2の中4「廃業!子供食堂」

 先日の広場の大量食中毒事件を受けて、ドラゴンの営む子供食堂では強制捜査が行われていた。取り仕切るのは警護団の鑑識班である。その中には警護団シェリフのベルの姿もある。

 食中毒では子供を中心に十数名の死亡が確認され、さらに大人を含め30名がこん睡状態である。死因は毒物による中毒死と推察される。亡くなったのは亜人だけでなく人間の子供も含まれ、事件は一般市民を無差別に狙った犯行と推察される。

 操作では食堂の衛生状態の検査、事件で使用された毒物の捜索が急務で行われている。周囲には野次馬が集まり事の成り行きを見守っている。

『毒入り料理 お子様無料』『ドラゴンの料理なんて食えるか』『潰れろ毒入り食堂!』

 食堂の外壁には誰が書いたのか、子供への罵詈雑言や食堂の閉鎖を求める言葉が落書きされている。


 強制捜査には実況見分のため店の主ガストレド・ギュスタブも連れてこられている。ガストの手には魔力抑制の更迭の手錠がつけられているが、ドラゴンが本気をだせばそんなもの何の役にも立たぬことは誰もが知るところ。本当は当人へ向けて罵声でも浴びせたい群衆はドラゴンにおびえながら、疑念や怨嗟の視線を被疑者に向ける事しかできない。

 ドラゴン ガストレドはおとなしく強制捜査の行く末を見守っている。自分に非が無い事を確信しての余裕だろう。しかしその余裕の笑みが野次馬の中にいた被害者遺族を逆なでしてしまう。

「うちの子を帰してよ・・・」

 ふり絞るような声が群衆の中から聞こえる。一人の声は二人へ、そして大勢へ瞬く間に広がっていく。

「この殺人鬼!」「人の心を持たぬドラゴンめ!」「死ね!死ね!」「子供を狙った卑劣なドラゴン!」

 割れる様な群衆の誹謗中傷をガストレドはただただ耐える。私は犯人じゃない、ちゃんと捜査してくれればそれできっと疑いは晴れる。ガストレドはただそう祈りながら捜査の行方を見守る事しかできない。


 群衆の怒声をよそに警護団鑑識班の操作は粛々と進む

「出ました、これが犯行に使われたと思われる毒薬です」

 鑑識の一人が毒薬の瓶をベルへと渡し報告する。瓶の側面には毒々しいラベルが貼られている。瓶に書かれた文字をベルが読み上げる。

「インフィニティポイズン・・・」

 インフィニティポイズン・・・、軍用の無味無臭の毒薬で大戦時には魔族の間で使用され人類側に大きな痛手を与えた代物だ。その名前を聞いた群衆の怒りはさらに熱を増す。

「インフィニティポイズン?大戦時のご禁制の毒薬だ!」「やっぱりあのドラゴンは街の人間を皆殺しにする気だったんだ!」「卑劣なドラゴンめ!」

 加熱する群衆の声にガストレドは自らの無罪を訴える。

「違う、私じゃない!私はそんなもの知らない!」

 だが群衆は聞く耳を持たない。地面の石を手に取りドラゴンの女主人へと向かって投げつける。石がいくつもガストレドに当たる。群衆の怒りは収まらない、石を投げつけ、石の無いモノは持っていた飲み物の空き瓶や野菜など手当たり次第に投げつける。


「違う、違う・・・私じゃない」

 ガストレドの瞳に涙が浮かぶ。逃げ出したいこれは濡れ衣だ、手足を縛るチンケな手錠など易々と壊すことが出来る。ドラゴンの前に人間の高速具などなんの意味も持たない。

 子供を毒殺した事件の責任全てを私へと押し付けて、聞く耳を持たずただ暴言を浴びせる群衆たち。あぁ・・・こいつらすべて殺してしまおう、そしてこんな所とはおさらばしよう・・・、そんな黒い感情がガストレドの心に渦巻く。

 ガストレドは酷く自暴自棄でそして冷静に冷酷に、無力で横暴な群衆を冷たいまなざしで見つめていた。そうだドラゴンが人間と仲良くなるなんて土台無理な話なんだ。こんなつらい思いをするぐらいなら、こんな愚かな人間どもなんか・・・殺してしまおう。ガストレドの目から光が失われ、冷静さを欠こうかとしたさなか・・・

「違うよね?ガストさんじゃないよね?」


 小さな子供の声がガストさんに投げかけられる。ガストレドは声の主を探す、声の主は・・・あぁ・・・よく店に来てくれていたオークの亜人の少年だ。良かった事件に巻き込まれてはいなかったらしい。ガストレドの無実を信じる少年の瞳がガストへと向けられる。その瞳に照らされガストレドの心にはふたたびやさしさの火が灯る。たった一人、常連の少年が無事生きていた。ガストにとってはそれだけが救いだった。

 冷静さを取り戻したガストは人間世界のしきたりに乗っ取り沙汰を受け入れる。

「ほら牢へ戻るぞ。この大量殺人鬼め!」

 警護団の下っ端が手錠を引っ張り、ガストレドを再び署へと連行しようとする。

「やめなさい、裁きがあるまで下手人は丁重に扱いなさい!」

 ベルは部下の非礼を窘めると、ベルを先頭にし警護団詰所へと下手人ガストレドを連行する。ベルの部下がガストレドをつないだ鎖を引く。鎖につながれたドラゴンは背筋を伸ばし大人しくその後をついていくのだった。


 下手人の凶器を発見し、手柄を上げた鑑識班には拍手が送られる。子供を失った遺族たちは鑑識班にお礼を告げ、なかには泣き崩れる者もいた。さらに周囲の飲食店街の店主たちは食中毒事件という風評にかかわる事件の早期解決に尽力した警護団へお礼として手料理を振舞うなど、町は事件解決の安堵のムードに落ち着きを取り戻し始めていた。

 そんな事件の顛末と、タツは神妙な面持ちで見ていた。歯がゆい思いを内に秘め、爪楊枝を苛立たし気に噛みしめて、連行されるガストレドの背中をただただ眺めていた。

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