第7話 助手メイドはアプローチを欠かさない/カイラ(好感度3)
当たり前だが、基本的に学園には制服で登校しなければならない。
例えば尾行・張り込みの授業みたいに、授業の性質上、私服にならなければならないものもあるが、それらは体操服みたいに都度都度着替えることになっている。
カイラ・ジャッジもまた、例外ではない。
「ヘーゼルダインさん! この前
「それは興味深いですね」
にこやかにクラスメイトと話しているお姫様の後ろで、カイラが置物のように控えている。
その姿は幻影寮でいつも見ているメイド服とは違い、真理峰探偵学園の制服である白のブレザーと黒のプリーツスカートだった。
みんなにとってはこっちの姿の方が当たり前で、メイド服姿を見ればきっと色めき立つんだろう。
しかし俺にとっては制服姿の方が物珍しいというか、特別感のようなものを感じる面があった。
なんというか、学生って感じがしねえんだよな、あいつ。
学生に変装してるって感じだ――どちらかというと。
そんな益体もないことを考えながらなんとなく見やっていると、一瞬、目が合った気がした。
やべ、じろじろ見過ぎたか。
俺はちょっと気まずくなって、顔を窓の方向に背けて頬杖をつく。
それからしばらくして、反対の方向から声がした。
「不実崎さま」
……え? カイラ?
さっきまであっちにいたのに……近づいてくる気配が全然しなかったぞ。
驚きながら横を見ると、今度は戸惑うことになった。
カイラが俺を真似するように、頬杖をついてこっちを見つめていたのだ。
「な……何してんだ?」
「ミラーリングです」
カイラは表情を一つ変えずに答える。
「相手の言動や仕草を真似ることで、好意や親しみが得やすくなるそうです」
「それは聞いたことあるが……なんで今?」
「それと、こうやって頬杖をついて窓の外を眺めるのが、学生っぽい仕草なのではないかと」
「……学生っぽい?」
「こいつ全然学生っぽくないな――という目をしてらしたので」
「うっ」
バレてる……。
助手とは言え、こいつも探偵か。
「実際のところ、わたしは普通に学校に通ったことがありませんので、資料から類推するしかありません。合っていますか?」
「お前、資料ってあれだろ。アニメだろ。確かにアニメの主人公は窓際の席で頬杖をつきながら外眺めがちだけどよ」
「今、不実崎さまもされていましたので」
そう言われると、アニメの主人公を気取ってるって言われたみたいで恥ずかしくなる。
「……そもそもさ、こんなに気軽に話しかけてきていいのかよ?」
俺は恥ずかしさをごまかすべく、話を変えた。
「俺らが同じ寮に住んでるのは秘密だろ。お姫様に怒られるんじゃねえの?」
「心配ご無用です。気配を消していますので」
言われてみれば、誰も俺たちに注意を払っていない。
「忍者かよ……」
「忍者も広義の探偵です」
近づいてくるのに気づかなかったことといい、実はめちゃくちゃだな、こいつ。
「いや、それでも一応、ここは探偵学園だぜ? 勘のいいやつがどんな邪推をしてくるか――」
「いけませんか?」
無表情のまま。
だけど、どこか訴えかけるような瞳で、カイラは言った。
「わたしが話しかけては……迷惑ですか?」
「……い、いや、そんなことはねえけど……」
自然と鼓動が早まる。
いつもと同じ無表情なのに、いつもは感じない『女子』を、カイラに感じてしまっていた。
「それでは、これからも折を見て話しかけさせていただきます」
「お、おう……。別にいいけど……なんでそんなに俺に構う?」
「学生っぽいでしょう?」
なんだ、ただ環境に溶け込むのに利用されてるだけか――
と考えた直後、
「――気になる殿方に、意味もなくちょっかいをかけるのは」
意識の間隙に、カイラの言葉が突き刺さった。
……気になる?
……殿方?
「そ……それは、どういう……」
「――カイラー! 頼みがあるんだけどー!」
「はい、ただいま」
俺が何とか聞き返そうとするのを見ていたかのようにお姫様が声を上げ、カイラはそれに応じて、俺の隣の席から立った。
スカートの裾を翻し、小さな背中が去っていく。
……どういう?
……ことだ?
はっきりした意味の言葉を言われたはずなのに、さっぱり頭に入ってこない。
これもちょっかいをかけただけ?
いや、『気になる殿方に』だからそれだと……。
頭の中で手がかりの足りない推理が堂々巡りした。
俺が学生じゃない、名探偵だったなら――この謎にも答えを見出せたのだろうか。
だとしたら、一生探偵になんか慣れる気がしない。
少し自信をなくした俺だった。
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