第9話 助手メイドはホスピタリティを忘れない/カイラ(好感度8)



「不実崎さま、今夜のお夕食はいかがでしたか?」


 ある日の夕飯の後、カイラが唐突にそう尋ねてきた。


「え? うまかったけど……」


「具体的にどの品がお好みでしたか」


「まあ、やっぱりメインの生姜焼きが……あ、この佃煮もうまかったな」


「10点満点で何点くらいでしょうか?」


「んえ? いきなりそう言われても……8点くらいじゃね?」


 満点を出すのもなんだか軽々しい気がして適当な数字を答えると、カイラはメモ帳を取り出してカリカリとメモをした。


「ありがとうございます。参考にいたします」


 なんだこれ。

 顧客アンケート?


 その次にカイラの夕飯当番が回ってきたとき、またしても食後にアンケートが始まった。


「今回の味付けはいかがだったでしょうか。もう少し塩気のある方がよろしかったですか?」


「ええ? そうだな……。今日は外走り回って疲れたからその方が良かったかも」


「ありがとうございます。参考にいたします」


 カリカリカリ。

 そしてまた次の当番の日。


「お塩はどこ産のものがお好みでしょうか?」


「俺を神の舌の持ち主だと思ってねえか?」


 そんなんわかるか!

 しかしまたカリカリカリカリと、カイラはメモを取るのだった。


 当然ながら、その場にはお姫様もいた。

 お姫様はカイラが風呂の支度のために席を外すと、おもちゃを取られた子供のようにすねた顔をして、俺のことを睨む。


「……ずいぶんと愛されてらっしゃいますね、不実崎さん」


「なんだよ。恨めしそうな顔しやがって」


「鈍感キャラで探偵学園の生徒が務まるとでも思っているんですか? カイラはあなたの胃袋をつかみたくてああして調査を重ねているんですよ。殺人事件の捜査よりも丁寧に念を入れて」


「そりゃ嬉しいよりも心配が勝つな」


 もっと本気で殺人犯捕まえろ。


「冥利に尽きるんじゃないですか? あんなに甲斐甲斐しく尽くしてもらって」


「なんだよ、嫉妬してんのか?」


「当たり前です!」


 むすっ!

 と、お姫様はわかりやすく頬を膨らませる。


「カイラとは小さな頃から姉妹みたいに育ってきたのに! こんな悪ぶってるだけの真面目男に引っかかるなんて! 不実崎さんなんてちょっと普通の高校生より鍛えてるだけの、どこにでもいる優等生なのに!」


「褒めてんのか? けなしてんのか?」


 まあ、ギリギリけなしてんのか。

 ただの優等生は落ちこぼれになる場所だからな、この学園は。


「こんななんちゃってヤンキーに尽くす暇があるなら、私のお願いをもっと聞いてほしいものです! この前だってポテチのうす塩を頼んだらのり塩を買ってきて――」


「お前こそもっといたわってやれよ、ご主人様」


 姉妹のように、じゃなくて、親子のように、が正しいんじゃねえのか?


 実際のところ、カイラに好意を向けられている自覚はある。

 それ自体は嬉しいというか、こそばゆいんだが、他の寮生もいる手前、俺だけが特別扱いを受けるというのはなんとも落ち着かない。


 俺は台所で何やら作業をしているカイラを見つけると、その背中に声をかけた。


「なあ、カイラ――」


「はい」


 そう言って振り向いたカイラの手元にはすり鉢があり、謎の黄色い粉末が調合されているところだった。

 すり鉢の中から、ツンとした刺激のある香りが漂ってくる。


「――……何してんだ、それ?」


「不実崎さまの好みに合わせたカレー用のスパイスです。まだ試作中ですが」


 ガチすぎるだろ。


「……その話なんだけどさ。気持ちはすっげえ嬉しいんだけど、俺の好みにだけ合わせるっていうのは……ほら、お姫様とかもいるわけだし」


「お嬢様にはお嬢様用の味付けをしたお料理をお出しします」


「それじゃ大変だろ。俺は今のままでも充分うまいからさ……」


 その瞬間。

 いつも無表情なカイラの目つきが、むっと不満そうな輝きを宿した気がした。


「お言葉ですが、不実崎さま。わたしは『充分』ではなく、『完璧』にあなたの舌を満たしたいのです」


「お、おう」


「それに、数多の調査結果と向き合いながら、あなたのことを想って献立を考える時間は、わたしにとって至福のひと時です。それを奪おうとなさらないでください」


「お、おう……」


 あまりにストレートな言葉に、俺は照れるタイミングを逃した。

 鼻白んでいる俺を見て何を読み取ったのか、カイラは目つきから不満そうな気配を消す。


「もしや、不実崎さまがわたしに求めているのは、食事ではないのでしょうか?」


「……うん?」


「日本ではこのような伝統的な文句があると聞きます。

 お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも――」


 そこまで聞いてオチを察した俺は逃げ出そうとしたが、その前にカイラが俊敏な動きで俺の身体をとらえた。

 古い板張りの床に、仰向けに押し倒される。

 カイラは俺の胸にしがみつくような格好で、耳元に唇を寄せてきた。


「(――ご所望とあらば、いつでも寝室にお邪魔します)」


「んなっ……!」


息が詰まる。

 耳が赤くなる。


 カイラは上体を持ち上げると、俺の顔を覗き込んで、少しだけ弾んだ声で言った。


「やっと……照れてくださいましたね」


 こ……こいつ……っ!


「からかうなよ! そんな冗談で――」


「冗談のつもりはございませんが」


 平然とそう言って。

 カイラは、メイド服のスカートをペロリと軽くまくり上げてみせた。


「どうぞ、いつでも、ご随意に」


 スカートが作った影の中に浮かび上がった褐色の内ももが、しばらく目に焼き付いて離れなかった。

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