1の下2「裏稼業・割りばしのタツ」

 タツは夜道を歩いていた。足音を立てて普段通りそのもの、警護団の外套を羽織り夜の見回りだ。大通り、繁華街、通りには街灯が灯り客引きが調子のいい言葉をならべ通行人を店へ引き込もうとする。

 平和だな…、町の喧騒にタツは江戸も異世界も変わるものと異邦の地にどこか懐かしさを覚える。見回りを終え警護団詰所へ戻るとちょうど筆頭シェリフのゴヤが家路へと着こうとしている。

「これはこれは筆頭シェリフ殿。先刻の沙汰の解決お見事でございました」

 調子よくタツは上司へ声をかける。

「捕り物のさいは陣頭に立ちご活躍だったとか、さすがでございますな」

「・・・」

 家路を急ぐのか余計な雑談を煩わしく思いつつもゴヤは部下を労う。

「警護団の仕事には慣れたか」

「ええ、ベル殿にも良く指導していただいております。」

「手柄を上げれば教皇庁より褒美も出るし、出世の道も拓く。せいぜい励むことだ」

 そういってゴヤは話を切り上げる。

「はい、ありがたきお言葉!」

 タツは調子よく上司へ頭を下げる。それ以上下っ端に割く事もないだろう、筆頭シェリフは部下を一瞥し再び家路を急ぐ。タツは上司へ道をゆずり、筆頭シェリフはその横を通り過ぎる。

「(・・・殺すか。)」

 一瞬の隙を着きタツは懐に忍ばせた獲物に手をかける。

 その瞬間、ゴヤは振り向きざまに必殺の一撃をタツへ浴びせる。殺気に気づいたのだ、腐ってもこの街一番と言われる実力者、警護団の筆頭シェリフの肩書は伊達ではない。タツも一歩後ずさり剣戟をかわす。

 再びの静寂、目の前の相手を殺す・・・二人は一瞬の隙を探り合いながらじっと対峙する。剣を構えたゴヤは攻めあぐねていた、懐へ手を忍ばせたまま動かないタツがいかに攻撃してくるか読めないからだ。腰に下げた剣でなく懐に手を?いかなる武具を隠し持っているのか?

 だがしかし、魔力を持った相手を殺すにはより強い魔力と剣技で挑むしかないのはこの世界の道理。目の前のタツからは一切の魔力も感じられぬ。

「セイクリッド仕る!」

 筆頭シェリフはタツめがけて必殺の剣を振り下ろす。その技は刀身に炎を纏わせ一刀に伏すバーニングブレイド。そこに剣技の腕合わさり必中必殺の技である。覚悟を決めたのか、回避不可能の一撃を前にタツの心中は冷静であった。

 その時が来たか・・・


 タツは思い出していた。この世界へ来る前別れ際に女神オフィーリアが伝えた言葉。

「時が来ればその手にした武器がお前に力を授けてくれる。」

 時とはいつか?女神はそれを教えてくれない、ただそれだけを告げタツを異世界へと送り出す。光に包まれながら女神オフィーリアは最後に思いを紡ぐ

「・・・不条理に涙する者たちを助けてやってくれ」


 その時が来たか!タツは目を見開き懐から獲物を取り出す。

 やはりそれは割りばしであった。掴んだ割りばしを口にくわえ、勢いよく二つに割る。

 パキッッツ!!!!!!!!

 割りばしが割れた瞬間、凄まじい音とともに衝撃波が飛ぶ。衝撃波は燃える剣の火を消しさり、その圧力でゴヤの剣技を跳ね返す。

 なんというチート、女神オフィーリアが授けたのは全ての魔力を打ち払う最強の武器。だがしかしそんなチート長くはもたない、ゆえに勝負は一瞬。

 必殺の剣技を打ち破られゴヤは目を疑う、衝撃で鼓膜が破れたのか両耳と目じりから勢いよく血が流れ出している。だがさすが筆頭シェリフ、深手を負いつつも再び必殺の一撃をタツへ向けて放つ。

「セエェェェイクリィィィィド!!!!!!!」

 だがその一撃がタツに届くことは無かった。ゴヤの胸にはタツの握った割りばしが深々と突き刺さっている。割りばしは上級防御魔法の付与された警護団の制服を突き破り正確にゴヤの心臓を貫いている。まさか自分が割りばしなどで死ぬなど・・・、予想だにしない一撃に動揺し理解できぬままゴヤは白目を剥き息絶える。

 強敵を無事始末したタツの表情に歓喜の色も興奮の色もない。ただ依頼された復讐を代行したまでである。

「・・・ホットドッグのひとつにもな、・・・手間暇かけて作るヤツがいるんだよ」

 静かに勝鬨をあげて、息絶えた死体から割りばしを引き抜く。血に染まった割りばしと無残に横たわる悪徒の死体…それがすべてである。

 数刻の後、悲鳴と共に通行人が筆頭シェリフ・ゴヤの死体を発見。街の重鎮の死亡にたくさんの野次馬が押し寄せ街はにわかに活気立つ。悪徒には些か賑やかすぎる手向けであった。





 翌日、亜人の死体が発見された川原にタツとベルの姿があった。仕事をさぼって長閑に草むらに横になり日向ぼっこ。川原の砂利に着いた血の跡はキレイに片付いている。警護団は筆頭シェリフの死にざわめき立っている。あの最強の剣士を誰が殺したのか?下手人の捜索に血眼になっているが、悪徒の死などに二人は欠片ほどの興味もない。

「あの筆頭シェリフを始末するなんてね」

 真昼間から裏稼業の話なんてするな。そう思いつつもタツは話に付き合う。

「金をもらって依頼をこなしたまでさ」

 タツはぶっきらぼうに答える。

「無能のクセにちゃんと腕はたつようで安心したわ、これからもよろしくね”何でも屋”」

 これからもよろしくか・・・、こんな復讐なんてこれからもクソも無い方が良いに決まっている。だが人の世から不条理が消える事なんてけしてない。そのことはタツも良く分かっている。だが今はこの一時の平和をかみしめよう。空には雲がゆっくりと流れ今日もドラゴンがはるか上空を悠々と飛んでいる。


 街では依頼主の獣人の少女が新たな生活を送っていた、新たな奉公先は娼館だ。借金の方に売られ娼館の主から掃除や水汲みなど雑務を押し付けられていた。年端も行かぬ少女に娼館の仕事がどんなに過酷か、つらい現実を前にしても少女フェリンは健気に働き汗を流す。

「あんたの依頼、しっかりと果たしたよ…」

 水汲みをする少女にどこからか声がささやく。依頼をした廃教会で聞いた声だ。声はそれだけを告げ再び聞こえる事は無かった。依頼の達成・・・その事実を受け止めてフェリンは亡き父を思いだす。

「・・・ありがとうございます」

 少女の礼の言葉を物陰から聞くのはおせんだ。じっと動かず依頼主の礼の言葉をただ噛みしめる。


 新たな奉公先で働くフェリンの姿をタツも眺めていた。これからの事を考えればけして幸せとはいかない人生。父の無念が晴れたと言ってもそれで彼女が幸せになるわけではない。ただ、健気に生きるその姿があるのがタツにとって唯一の救いであった。

「あの子はウチで預かる事になったよ」

 どこからか現れた破廉恥屋リリトがタツに話しかける。

「破廉恥屋・・・」

「もう、僕の事はリリトって呼んで♡タツさんがお客出来たらサービスしてあげるよ♪」

 からかうリリトを意に介さずタツはただ少女を遠くから眺めるのみである。

「心配なら声でもかけて来ればいいのに…」

 声をかけたところで彼女が幸福になるわけではなく、自分にできる事と言ったら影から彼女の幸福を祈るのみだ。

「命さえあればその内良いこともあるさ…」

 まるで自分に言い聞かせるようにそう言うとタツは再び見回りへと戻っていく。

「気が向いたらいつでも遊びに来てね♡」

 そんなタツの背中にむけてリリトはおちょくる様に言うのだった。


 今回の殺しの報酬である金貨数枚と1枚の銀貨。掌に載せた金を見ながらタツは飲食店街を歩く。久々の大仕事のあと、何を食って腹を満たそうか。そう考えながらブラブラ歩くうち、気がつけば街はずれの朽ちた教会へと来ていた。

 ここはオフェリア教会、さっきまで街にいたはずなのに…。教会内を見渡すとオフィーリアの石像の台座に本物の女神オフィーリアが腰かけていた。まるで間違い探しだ、見比べれば石像にウサギの耳はなく本物の方はウサギ耳がついている。

「イエイ☆女神登場!」

「・・・」

「もうノリ悪いなー、スマイルスマイル♪ラブ&ピースだよ~~」

 パリピみたいなノリの女神である。

「頼まれた依頼はちゃんと果たしたぜ」

「OKOK~全部見てたよ~、ご苦労ご苦労~」

「だけどよ割りばしで殺しなんて、さすがに無茶が過ぎるぜ」

「あーそれはオーバーエクセスというヤツで~」

 バツが悪いのか女神は答えを濁す。

「依頼はキッチリ果たしたぜ、あの獣人の少女の依頼も・・・あんたからの依頼もな。」

「本当にありがとう、私の子らを救ってくれて」

 頭に着けたウサギの耳飾りを外し、女神オフィーリアは真面目な面持ちで礼を言う。

「私の子?」

「ああそうだ、亜人はもともと私の血を分けた私の子孫たちだ。今回の一件、私の子らの無念を晴らしてくれてありがとう、心から礼を言う」

「急に何をいう?亜人があんたの子孫?どういうことだ?」

「・・・血がだいぶ薄くなってしまったがな、遠い遠い子孫とはいえ我が子らが涙を流すのを見ているのは胸が張り裂けそうな思いだった」

 タツの質問に答えず女神は一方的に礼を述べる。

「お主には本当に感謝している、本当に本当にありがとう」

 気がつけば周囲は白く光り、タツの体は光に包まれ輝いている。

「おい!なんだこれは、おい!」

「私の都合でこの世界へと呼び出してしまってすまない。依頼を果たしてくれた例だ、再びもとの世界へお前を帰そう」

 タツを包む光はより強く輝きを増し周囲は白へと染まっていく。

「そうそう最後にひとつ、次に飯を食べるときは唐辛子をかけ過ぎるな」

 何を言っているんだこの女?そうツッコミを入れる間もなくタツは光の中へ消える。



 気がつけばタツは蕎麦屋の屋台にいた。目の前には蕎麦が湯気を立て美味そうな香りを漂わせている。タツの右手には割られた割りばしが握られている。元の世界、大江戸へと戻って来たのだ。

「早く食わないと麺伸びちまいますよ」

 蕎麦を前にして目をパチクリとさせているタツに店主が言う。

「・・・そうだよな、早く食わねえと蕎麦が伸びちまう。じゃあねさっそく蕎麦を・・・」

 言いかけたところでタツは手を止める。卓上に並ぶ七味唐辛子に目がいく。

「・・・へへっまさかな」

 一瞬戸惑いつつも、七味唐辛子の入った瓶を手に取り七味をパラパラと蕎麦に振りかける。

「パッパッパっと・・・ようやく元の世界へ帰ってきましたからねー」

 タツは嬉しそうに七味を一振り二振り、蕎麦のつゆに七味の花が浮かび実に美味そうだ。

「へへっ何もねえじゃねえか」

 パッパッパっ、三振り四振りとしているところ、瓶の内蓋が外れ大量の七味が蕎麦へ振りかかる。

「あ゙あ゙!?」

 タツは大きく口をあけて狼狽する。静かな大江戸の夜にタツの悲鳴がこだまする。





      タツがふたたび異世界へ召喚されるのはこの3日後の事であった。




 第一話 「割りばしの勇者 異世界へ!」 【完】

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