第4話 名探偵はウィークポイントを見逃さない/詩亜(好感度4)


 事件が起こった。

 お姫様の夜の秘め事を目撃してしまったのだ。


 お姫様は夜な夜な自分の部屋にこもり、激しい行為に没頭していた。

 しきりにあられもない声を漏らし、時には涙さえ流していた。


 クラスメイトにも、ファンにも、誰にも知られていなかったその秘密を、俺は偶然にも目撃してしまった。

 そして、それからしばらく経った頃――

 お姫様が、恥ずかしそうに俺の服の袖を引いて、上目遣いでこう言ったのだ。


「……我慢……できなく、なってしまいました。不実崎さん……私のお部屋に、来てくださいませんか?」


 お姫様にこんな風に誘われて、断れるはずがなかった。

 そして俺は今、静謐な深夜の空気に息をひそめるように、お姫様と二人っきり……その秘め事に、夢中になっていた。


「……あっ……あっ……!」


 俺の攻めにお姫様が悲鳴をあげる。


「――性格悪すぎ! 何食べて育ったらそんなことができるんですか!?」


「うるせえ! 対応できない方が悪いんだよ! ほらほらもう一回!」


「うぎあががががグギギギ!!」


 罵倒と煽りと悲鳴に混じり、部屋に満ちるのはガチャガチャというコントローラーの音。

 これこそ探偵王女、詩亜・E・ヘーゼルダインの夜の秘め事――


 ――すなわち、格ゲーだった。


「同じ技ばっかりこすって……! 他のボタンはキーコンに入ってないんですか!? マクロの方がまだバリエーションありますよ!」


「これを攻略できたら他の技も見せてやるよ。おらおら!」


「うぐぐううぅうう……――――!!」


 およそ探偵界のアイドルとは思えない猛獣のような唸り声を漏らしながら、お姫様は俺の完璧なる戦法の前に倒れた。

 モニターに俺のキャラの勝利画面が現れると、ぐったりと前に上半身を倒す。


「コンボが……あんなに練習したコンボが……猿でもできるボタン連打に……」


「精進することだな」


 俺は不敵に笑った。

 初心者狩りである。


 頭脳も体術も何もかも完璧なお姫様は、どういうわけかゲームだけは並レベルだった。

 下手の横好きと言うか、あれもこれもと色んなジャンルに手を出して、どれも中途半端になっている感じだった。

 推理となるとあんなに冷静に頭を働かせられるのに、ゲームではすぐに感情的になるし。

 一体何が違うんだろうな?


「……ちょっと休憩……」


 お姫様はコントローラーを放り出して、コロンと横に転がる。


「ギブアップか?」


「休憩といったでしょう……。すぐにあなたの見るに堪えない立ち回りをぐちゃぐちゃにしてあげます……」


 俺にお尻を向けたまま、お姫様は力のない声で言った。

 その姿勢、そして向きは、俺にとって少々不都合なものだった。


 お姫様の格好はダボダボのパーカーに太ももむき出しのショートパンツという、かなりラフな部屋着姿である。

 そんな格好で、俺にお尻を向ける形で横倒しになっているのだ。


 当然の結果……白い太ももが目につくわけで。

 ショートパンツの緩い裾から覗く闇の奥が、気にかかってしまうわけで。


 ちょっと無防備すぎじゃないか?

 確かにこいつだったら、たとえ寝ている時であっても不測の事態に対応できるんだろう。

 例えば俺が今、お姫様に覆い被さろうとしても、きっと彼女は格ゲーのキャラよりも俊敏に反応して、俺を組み伏せてしまうに違いない。


 だとしても。

 だとしても、だ。


 こんな気の抜けた姿をさらしていい理由にはならない。

 俺は犯罪王の孫である前に、探偵学園の生徒である前に、健全な十代の男子である。

 猿みたいなもんである。

 はっきり言って発情していない時の方が珍しい。

 しかもプライベートの少ない学生寮生活で、エロが不足している状態なのである。


 そんな俺に、そんなけしからん太ももをさらすのか。

 ニーハイソックスで強調するだけに飽き足らず!

 自分が配信の視聴者やクラスメイトの男子にどんな目で見られているのか、わかってそんなことをやってんのか!

 小柄なくせにそんなところだけムチムチしやがって!


「……………………」


 俺はそわそわしながら、さりげなく少しだけ、お姫様から遠ざかった。

 距離が遠ければ、俺が見ていることに気づかないかもしれない。

 そう信じての行動だった。


「……なるほど」


 小さな声が聞こえたような気がした。

 と思うと、お姫様がむくりと起き上がり、再びコントローラーを手に取る。


「休憩終了です。再開しましょう、不実崎さん」


「……お、おう」


 ほんの少し残念に思いながらも、俺はコントローラーを握り直した。

 その直後。

 

 お姫様が、体育座りに姿勢を変える。


「…………っ!?」


 緩いショートパンツの裾が、重力に従ってずり下がる。

 太ももどころか、もうほとんどお尻が見えているような状態だった。

 わかってねえのか!?

 裾からいつパンツが見えてもおかしくねえぞ!


「ここからは私のターンです。負け台詞を考えておいた方がいいですよ、不実崎さん」


 対戦が始まってしまった。

 俺は何とかモニターに視線を戻し、ゲームに集中しようとする。

 しかし――


 ――気になる……!


 膝を持ち上げて体育座りをしたお姫様のお尻が、ショートパンツの裾から覗いているかもしれない下着のことが、どうやっても意識から離れてくれなかった。

 こんな状態じゃ……!


「――やったっ!」


「くそ……」


 負けた。

 5連敗である。

 頭の中が隣の美少女のショートパンツの裾でほとんど占められているときに、対空なんてできるわけがないのだった。


「今夜はこれで勝ち逃げとさせていただきますね、不実崎さん? 明日も授業があることですし」


「ああ……それでいいよ……」


 もはやゲームの勝敗なんてどうでもいい。

 太ももとお尻に気を取られて負けたなんて、クソ間抜けな事実がこいつにバレないんなら――


「――鑑賞代金のお支払い、ありがとうございました♪」


「え?」


 お姫様はにやにやと笑いながら、体育座りの格好で俺を見つめていた。

 ずり下がったショートパンツの裾からは、やっぱり下着が見えそうで、やっぱり見えなかった。

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