18.Ster

 パレードを中心に、賑やかに色めき立つロールズの街。巷ではガイオンとクロネリアの和平と報じられているらしく、明るいニュースに顔を綻ばせる人々も多い。

 しかしそんな街も、大通りを一つ二つ外れれただけで、途端に景色を変えてしまう。崩れかけのあばら家が立ち並び、路傍にはそんな家すら持たない物乞いが座り込んでいる。すれ違うのはならず者かスリの子供、やつれた街娼。

 シュテルはヴォルテールの指示で数日前から街に逗留し、この日のために情報を集めた。街の警備の配置は一通り把握して、王城に立ち入る手段も既に整えてある。

 決行は日暮れ間際。物資搬入の最終便で、馬車に潜んで運び入れてもらう手筈だ。

 移動の途中、路地を抜けて大通りへと出たシュテルは、突如差した明るい光に、思わず外套のフードを深くかぶった。目眩のする光量の落差だった。日の当たる表通り。影に沈む裏路地。まるで別世界のようですらある。

 あまりの変化に少し立ち止まっていると、ちょうどそこに、ひときわ大きな歓声が上がった。

 現れたのはパレードの中心――メリアとグレイスターの乗る馬車だ。左右を歩く複数の警備兵が並んで道を作り、押し寄せる観衆を差し止めている。

 雑踏に紛れ、熱気が過ぎるのを待つ間、通りを横切る豪華な馬車には白いドレスの花嫁が見えた。ベールに包まれた真紅の髪は、たっぷりと長く伸びても記憶の中の美しさとよく重なる。

 そして隣には大柄の男。一つ後ろの馬車の御者台に控える黒服の人物にも、覚えはあった。

 一行はゆっくりと王城へ向かって進んでいく。

 と、ふいに馬車からきらりと光る何かが落ちたのを、シュテルは見た。すぐに身を低くして人混みをすり抜け、最前列でよろけたふりをして警備兵を押し退け、足元の物を拾う。

「おいこら、ここから先へは出るな!」

「申し訳ない。どうにも興奮して、躓いてしまったもので」

「気をつけろよ。ほら、戻った戻った」

 シュテルは軽く頭を下げて、すぐに警備兵から離れた。

 しばらくして確かめると、見覚えのある金の装飾品が、手の中にあった。

 いや、見覚えがあるどころではない。それは、かつてはシュテルが持っていた物――別れたメリアに託したはずのロケットだ。金具には八年分の傷とくすみ。しかし手入れはされているようで、破損はなく、収められた花弁も昔のまま。

「メリア……」

 やはり先の花嫁は、彼女本人なのだろう。ならばどうしてここへ来たのかと今すぐ尋ねたいところだが、それがかなうはずもなく。

 ロケットをそっと、胸のポケットにしまい込み。

 遠ざかる馬車の後ろ姿を不安げに見送ることしか、シュテルにはできなかった。

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