1の中2「あぁ無常!悲劇のホットドッグ娘」

 惨殺死体が大量に発見された川原では筆頭シェリフであるゴヤの指揮の下、鑑識たちにより見分が行われていた。遺体の状況は凄惨を極めた、数十体に及ぶ死体が戸板の上に並べられ夥しい血が滴る。四肢が繋がっているものはまだマシだ、多くはバラバラに四肢を切断され頭部もグチャグチャに損壊している死体もある。鑑識は損壊した死体を集め、どの手足がどの被害者のモノかを調べ、その死因などを調書にまとめている。

 川原沿いには格子状の非常線が張られ、その向こうには遺族たちや野次馬がひしめいていた。その人込みをかき分けてタツとベルは鑑識たちと合流する。

「酷すぎる・・・」

 ベルが鼻を覆いながらそう零す。当然だ鑑識の中にさえあまりの光景に嗚咽を漏らす者がいるほどだ。この光景は十代の少女にはあまりに酷すぎた。ベルは川原に並ぶ亜人たちの死骸に手を合わせ深く黙とうする。

「ごめんなさい」

 聞く相手のいないその無念のこもった謝罪を横目に、タツはこの世界でも仏さんには手を合わせるんだななどとズレた事を考えていた。


「遅いぞベル・ディントン」

 黙とうを遮るよに言葉をかけたのは筆頭シェリフのゴヤ・H・ローレンス。

「遅れてしまいすみません。」

 ベルは背筋を伸ばし自分の上司へ謝罪する・

「今朝がた旅の冒険者が発見したそうだ、恐らく昨晩の内に下手人がここへ捨てたのだろう。」

 さらに筆頭シェリフは付け加える。殺害は別の場所で行われ、人さらいも含めて恐らく複数による犯行。殺害に使われたのは剣や斧、ナイフなどの刃物であり。刃引きと言わないまでも切れ味の落ちた刃物が使用された痕跡があることから下手人は冒険者崩れの集団である可能性が高いとの事だった。

 奉行所で同心をしていたタツも同様の見立てをしていた。江戸であれば犯人探しには数日かかるだろうがこの世界は違う。魔力の痕跡・・・いわゆる”臭い”をたどることで下手人にたどり着ける。たとえ魔法を使用していなくとも魔力の臭いは簡単には消せない。その証拠に川原周辺では鑑識の魔力捜査班による臭い操作が行われていた。こりゃああとは時間の問題か・・・であれば自分の出る幕はないか、そう思いながらタツは鑑識の手際の良さを惚れ惚れと眺めていた。

「一緒にいるのは連れか?」

 誰だこいつは、とでも言う様に筆頭シェリフはベルへ聞く。

「本日から私の下に着いたタツといいます」

「タツ・・・」

 なるほどこいつが無能のタツか・・・といった目で筆頭シェリフゴヤはタツをじろりと見る。

「へへどうも、これから警護団様にてご厄介になります」

「せいぜい務める事だ」

 興味なさげにそういい捨てて再びベルへ指示を出す。

「野次馬がうるさい、見分の邪魔であるから早く追い払え」

 指示に従いベルとタツは人払いのため非常線へと向かう。非常線にはホットドッグ売りの亜人・フェリンの姿もあった。フェリンとタツの目が合う、少女を安心させようとタツは優しく微笑むも・・・

「ほら見世物じゃねえぞ、帰った帰った」

 野次馬へ向けタツは事務的にそう冷たく叫ぶ。

「然る処置の後遺族へは個別に連絡をしますのでお引き取り下さい!」

 ベルがそう付け加え群衆の怒りの声を静める。

 野次馬は警護団への愚痴や悪口をぶつける。

「国家の犬」「税金泥棒」「お前らが無能だから被害が大きくなった」

「その事件を解決するための操作をしているってんだ、邪魔するならお前らもしょっ引くぞ」

 タツの啖呵に慄いたのか、はたまた凄惨な眺めを見飽きたのか野次馬たちは徐々に数を減らし街へと戻っていく。非常線に張り付き事の次第を無言で見守るフェリンの目にはうっすら涙が浮かんでいた。

 ごめんよ、これがおじさんの仕事だからさ。少女を見やりながらタツは心の中で無碍な態度を静かに謝罪した。


 街へと続く街道、先程の遺体を積んだ荷車が列をなしギシギシと音を立てて街へと向かう。

「しかしどうして亜人ばかり狙われるんですかね?」

 荷台に腰かけたタツがめざしをしゃぶりながら疑問を投げかける。こいつ正気か?死体と並んで飯を食うタツを信じられないといった表情で見ながらベルは答える。

「そんな事は下手人に聞いてくれる。」

 当然だ、人殺しの考えることなど常人には想像もつかない。ただしその犯行の動機というのを考えるのがタツ、そしてベルの仕事だ。

「60年前に大戦があったのは知っているわね?魔道大戦で魔王と人間は争った、それこそお互いを絶滅させるぐらいの勢いでね。」

 へえへえ、またお勉強の時間ですか・・・若干の面倒くささを覚えつつも相手に察せられぬようタツは熱心に話を聞く体を繕う。

「その時に魔王側に着いたのが今の亜人の先祖にあたる魔族だった。魔王が勇者に倒されても大戦は終わらなかった。首領を失った魔王軍はなお抵抗を続けた、それこそ全滅するまでね。だけどそうはならなかった、魔族の中にも人との共存を模索する者たちがいたの。和平は成立し人と魔族が共存する時代ややって来た。平安の時代が続く中で魔族と人類は次第に交雑して歩み寄っていった、その結果亜人種が生まれたの。いわば亜人は平和の象徴でもあるの。でも未だに亜人は差別的な扱いを受けている。」

 そこまではタツも良く知っている。亜人にはいい奴もいるしそうでない普通の奴だっている。あのホットドッグの店の子のように逞しく生きている子もいる。そこに貴賤は無い。

「今でも純潔を崇高なモノと考える者は大勢いるわ。特にこの国で大きな力を持つイルマリン教徒の教義は混血を認めていない」

「といってもイルマリン教徒お抱えの警護団だって亜人はたくさんいますぜ?」

 痛いところを突くな、といった表情でベルは続ける。

「黙認せざるおえないのよ亜人の存在を。大きな戦乱後の復興は人手が無くっちゃ始まらない、だから亜人も警護団に採用するし亜人の農家や冒険者だっている。」

 そりゃそんなもんだ、いがみ合う者同士妥協の結果勝ち取った平和だ。未だ戦争の軋轢はあらゆるところに存在する。

「だけどそんな簡単に手を取り合えるほど簡単じゃないのよ。今回の事件は亜人に差別的な冒険者の犯行とはとても思えないの、もっとこう大きなものが裏にあるんじゃないかってそう思うの」

 根拠のない支離滅裂な推理に自信が持てずもベルは呟く。

 空高くドラゴンが飛んでいる、魔道大戦では人間にも魔王にもつかなかった種族と聞く。空の上からはこの事件がどう映るのだろうか。そんなことを考え味のしなくなっためざしをタツは飲み込む。


 ケイタルヴィルでは小さな悲劇が起きていた。

「早く家賃を払ってもらわないとこまりますよ」

 成金風の小太りな男が下っ端を引き連れ屋台のフェリンともめている。

「もう少しだけ待ってください、お金はちゃんと払いますから」

「そんな事いっても返す当てがないでしょう?」

 ホットドッグの屋台に客はいない。いや、いつものように人の往来はあるが、あきらかに皆亜人種と関わるのを避けている。あんな事件があった後だ亜人と仲良くすればどんなとばっちりがあるか知れたものではない。

「借金だってあるのに、家賃も滞っているって聞きましたよ」

 成金は意地悪く処女に詰め寄る。フェリンは食い下がる

「そんな借金はちゃんと返しているじゃないですか」

「利息っていうのがあるんですよ、証文だってちゃんとある」

 証文は加筆され事後に書かれたものだ。

「そんな・・・、お父さんはもうすぐ借金を返済してお店を持てるって…」

「子供の理屈で駄々をこねられても困りますよ。こっちは商売でやっているんですから」

 横暴である。だがそんな事は親を亡くした亜人の少女に分かるはずもない。

「今日の売り上げはいくらですか?お客さん来てないでしょ」

「それは・・・」

 フェリンは言葉に詰まる。だが助けてくれるものはいない。

「返すあてが無いのなら、仕事を紹介してあげましょうか?なあに亜人の娘でもできる簡単な仕事を紹介してあげます。」

 成金が下卑た笑みを浮かべて優しく囁く。

「すみません、今日はこれで許してくれませんか?」

 少女がわずかな売上金を成金男へ差し出す。

「こんなはした金で足りる訳ないだろ!」

 成金は怒気を荒げ差し出された手を払いのける。金が地面に散らばる。


 その日の夕方フェリンは売れ残りのホットドッグを一人食べていた。行方不明になる前父親が最後に仕込んだソーセージで作ったホットドッグだ。押し寄せる悲劇の連続に涙はとうに枯れ果てた。これから生きるためには泣いている暇すらない。でも生きる方法など知らない。それを優しく教えてくれる者などどこにもいない。

 少女の足は自然とオフェリアの廃教会へと向いていた。救いなどない、救われる未来も見えぬ、自暴自棄にも似たその胸中は、父親の無念を晴らしたいというただその一念だけだった。教会の屋根は抜け落ち差し込む月明かりが教会内に差し込む。朽ちてツタの絡まる女神オフィーリアの石像が月明かりに照らし出される。少女時は女神像に向かい跪く。

「・・・お父さんが殺されました。」

 ふり絞った言葉が教会に木霊する。

「ここに来れば復讐・・・、してくれるって噂を聞きました」

 誰も答えない。オフィーリアの石像は無言で少女に微笑むのみだ。

「これ今日の売上金です。少ないかもしれないけど、これでどうかお願いします。」

 誰も答えてくれない。教会に吹き込む風が無常を掻き立てる。悲しみか不安からか、少女は小さく泣き出す。

「お願いします、誰か助けて下さい。私は良いんです、せめて殺された人たちの・・・お父さんの仇を討ってください」

 泣きはらした唇から大声で少女は懇願する


「その依頼、確かに聞き届けたよ」


 教会内に言葉が反響する。まさかの声に少女はキョトンと目を見開く。言葉に希望を見出したのか久々のやさしさに接したせいか、少女の目には暖かな希望の涙が浮かぶ。

「あ、ありがとうございます、ありがとうございま・・・」

 言葉を遮るようにまた声が反響する。

「金を女神像の前に置いて去りな、けして振り向くんじゃないよ」

 事務的だが温もりを感じさせる良い口に少女は安堵する。ありがとうございます、ありがとうございます、そう何度も顔の見えぬ相手へ礼を言い少女は朽ちた教会を後にする。

 祭壇にはわずかな銀貨が数枚置かれている。少女の足音が遠のいていくなか、物陰からスッと女が現れる。情報屋のおせんだ、口元を薄紙で隠し暗闇に消えていく少女の姿をじっと見送る。

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