2の中3「ドラゴンランチ お子様無料!」
「まったくあんたも悪運が強いわね」
ほつれた胸当ての紐を付け替えながら警護団のシェリフ ベル・ディントンは言う。ここはガストさんが営む子供食堂のそばにある空き地だ。
「不甲斐ない・・・」
タツの胸には白い包帯が巻かれている、大事ないとは言えしばらくは静養が必要だろう。
ベルの流れる様な手作業を眺めながらタツが答える。ありがたいことに警護団の胸当てを拝借した件は不問にしてもらえるらしい。
「それにしても、クマを相手に魔力無しの剣で挑むなんて自殺行為もいい所よ」
トゲのある言い方だがその裏にはタツの無事への安堵を感じさせる。胸当てには生々しくクマの爪痕が残るがクマ殺しの名誉の負傷と言ったところだろうか。
ベルの手によって千切れた結び紐が深い朱色の組紐へと付け替えられていく。そういえばこいつは組紐屋だった。殺しの道具にわざわざ組紐を使うという事は紐を編むのはお手の物という事か。手仕事を眺めるタツの糸に気づいたのかベルは言う。
「母親に教わったのよ。うちの母が編み物が得意なの。家が貧しくて騎士の仕事だけでは食べていけないからね。こうして副業にしているのよ」
なるほどとタツは頷く。ベルの家は騎士の家系とは言え落ち目であるのは周知の事実。戦の無い時代では騎士の武芸など無用の長物に等しい。ゆえに副業をしてお家を支えるのは道理である。
下級武士の家に生まれたタツも仕事の無い時分には雑用や手仕事など、金稼ぎのために出来ることは何でもしてきた。武士は食わねど高楊枝・・・というわけにはいかないのはどこの世界でも同じらしい。
周囲からの奇異の目に耐えながらも副業に身をやつし、その中で武芸を磨き警護団の職務へと着けたのは血の滲むような努力あっての事だろう。
「細い糸を束ねれば丈夫な組紐になるし、さらに結えばどんな剛力にだって千切ることのできないほど堅固になる」
ベルは胸当てに通した組紐を編みながら独り言のようにつぶやく。
「腕も細くてか弱い母だったけど、編みこまれた組紐は誰よりも丈夫で美しかったわ。」
母親の話をするベルの表情は年相応の優しい少女そのものだ。過去形で語るという事はもう母親は無くなっているのだろう・・・
「母が口癖のように言っていたわ。優しい気持ちで編んだ紐はどんな紐よりも丈夫に強い紐になるって・・・どういう意味か分かる?」
「えっとそれは・・・」
タツは言葉に詰まる。
「・・・」
ベルはその先をあえて言おうとはしない。自分と母親だけの大切な思い出なのだろう。糸を編むときのベルは不思議なやさしさに満ちていた。
「よし出来た!」
ベルは結び紐を付け替えた胸当てを嬉しそうに掲げる。たしかに紐の編み方など分からぬタツが見ても丈夫そうに編まれているのが一目でわかる。黒銀の胸当てに深い朱色の糸がよく栄えている。
「立派なもんだな組紐・・・ベル殿・・・」
裏稼業での呼び方で呼ぼうとしたのを慌ててタツは訂正する。
「・・・ふんっ、警護団の備品をくすねた事は多めに見てあげる。」
タツはほっと胸を撫でおろす。警護団の備品を盗んだことがバレればただでは済まない。
「あたしがせっかく編んであげたんだから、もし壊したりしたら許さないからね!」
冗談交じりかベルは優しい笑顔と共に紐を付け替えた胸当てをタツに託す。少女が編んでくれた紐に込められた思いの分か、新たな胸当ては以前よりも重くなったように感じられた。
本日のガストさん営む子供食堂は所を変えて街の広場での屋台営業だ。メインディッシュは本日とれたてのクマ肉を使ったBBQ。余ったクマ肉は市場へと卸し、新鮮な野菜と物々交換をしてきた。クマ肉の間に新鮮な野菜を挟んだ串焼きは栄養満点。それに付け合わせのコンソメスープも用意した。もちろんいつものように子供たちへはタダで振舞っている。
「さあさあ、とれたてのクマ肉で作ったBBQだ!お子様は無料、腹空かした子は集まっといで!」
街の子供たちが美味しい匂いにつられてガストさんの屋台へと集まってくる。
「ソルトかソースか、はたまたタレか?」
いつものように威勢の良い掛け声とともに串焼きは飛ぶように売れていく。ジューシーなクマ肉をつかったBBQは大盛況。美味しい!美味しいよガストさんりがとう!貧しくて普段は肉を食べる事の出来ない亜人の子供たちの表情に笑みがこぼれる。その表情にガストさんは満足そうである。
しかしその幸せな瞬間は一瞬で崩れ去る。
「(ゴクリ・・・)」
きっかけはコンソメスープを口にした亜人の子供だった。スープを飲んで数刻もしないうちに痙攣し地面に転がり込む。そして次は串焼きを食べた子が泡を吹き倒れる。
ガストさんは困惑する、どうして子供たちが?。・・・まさか毒?私が味見した時は何ともなかったのに・・・。
一人また一人と子供たちは地面に倒れていく。その数は次第に増え十数名の子供が痙攣し地面に倒れる。倒れた子供の目は血走り今にも死んでしまいそうなほどの激痛で苦しみ悶えている。
まわりでは事態に気づいた大人たちが必死に子供たちに手当を施す。食べたものを吐き出させようと子供の背中を叩いたり、回復魔法を使いてあてしたり。白昼の街の広場は一転して大混乱となる。
ガストさんも手当てをしようと倒れた子供へと駆け寄る。しかし差し伸べたその手を周囲の大人から制される。
「近寄るな!汚れたドラゴンめ!」
「ッッ!!」
「子供たちに毒を盛ったな!!」
「そんな私じゃない・・・私じゃ・・・」
手ひどい言葉がガストさんに投げつけられる。広場では大人たちが子供を助けようと懸命に救助活動を続けているなか、ドラゴンの女主人はただただ誹りや暴言を一心に受けて立ち尽くすほかなく。
地面に倒れた子供たちを眺めるしか出来ることは無くあまりに無力だった。
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