2の上「ドラゴン 子供食堂をひらく」

「パンかライスか、はたまた米か?」

 スタートアップの街に威勢のいい声が響く。ここはドラゴンが営む子供食堂。生活が不安定な家庭の子供たちへ無料で食事を提供している場所だ。訪れるのは亜人も人間も関係なし、この店では誰もが平等になれる。

 店の主はガストレド・ギュスタブ、数百年生きるドラゴンであるが店では人間の姿に変身しエプロン姿で子供たちをもてなしている。

 本日の料理はビーフシチュー、冒頭の台詞はその食べ方を小さなお客様に聞いている場面だ。何と合わせても最高に美味いビーフシチュー、パンもライスも甲乙つけがたくどうやって食べるかを迷うのは大人も子供も同じだ。

 時刻はちょうど昼時、食堂は訪れた子供たちであふれ、皆幸せそうにビーフシチューを口いっぱいにほおばっている。

「パンかライスか、はたまた米か?」

 忙しなく同じ言葉を子供たちに何度も繰り返えすガストルドの表情には忙しさの中にもやりがいの喜びの色が見える。


「僕はお米のビーフシチューでお願い。」

「あいよ分かった!」

 注文をするのは青色の肌をしたオークの亜人だ、歳の頃は6歳だろうか。

「ルーは半掛けで頼むよ」

「半掛けとは通だねえ…」

「えへへ・・・」

 店の女主人は子供に愛想よく答え、皿に盛り付けたビーフシチューを差し出す。白い米と奥深いビーフシチューが半々に盛られ具材の肉やジャガイモがゴロゴロ、その上にちぎったパセリが振りかけられ緑色が彩を添える。このパセリが無くてはビーフシチューは画竜点睛を欠いてしまう。パセリのさわやかな香りのその先にルーの深いコクのある香りが食欲を刺激する。

「はいよ、ビーフシチューお待ち!」

 子供はビーフシチューの皿を受け取る。美味しそうな香りに食欲は爆発寸前だ。

「熱いから気を付けて食べな」

「うん、ありがとうガストさん」

「ガストじゃないよ、ガストレドって呼びな!」

 このやり取りはこの店では定番だ。ドラゴンの女店主、通称ガストさんの訂正が耳に入っているのか、子供は早々とテーブルへ着き、無心でビーフシチューを口へと運ぶ。

 熱々の湯気を立てるビーフシチューはスルスルと子供たちの口へと収まっていく。何せ食べ盛りの子供たちだ、元気よく美味しそうに食べて、口の周りいっぱいにルーをつけて頬張る姿を見ているだけでこちらまで幸せになってしまう。

 子供たちが食事をする様子をガストさんは嬉しそうに眺める。先ほども述べたが店に来ている子供たちは貧しい家庭の子が多く、片親や祖父母宅で暮らす者、両親が冒険者で家を長く空けている子など様々な境遇の子供がいる。ガストさんの子供食堂はそんな子供たちにとって生活の不安や辛さを忘れさせてくれる安らぎの場だった。ガストさんが提供するのは温かい料理だけではない、子供たちが安心できる場所を与える・・・それこそがガストさんの願いでありこの子供食堂を作った理由である。

 しかしこの街に住むのは人の幸福を自分の幸福と思える人間ばかりではない。ドラゴンが営む子供食堂を窓から妬ましく覗き込む怪しげな影がある事に、この時はまだ誰も気づいてはいなかった。

 ただ一人を除いて・・・


 女神オフィーリアは土下座していた。

「お願いします、どうか大人しく異世界へ転生してください」

 光が包む白一色の空間で土下座、およそ女神にはふさわしくない姿である。土下座の相手は江戸の町に暮らす下級武士タツである。

「タイミングっていうものがあるだろうよ」

 タツは爪楊枝を口にくわえ明らかに不機嫌そうな表情である。時は半刻前、いつものように馴染みの屋台の蕎麦を食い終わったタイミングでタツはこの空間へと召喚された。

「今回は蕎麦をちゃんと食い終わってからここへ飛ばされた。それはまあ大目に見てやる。腹もちゃんと膨れたしそこは満足しているしな」

「それじゃあ・・・、そのまま異世界に・・・」

 女神はタツのご機嫌をうかがう。

「だが武器が爪楊枝とはどういうことだ!?無理難題にも程ってもんがあるだろ!」

「ひぃっ・・・。前も言いましたが…それはエクセス超過というヤツでその・・・」

 ご存じでない方のためにも説明しますと、異世界に転生する際に携帯できる武具には重量の制限があり、今回タツが異世界へと転生するにあたり付与されたチート武器がこの口にくわえた爪楊枝という次第であります。

「爪楊枝でどうやって殺しをしろってんだい?ちゃんとした得物を持たせてくれよ!」

「それは本当に申し訳ないというほかが無く・・・」

「前回は割りばしで今回は爪楊枝ときた。刀を持たせてくれよ刀を!」

「ひぃいい・・・」

「先祖代々大切にしてきた村正があるんだ。太刀と脇差ぶら下げて武士はなんぼだぜ…」

 爪楊枝でどうやって裏稼業をこなせというのか、毎度この女神オフィーリアの無茶ぶりには毎度毎度あきれさせられる。

「しかしもう時すでに遅しと言いますか、そう簡単に転生というのも出来ない事情もありまして…」

「・・・」

 土下座する女神を口汚く罵ったところで、もはや腹を決めるほかないらしい。依頼があればどんな相手だろうが始末するのが裏稼業だ。

「それで?」

「・・・?」

「それで次はどいつを始末すればいいんだい?」

 タツの譲歩に女神は嬉しそうに面をあげる。

「ありがとうございます。向こうでしっかりと手配しております。そのあたりは抜かりないです、はい」

「・・・」

 タツはもはや返事もしない。

「いいから早く異世界へ転生っていうのをやってくれ」

 ありがとうございます、ありがとうございます!土下座の体制のまま女神はタツへ何度も頭を下げる。

「それではあなたに爪楊枝の加護のあらん事を・・・えいっ」

 そう言って異世界への旅路を祈願し女神はタツを異世界へと転送する。

 爪楊枝の加護ってなんだよ…、ツッコミを入れる間もなくタツは光に包まれ異世界へと消える。

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