1の中3「セイクリッド仕る!」

「納得できません!」

 ベルの抗議が響く。ここはスタートアップの街にある警護団の執務室。抗議のあいては筆頭シェリフのゴヤだ。時は数刻前にさかのぼる。


「セイクリッド!」「「「セイクリッド!」」」「セイクリッド!」「「「セイクリッド!」」」

 セイクリッドと刻印された魔道行燈を灯した集団が闇夜を走る。警護団の捕り物だ。陣頭の筆頭シェリフゴヤに続くのは同じく武装したシェリフたちと、その下っ端ウォッチドッグの集団だ。ウォッチドッグは元犯罪者や冒険者崩れで更生される。謂わば江戸でいう所の岡っ引きにあたる集団で警護団の庶務雑務を行う実働隊だ。向かうのは街道外れの森にあるあばら屋だ。

 ここを根城とする冒険者くずれが今回の事件の下手人であるとの見分が先ほど鑑識よりもたらされた。

「相手は武器を所持した冒険者崩れ、抵抗するようであれば武力をもって切り捨てよ」

 部下に向けてゴヤが檄を飛ばす。

 警護団のウォッチドッグ隊はあばら屋を包囲する。小屋からは蝋燭の明かりが漏れている。こちらに気づいて警戒しているのか異様に静かだ。静寂を破るようにゴヤを中心としたシェリフ数名があばら屋へ突入する。

 小屋の中では冒険者崩れ数名が待ち構えていたかのようにゴヤ達に奇襲、剣や斧でゴヤ達へ切りかかる。

「出会え!応戦しろ」

 ゴヤの命令を皮切りに続くシェリフたちは冒険者崩れへ応戦する。魔力を帯びた剣が小屋の中で激しく切り結ぶ。相手は冒険者崩れとはいえ相応のつわもの達だ。しかし警護団のシェリフも腕に覚えのある実力者ぞろい。実力の差は明白だった。冒険者崩れの集団はたちまちその数を減らし数名は4人へ、4人は3人へ抵抗むなしく一人二人と切り伏せられていった。

「待ってくれ分かった降参する・・・」

 最後の一人がそう言って剣を投げ捨てる。殺すか生け捕りにするか?対する警護団のシェリフは剣を向けたまま警戒を解かない。その部下を押し分けゴヤは最後の一人の前に対峙する。残された下手人は下卑た笑みで許してくれと懇願する。

「そうやって助けをこう被害者たちをお前は助けたのか?」

 ゴヤが冷たく言い放つ。下手人の表情から余裕の色が亡くなり、自棄になった下手人は落とした剣をふたたび手に取りゴヤへ切りかかる。

「教皇庁の犬め!」

 その一太刀を身軽にかわしゴヤは正義の一撃を浴びせる。

「セイクリッド仕る!」

 その言葉と共に下手人は一刀両断され。再び静寂に支配される。小屋には冒険者崩れの下手人たちの躯が横たわり飛び散った地で真っ赤に染まっていた。あばら屋の中は捕り物の名を呈した処刑場と化していた。ゴヤはゴミを見るような目で下手人の死体を見下ろす。


「これは私刑です。悪徒は法でもって裁かれるべきです!」

 場所は再び警護団の執務室、ベルの抗議を冷ややかな態度でゴヤは受け流す。蝋燭の明かりが暗い室内を照らす。

「下手人の抵抗があった、情け容赦すればこちらにも被害が出ていたのだ」

 もっともらしい言い分だ

「しかし事の次第を問い詰めねば事件の解決とは言えません。それに下手人の冒険者崩れは10名との目撃証言もあります。殺した下手人は9人では!?」

 たしかに事前の聞き込みではあばら屋付近で10名の冒険者崩れを見たという証言もある。

「たかだか田舎者の見間違いかもしれんだろう。この事件は片付いたのだ、鑑識からも残留魔力は9人分の物との結果が出ている。」

「しかし…」

 強引に事をまとめようとするゴヤに対しベルは言葉に詰まる。

「顕官からもこの事件はこれにて解決とすると直々のお達しがあった」

 顕官とはこの町の警護団の最高長官だ。警護団は上から顕官、バイリフ、シェリフで構成される、トップの命令とあっては下っ端のベルは従うほかにない。しかも顕官と言えばイルマリン教皇庁の司祭も務める重鎮だ。

「おとなしく命令に従えベル・ディントン、そんな態度ではディントン家の再興などいつまでたっても出来んぞ」

 トドメのような嫌味の一言をゴヤは突きつける。確かにディントン家は落ち目の家系、ベルにとって上に背いて、にらまれるような事があればお家の取り潰しは必至だ。お家再興のためディントン家の長女であるベルにはこの警護団出世しのし上がらねばといった大義があった。ベルはやり切れぬ思いの行き場に困る。

「でも…」

「異論は許さん!」

 そうゴヤは言いベルを部屋から追い出す。ベルは執務室の扉を背に小さくつぶやく。

「・・・教皇庁の犬め」

 そうつぶやきベルは暗い廊下の奥へ去ってゆく。


 スタートアップの街は活気に満ちていた。事件が解決したせいだろうか、それとも数十名の亜人の死亡など気に求める事ではないのだろうか。人が何人か死んだ程度では街の活気は変わらないらしい。街角では商人が商売に励み、業者の馬車がとめどなく行きかう。子供は元気に追いかけっこし老人は怪談に腰かけ日向ぼっこ、この間の事件などとうに過ぎ去った過去の事のように町は平穏を取り戻していた。

 ベルとタツの二人は仲良く街の見回りをしていた。タツは金魚の糞のように先輩であるベルの後ろを付き従う。

「平和そのもので、いいですね」

 タツが呑気に口にする。ベルの方と言えば先日の筆頭シェリフとの一件がまだ尾を引いているのか不機嫌そのものである。

「新人はいいわね悩みが少なそうで、無能は頭の中までスッカスカなのかしら?」

「お巡りっていうのは暇なぐらいが平和の証ってもんですよベルさん」

 八つ当たりのような言いぐさをタツはのらりと受け流す。

「フンッ」

 八つ当たりし甲斐の無い相手に対しベルはさらに不機嫌になる。本当にフンって口にする人なんていたんだ・・・、なんて口が裂けても言えないなあ、不機嫌さを増すベルに対しタツは手を焼いてしまう。

 二人が歩くのは表の目抜き通りから、治安の悪い裏通りへ。悪党どもは人目を避けて暗い所で悪さをする、それはどこの世界も変わらないようでして。

「イカサマしてんじゃねえのかぶっ殺すぞ!」

 怒声が通りに響く、喧嘩腰の啖呵の欧州は目の前の賭博小屋から聞こえる。

「行くわよ」

 ベルが現場の賭博小屋へ駆ける。小屋の中ではアウトローな不良連中が取っ組み合いの喧嘩をしている。タツとベルはその喧嘩腰のゴロツキ達へ割って入る。

「まあご両人、抑えて抑えて」

 タツが間に入って仲裁を促す。床には八面三角錐の青い魔道石が散らばっている、博打のルールは分からぬが恐らく丁半博打の類だろう。

「その野郎が魔力でイカサマしたんだ」

 戦士風の男はそうタツに自分の言い分を叫ぶ。

「魔力を込めたのが見えたのかよ!?信用第一のこの商売でイカサマなんかするわけねえだろ」

 喧嘩の相手は亜人種、オークとの混血だろうか、筋骨隆々額には鋭い角がある。ヒューマンの筋力でオークの亜人相手に敵うわけないのに、無謀な喧嘩にタツはため息をつく。

「まあここは抑えて抑えて私の顔に免じて手打ちとしましょうや、これ以上暴れるようですとお二方をしょっ引かんきゃなりません」

 仲裁するタツをベルは後ろで見守りなるほどと感心する。年の功なりにさすがじゃない・・・そう顔に書いてあるような表情。10歳も変わらないのになあ…完全に人任せになっているベルに対しタツは改めてため息をつく。

「ケッ、警護団の犬め!」

 そう捨て台詞を吐いて戦士の男はその場を去ろうと荷物をまとめ、脇に置いた革袋の財布を懐へ納める。財布はずいぶんと重そうだ。

「おやあずいぶん羽振りが良さそうですね、そんな大金があればこんなとこへ来なくてもいいでしょう?」

「なんか文句でもあんのかい!」

「いえいえ滅相もない」

 やましい事でもあるのだろうか、探りを入れるタツから逃げるように戦士の男は途上から出ていく。こいつ妖しいなタツの直感がそう告げる。だが何がという確証もない。あの野郎因縁着けて踏み倒していきやがった、そう愚痴りながら賭場の主たちは荒れた賭場を片付ける。

「あんたなかなか根性あるのねちょっと見直したわ。

 事を静めたタツをベルが労う。

「今のは戦士グロディ・バーン、この町では名の通った冒険者よ、荒くれ物でなみの警護団じゃああいつに注モノ申すなんて出来たモノじゃない」

「あーそうなんですか、どおりで・・・いやー自分も思わずチビリそうでしたよ」

「ご褒美にお昼でも奢ってあげるわ、そのあとはまた街の巡回だからね」

「へえ喜んで!」

 奢っていただけるとあってはご主人様さまさまだ、犬のように尻尾を振って喜ぶタツだった。


 静まり返った深夜、警護団詰所から静かに出ていくゴヤの姿があった、人目を気にするかのように厚手のローブを深くかぶり足早に急ぐ。向かうのは街はずれの丘にある研究所。その中では深夜の密会が行われていた。研究所には人道を意に介さぬような拷問道具や医療器具、生体実験の機械が並ぶ。

「研究の成果はあったか博士」

 ゴヤが話す相手はこの研究所の主ハンス・エルレルト博士だ。

「はい、おかげで一歩で」

 白衣をまとった博士は皺の寄った顔で答える。

「亜人種の魔王との共振、その根幹たる生体器官の発見まであと少しです」

 研究の進捗を聞きゴヤは胸を撫でおろす。そして会話を天井から鋭く覗き見る翡翠色の瞳があることにこの二人は気づいていない。覗く瞳は天井板の隙間から悪の談合の事となりに聞き耳を立てる。

「事件を治めるには骨を折ったぞ、よもや人さらいの目的が混血の亜人種の生体研究とは夢にも思うまい」

「ええまったくもってその通り。魔道大戦にて魔王の鼓動に共鳴し付き従った魔族、その遺伝子を亜人種がどのぐらい有するのか、共鳴するのは体のどの部位なのか研究するのは急務。亜人の生体サンプルの提供にはまったくもって感謝しております」

 博士と筆頭シェリフはにんまりと笑みをこぼす。

「亜人の誘拐に冒険者崩れを使うとは、おぬしも考えたのう…」

 さらに別の声が現れる、声の主は・・・なんという事か!この街の警護団のトップ、ダイカン・タイクーンである。

「いえいえ滅相もない」

 ゴヤは謙遜する。

「しかし、共犯の冒険者を口封じで始末するとは…」

「冒険者など掃いて捨てるほどおりますゆえ、ちょうどトカゲの尻尾切り、痛くも痒くもございません。すべては計画の絵図の通りにしたまで・・・」

 この世界にもトカゲは生息している。リザードマンとは遠縁、より動物に近く進化した生き物だ。

「まったく悪知恵が働く、H・ゴヤ…おぬしも悪よのう」

「いえいえ、おダイカン様ほどでは・・・」

 ヌッハッハッハッハッハッハ!悪の3人衆が高笑いを上げる。事件の隠ぺいにそして研究の進捗に、計画の無事な進行に3人は笑いが止まらない。下賤な亜人や冒険者などいくら死のうが彼らにとっては少しも痒くないのだろう。見るに堪えぬ暗愚共の笑い声に、彼らを除き見る者の影はいつしか消えていた。


 自宅の長屋にてタツは神妙な面持ちで割りばしを布巾で磨いていた。この世界へ唯一持ってきた元の世界の道具。ただの割りばしながら使い終わって懐へ忍ばせておくと、いつの間にかくっついてもとの新品な状態へと戻っている。これは女神が授けた魔法の割りばしだ、からくりは分からぬがこの仕組みで悪徒を討てと女神は命じた。無理難題であることは百も承知、しかし悪をのさばらせて良い法などあるはずもない。この世界へきて早数週間。この異世界の地で見聞きした様々な不条理にタツの心は静かに激しく怒りたけっていた。今はまだその時ではなく、ただこうして愛用の割りばしを磨くのみ。

「何でも屋、仕事だよ…」

 薄い板壁越しに聞こえるのはおせんの声。ようやく訪れた”その時”にタツは覚悟を決める。

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