異世界 裏稼業 ~晴らせぬ恨み晴らしてみせます~

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1の上「割りばしの勇者 異世界へ!」

 暮れ六つの八丁堀、人の往来も減り勤め人も家路へと急ぐ往来の片隅にポツンと赤い提灯が灯る。移動式の蕎麦屋の屋台だ、その暖簾の中に男が一人。

「へっへっへ、疲れた仕事帰りにはこれだよな」

 ここは大江戸、紋付羽織を着た同心風の男はパキっと割りばしを割りながら一人ごとのようにつぶやく。目の前には温かな湯気を立ち昇らせるいっぱいの蕎麦。琥珀色の濃いスープに黒々とした蕎麦がたっぷりと盛り付けられ、その上にかまぼこと三つ葉が浮きつ沈みつして彩を添える。

 割りばしで麺を軽くほぐし口元へと蕎麦を運ぶ。

「フッフッ・・・へっへっへ・・・」

 蕎麦を啜ろうとしたその瞬間。

 カタカタカタ・・・、地震のような揺れが屋台を揺らす。

「なんだなんだ!?地震か!?」

 テーブルに置かれた割りばしや七味唐辛子の瓶がガタガタと揺れるや、両手に持った蕎麦のドンブリから眩い光が爆発する。

「うわ!南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏!」

 やがて光はおさまり蕎麦屋の店内は先ほどのような静寂が包み込む。

 ただそこに男の姿はなく、寸胴から湯気が立ち上るのみだ。



「あー、聞こえますかー?」

 甘ったるい口調の声が呼びかける。

 声に呼び起されるように男が目を覚ますと、そこは真っ白な空間がどこまでも広がっている。

「・・・?・・・極楽か・・・ここは?」

 声が空間に反響する、何もない真っ白な空間、そこには小さな少女が一人椅子に腰かけていた。

「やぁーっと気づきましたね♪」

「あんたは?」

 男は訝しむ、南蛮風の格好をした少女、頭には野兎のような白い耳を生やしてまったくもって珍妙な出で立ちである。

「私は時空の女神です。」

「女神?天照の神か?それとも三途の川の奪衣婆か?」

「だっ…!?失礼な!私のどこが老婆に見えるっていうんですか?私にはオフィーリアという名前があります!」

 目の前の少女は見た目的に年端にして十四、五といったところだろうか。

「俺は死んだのか?さっきまで蕎麦の屋台にいたんだ、そうだあの蕎麦は、蕎麦はどうなった!?死ぬならせめて蕎麦を食ってから死にたかったなぁ…」

「まったく食い意地の張った勇者ですね、あなたという人は…。」

 勇者?何を言っているんだこの小娘は…

「…まあいいです、あなたは死んではいません。」

「はー、良かったー。死んじまったらもう二度と蕎麦が食えなくなるもんな」

「…」

 女神を自称する少女はあきれ果てる。

「はーまったく、こんな人に世界の命運を託すことになるなんて…。あなたにはお願いしたい事があるんです。」

「世界?何を言っているんだ?」

「あなたはこれから別の世界へ行ってそこで苦しむ人を助けていただきたいのです、いわゆる異世界転生…というやつです」

 何を言っているか全く分からない。おれは江戸に暮らす一介の町人だ。

 その俺に世界を救え?…どうやって?

「あなたの事は調べさせていただきました、表の事も…裏の事もね」

「!?」

 こいつ俺の裏家業の事を知っている?女神じゃなければ始末していたところだ。

 意図せず拳に力が入る。…と右手に割りばしを握ったままであったことを思い出す。

「今回のチートスキルはその割りばしです♪」

「?」

 何を言っているんだこの女?

「仕事のやり方は江戸の仕事と変わりありません、詳しい事は現地の裏家業の人にでも聞いてみてください♪」

 何を言っているんだこの女?

「その割りばしがあなたの武器なので大事にしてくださいね♪」

「どうして割りばしなんか!?俺の脇差はどうした?」

「すみません…エクセス超過で…」

本当に何を言っているんだこの女?

「しかるべき時が来たらその割りばしがあなたに力を授けます、あなたに割りばしの加護があらんことを♪」

 何を言っているんだこの女?

「それでは素敵な異世界転生ライフを楽しんでくださいね♪」

 …何を言っているんだこの女?

 先ほどと同じように再びまばゆい光が男を包み込む。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


  数日後

 バルベルデ王国スタートアップタウン、王国の外れにある地方経済の中心地。数万人の住民を要し温暖で安定した気候から独自の農業や物流を生かした豊かな文化的発展を遂げた都市だ。

 この町の中心部にある冒険者ギルドには周辺地域のモンスターや盗賊の討伐以来のクエストが毎日のように寄せられる。江戸でいうところの口入屋、現代でいうところの職業案内所…いわばハローワークのような組織である。

 ギルドの施設は酒場も兼ねておりその一角、隅のテーブルに男の姿はあった。


 ズズッ、ズズズ~~~ッ!!!

 割りばしをリズミカルに動かしておいしそうにナポリタンパスタを啜り込む。パスタの麺を啜る音が静かなギルドの建物いっぱいに響き渡る。

 ズズッ、ズズズ~~~ッ!!!

 焦げたトマトペーストが麺に良く絡み、タマネギの甘みとピーマンの青臭さが味に深みを与える。

 異世界にもナポリがあったのかって?勿論ない、この物語は日本語版であり、登場人物の会話やモノの名前は可能な範囲で現代日本の読者にも分かりやすく設計してある。ちなみにナポリタンパスタは日本発祥の料理だ。


「あの~タツさん、美味しそうにお食事中のところ申し訳ないのですが…その啜る音もう少し控えていただけますか?」

 ギルドの受付嬢が無心でパスタを啜る男にそう諭す。

「あーすまんすまん、美味い食い物を食うとどうしてもこう啜っちまうんだ、江戸っ子のサガって言うやつだな」

 タツと呼ばれた男はそういって飄々と謝る。

「それとちゃんとフォークとスプーンを使ってください。パスタにはフォーク!ですよ?」

「このフォークというのはどうも自分には合わないみたいで…、それに使い慣れたこの箸で食わないとどうも食った気にならんのですわ」

「はぁ…」

 受付嬢はこの男の飄々とした態度に嘆息しつつも、依頼の紙を男へと差し出す。ギルドには様々な依頼が寄せられ、その依頼が壁一面にびっしりと張られるのだ。実際に依頼は多くゴブリンやドラゴンの討伐、行商人の輸送の護衛など様々なものがある。江戸の尋ね人探しの道標のような物だ。

 そう思いを馳せながら男はコンソメスープをズズッとすする。またこの人は…と顔に小皺をよせながらも気にせず受付嬢は続ける。

「依頼場所は町はずれのケイタルヴィルという村です。あなたにピッタリの依頼です、本日中の急ぎの依頼ですので急ぎ向かってください」

 ズズッ…、タツは無言で返事をする。

「…もう!」


 スタートアップの西に行ったところにケイタルヴィルはある。村人50人ほどが住む小さな農村だ。そのさらに外れの畑にタツの姿があった。

 ザクッザクッ・・・クワを勢いよく大地に突き立て掘り返す。

「すまないねタツさん、勇者様にこんなことさせちまって」

「いやー汗水たらして働くのも大事な仕事ですから」

 春先の季節、村はキャベツやニンジンなどの栽培で忙しい。

「若い衆はみんな冒険冒険、畑を継ごうなんて若い奴はめっきり減って人手不足で困るね」

 初老の老人はタツを労いながらそうごちる。

「武士も腕っぷしだけじゃ食えない時代ですから、じいさんももう年なんだからあんまり無理しちゃいけませんよ」

 畑の脇には鞘に納められた剣が柵に無造作に立てかけられている。

 転生前のタツは長屋に暮らす下級武士だった。『武士は食わねど高楊枝』なんていうのは嘘っぱちだ。いくらそしられようとも銭が無くては楊枝も食えない。副業なんて言うモノは当たり前。笠張り、経師に畳替え、これぞ大江戸に住む武士の武芸百般だ。

 奉行所に通いかろうじて食い扶持はある物のそれだけでは食べていけない。武士と言えども平時となればいくら剣の腕を磨こうがせいぜいが敗軍の大名へ仕官、下級武士ともなれば奉行所でのサラリーマン暮らしが関の山である。最近は働き方改革やダブルワークなんてものを進めろとの御上からのお達しまであった、まったくもって世知辛い世の中にございます。


 それと比べてまったくこの異世界というモノはいいものですね。平和そのもの太平の世でいい事じゃありませんか。十数年前には世界をまたにかけた魔導大戦?なんていうものもあったらしいが、この長閑な田園を見ているとそんな事も忘れさせてくれる。

 花が笑い鳥は歌う、街道脇には旅の冒険者風のパーティが和気あいあいと楽し気に歩く。

「見ろよ外れ転生者のタツが農家に転職してら」

 戦士風の男がそう言ってクワを振るうタツを小馬鹿にする。

「へへっ、どうも…」

 タツは悪口をのらりと躱す。

「ち、つまんねえ野郎だ…」


 実際、この異世界に転生したタツのスキルは外れだった。パラメーターは悪くない物のスキルが『割りばしを自在に操る』という冒険には到底役立ちそうもないスキル。

 いくら飯を美味く食えても、モンスターと戦えないのでは冒険では使い物にならない。腕っぷしは人並みに立つ方であるがそれは魔法が使えない武士としての範疇。

 火属性や水属性、毒や麻痺などの状態異常を攻撃を仕掛けてくるモンスター相手にタツはあまりに非力であった。ましてや魔法を使いこなす魔族魔物相手には言うまでもない。

 どうやらこの世界では人は往々にして大なり小なりの魔力?というモノを有しているようでして、タツにはソレがからっきしもなかった。

 食えない下級武士の自分など世が変わってもこんなものだな。お天道様の元で汗をかいて働いて町の人々に喜んでもらう、そんなもんで良いじゃないか人間高望みばかりしてちゃいけねえ。与力の小言にも耐えて同心の職に就かせてもらってるんだ、サラリーマンの忍耐を舐めるんじゃねえ。


 畑の開墾を済ませたタツはケイタルヴィルの中心部に来ていた。ケイタルヴィルは街道筋に位置しており、旅の冒険者に屋台で美味い飯を振舞うようになったのがその名の由来だ。往来には様々な屋台が立ち並ぶ。

 腹が減った…。日はすでに傾きかけ一日の畑仕事の過酷さを腹の虫が訴える。早く何か食わねば、こういう時はアツアツの天蕎麦が食いたい。仕事終わりのサラリーマン、家へ帰る前に小腹を満たすのは屋台の蕎麦にかぎる。ちゃちゃっと啜って、体の芯から温まり一日の疲れを癒す。

 しかしこの異世界に蕎麦なんてものは存在しない、どうやって空腹と疲れた心を癒すか?ただ空腹を満たすだけでは満足できぬ!蕎麦だ、蕎麦が食いたい!

 そうして亡霊のように繁華街をさまよう江戸っ子。小一時間も飯の屋台を物色したところで美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のように匂いをたどった先にあったのは・・・何と言いう事か、熱々ジューシーなホットドッグではないか!?

 ただこの江戸っ子ホットドッグなどという遠く米国の食い物など知る由もない。

「この旨そうな食い物はなんという?」

「はいホットドッグと言ってこの町の名物ですよ、自慢じゃないが町一番の旨さでウチの名物でさぁ!」

 売り子の少女が軽妙に商品をアピールする。やたらとボディラインの出た薄手のシャツにホットパンツとピチピチのエプロン、少女はとてもセクシーだった。

「このホットドッグを一つ・・・いや二つくれ!」

「あいよ、喜んで!」

 売り子の少女からホットドッグを受け取る、左手にホットドッグ右手にホットドッグ・・・、どうみても今の自分はただの食いしん坊だ。うまそうな匂いが鼻をくすぐる、この得も言われぬ旨そうな食い物はいったいどんな味がするのか、想像するだけで口内が涎であふれる。

 ハフリ、モグモグ・・・!!!!!!なんだこれは!?口の中で肉がはじけて肉汁と油が口の中で舞い踊るようだ!それにパンのフワッとしたふくよかな香りが肉香りに広がりを与える。

 この赤と黄色のスパイシーな香味料も絶妙だ。甘さと酸っぱさそしてツブツブの辛子のような刺激がいい薬味になっている。さらに肉には胡椒のようなスパイシーな味付けの意匠も冴えわたる。美味い!ウマいぞこの料理!癖になる味付けで箸が止まらん!いや、手づかみゆえ箸はないが箸が止まらんのだ!

 ハグッハグッ・・・思えば両手のホットドッグは一瞬で腹の中に納めてしまっていた。

「ふぅ~~~、ああ・・・うまい」

 この異国のジャンキーな料理、これがこの国のファーストフードというものか・・・

 蕎麦に優るとも劣らぬホットドッグ、まことに美味であった。


 そうしてホットドッグを、まさに犬のように食らう様子を物陰から見ている女が一人。

「タッつぁん依頼だよ」

 小声で短くタツに伝える女に、タツは鋭い目で無言で答える。

 口の端に着いたケチャップを親指で拭いペロリと舐め、タツは物陰へと消える。


 ケイタルヴィルは夕闇に包まれていた。

 村はスタートアップの街の外郭にあたり森を切り開き畑を大きくしその規模を未だ大きくしている。街の人口の増加に対して村の労働力不足は明らかだ。人の往来が多い街道筋にあるが村民の数は少なく、農家の多くは街からの通いやタツのような日雇いのバイトがほとんど。夕刻ともなれば村は死んだように閑散としている。

 そのさらに街はずれ、材木置き場に女と話すタツの姿はあった。呼び出したのは情報屋オッセン・アガルタ。

「どうしたよおせん」

 周囲を警戒しながらおせんは口を開く。

「最近ここらで人さらいが増えているのは知っているだろう?」

「こんな人の出入りの多い飯場じゃあ人の出入りなんざ日常茶飯事だ。それが人さらいだっていうのかい?聞くに寄っちゃぁ、なんでも亜人種の血の薄いのの行方不明が多いっていう・・・」

「行方不明はデミヒューマンとニアヒューマンがほとんどさ、どっちも血の薄い亜人種。」

 亜人種・・・、魔道対戦後に魔族と人間の間に生まれたという混血だ。代を重ねるほどにその血は薄くなり、身体的特徴は残すが力や魔力はほとんど弱まると聞く。

「大戦の厄介な落とし物で未だに亜人を差別する連中は多くいる。殺されているってんならまだ話は早い、ただ今回の人さらいってのは妙だ。」

「しかしどうして人さらいなんて決めつけるのさ。何か証拠でもあんのかい?」

 タツは夕焼け空を眺めながら聞く。カラスが寝蔵へといそいそと帰っていく。

「3番辻の協会に依頼があったのさ、攫われた娘を助けて下さいってね」

 依頼・・・、その単語にタツ反応する。

「請けたのかい?」

「請けるも何も、まだ人さらいだと決まったわけじゃない。犯人が誰なのか?そもそも単独なのか複数なのかすら分からない。しばらくは情報集めといったところかね」

「・・・」

「また何か分かったら連絡するよ。この世界でのあんたの初仕事だ、期待しているよ」

「腕に覚えはあるが…」

 タツは言い淀む

「俺に本当に務まんのかい?力不足じゃねえと良いが…」

 おせんはニヤリと笑い、

「アタシのメガネに適ったのさ、もっと自信持ちな。」

 言いながらメガネの角を上げるような仕草をする。おせんは裸眼でメガネなどしていない。

「オフィーリアの女神から授かったそのスキル、振るえる時がきっと来るよ。なあ、”割りばしのタツさん♪”」

 含みのある言い方をしおせんは去っていく。宵闇が濃くなってきた。

 俺も少し探ってみるか・・・。

 それにしてもさっきのホットドッグは美味かった。明日食べるときは4っつ頼もう、そう心に決めてタツは家路へと急ぐ。

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