1の下1「裏稼業・割りばしのタツ」

 深夜の夜虫の声が響く森に合って、オフェリア教会は一層の静寂に包まれていた。朽ちた教会内には影が二つ、タツとおせんだ

「ようやく出番だね何でも屋」

「それで依頼ってのはどんな内容なんだ」

 依頼とは復讐の代行、つまり殺しの依頼だ。タツはいつにも増した神妙な声色で語る。そこにいつもの様な飄々とした様子はない。

「そう焦りなさんな。依頼人はケイタル村でホットドッグを売る亜人の少女だ」

 あの獣耳の少女か。彼女の境遇を思い浮かべタツは胸を炒める。おせんは依頼の金を女神像の前に並べ話を続ける。金はフェリンの置いた数枚の銀貨と、さらに事前に依頼をしてきた亜人たちが集めた金貨10枚。

「その復讐の相手というのはこの間の人さらい事件の首謀者さ」

 警護団の捕り物で事件は一応の収束を見た、それは周知の事実である。だが裏に首謀者がいた?

「事件は解決したんじゃないのかい」

 タツもあれで事件解決ではないと薄々思っていたが、事の次第をおせんに問う。

「裏で冒険者崩れの手をひいていた黒幕がいたのさ」

「なに?」

 思わぬ情報にタツはうなる。

「ターゲットは4人。冒険者崩れ共のリーダー戦士グロディ・バーン、警護団筆頭シェリフのゴヤ・H・サウスウルフ、岡の上の研究所の博士ハンス・エルレルト、そしてこの街の警護団トップである顕官ダイカン・タイクーンだ」

 思わぬ大物の存在にタツは驚く。

「ダイカン・タイクーンと言えば警護団はおろかこの街を牛耳る大物じゃねえか、それに警護団の筆頭シェリフ?どういううからくりだそれは?」

 驚くタツにおせんは続ける。

「この亜人さらいの事件の真相は亜人の人体実験さ。それを指示し裏で糸を引いていたのが警護団の二人組さ。」

 あたしも話を聞いたときは驚いたよというようにおせんはその事実を突きつける。

「そんな奴らどうやって始末する。筆頭シェリフはこの街一番の剣の腕とも聞く。さすがに俺一人じゃあ手が足りねえ。」

「ふん、」

 予想通りの反応におせんは不敵に微笑む。

「だから今回は助っ人を呼んである、出てきな」

 暗闇に向かっておせんが呼びかける。いつからそこにいたのか脊柱の影から人が現れる、しかも3人。現れたのはセクシーに肌をさらけ出した遊女、そしてエビのように腰が曲がった老婆、そしてタツも良く知る人物警護団のベル・ディンドンである。

「おせんさん、そいつが新しい復讐代行?腕は確かなのかな?」

 初めに口を開いたのは遊女風の奴だ、声色を聞くに男娼か。

「女神さまが遣わした転生者だ、安心しな腕は補償する。名前は割りばしのタツ、仲良くしてやってくれ」

「へえ・・・」

 男娼はタツを慎重に見定める。

「タツにもみんなを紹介しよう。このセクシーな格好の男は破廉恥屋のリリト」

「どうも、破廉恥屋リリト、サキュバスの亜人で~す」

 気の抜けた声でリリトは自己紹介する。破廉恥屋?なんだそのふざけた呼び名は?

「そしてそこの老婆がエルダー婆さん、エルフとのハーフで齢500歳とも1000歳とも言われる」

「フェッフェッフェ」

 老婆は不敵に笑う。杖に身を預けなければ満足に歩く事すら難しいだろう。

「ごめんな婆さんは無口なんだ、ボケちゃあいないから安心しな」

 笑った勢いか老婆は入れ歯を口から零し、慌てて手に取る。大丈夫かこの老婆?

 しかしこの裏稼業をするという事はこいつらも腕に覚えのある実力者、そして魔力を持たない物だろう。魔力がある者が殺しをすればすぐに足がついてしまう。裏稼業をするのは魔力を持たぬ無能が勤めるのがこの世界の習わし。だがそれゆえ無能が魔力を持つものを殺すのは並大抵のことではない、この二人はいったいどんな技を使うのか…、いやそれよりも気にかかるのは・・・

「そして最後はあんたも良く知っている・・・」

 ああ、よく知っている。なんなら今日も昼間一緒に仕事をしていた。ベルが一歩前へ進む。

「ベル・ディントンよ。この裏稼業では組紐のベルと呼ばれている」

 昼間とは違い黒衣を着た出で立ちのベルをじっくりとタツは見定める。この甘ちゃんの少女に裏稼業が務まるのか?しかも彼女は魔力保有者だ。

「警護団のあんたが裏稼業とはな・・・どういう風の吹き回しだい?」

「・・・」

 ベルは答えない、答えたくないのか。

「余計な詮索は無しだよ。破廉恥屋、こいつらにも事件の真相を話してやりな」


 破廉恥屋は娼婦をしながら闇夜に紛れる密偵だった。言葉の端々に自信と実力、踏んだ場数の多さを感じさせる。

「今回の復讐の代行はこの4人でやってもらう。殺しは一人一殺。」

 一人一殺、それも闇夜に紛れた暗殺だであれば効率的である。だが男娼に老婆、そして甘ちゃんの少女が裏稼業とは…今流行りの多様性っていうのかね、タツはまだ仲間の腕を見極めかねていた。おせんは殺しの算段を伝える。

「冒険者崩れの首領戦士グロディ・バーンを殺すのは破廉恥屋・・・あんたがやんな。博士は組紐屋に任せた。

 顕官は、エルダー婆さん任せられるかい」

「フェッフェッフェ」

 婆さんはただ笑うのみ、肯定ととらえて良いのだろう。ほかの二人も黙っておせんの指示に頷く。

「そして筆頭シェリフ・ゴヤの殺しは、タツあんたに任せるよ」

 他のものに習ってタツも無言でうなずく。

「それじゃあ、標的を殺るのは明日の晩。分かったら金を持って去りな、しくじるんじゃないよ」

 裏稼業のメンバーは各々金を手にし家路を急ぐように夜の闇に消える。明日は殺しの結構、そのための仕込みがあるのだろう。

 金をとろうとするベルにタツは鋭く問い詰める。

「本当にお前に殺しが出来んのかい?」

 ベルの手が止まる。

「復讐の代行は何度もやって来た。」

「・・・」

 やって来たというのは事実だろう。だがこの少女の瞳には迷いが見える、十代の少女に裏の稼業は酷すぎる。タツは目で少女に覚悟を問い詰める。

「法の裁きには限界がある、わたしは法で救われない人たちの無念を晴らしたい・・・それだけよ」

 それはタツも同じであった。視線を振り払うようにベルは金をとり出ていく。覚悟と迷い、入り混じるような背中だ。しかしタツも人の事ばかり気にかけていられない、明日は筆頭シェリフを斬るのだ、この街一番の実力者相手に割りばし獲物に始末する。どうやれば殺せるか、そんな黒々とした考えの下にタツも家路へとつく。


 翌日も町は活気にあふれていた。裏稼業の物にも昼の暮らしがある。破廉恥屋リリトは繁華街の娼館で働き洗濯や布団干しをする合間を縫って殺しの仕込みをする。薬剤を調合し小瓶へと注ぎ込む、これが破廉恥屋の仕事道具か。エルデ婆さんは街の広場で日向ぼっこ、これが老婆なりの殺しの仕込みか・・・。

 この日タツとベルは別行動、昨日の事もある顔を合わるのも気まずいだろう、各々に地区を分けて日課の見回りをする。この日大事件を陰で糸引く悪人が殺されるとは街の人間には想像もつかないだろう、そんな陽気につつまれ町は平和な顔をしていた。




 お天道様が沈み、人も殺しそうな月夜の晩。裏稼業の人間は闇夜を走る。

 目的の下手人の一人、戦士グロディ・バーンは今日も今日とて繁華街で飲み歩いていた。程よく酒が回っているのか千鳥足で次の店へと向かっていた。彼の歩く先に銀貨が一枚落ちている。人さらいの報酬を手にした彼にははした金かもしれぬ。しかし・・・

「へへ、ラッキー♡」

 酩酊した足取りで銀貨を拾おうとした、瞬間銀貨はするりと歩き出す。よくよく見れば銀貨には糸が結んである。

「なんだぁ、はした金のクセしやがって」

 ムキになった彼は銀貨を負う、銀貨は細い路地の先へと転がり込む。戦士グロディもそれを追う。細い路地には真っ白なバスタブが一つ。そのバスタブの中からほっそりとした手が伸び彼を誘う。

「なんだぁ?」

 覗き込んだバスタブの中にいたのは破廉恥屋リリト。

「ねえお兄さん遊んでいかない?」

 破廉恥屋はなまめかしい手つきで自分の体を揉みながら彼を誘惑する。セクシーな衣装に身を包んだ男娼にグロディはメロメロだ

「へへ、俺と良いことしたいのかい子猫ちゃん・・・」

 グロディは破廉恥屋の体に抱き着く。無骨で筋肉質な体としなやかな体が絡み合う。嫌らしく揉みしだく手はリリトの股間へと向かう。手が股間に触れた、あるはずの無いモノにの官職にグロディは驚く

「なんだぁ、お前男か?」

 破廉恥屋から身を引き離そうとするが柔らかな腕がそれを離さない。

「そんな事気にしているの、お兄さんを最高に気持ちよくしてあげる・・・♡」

 そう言い破廉恥屋は戦士に抱き着いて長い舌で男の耳を舐める。ヌルヌルの下が耳の奥を舐めまわす。

「おぅっ!?」

 あまりの気持ちよさに、戦士は悶える。

「ね、気持ちいでしょう」

 耳を舐めながらリリトは甘く囁く。戦士は体を震わせ悶絶している。隙を見てリリトは用意していたクスリの小瓶を口に含む。そして何事もなかったかのように男の耳をしゃぶる様に音を立ててなめる。耳の穴をしゃぶる舌は奥へ奥へ突き進む、先程の薬が効いてきたのか戦士の耳は徐々に溶けていく。

「おぉおぁああああ…」

 男は快感とも悲鳴ともつかない声にならない嬌声を上げる。長い舌は耳を焼き溶かしながらさらに奥へ、耳の奥脳ミソへと到達。ベロベロと脳みそを蕩かすようにナメ啜る。

「おぉおぉあああ、のぉおおおおおお…」

 男の断末魔の嬌声を最後に戦士グロディは息絶える。それを確認しリリトは不敵に微笑む、そして長い舌を引き抜きながらその先端でドロドロに溶けた脳みそを引っ張り出し・・・

 ・・・ゴクリ、極上の酒を飲んだような恍惚の表情で脳みそをその腹へと納める。

「ん…、ごちそうさまでした♡」

 まずは一人・・・、次なる標的は・・・


 顕官ダイカン・タイクーンはイルマリン教皇庁の教会にいて事務作業に追われていた。熱心に作業に没頭しているフッと灯りが消える。引き出しを開ける代わりの蝋燭を探すが交換用のものをちょうど切らしている。

「誰かいないのか!」

 教会内の従者を呼ぶが誰も答えない。しかたなく明かりの交換のため倉庫へと向かう、廊下の明かりはすべて消え真っ暗だ。足元に気を付けながら倉庫へと向かう。歩く先には小さな人影が見える。

 目を凝らしてよくよくみればそれはエルダー婆さんだ。徘徊で教会内へ迷い込んだのだろうか。

「どうしましたお婆さん、今日はもう協会はお休みです、御用があればまたお越しください」

 優しい声で老婆が帰るように促す。しかし老婆はボケてしまっているのか反応しない、それどころか口から入れ歯を落としそれを拾うのにも手間取る始末。

 見かねたダイカンは代わりに入れ歯を拾おうとする。入れ歯を拾いに歩くダイカンの歩き出し、老婆は持っていた杖をダイカンの足に引っ掛ける。

「おっとっと・・・」

 バランスを崩したダイカンはそのまま入れ歯の方へと転び、その瞬間落ちた入れ歯がトラバサミのごとくダイカンの喉元めがけて食らいつく。悲鳴を上げる余裕も無いままダイカンは喉を食い破られ絶命する。

「フェッフェッフェッフェッフェ」

 老婆の笑いが暗闇に木霊する。また一人始末・・・狙われた獲物はけして逃げられない。



 そして下手人はまた一人。

 丘の上の研究所ではハンス・エルレルト博士が引き続き亜人の解剖実験を行っていた。川原で発見された亜人の死体は30名、しかし行方不明者の数はその倍以上、残された亜人の死体はいまだ博士の研究所に合った。

 博士は亜人の脳を切り開きその奥にある海場を取り出し電流を流す。亜人の死体が反射的に震える、魔道石由来の電流に魔族の血が呼応しているのだ。

「ひっひっひ、魔族の血がもたらす魔王の鼓動への共鳴、そのロジックの解明はあと一息!」

 研究に熱が入る博士の言葉を物陰から冷ややかに見つめる影が一つ。組紐屋のベルはその人道無比な実験を組紐やベルはじっと見つめる。瞳には怒りの炎が渦巻いている。

 警護団の制服を黒装束に替えて、愛用の刀は置いてきた。そのかわりに朱色の糸で編まれた紐を手に持っている。手首には銀色のブレスレットを装着している。魔力封印ブレスレット、この国の法律で所持を禁止されているご禁制のアイテムだ。鋭い目で獲物を捕らえたまま、朱色の紐を手にきつく巻き付ける。

 赤い糸を機用に操り、その端を博士の足元へ延ばす。手に力を籠めると糸はシュルシュルと博士の足首に巻き付く。

「!?」

 博士は声を上げる間もなく、あれよあれよと天井から逆さまに宙吊りになる。吊るされた博士の後ろからベルが忍び寄る。慌てふためく博士の首めがけて躊躇なく手に持った紐をまわし、ジリジリと首を締めあげる。

 呼吸が出来ず博士は白目をむいて泡を吹く。死後硬直の痙攣で博士はビクビクと体を震わせる。だがベルは首を絞める手を緩めない。一切の迷いや容赦はない。

「・・・悔い改めなさい」

 下手人へ向けベルは短く引導の言葉を継げる。博士の痙攣が止まり息絶えたのを確認しベルは手の力を緩める、と同時に博士を縛っていた紐はスルスルと解けて博士の死体はドサリと床に落ちる。

 ベルは研究所の惨状を見回す、研究所の棚には瓶詰めされた亜人の脳や臓器が壁いっぱいに並べられていた。下手人は詫びる言葉もなく床に転がっている。悪党にはふさわしい末路だ。一抹の虚しさを覚えながらもベルは死んでいった犠牲者たちに静かに黙とうを捧げる。

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