつく。

 だが巨人もそう易々と足止めさせてはくれない、自身を拘束しようとするベルを集中的に狙う。大きく地団太し足元のネズミを踏みつけようとするがベルは身軽にそれを躱していく。

 巨人の足元に紐を張り巡らせ、その網目を縫って巨人の攻撃をよける。攻めあぐねた巨人は一度かがんで腰を落とし・・・次の攻撃を準備する。

「避けろ組紐屋!」

 その刹那サイクロプスは大きくジャンプする。なんという跳躍力だろう、その巨体に見合わず巨人は身の丈も倍ほどの高さへと飛び上がる。

 ベルは頭上を見上げる、走って避けるには時間が足りなさすぎる。

「紐をこっちへよこせ!」

 タツの言葉に合わせベルはタツへと紐を飛ばす。紐の一端を掴んだタツは全力でその紐を引っ張り巨人の攻撃範囲から逃げ出す。

 それと同時、ズドンと自身の様な衝撃を伴ってサイクロプスは地面に落下。衝撃で地面が割れ土埃がいあたり一面に舞い上がる。ベルとタツは間一髪のところでその攻撃を何とかその一撃をかわしていた。

 砂ぼこりでサイクロプスは相手を見失っていた。ギョロギョロとその大きな目玉を動かし二匹のネズミを探す。すると土埃のなかから何かが投射される、巨人は瞬時に判断するそれはタツが持っていた剣だ。

 それは一瞬のうちに巨人の目を貫く!


 ・・・貫いたかに見えたが剣は巨人の目に張られた防御魔法の前にあっけなく弾き飛ばされてしまった。タツの持つ剣は魔力を帯びていない、そんな事はとうに巨人にはお見通し。

 避ける必要すらない、魔力を持つものは魔力無くして殺せない、それはこの世界の常識だ。

 必殺のタイミングの攻撃を防がれて打つ手なしのタツに対して巨人は手に持った木材を天高く掲げて振り下ろす。

「組紐屋!」

 タツがベルに合図を送る。ベルは手にした組紐の束を力いっぱい引っ張りあげる。

 巨人の足にまとわりついた組紐が木材と絡み、引き絞られた紐は収束し太さを増し束ねられた糸は万力の様な力で巨人を束縛する。

 ただの綱引きでは巨人の相手にもならないだろう、しかし丁寧に糸を編めばそれはどんな力にも負けない丈夫な紐となる。これが組紐屋ベルの技だ。

 足を絡めとられた巨人は前のめりに大きく倒れる。無力な小人の手で土をつけられたサイクロプス・タイラーは状況に理解が追いつかない。

 そして巨人の目の前にはタツが立っていた。

 投げ放った剣の代わりにその手にはフタの空いた瓶を持っている。それはタイラーも良く知っている、無味無臭の毒薬インフィニティポイズンだ。その毒は魔力すら貫通し確実に相手を死に至らしめる。

「貴様いったい何者だ!」

「ほらよ・・・」

 悪徒の言葉に耳など貸さぬ。タツはその毒薬の液体をサイクロプスの弱点、むき出しの目玉めがけてバシャっとかける。

 サイクロプスは反射的に瞼を閉じ、さらに両手で弱点の目玉を防御する。

 液体がサイクロプスの皮膚にバシャッとかかる。


 しかし致死性の毒による痙攣や感覚麻痺、皮膚の爛れなどの症状はない。

「ばーかただの水だよ」

 両の手で視界を塞ぎ無防備となったサイクロプスの頭の上に乗りタツは告げる。

 いつのまにそうしたのか、口にくわえた爪楊枝をサイクロプスの額に突き立てている、最早ここまでだ。

 垂直に突き立てられた爪楊枝の頭をトン・トン・トンとタツは叩く。

「こんな小さい爪楊枝じゃ急所に届かねえな」

 攻めあぐねたタツはあごひげを撫でる仕草をすると何かにひらめいたように、くぎを刺すように爪楊枝を垂直にデコピン。

 女神の加護を得た爪楊枝はまばゆい光を放ちながらサイクロプスの頭を貫く。

 聖なる爪楊枝で脳を貫かれたサイクロプスは痙攣し絶命に至る。


 タツは絶命したサイクロプスの上からヒョイっと飛び降りる。

 そして思い出したように振り返ると、

「お前さん、さっき俺が誰かって聞いたな・・・」

 答えるはずの無い相手にタツは言い放つ

「悪党に名乗る名前なんざねえよ」

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