2の下2「破廉恥屋リリト&エルダー婆さん」
レストラングレイスではささやかな祝賀会が催されていた。集められたのは街の飲食店経営者たち、その中には殺しのターゲットである飲食店組合会長アカタム・ポッサムも顔もある。
チンチン♪レストラングレイス店長のメルダ・グレイスがグラスをスプーンで叩き参加者へむけて挨拶をする。
「本日はお集まりいただきありがとうございます、先日の食中毒事件の早期解決を祝う会へようこそ」
参加者がまばらに拍手をする。テーブルには高級料理の前菜が並べられ、いまも給仕たちの手により豪勢な料理が運ばれてくる。
「本日は祝賀祝いという事で我がレストラングレイスが皆様に絶品料理のフルコースをご用意しました。」
店主グレイスは含みを持たせて続ける。
「毒は入っておりませんので安心してお楽しみください」
それを聞き場内の参加者が笑う。先日の事件で死んだ貧しい子たちなど意に介さぬ様子だ。
「それではみなさん、お手を拝借し、カンパーイ」
店主の粋な計らいと挨拶を称え一同は酒の入ったグラスを主催者に向け乾杯。場内は談笑や食事で賑やかなムードに包まれる。
グレイスは参加者たちへのあいさつ回りを終えると会長のアカタム・ポッサムの席へ向かう。
「先生どうぞ」
グレイスは腰を低くしポッサムへ酒を注ぐ。店主自ら酒を注ぐ行為は最上級のもてなしである。今でこそポッサムは飲食店組合の会長だが、裏では貴族たちへの太いパイプを持ちこの街有数の権力者だ。
「ホッホッホすまんね」
注がれた継がれた酒を一口飲むとポッサムは朗々とグレイスを労う。
「しかし今回は災難でしたな、向かいの食堂で食中毒事件など」
向かいの食堂とはガストレドの営む子供食堂の事だ。
「いえいえ、商売敵がつぶれてくれて清々しました。ウチの高級料理店の真ん前で料理を無料で振舞われては営業妨害もいい所でしたからね。」
同じ女店主として向かいにある子供食堂がよほど目障りだったのだろう、多数の死者が出たことなど全く意に介さぬような言い分だ。
「まったくああいう店があると頑張って経営している他の店舗にも悪い影響が出る。不必要な価格破壊で多店舗の足を引っ張った末路という事でしょうな。」
「レストランは品格を養う場ですからね。ああいう店はこの街にはふさわしくないですわ。この街にふさわしいのはウチの様な高級レストラン。これからご支援よろしくお願いしますね。」
「ホッホッホ」
ポッサムは高笑いしながら残りの酒を一気に飲み干す。その笑いに合わせてグレイスも高笑い。
事件の首謀者二人は息の合ったような笑い声が宴の会場に響く。
「店長すみません」
談笑を遮るように給仕がグレイスの下へやってくる。
「先ほどお申しつけになった会長への特注のワインですが、何年の物をお持ちしましょう?」
「・・・?」
覚えのない指示にグレイスは怪訝な表情をする。
「美味い酒があるのかね」
会長が酒に興味を示したとあっては振舞わないわけにはいかない。
「ええとっておきのワインがありますので、ご用意いたしますわ。ほら着いていらっしゃい」
「はい!」
グレイスは女給を引き連れてワイン蔵の方へと向かう。付き従う給仕は・・・変装した破廉恥屋リリトである。
ワイン蔵の中は薄暗くひんやりとしている。グレイスと給仕はワインを見繕う、グレイスは梯子に登り目当てのワインを探す。
「どれが先生のお口に合うかしら・・・?」
レストラングレイスではVIP向けに数十年物のワインも取り扱っている。およそ庶民では一生飲む機会もないような高級品である。梯子がぐらつく。
「ちゃんと抑えてなさい」
グレイスは変装したリリトを𠮟りつける。リリトは返事をしながら、ズボンに忍ばせた瓶を取り出す。
「うん、この赤がいいわ西海岸で30年かけて醸成された年代物」
グレイスは目当てのワインを見つけ棚から取り出す。
ガタリ、その瞬間梯子が外れバランスを崩してグレイスはワインを持ったまま落下。すかさず破廉恥屋リリトがそれを受け止める。
抱きかかえられたグレイスのすぐ目の前には破廉恥屋リリトの端正な顔が迫る。リリトは優しく微笑みかけるとグレイスの顎クイっと上げる。
「そのワインと僕の唇どっちが美味しいか試してみる」
グレイスは赤面して体をこわばらせながらもリリトの唇を受け入れる。唇が重なり舌と舌が絡みあい。うっとりとした時間が流れる。グレイスはだんだんと脱力しワインの瓶を落としそうになるが、リリトが即座にキャッチする。
長いキスを終え二人は唇を離す。離れるのを惜しむかのように絡んだ唾液が糸を引く。グレイスは上気しその表情は恋する乙女の様でさえある、キスの続きがしたい・・・そんな懇願するような目でリリトに続きをおねだりする。
「まったく、悪い子猫ちゃんだ・・・」
手に持った小瓶の液体を口に含むとリリトは再びキスをする。グレイスも積極的に舌を絡ませもっと激しいキスを要求する。抱きしめ合う二人の手足はいやらしく絡み溶け合う。
キスで恍惚としたグレイスの表情が突然苦悶の表情へと変わる。喉の奥が焼けるように熱いのだ。喉と言うと語弊がある、喉の奥の奥扁桃腺のその先、脳みそが焼けるように熱く痛いのだ。
痛みから解放してくれとグレイスは手足をばたつかせるが、リリトはけして離さない。
「おイタはやだよ、子猫ちゃん」
キスをしたままそう告げるとリリトの舌使いはさらに激しくなる、口の奥の奥大脳をその長い舌で舐め溶かす。
「のおぉおぉおおおお!!!!!」
悲鳴と共にグレイスは絶命。最後にリリトは吸い付くようにキスをして大脳を吸い取ると息絶えたグレイスから唇を離して解放する。グレイスの体がどさっと石畳の床に倒れ落ちる、脳を焼かれた痛みを表すかのようにその表情は苦悶に歪んでいた。
「フフフ、ごちそうさまでした♡」
もはや彼女に興味を失ったのかリリトは足早に現場を後にする。
「酒はまだ来んのか?」
レストランのホールではポッサムがグレイスの帰りを待ちわびていた。給仕が持ってくる安酒はあらかた飲みつくしたのだろう、頬が赤く染まりかなり出来上がっている様子だ。会場内の他の客も適度に酒が入り三々五々に盛り上がっている。
ふっと場内の灯りが落ちステージにスポットライトが灯る。ステージではマジシャンによる手品が披露される。シルクハットから飛び出すフェニックス、美女の同切りなど転移魔法や肉体強化魔法を駆使したマジックショーだ。出来上がった観客たちの突然始まったサプライズマジックの釘付けになる。酔っぱらった客たちにとって魔法と手品を駆使した派手なショーは最高の酒のアテである。
ポッサム会長もその余興を鼻で笑いながら眺めていると足を何かに嚙まれたかのような違和感を感じる。足はテーブルクロスに覆われていて観る事は出来ない。猫でも紛れ込んだか?
「猫ちゃん出ておいで~」
ポッサムが腰をかがめてテーブルクロスの下をのぞくと中には老婆が一人いた。エルダー婆さんである。ポッサムに向けて微笑みながら手に持った入れ歯をカチカチとさせて挨拶をする。
目が合った老婆にポッサムも軽く会釈
「あ、どうも・・・」
その油断をついてエルダー婆さんは杖に仕込まれた仕込み刀でポッサムの心臓を一突き。急所を突かれて瞬く間にポッサムは絶命する。
ステージの上ではショーが最高の見せ場に差し掛かっていた。真っ二つになった美女がフェニックスの力でよみがえり奇跡の復活を遂げたのだ。会場は割れる様な拍手に包まれる。
エルダー婆さんは手早く遺体をテーブルクロスの下へ隠すと、ショーに沸く会場を尻目に立ち去る。
「フェッフェッフェ」
会場いっぱいの拍手にかき消されてしまい、エルダー婆さんの高笑いを耳にしたモノなど誰もいないだろう。
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