24.Ster
シュテルとメリアは身を潜めつつ、裏門から王城を抜けた。外はもう、空が白み始めていた。
光差す遠目の正門には、甲冑を着込んだ多くの兵士たちが見える。鬨声を響かせ、剣や槍を掲げながら門を突き進んでいく姿が勇ましく映った。
城下のシティ・オブ・ロールズは、冷えた青い空気と静寂に包まれている。二人は街の南門を目指して歩いた。ヴォルテールの手配した、メリアを迎える馬車が来ているはずだ。
そんな中、血の滲んだシュテルの左腕を見て、メリアが心配そうに尋ねた。
「ごめんなさい、シュテル。その左腕……」
「どうしてメリアが謝るんだい。これは僕の未熟さゆえだよ。まさかグレイスターが、銃なんてものを隠し持っていようとは思いもしなかった」
「でも、だからこそ、私がもっと早く権能を使えていたら……」
「何を言うんだ。君があの場で力を使ってくれたから、僕たちは生き残ることができた」
するとシュテルは外套に手を差し込み、胸の内に忍ばせていたあるものを取り出して見せた。
「これも、君には見えていたんだろうか。本当に、まさにメリアが僕の命を救ってくれたんだ」
シュテルの手のひらにあるのは、今も初めて会った時と同じように赤い、メリアの花のロケットだ。ただ、無惨にも外装は破損している。
しかしこれこそが外套の中で、グレイスターが最後に放った弾丸から、シュテルを守った。
もしかしたら、予知ではそこまでは見えていなかったのかもしれない。メリアはロケットを前に、大きく目を見開いていた。
「それに……君が言ったように、これからこの国は……いや世界は、民が自ら動かしていくんだ。半神の権能に頼ってばかりはいられない。だろう?」
ゆっくりと頷くメリアの左目は、もうさきほどのように煌めきを放ってはいない。
「さあ急ごう。政変が終わっても、ガイオンという国は続いていく。今後クロネリアと友好的にやっていくためにも、まずは君主である君を無事に帰国させるのが最優先だ」
そうして街路を抜け、見えた広場の先の南門には、数台の馬車と兵士の姿があった。
シュテルの足がやや早くなったところで、ふいに、メリアと繋いでいた手が離れる。振り向くと、不安そうに立ち尽くすメリアが、そこにいた。
「また……お別れなのね、私たち」
ガイオンからクロネリアへと帰っていくメリア。その光景は、いつかとよく重なって思える。
かつてのシュテルは、メリアと黙って別れるという道を歩んだ。それが正しい運命なのだと感じていたから。
けれど、もう違う。今、シュテルは自らの心のままに、伝えたいことを口にした。
「うん、お別れだ。それでもメリア……僕たちは必ずまた会おう。そういう未来を、二人で選ぶんだ。少なくとも僕は、君にまた会うために、これからを生きるよ」
その言葉に、メリアは弾かれたように顔を上げる。
「も、もちろんよ。だって私は、ずっとずっとシュテルのことが――」
しかしメリアは、そこまで言って口を閉ざした。表情にわずかなためらいを浮かべ、やがて。
「ううん、今はやっぱり……まだ言えない。次にあなたと会う時には、言えるといいな」
彼女が何を言おうとしたのか、シュテルにも、わかる気がした。
きっと、シュテルも同じ気持ちだ。でも、そう、まだ言えない。
「ねえシュテル、かわりに約束が欲しいわ。私たちが、再会を目指して生きるための」
「約束?」
「そう。前みたいに、あのロケット、私に頂戴。私はそれで何年も頑張れたから」
「でも、いや、ロケットは……」
既に壊れていて、中の花は半分剥き出しだ。
「いいのよ。私がシュテルの、役に立てた証だもの。お返しに、シュテルにはこれをあげるわ」
するとメリアは、自らのドレスにあしらわれた、白いクロネリアの花の装飾を一つちぎった。
「ちょっと汚れてるけど、壊れたロケットにはちょうどいいでしょ。これを見て、私との約束を思い出して。前みたいに、ほったらかしにして忘れちゃわないように」
「はは、ひどいなメリア。僕は、君を忘れたことなんて一度もないよ」
困ったように微笑むシュテル。そんなシュテルを映すメリアの瞳が堰を切ったように潤み、それでも彼女は、涙が落ちる前に袖で拭って明るく笑った。
「……知ってる。私も、次に会う時はあなたの隣に立てるように、頑張るね」
両手で、祈るようにシュテルの手を包み込み、白い花を握らせて。
「あなたの髪は、元はこの花のように、美しく真っ白だった。じゃあまたね……私のシュテル。いつかお互い、身も心も偽らずに」
そしてメリアは、シュテルの横を抜けて、広場の向こうへと一人、走っていった。
風が通り過ぎた。なびくシュテルの黒髪の中、色褪せて露わになった白銀がわずかに光った。
新しい季節を告げる爽風に乗って、世界が、次なる時代へと進んでいく。
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