1の中1「あぁ親思い!ホットドッグ売りのケモ耳娘」

 暗い森の入り口、ケイタルヴィルの一軒家に明かりが灯る。ここはホットドッグの屋台を営むフェンリアの家。看板娘のフェリン・フェンリアとその父親が暮らす。

「今日もたくさん売れたんだよお父さん。両手に持ってホットドッグを食べてた新規のお客さんまた来てくれるかな」

「きっとまた来るさ、なんたってお前の売り方が上手だからな。お前は立派なウチの看板娘だ」

 仲睦まじい親子の会話。親子は獣人と人間との混血だ、獣人の血を引く亜人特有の獣のようにツンと飛び出た耳と獣の濃い体毛が目を引く。何世代目の混血か知る由は無いが、血の濃さ的に父親がデミヒューマン、娘のフェリンはニアヒューマンといったところか。

 ガタッ!外から物音がする。

「何だろう、ちょっと外の屋台を見てくる。お前はココにいなさい」

 そう娘に言い父親は暗い屋外へと出ていく。


 家の脇に置かれた屋台車の車輪が壊されている。こういった亜人種への嫌がらせは度々ある。

「あーまた壊されたか」

「どうしたの?」

 家の中から娘が心配して声をかける。

 父親は慣れた様子で壊れた車輪を確認する。この国ではこんな事は日常茶飯事だ。不満を漏らしても仕方がない。もう少し金を貯めれば街に店だって持てるんだ、今はグッとこらえよう。そうして自分を誤魔化す父親に妖しい外套を羽織った集団が近づく。剣や斧を帯刀しており野党か冒険者崩れだろうか?

「・・・なんだお前たちは!」

 言うが早いか怪しげな集団のリーダーらしき男は剣の峰で父親の頸椎を殴打し気絶させる。・・・慣れた手つきだ。集団は手際よく亜人の父親を抱え夜の森の中へと消えていく。

 娘のフェリンはそんなことなど知る由もなく。父親が屋台を直し、家の中へと戻ってくるのをただただ待ちわびる。人の明かりがテラスには夜の森はあまりにも暗くそして深い闇のヴェールに覆われている。




 ところ変わって朝日が鋭く差し込むスタートアップの街。簡素な木造の長屋がひしめく一角に割りばしのタツの姿があった。下級武士の朝は早い、割りばしを剣に持ち替え朝の鍛錬だ。

 邪魔な上着をはだけさせて型になぞって剣を振るう。日本刀は転生の際に江戸へ置いてきてしまった、振るうのは西洋剣。太刀と比べるといささか重く短いその刃を振るうのには未だに慣れない。剣の重心が中々つかめず剣を振る際に若干体が振られる。腕に覚えはあるつもりだが20年振った2尺5寸も物が変われば武士などこの程度か・・・。自戒しながらも早くこの世界に慣れるためタツは無心で剣を振るう。

 いつから鍛錬をしていたのか、型稽古といえ肌にはうっすらと汗が浮かんでいる。この朝の鍛錬の跡に食べる朝餉ってのがまた美味いんでさぁ。江戸にいた頃であればご飯に味噌汁、めざしと漬物。今朝は豪華に新巻鮭と冷ややっこもどうぞなんて言われた日には、一日がハッピーになって心がウキウキしてくる・・・、もっぱら庶民の楽しみは食にあったんでさぁ、いつの世も飯っていうのはあたしらに鋭気を与えてくれる、人間腹が空いてちゃなんも出来ねえもんね。


 この異世界にもめざしは存在するようで、実際はシシャモだかカタクチイワシの太ったのか分かりませんが、魚の目ん玉に木の棒を通して干物にしたっていうのは異世界でも一緒なようですな。魚を干すひと手間を加えるだけでうま味が凝縮して一層上手くなる。生のまんまの青臭くジューシーなのも良いですがね、干しためざしを炙った香ばしい香りっていうのもまたたまらんのですわ。あー書いているとこっちまで腹が空いてきた。

 めざしは干しているから持ち運びも楽ちんです、このタツさんなんかは小腹が空いたときのおやつ代わりに常にめざしを持ち歩いています。だってこの人腹が減るとすぐ不機嫌になるんだから。

 そうしてめざし持参で今日もせっせと畑仕事。本日は昨日耕した畑に種を撒きます、春ですからね。農家は天気で仕事をします。指で土をほじって、指の第一関節ぐらいの深さに種を植えます。

 植えているのはキャベツのタネ。見渡す限り広大な畑に嫌気がさしつつも、これを収穫すればおこぼれに預かれるのではないか、キャベツっていうのはどんな味がするのだろうか?どうやって食べようかな、そんな呑気な事を考えながらタツが畑仕事をしているところに声がかかる。

「タツ、仕事よ!」

 はるか遠く畑の向こうからタツを呼びつけるのは警護団の女騎士だ。


 タツを呼びつけたのは警護団所属のベル・ディントン。警護団はバルベルデ王国の治安を守る警察のような組織でベルは警護団に所属するシェリフだ。シェリフというのは現代でいうところの刑事、江戸でいうところの同心にあたる。マント羽織り警護団の制服を来た身なりが様になっている。

「最近デミヒューマンの行方不明者が多発しているのは知っているわね」

「へえ、なんでも亜人が人攫いにあってるなんて噂もあるようで」

「そこまで知っているのね、あんたにも手伝ってもらうわ」

 どうやら警護団も重い腰を上げるらしい、

「あんたこの間警護団のメンバーになりたいって志願したそうじゃない。あたしの下に付いてその行方不明者捜索を手伝ってちょうだい」

 見た目十代の少女は年上にも臆せずキビキビと命令する。

「ただしまだ正式な団員じゃないからあくまであたしの下っ端。この件での働きによっては正式に団員として召し抱えてやるから、気を引き締めて掛かりなさい」

「へえ、喜んで!」

「まったく、ギルド所属の癖に警護団の仕事もしたいなんて、軟派な奴」

「へへっ」

 あっしは魔力を持たない何でも屋のタツです。お金を頂ければなんだってお手伝いいたします。

「そうと決まればさっそく聞き込みよ。畑仕事なんかしてないで、腕の立つところを見せてみなさい!」

 そういう事なのですみませんと農家のじいさんに会釈をしてタツはベルの後を犬のようについていく。


 移動の最中、歩きながらベルはタツに事の次第を伝える。

 亜人種の行方不明者は30人を数える、いや独り身の渡世の亜人も含めると被害はもっと大きいのかもしれない。狙われているのはデミヒューマンとニアヒューマン、いずれも血が薄く非力な人種の人間ばかり。現状人攫いはあくまで噂程度だと思っていたが、どうやら行方不明者が消えたのとほぼ同時刻に怪しげな集団の目撃情報が数件あったらしい。警護団の見立てでは亜人に対して差別的な野党か冒険者崩れの犯行ではないかとの推理だ。これはまだおせんも掴んでいない情報だ。さすが警護団裏家業の一枚上手を行っている。

 タツはベルと一緒に行方不明者の家族を中心に聞き込みを行う。話を聞くのはみな亜人種、亜人種と言ってもその実様々な種族がおり、獣人との混血でも肉食系~草食系、レプリティアンやサキュバスとの混血まで様々な人間…いや亜人がいる。そうした亜人達の話を聞きながらタツはその仔細を調書へまとめていく。その仕事ぶりをベルはつぶさに観察して一言

「転生者にしては字上手いのね」

「へえ、真面目に勉強いたしました」

「情報のまとめ方も丁寧だし案外向いているかもね」

 この世界へ転生してからタツは読み書きを必死に習得し、この世界に馴染もうと務めた。女神さまの御業のおかげか言葉の意思疎通に不便はなく、文字も一通り読むことは出来たのだが書く方がてんでダメだった。読み書きはどこへ行っても必須と子供の頃より教わっていたタツは毎朝の稽古の後には習字で文字の練習を必死に会得した。武芸百般文武両道、習い事に勉強を日々の日課としていた習慣がこんなところで生きてこようとは仏さまでも思うまい。

「あんた転生者なんだってね、それも無能の」

 無能という言葉はいまだに引っかかるが、嫌味ではなくタツを知ろうという興味本位からの質問だ。

「ええ、以前の世界で身に着けた技能はどうもこの世界では役に立たないようで今は何でも屋なんてのをやっております」

「剣術の腕は立つんでしょ?」

「人並みには…」

 剣ではなく愛用の太刀であればと頭に浮かぶ。


「腕を見てあげる、一太刀あたしと切り結びなさい」

 ベルは唐突にそう切り出す。年上相手に自信あふれる挑発だ。さながらこれは新顔のタツへの腕試し、胸を貸してやろうとの提案だ。

「それとも腰にさげたそれはただのお飾りなのかしら?」

 安い挑発だ、太刀を剣に持ち替えてどの程度行けるのか?それはタツも気になっていた。

「安心して、剣に魔力は帯びさせない」

 剣に魔力を帯びない、それはつまりこの世界ではなまくらを意味する。実入りの刃物ではあるものの、”魔力無しの剣”はただの剣だ。実戦では役に立たないことを意味する。彼女にとってそれはタツにハンデを与える事を意味した。

「それでは少しだけ・・・」

 そう覚悟を決めるとタツは腰の剣を抜きベルへと切りかかる。太刀筋は日本刀のそれである、刀身の重さに変わりはあるがタツの剣術は道具を選ばない。目で追えぬ速さの剣先をベルは軽々をいなす。

「面白い剣術ね」

 次はあたしの番・・・、と言うようにベルはタツへ剣を振るう。上段下段、四方八方から五月雨の様な斬撃が襲い掛かる。乱雑なように見えつつも剣筋は彼女の日々の鍛錬の積み重ねを物語る。

 良い剣士だ・・・。これほどの腕なら江戸であれば士官も出来たかもしれないな。心の中で彼女の剣技を認めタツは小さく笑みをこぼす。

「受けているだけじゃジリ貧よ、何でも屋は何でも屋らしく芸のある所を見せなさい!」

 自分の自慢の剣技を華麗に受けきるタツに対しベルも思わず言葉に高揚が滲む。彼女の剣技を受けながらタツは待っていた、彼女の呼吸にわずかなスキが出来るのを。

 乱れ切りの刹那、次の呼吸に向けベルが息を吐く一瞬の隙!ベルの腹めがけてタツの剣が切りかかる。

「・・・!!!!!」

 ベルを真っ二つに切断したかに思えた剣先はベルの制服の一寸先で止まっていた。しかしベルも抜け目ない、切りかかる刀身を受けようと剣の峰でガードに入っていた。剣と剣はわずかに触れる寸前紙一重という所で止まっていた。

「そのまま切れば私に一太刀浴びせられたかもしれないわ」

 ベルは挑発するが、タツはゆったりとした動作で剣を鞘へ納める。

「やめておきます、お嬢ちゃんの剣がわずかに魔力を帯びたかのように見えましたんで、魔力を帯びた剣相手じゃ刃先が欠けちまう」

 はったりだ、魔力を持たないタツに魔力を感知する事はできない。彼女が魔力を込めたように思えたのはあくまでタツのカンだった。

「腰のお飾りとはいえ、傷物じゃあ恰好がつきません」

 そう言っておどける相手にベルも気が抜けたのか自身の剣を鞘へ納める


「でも残念ね、こっちの世界では剣術だけあって魔力がなくちゃ話にならない。」

 タツには魔力がないため魔法が使えない、それゆえの無能だ。

「今回の事件捜査は犯人の足取りの捜索と魔力検知よ。知っているだろうけどこの世界の住人はみな多かれ少なかれその身に固有の魔力を持っている。その臭いの痕跡をたどって犯人を見つけるの」

「なるほど勉強になります」

「だからその為にこうして行方不明の捜査を必死にやっているの、魔力探知なんて鑑識班の手にかかればすぐなんだから。事件解決の肝は愚直な下調べ、事件は足で解決するのよ」

 なるほどな、そのあたりは異世界も変わらないなとタツは頷く。


 思えば二人は街道の辻へと来ていた。辻の立て看板には人探しの紙が所狭しと貼られ、人を探す文字の筆致からは行方知れずの家族の無事を祈る悲痛な祈りが感じられるようだ。

「あたしの町で姑息な犯罪なんか絶対に許さないんだから…」

 自分に言い聞かせるようにしてベルはつぶやく。

「分かったらとっとと聞き込みを続けるわよ、ほかの奴に手柄は渡さないわ!」

 そうして自分とタツに活を入れエリスは足早に次の目的地へと向かう。


 次の目的地は街の中心にあるギルドだ。藁にもすがるような思いの残された家族は警護団やギルドの垣根を超えあらゆる手段で行方不明者を探そうとする。

「本当はここには来たくなかったんだけどね」

 仕方ないといった様子でベルはギルドの門をくぐる。

 ギルドのクエストボードには先ほどとどうように人探しの依頼が山のように張られている。しかし人探しの依頼を受けるような冒険者はいない。単純に割に会わないのだ、報酬が高額であれば依頼を受けてくれる者もいるだろうがそんな金を積める亜人種などほとんどいない。

 クエストボードをベルと一緒に眺めていると受付嬢が声をかけてくる。

「あらタツさん、今は警護団と一緒にいるんですね」

 タツはバツが悪そうに答える。

 やって来た二人に対してギルドの目は冷ややかだった。

「見ろよ、警護団の犬が来たぜ」「落ちぶれ騎士のベル様じゃねえか」

 ギルドへなんの用で来たんだとでも言う様に、これ見よがしな嫌味の言葉がそこかしこから聞こえる。

「いやまあ火急の案件というやつでして」

 街の外側を主とするギルドと街の中の治安を担う警護団はその管轄を巡って対立している。ましてどちらも人手が慢性的に不足しており、人手の奪い合いで常に争っていた。魔王との大戦時であればギルドの権力が大きかったが平時にあっては街の平和の維持の方が重要だ、云わばこれはそこに端を発っする因縁の主導権争いだ。ちなみにギルドはダブルワークを禁止している、まあそのルールを守っている冒険者などいないが。

「何でも屋というのは本当に何でもするんですね。タツさんの転生以降、私もといこのギルドがタツさんがこの世界で暮らせるように手ほどきしてあげたというのに…」

 受付嬢がこれ見よがしに小言を言ってくる。

「今は街の治安を左右する一大事だ、少々の例外は認めていただけますか」

 ベルが冷静に対処しようと努めるが、言葉の奥に怒りを感じさせる。

 受付嬢も状況を察したのか状況を伝える。

「こちらも状況は同じです、人探しの依頼は連日ひっきりなし。一応対応はしていますがこれは街の中の話、早く解決してい頂きたいものです」

 受付嬢はクエストボードに目をやりそう語る。事件に手を焼いているのはお互い同じらしい。そうしてギルド内を眺めていると人探しのビラを配るものの中に見知った顔の亜人の少女を発見する。昨日の屋台の少女・フェリンだ。

 少女は無き父親の似顔絵が掛かれたビラを冒険者へと配っている、行方不明の父を探して必死な表情の裏に不安と悲しみを色濃くにじませる。

「これお嬢ちゃんが書いたのかい上手いね?」

 タツは優しく少女に声をかけビラを手にする。

「あなたは先日の!」

 見知った顔に希望を見出したのか少女の顔がわずかに笑みを取り戻す。

「おじちゃんとこの警護団のお姉ちゃんがきっと見つけてやるから安心しな」

 少女を安心させようとタツは優しく接する。久々の優しさに触れたのか少女は思わず泣き出してしまう。

「よしよし分かってる分かってる、大丈夫…大丈夫…」

 タツは少女を優しく抱きしめその不安を受け止める。ベルもそんなタツの優しさを無言で見守る。





 同時刻町から遠く離れた河川敷で数十名の亜人たちの変わり果てた死体が発見される。体をズタズタに引き裂かれ四肢が引きちぎられた物や、顔面をズタズタに切り刻まれた者までいる。ひどいものでは頭蓋を切り開かれ脳の損壊が著しい死体もあり、河原は凄惨を極め血で真っ赤に染まっている。死屍累々の現場では警護団の鑑識が身元の照会と見分が行われ、陣頭指揮を筆頭シェリフが取り仕切る。

 その死体の山の中にフェリンの父親の顔もあった。当然のことではあるが異世界であろうと死んだ人間は帰って来ない。

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