2の中1「爪楊枝で異世界無双!?」

 タツは爪楊枝をくわえ空腹を耐えていた。

 異世界へ再び転生して早数日、以前転生したときより数週間が立っていたらしかった。どうやら異世界と元の世界では時の流れが違うようだ。


 久々に会った長屋の女主人はタツの顔を見るや不在分の家賃の支払いを迫って来た。

「あらータツさん久しぶりねー、ご旅行にでも行っていたのかしら?無職は暇でいいわねー」

 滞納していた長屋の家賃を支払い終えると所持金は底をついてしまっていた。

 仕事を求めて街の平和を守る警護団へと顔を出せば、タツの指導役であったベル・ディントンからは冷たい扱いを受ける。

「無能のタツ、何日も仕事をサボってよく抜け抜けとここに顔を出せたわね、あんたの席はもうここには無いクビよクビ!」

 元の世界へ帰っている間に警護団ではタツの無断欠勤が問題となり登録は抹消、晴れてタツは無職になったというわけである。

 所属していたギルドには土下座をしてなんとか再度仕事口利きの頼みをしているもの、あいにく魔力を持たぬタツに回せる依頼は今ない様子。職を探すにも魔力を持たないタツはこの異世界では無職の無能。金をいただけるのであれば何でもやる、何でも屋のタツ、お仕事絶賛募集中である。

 武士は食わねど高楊枝・・・、爪楊枝美味しいなぁ・・・。今日もお空の上ではフェニックスが気持ちよさそうに悠々自適に空を舞っていた。

 空腹を紛らわせて空を眺めているとどこからか美味しい匂いがしてくる。なんだろうこの美味しそうな匂いは?匂いをたどった先にあったのはドラゴンの女主人ガストレドが営む子供食堂だ。気づけばタツは子供食堂の中へと足を踏み入れていた。

「ここは子供食堂だ。大人は出ていきな!」

 店の主ガストが場違いな闖入者を追い返そうとしてくる。しかし空腹の前に人はあまりにも無力、タツの頭の中は初めて見る美味そうなビーフシチューの事しかなかった。

「めし・・・こめ・・・」

 満足な言葉も紡げぬままタツは空腹のあまり気絶しその場に倒れこむ。




 夢の中でタツはビーフシチューが支配する世界にいた。右を見ても左を見てもビーフシチュー。まだ食べた事のない味も分からぬ食べ物。そのふくよかな奥深い香り、黒々としたルーがかかるのは昔から慣れ親しんだ米だった。米の付け合わせか・・・。思い返せば匂いは豊潤さの中にも爽やかさも内包していた。ルーに浮かぶ具材は牛肉とジャガイモにニンジン・・・甘い香りの奥にはタマネギのコクと煮詰めたトマトの甘い酸味も想起させる。

 死の間際最後に食うのなら何が食いたい?蕎麦か?それとも味も知らぬあのビーフシチューか?蕎麦か?ビーフシチューか?蕎麦?シチュー?デッドオアアライブ!?

 食欲と共にタツが目覚めたのはベッドの上だった。ここはどこ、私は誰?そんな事を考えるよりも先に視界に飛び込んできたのは先ほど目にしたビーフシチューだった。考えるよりも先に手と口が動いていた、タツは無心でビーフシチューを口へと運ぶ。

 美味い!!先ほど夢の中で味わったよりも何倍も美味い、ここが天国か?いや極楽か!?一心不乱にビーフシチューを食らうタツを眺めて女主人ガストは笑う。

「はっはっは、そんなに美味そうに食ってもらえると、こっちも作った甲斐があるっていうもんだ」

 気づけばタツはビーフシチューをキレイに食べ尽くし完食、口の中にはまだビーフシチューの残り香が強くその香りを残している。生き返った・・・そんな幸せな性の充足感にタツは満たされていた。

「美味かったかい?アタシの手料理は?」

 美味い飯を食べた後の余韻が抜けぬのかタツは無言で頷く。しかしどうして自分にこんなに優しくしてくれるんだ?とでもいう表情を読まれたのかガストは続ける。

「ここはあたしがやっている子供食堂だ。腹が空いていたんだろ?顔を見れば分かるよ、ここは腹が空いてるやつに美味い飯を食わせてやる場所だからな」

 得意げにガストはタツに説明する。

「いやー助かりました。ここ数日満足に食事もできていませんでしたので・・・」

 女主人に感謝を述べながらタツは目の前の人物の身なりからドラゴンの亜人であることにようやく気付く。亜人というよりもドラゴンが人間に変身しているだけなのだがそんな事一介の無職に分かるわけもない。

「ようやく意識が戻ったところで悪いがここは子供食堂、腹を空かせている子供には無料で飯を食わせてやっている。ただし大人は別だ、ちゃんと金を払ってもらうよ」

 タツは無一文である。無一文のただ飯ぐらいに出来る事はひとつ、土下座である。

 武士は食わねど高楊枝、されど意地で腹は膨れませぬ。飯代の分はこの身でキッチリ働いて耳をそろえて返させていただきます。

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