第6話 助手メイドはモーニングコールを譲らない/カイラ(好感度1)
シャーロック・ホームズにはジョン・H・ワトソン。
明智小五郎には小林少年。
有名な探偵ほど、有名な助手はつきものだ。
彼らは探偵の捜査に付き添い、時にサポートし、時に皮肉を言い、時に命を救われる。
えてして社会性に難がある探偵たちに代わって、事件関係者との交渉を担当することもある。
その役割から考えれば、なるほど、身の回りの世話をする人間がそのまま探偵助手を兼任するというのは、理にかなった話だった。
カイラ・ジャッジは、〈探偵王女〉詩亜・E・ヘーゼルダイン専属のメイドにして、探偵助手だった。
この真理峰探偵学園にも、彼女への付き添いで入学してきたくらいだ。
カイラが奉仕する対象はあくまでお姫様であり、同じ寮で暮らしているといっても俺や他の住人たちの世話をする義理はない――
――はず、なんだが……。
「不実崎さま、10時30分でございます。今日は休日です」
まるで時報のような声に目を覚ますと、メイド服を着た褐色肌の少女が俺の顔を覗き込んでいた。
カイラである。
「ああ……おはよう……」
「おはようございます」
挨拶を交わしてから、違和感が追いついてくる。
「……なんでカイラが俺の部屋に?」
「この部屋で一夜を過ごしたからですが」
「!?」
「というのは冗談で、休日とはいえご起床が遅いようでしたので、僭越ながら起こして差し上げようと参上しました」
「ああ……そう……」
……いや、なんで?
繰り返すが、カイラはあくまでお姫様のメイドであって、この幻影寮備えつきのメイドというわけではない。
俺を起こしに来る義理なんてないはずだった。
「今日はわたしが朝食をお作りしましたが、いかがしましょう」
「あー……食べる……」
なんだか実家にいるような気分になってきた。
相手はこんなに小さな女の子なのに……。
その心地よさに違和感も吹っ飛び、俺は言われるままにベッドから抜け出し、居間に移動して、寝巻きのまま朝飯を食った。
そして流れるように食後のお茶が目の前に出てきたのを見て、ようやくこう尋ねた。
「……なあカイラ。そんなに何でもしてくれなくていいんだぜ? 家事当番はちゃんと決めてるんだし」
カイラは台所で食器を洗いながら答える。
「ご遠慮なさらず。これは趣味ですので」
「趣味?」
「生活空間を見ると、それを管理せずには気が済まないのです」
「……それって、どっちかというと職業病じゃねえか?」
哀れ。
定時も休日もない仕事は人間性すら変えてしまうのか。
「不実崎さまは、乱雑に配置されたパズルを見て綺麗に並べ直したいとは思いませんか? その過程に面白みを感じたりは?」
「まあ……ないではねえけど……」
「それと同じです。家の中を完璧に管理できることが、わたしにとっては楽しいのです」
ふうん……。共感はできねえけど、そういう人間もいるのか。
まあ世の中、勉強が趣味の人間もいるくらいだもんな。
「だとしてもさ、そう四六時中働きっぱなしだったらさすがに疲れるだろ。たまには休めよ」
俺は夕食の時間以外で、カイラが座っているのを見たことがない。
その夕食にしても、『夕食は全員で食べる』という寮則があるからそれに従っているだけで、自分の意思で食卓についているわけではないはずだった。
「鍛えているので問題ありません。不実崎さまはどうぞごゆっくり」
そう言われてもなあ……。
立ちっぱなしの人間がそばにいるってのに、俺だけだらだらお茶をすすってるってのは落ち着かない。
お姫様は慣れてるんだろうけど。
「……よし、決めた」
「はい?」
カイラが振り返る前に、俺は素早く立ち上がって彼女の背後に忍び寄り、その細い肩をつかんだ。
そして彼女の軽い身体を無理やり動かすと、座布団の上に座らせた。
「不実崎さま、何を……」
上から肩を押さえたままの俺を、カイラは振り向いて見上げる。
表情は相変わらず動かないが、困惑しているらしい。
「座って俺の話に付き合え。命令だ」
「……わたしに不実崎さまの命令に従う義理はありませんが」
「あー……これも家事の一環だ」
うまい理屈が思いつかなかったが、ゴリ押しの甲斐があったか、カイラは小さく息をついて、ちゃぶ台に視線を落とした。
「……それでは、昆布茶をいただけますか」
「よし。ちょっと待ってろ」
渋いな……。本当に西洋人か?
茶葉を並べてある棚から昆布茶の缶を出し、お湯を沸かしてお茶を淹れた。
それを2人分の湯飲みに注いで、片方をカイラの前に置く。
カイラは俺の手に残ったもう一個の湯飲みを、不思議そうに見つめた。
「……? ひとりで飲むつもりでしたが」
「2人で同じの飲んだ方がいいだろ、どうせなら」
納得したのかしていないのか、カイラは無言でもって答えた。
俺はカイラの正面に腰をおろす。
そして一口、自分で淹れた昆布茶をすすった。結構うまいな。
しばらく昆布茶をすする音だけが居間に流れたあと、カイラが言う。
「……それで、何のお話を?」
「……………………」
……何にも考えてなかったー……。
どうするよ? 女子と軽快なトークをするスキルなんて俺にはねえぞ?
こちとら転校ばっかで、妹以外の女子とはろくに話したこともねえんだ。
こういう時って何を話すんだ? 趣味とかか?
趣味……趣味……。
「そ……そうだ、家事が得意になったきっかけとかあるのか?」
「探偵としての訓練で身につけました」
「あ……そ、そうか」
会話終了。
そういやお姫様も、家庭的という言葉とは真逆の位置にいるようなやつなのに、普通に料理うまいんだよな……。
気まずい沈黙が流れた。
俺の背中に嫌な汗が流れまくる。
俺が強引に雑談に誘ったのに、なんて体たらくだ。
無言で焦りまくる俺を、カイラは感情の伺えない瞳でじっと見つめていた。
「……不実崎さまは――」
静かな声が耳朶を打ち、俺はカイラの目を見つめ返す。
「意外と……普通の方ですね」
「意外とって……どんなやつだと思ってたんだ?」
「犯罪王の孫、というくらいですから……もっとスレた方なのかと」
「……スレてはいるけどな、実際。中学の頃なんか、喧嘩はしょっちゅうだった」
「ヤンキー、というものですか」
「そんな恥ずかしいもんではなかったと思いてえけど」
出自を理由にからかってきたり、舐めてきたりした連中に反抗し続けた結果だ。
「探偵学園に合格できるくらい勉強ができたのも、『あいつは犯罪王の孫だからやっぱり不良なんだ』と思われるのが嫌だったからだしな」
「……ご苦労されたのですね」
「大したもんじゃねえよ。こうして無事に生きてるし」
「いえ」
俺の顔をまっすぐに見つめて、カイラは言った。
「そうして生きていることが、偉いのです」
照れも誤魔化しもない純粋な言葉に、俺は面食らった。
「……VTuberのリスナーみたいなこと言うんだな」
「恋人みたいな言い方をした方がよろしかったですか?」
「できるのかよ、そんなこと」
笑ったところすら見たことがないのだ。想像ができなかった。
カイラは表情筋一つ動かすことなく言う。
「生きてて偉いでちゅね」
「……………………」
恋人観どうなってる?
「お前と付き合う奴は幸せそうだな……」
「ええ。人間誰しも、生まれた瞬間は幸せですから」
赤ん坊に戻されるらしい。
子供みたいな見た目とは裏腹に、母性は強い方のようだった。
「赤の他人であの世話の焼き方なんだから、彼氏なんかどうなっちまうんだろうな……」
「不実崎さまがいずれ知ることになるかもしれませんね」
「え?」
「冗談です」
カイラは無表情で言った。
……さっきからわかりにくいんだよ、冗談が。
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