2の下1「情報屋おせん」

 スタートアップの街外れにある警護団の拘置所。犯罪者などが刑の確定までのあいだ収容される。収容されているのは亜人を中心としてオークやミノタウルス、サキュバスやレプリティアンとの混血など人種は様々、もちろん中には人間の犯罪者も混ざっている。いずれも社会からつま弾きにされた素行不良な連中ばかり。いつもは喧噪でやかましい拘置所内も今日ばかりはおとなしく静まり返っていた。

 拘置所の一番奥、同じ拘置所であってもひと際異彩を放って隔離収容されている者がいた。件の集団食中毒事件の犯人ガストレド・ギュスタブその人である。

 ガストレドの檻は特別性で、鋼鉄製のうえ魔力を封じる特殊な魔石を埋め込まれて厳重を極めていた。ほかの収容者たちも純潔のドラゴンの新入りを恐れているのか牢内は緊張感と静寂で満ちていた。


 深夜、ひっそり静まり返った牢内でガストレド彫り物をしていた。材料はベッドに使われている木製の支柱。その木材を自分の爪を使って器用に削っているのだ、掘っているのは女神像…、魔族や亜人の信仰厚い女神オフィーリア様の木彫り像である。

 自身が作った女神像を眺めながら、ガストレドは独り言をつぶやく。

「何がいけなかったのかね、あたしはただ子供たちの笑顔を見たかっただけなんだ。貧乏だけどうまい飯食って笑顔になって。」

 女神オフィーリアの像は微笑みかけるだけで何も答えてはくれない。

「それがどうして…誰かの恨みでも買っちまったのかね。ドラゴンが人と仲良くしちゃあいけなかったのかね。オフェッさん、どうかあたしの頼みを聞いてくれないだろうか?」

 オフェッさんとは女神オフィーリアの事である。親しいものや信仰深い者たちからはオフェッさんの愛称で親しまれている。

 月明かりが独房内を優しく照らし出す。

「どうか、死んだ子供たちの無念を晴らしてやってくれないか。あたしの手料理をいつも楽しみにしてくれていた子たちなんだ、それが大好きなアタシの料理を食って毒殺されたんじゃあまりに浮かばれない…」

 女神オフィーリアは答えない、そもそもドラゴンガストレドの独り言に耳を傾ける者など誰もいない。少なくともこの独房内には。


「その依頼、確かに引き受けたよ」


 独房内に声が響く。声の主は情報屋のおせんだ。

 はるか遠くおせんはオフェリア教会にいた。オフィーリアの石像の台座に腰かけて、女神像を通じてガストレドの祈りを聞いていたのだ。

 思わぬ返答にガストレドは驚く。

「へっ、本当に復讐専門の裏家業なんていたんだねえ」

 再び独房内に声が響く。

「しかし解せないね。アンタほどの力を持ったドラゴンだ、こんなちんけな檻を抜け出して復讐なんて自分の手でも出来るだろうに…」

 ガストレドは自嘲気味に笑いながら答える。

「たしかにアタシはドラゴンだ。そんじゃそこらの戦士やモンスターなんか目じゃないさ。」

「…」

 ならばどうして、おせんは静かに続きの言葉を待つ。

「…怖いんだ。…力任せに復讐をして恨みを晴らして、それでどうやって子供たちに顔向けが出来る?あの子たちが好いてくれたのは子ども食堂のガストさんだ。怒りや力に溺れてあの子たちに顔向けできないのが、すごく怖いんだ。」

 ガストさんは己の手を眺めながら、子供たちとの楽しかった日々を思い返す。

「あたしはまた子供たちに料理を作ってやりたいんだ。またあの子たちの笑顔が見たいだけなのさ」

 復讐の血で染まった手で、どうして子供たちに料理が作れるというのか?

「だからお願いだ、どうか子供たちの為に…、私の為にどうか仇を討ってくれ。金は店の戸棚に隠してある、そいつが依頼料だ」

「その依頼確かに引き受けた」

 声は先ほどと同じセリフを告げると二度と独房内に響くことはなく、再びもとの静寂に包まれていた。





「今回の下手人は3人だ」

 おせんは裏家業の仲間たちにそう告げる。集められたのは無能のタツ、組紐屋のベル、破廉恥屋リリト、エルダー婆さんの4名。場所は街外れのオフェリア教会内、朽ちた女神像はいつものごとく慈しみを込めて微笑んでいる。

「下手人は3人、この街の飲食店組合会長アカタム・ポッサム。高級レストラングレイスの店長メルダ・グレイス、そしてその店の警備主任タイラー・カイザー…こいつが事件の実行役だ」

「殺しの相手がレストランの店主とはどういうカラクリだ?」

 タツが問い詰める。無理もないだろう、先日の毒殺の首謀者が同じく飲食業の者だとは夢にも思うまい。おせんは事件のカラクリを打ち明ける。

「ドラゴンの子ども食堂が邪魔だったのさ。グレイスのレストランは子ども食堂の向かいにある。子ども食堂が出来て以降レストランの売り上げは減少。さらにレストランの客には金持ち連中もいる、そいつらから見たら、目の前で貧乏な亜人の子供が上手そうに飯を食っているのが許せなかったんだろうさ。」

「そんな理由であんな大事件を起こしたっていうの?」

 呆気なさすぎる事件のカラクリにベルは納得がいかない。納得いかないのはみな同じだ。タツもベルと同じくはらわたが煮えくり返りそうな勢いだ。

「そんな理由であんな事件を起こすのが金持ちの連中なのさ。グレイスのレストランからは食材に混入されたモノと同じご禁制のインフィニティポイズンも見つかった」

 おせんの下調べに抜かりはない殺しの手はずを伝える。

「今回の殺し、飲食店組合のポッサムとレストラン店長グレイスは破廉恥屋とエルダー婆さんでやってくれるかい?」

「分かったよ」

 リリトが爽やかに返事する。エルダー婆さんは聞こえているのか聞こえていないのか意味深に笑みを浮かべるだけだ。

 リリトとエルダー婆さんは女神の台座に置かれた依頼の金を受け取るとそそくさと教会から出ていく。

 残る殺しのターゲットは実行犯だタイラーだ、おせんは残った二人へ視線を送る。

「最後に実行犯のタイラーってのが厄介でね。店の警備主任なんだが変身魔法の使い手でサイクロプスに変身が出来るんだ」

「サイクロプス?そりゃなんだ?」

 江戸から異世界へやってきたタツにはサイクロプスなど知る由もないだろう。おせんはやさしく説明する。

「高さ5mにもなる一つ目の巨人さね、ただの力自慢の怪力だが一度暴れ出したら手に負えない」

 5m?だいたい16尺ほどか…八尺様の倍以上じゃねえか・・・

「コイツが魔法を発動してサイクロプスに変身すれば厄介だ。可能ならそれまでに手早く始末したい、無理は百も承知だがやってくれるねお二人さん」

「依頼は依頼よ、頼まれたからにはキッチリとやり遂げて見せるは」

 ベルは前の二人と同様に依頼金を受け取る。残されたタツはと言えば手にした爪楊枝をまじまじと眺めている。

「爪楊枝武器に巨人を殺すとは一寸法師もいい所だな」

 それだけを言うとタツも覚悟をキメ、依頼金を受け取る。

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