第5話 続戦闘

 私は、前方にいた三人の遺体まで歩き魔法を発動させた。


「『侵食する粘性体ベルゼ』」


 それにより現れた粘性体は三人の体に入り込み、その体を侵食していく。私の魔法は様々な術式で構成されている。その中でも、根幹となる術式である『侵食』と『融合』を三人の遺体に発動させた。これにより、三人は『侵食する粘性体』の一つとなった。また、『融合』術式により私と彼らが持つ術式の情報が私に共有された。


「攻撃魔法に『侵食』術式を組み込んで発動しろ。」


 私がそう命じると、粘性体は掌を相手に向け、黒炎や黒雷など様々な基礎魔法に『侵食』術式を組み込んだ魔法を相手に向けて放つ。それに対し、相手は『防殻魔法グラン』を前面に展開することで耐え忍んでいる。

 『侵食』術式の基本的な使い方は、相手の防御術式に『浸食』術式を付与した魔法を多量に浴びせることで、相手の防御魔法の術式を乗っ取るのが一般的だ。だが、これには弱点がある。それは、これを行うのに最低でも一般的な魔法使いの三倍程度の魔力が必要な点だ。

 

 そんなに多量の魔力を使えるのであれば、端から威力の高い魔法を放つことで相手の防御魔法を破る方が効率が良い。だが、私はこの術式を多用する。なぜなら、これが最も強いと信じているからだ。

 魔法の強さは術者のイメージが大きく作用する。つまり、強いと心の底から信じていることを行うのが、魔法使いのあるべき姿なのだ。


 粘性体の魔法攻撃に私も加わり、相手の防御術式を侵食していく。相手は防御に集中するばかりで動きもない。まあ、動きたくても動けないのだろう。四対一の戦いなど、一方的でしかない。

 四人からの波状攻撃に対して、少しでも気を抜けば防御魔法などたやすく突破される。それが数の怖いところだ。私たち貴族は、すでにそれを身をもって体感している。

 そうこうしていると相手の『防殻魔法』を掌握した。その証拠に、奴の『防殻魔法』は、その色を黄色から黒に転じている。さて、問題はここからだ。


「攻撃中止。」


 私がそう言うと、粘性体たちは攻撃をやめた。それに伴って、奴の『防殻魔法』の性質を変更し、内側から来た魔法を反射するように術式を書き換えた。


「動かず『魔封じの鎖アウフィゲール』を受け入れろ。さもなくば、お前を殺す。」

「ああ。降参だ。さすがに命まではかけられない。」


 そういうので御者のもとに近づき、『魔封じの鎖』を使用しようとした瞬間、奴は魔法を発動させた。


「馬鹿め。降参なんてするかよ!死ね!『不可視の刃クルーゲ』!」


 奴はそう言って魔法を発動したが、自身の『防殻魔法』によってその魔法は反射され、魔法の刃が胸を切り裂いた。術者の死亡に伴い『防殻魔法』も解除された。それを見ていた仲間たちが駆け寄ってきた。それを見て、私は気が抜けて座り込んでしまった。

 ここまでの戦闘は初めてだった。これまでの戦争で人が死ぬのは見てきた。いや、見慣れてしまった。だが、身近にいる人間が私にも向けられた魔法によって死んだのは初めてのことだった。私はその事実に、たまらない恐怖感を感じた。


 「ライン!大丈夫!」


 そう言って、スターが私に怪我がないかを確認してくれる。幸いなことに、私に身体的ダメージはない。相手の魔法が『侵食する粘性体』で防御可能なレベルだったからだ。『侵食する粘性体』は、粘性体に術式を刻み込むことができる。そのため、私は『侵食する粘性体』に、防御術式である『魔法防御』を持たせている。そのため、奴の魔法によってダメージを受けることはなかった。


「ああ、大丈夫だ。私の『侵食する粘性体』は『魔法防御』の術式を持っているからな。それより皆は、怪我してはないか。」

「私たちは、ライン達が守ってくれてたから大丈夫よ。それより……」


 スターはそう言って、悲しげな表情で『侵食する粘性体』と融合した三人と魔法によってばらばらにされた二人を見ていた。


「彼らはよく戦った。本来なら、埋葬してやりたいけどそうもいかない。それに、私が彼らの術式を後世に残すよ。先祖からつないできた術式だ。その方が彼らも喜んでくれるだろう。」


 私はそう言って二人の近くまで歩き、魔法を発動させる。少しでも彼らの魂が、安らかに眠れることを祈って。


「すべてを包み、全てをわが物へ『侵食する粘性体』。」


 『侵食する粘性体』は這って二人の体を包み込むと、体内に侵食しその身を『侵食する粘性体』へと変化させていく。完全に融合が終わると、『侵食する粘性体』を通して彼らが持つ術式の情報が頭に流れ込んでくる。そして、魔法を解除することで『侵食する粘性体』を消滅させる。


「ここからいったん離れよう。今の戦闘音で魔物が寄ってくる可能性がある。」

「そうだね。だけどライン君、あの御者の死体はどうする?」


 フェートが私にそう問いかけてきた。フェートは綺麗な長髪の緑髪に、美しい緑目の少女で年齢は九歳と私よりも年下だ。私を君づけするのもそれが理由だろう。

 さて、話を質問に戻そう。奴が使用した術式は今では珍しい旧式のものが多かった。おそらく、下っ端なのだろう。最後に見せた『再変換』術式も『侵食する粘性体』に取り込んだため、すでに術式の解析を始めている。そのため、これ以上奴から大したものは取れないと判断した。


「奴には魔物をここに留まらせるための餌になってもらう。さっきの戦闘音を聞いた魔物たちが、こちらに向かってきてるはずだからな。魔物にこいつを喰わせて、私たちがこの場を離れる時間を稼いでもらう。」

「馬はどうするの? 」

「馬は、私たちではどうにもできない。だからあれも魔物の餌にしよう。」


 フェートが納得してうなずくと、馬車の方を見に行っていたラームが話しかけてくる。


「ライン様。奴が持っていた袋の中には食料も銀貨も見当たりませんでした。」

「おそらく食料は奴が食べたか捨てて、銀貨はどこかに隠したんだろう。今はそれを知るすべはないな。仕方ない、何も手に入れられなかったが、ここから離れるとしよう。」


 そう言って、私たちはこの場から離れるべく、森の中を進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る