第100話  探検隊

 水上機を使った他大陸探検計画が、持ち上がっているらしい。

 現在この国で知られているのは、カッシーニ王国のあるこの大陸と、ここから南へ数百キロの場所にある南大陸。以上! とまぁ、潔いほど世界のことがわかっていない。

 とは言うものの、カナはだいたいわかっているらしいが……


「いや、わかるでしょ。イタリアよここ」

「六千八百万年も経ってたら、イタリアどころか地中海無くなってると思うんだけど……」

「タイニーインパクトで地殻津波があちこちで起きたでしょ。あれでプレートの動きが根本的に変わったんだと思うわ。大西洋中央海嶺が潰れてアイスランドで陸地は生まれなくなり、アフリカの大地溝帯は海に沈んだ」


 大陸移動説、プレートテクトニクス。マントルの中で暖かい部分が浮き上がり冷たくなった部分が沈み込む。マントル対流だ。


「そして、この国の周りだけでも結構な数の火山があるでしょ。溶岩垂れ流してる様な奴。と言うことは、この近く、それこそ地中海にホットプルームが上がってきてる可能性があると思うの」

「じゃ、ミスリル鉱山とかどうして残ってるの?」

「下がるのと上がるののバランス取れてたんじゃないかなぁ。北の山脈、あれはアルプスだと思うんだけど、微妙にしか高くなってないのよね。期間的にはヒマラヤみたいになってもおかしくないのに、そこまで変わってない」

 アルプスだとしたら、六千八百万年前の最高峰はモンブランの4,810mだった。

 現在の北の山脈最高峰は6,500m程度だと思われる。

「もう一つ、北の山脈の最高峰って、なんて言うか知ってる?」

「カスタネア・コルケ山?」

「はい、正解。栗ケーキの山」

「栗ケーキ……モンブランっ!」

「名前って、残ってるものなのねぇ。びっくりだわ」

 びっくりだ!


 と言うわけで、カナ曰くもともとイタリアだった場所らしい。とすると南大陸はアフリカ大陸か。


「それで、探検計画なんだけどさ、水上機そのままだと使いづらいと思うんで探検用に改造したいと思うわけよ」

 水上機には水を汲み上げる水ポンプやフィルターは装備されていた。

 しかし、長期にわたってその中で生活するとなれば不便なことも多々あるだろう。まずはその洗い出しのために、免許持ちの近衛三名に五日間、ぐるぐる回り続けるお仕事を頼んでみた。

 毎日湖まで帰ってくればどこへ飛んで行っても構わないが、日暮れまでには着水してそのままそこで過ごしてもらうのだ。

 すると、問題点がいろいろ出てきた。


「まず、トイレの問題ですね。タラップにしがみついたままでするのは、訓練された私どもでも少々恥ずかしく感じました」

 これは確かに申し訳なかった。何か考えよう。

「続いて炊事。機内では火が使えませんので、炊事は煮ることしか出来なくてちょっと寂しいです。洗濯はかろうじてバケツで水を汲み上げれば出来なくはないですが、危ないです」

 炊事は予想していたが、洗濯までは考慮してなかった。

「睡眠は、あの椅子の上で寝るのは正直きついです。一日二日なら我慢もできますが、三日目からは修行よりきつかったです」

 そこは対策もある程度考えてある。


 最終的に固めた仕様は、とにかく安全快適な長時間活動を目指したものになった。


 回転数を落として長寿命化したエンジンに、イーグルと同じ虹色ネットを組み込んだ。


 シートを組み替えることでベッドにできる宿泊システム。これで機内に二人が快適に寝られる環境ができる。

 あとの二人は翼の上だ。左右の翼の上のエンジンから、ターフを張れるようにした。あとは交代でなんとかしてくれ。


 お手洗いは、真ん中のメインフロートに直接降りられる梯子を用意した。

 フロート後部に穴を開けて、あとは察してください。

 あ、一応バリア魔法は組み込んでますので水は汚さない様になってます、はい。


 フロートまで降りられれば水汲みも洗濯もできるし、炊事用のスペースも作れる。

 もう一つ、フライパンや鍋だけを加熱して、焼き物揚げ物ができるIH風生活魔法も開発した。これで火の心配は無くなるはずだ。


 万が一の事態のために、室内から魔法で給水できるシステムや、飛んでる最中に魔石に魔力チャージできるシステムも搭載。


 探検用の特殊な機体というよりも、豪華なキャンピングカーみたいな代物になってしまった。


 人員選抜は騎士団や王城内で希望を募ったところ、定員四名をはるかに上回る三十数名が立候補してきた。

 当初は、女性が絶対に必要になるので女性四人で組ませることも考えたのだが、立候補者にある名前を見つけて方針が変わった。


「ねぇねぇしおりん、ンムワイくんいるよ?」

「え? あ、ほんとだ!」

「おおー、リズムボーイじゃん! これは機長は決まりかな?」

「上位者いたら機長になれないでしょ。でも、フライトオフィサーはンムワイくんで良いんじゃないかな? なんせ北の山脈で鍛えられてるし」

 リズムボーイの目の良さは人外レベルである。

「南の大陸がアフリカ大陸なら、由緒正しいアフリカンなのかなぁ。それならあの目の良さも納得なんだけどさ」

 この時代、肌の色での差別はほとんどない。

 と言うか、肌の色ぐらいで差別してたら亜人なんてどうなんのよ? って話である。

 エルフの他種族に対する差別ぐらいか? 目立つのは。


「となると、機長は信頼おける男性かぁ……って、B.J.いるし!」

「いや、校長出しちゃうのはまずいでしょ……」

 航空学校長、最近あんまり飛べてないらしい。

 ケイが宙返りしてるのを、校長室から指咥えて見ているとかなんとか……


「あれ? カナどした?」

 カナが眉根を寄せて何か考えている。

「いや、この名前どっかで……」

「どの人ですか?」

 カナの手元の書類には、マーベラスとの名前が。苗字は無いようだが……

「この人あれじゃないです? 訓練生時代に着陸失敗して怪我した人!」

「あー! あの門番だった人か!」


 まだ初等訓練機が尾輪式の複葉機だった時代、初めての単独飛行で進入角深すぎからのハードランディング。主脚が折れる事故があった。

 訓練生は脇腹を強く打ち、肋骨骨折と脾臓破裂の重症を負った、あの人だ。

 カナの緊急治療により一命を取り留め、回復した現在は鬼教官として元気にやっているらしい。


「あのあと、頑張ったんだねぇ。どうしよ。面接してみる?」

「カナがしてみたいなら」

「おけ。やろう!」


 こうして、ンムワイくんとマーベラスさんの面接が決まった。

「あと、女性魔法使いを二人なんだけど、この二人は却下で!」

 カナの手元に二枚の立候補用紙が。

「二人とも、能力的には最高なんですけどねぇ。いかんせんお立場が……」

 アンガスさんとバイオレッタ先生であった。確かに能力だけならこの上はないのだが……

「却下ね」

「ですね」

「ほら、却下でしょ」

 カナがドヤ顔してる。可愛いけど、なんか微妙……


「あ、ディートリッドの推薦状付きで来てるのがある。王女近衛の娘らしいけど……メラミタ・マーカナルさんかな? 知ってる?」

「黒い娘だね。ロングヘアの方の」

「ああ、あの娘か。メラミタさんって言うのか」

 コト、あまり人の名前を覚えないタイプである。

「ディートリッドの推薦状あるなら面接しないとね」


「あとは魔導士団からかなぁ。アンガスさんとバイオレッタ先生以外にも五人も応募してきてるし……」

「この中だと、ナルシッサ・エスピノーザさんかな? この人も確か百歳越えの人だよね」

「あー、ナルシッサおばさんかぁ。豪快な人だからなぁ。大丈夫かなぁ」

 魔導士団、三人目の三桁オーバー。ナルシッサおばさん。

 百は超えてるらしいが年齢不詳。見た目は五十代後半? ぐらいのイメージか。

 ただ、時々妙に若作りして男狩りに行くらしい……

「ンムワイくんの貞操は大丈夫かしら……」

 しおりん心配するのそこっ⁉︎


         ♦︎


「こ、これは姫さま、大変おひさしゅうございます」

「マーベラスさんもお元気そうで」

「わたくしがここにいられるのも、全ては姫さま方により命を救われたからでございます。どうかわたくしめに、姫さまの眼となり耳となり世界を見て回る役目をお与えくださいませ」


 あー、これはあれだ。ちょっとだけダメな方の信者になったやつだ。ただ、実害無いのと大抵有能なんで使い勝手はいいパターンだな。

 なんか大きな指輪してるなと思ったら、ゴールドとプラチナのハイブリッドリングに黒真珠が付いてるとか、絶対三人娘仕様だろそれ。


 とりあえず忠誠心だけは絶対な奴だ。信頼性は高い。


「しおりん姫さま、お久しぶりです。しばらくご一緒出来ませんでしたがお元気にされてられらられましたか?」

 微妙に言葉遣いが怪しいリズムボーイ。リズムボーイの人となりはもう、安心感を覚えるレベルだ。彼は確定で構わないだろう。


 無言で臣下の礼を取るのはメラミタ嬢。近衛なのに髪がいつも長いので目立つ。しおりんより長い。

 もっとも、しおりんがいつも短めなだけかもしれないが。

『長いと格闘戦で掴まれたりしますし……』


「メラミタさん、お顔あげてくださいますか?」

「はっ!」

「動きが近衛ですねぇ」

「近衛ですからっ!」


 近衛だわ。美人な上に、軍服風新衣装がとてもよく似合っていて素敵かもしれない。

 肌の色はかなり黒いので、ほぼ真っ黒の中に金の刺繍とか、おしゃれすぎる。


 そして四人目。あー、しっかり若作りしてきてますねぇ。ナルシッサおばさま。

 四十代半ばぐらいには見えるかな? 一応マーベラスさんもンムワイくんも独身ではありますが……

「って、失礼な姫さまたちですこと。女が若く見られたいってのは、当たり前田のクラッカーじゃありませんか!」

 いや、若く見せようとしてる? 本当に? っていうかこの時代に前田のクラッカーとか無いと思うんですが!


「あ、この言い回しはしおりん姫に教わりましたの」

 しおりん待て、何教えてるのっ!


「わ、わたしだってそのコマーシャル、リアルタイムじゃ見てませんからねっ! 動画サイトとかで見ただけですからねっ!」


 とまぁ、実は面接は八人ほどやったんですが、合格した四人分だけダイジェストでお送りしてます。


 と言うわけで決定した四人のチーム。

 これから探検に向けての訓練が始まります。

「では、みなさんに最初のお仕事を申し付けます。まず冒険者ギルド……ハンターギルドに赴き、冒険者登録をしてきてください」

 しおりん何言ってんのっ! え? 同行する?


         ♦︎


 からんからーん……ドアベルの音も高らかにギルドへと入る。ギルド内は改装工事中のため、かなり騒然としていた。

 四人プラス一人に気がついた受付嬢が目を見開き、席を外していった。

 ものの三十秒でバタバタと走ってくる音が聞こえ

「これはこれはしおりん姫、ようこそいらっしゃいました」

 アンジェリーナさんが飛んできた。

「今日はこの四人の冒険者登録をお願いにきましたの」

「はい、すぐに承りますわね」

 アンジェリーナさんが受付窓口に座る。普段ならまずありえない状況である。


「皆様はステータスオープン魔法はお持ちですか?」

「ええ、全員が使っています。女性二人は攻撃魔法使いです。男性二人はパイロットですわ」

「それでは、カードをこちらに預からせていただけますか?」

 四人がそれぞれカードを取り出し、受付のトレーに置いた。

「はい、お預かりします。今確認しますね」


 預かったカードを受付の隣のカードリーダーに差し込む。

 カナ謹製のリーダーは、カード番号をクラウドから呼び出してカードと照合。正しければカードにギルド員の印を付け、内容をクラウドにもコピーしていく。

 受付嬢はキー操作でそれぞれのカードの内容を自分の仮想ディスプレイに投影していくことができる。

「はい、ありがとうございます。これで皆様のお名前が『冒険者』として登録されましたわ」

 しおりんの教育が行き届いている。


 四人ともFランク冒険者として登録された。もっとも、この四人で薬草取りとかするわけではなく、指名依頼としてランク上げをしてもらうことになる。


 城に戻ってきたら、ここからは本当に訓練開始となった。

 しおりんの趣味だけで何時間使ったんだろう……


「はい、ではエンジンにエラーが出ました。対処してください」

 割と厳し目の訓練が続く。自分の命だけじゃない、同乗者全員の命がかかっているのだ。手は抜けない。

 操縦訓練もくりかえす。四人とも、多少の波風はものともせずに綺麗に離着水できるようになった。


 そして、すべての訓練計画を終え、女性ふたりはアイテムボックスの拡張も行い、食料、資材、部品、果ては緊急用の水までも詰め込んでいく。


 どんなに離れていてもカード通信は可能である。

 航空学校のあまり部屋に設置した冒険対策室に専用の通信機を置き、二十四時間誰かが詰めているように人を用意した。

 何かトラブルがあっても、何もなくても、とにかく毎日連絡を入れることを厳命する。

 

         ♦︎


 ぱー、ぱぱぱー、ぱぱぱぱぱぱぱー

 よく晴れた空の下、ラッパの音が響き渡る。

 今日は探検隊の出陣式である。

 場所はいつもの試験場の桟橋前。そこに大きな舞台が設られ、国王陛下王妃殿下をはじめ、様々な来賓が詰めかけている。


 出陣する四名が台上に並び、国王陛下からの激励を受けていた。

 四人の顔にはすでに疲れが見え始めているかもしれない。


 その後も何名もの訓示を受けた後、いよいよ出発となる。

 台上から降りきてた四人は、規定通りに出発前点検を始める。良いことだ。

 現在、目視範囲内には他に飛行機は飛んでいない。

 大気中のマイクロマシンのせいで電波がまともに届かないので、レーダーに相当するものは超センスしか無い。そんなもの、三人娘しか使えないため、目視と聴覚による監視に頼るしかないのだ。


 今日の管制は、ここ一番の時はこの人、ポーリーが担当している。

 もっとも、一番高い建物がこの舞台なので、その上に立つ。

「エクスプローラーワン、こちらコントロール。準備できたら知らせ、どうぞ」

「コントロール、こちらエクスプローラーワン、いつでも飛べます、どうぞ」

 準備は万端の様だ。ポーリーが振り返り国王を見る。

 国王が頷き、カナが腕を突き上げた。


「エクスプローラーワン、こちらコントロール。エンジン始動、風に合わせよ」

「コントロール、了解」

 ドーンドーン、ヴォシューーーーん

 力強いエンジン始動音が聞こえ、回転が安定していく。

 あの中では今、チェックリストに従って最終点検を行っているはずである。

 カラッパッパッパッパッバババババビーーーン

 メインフロートに装備された船外機が駆動し始め、桟橋を離れていく。

 飛行機が動かないように開いていたスラストリバーサーが閉じ、更に推進力が上がった。

 岸から百メートルほどの場所で一度ゆっくりと向きを変える。

「コントロール、こちらエクスプローラーワン。位置についた。指示を待つ、どうぞ」

「エクスプローラーワン、こちらコントロール。離水を許可する」

「コントロール、エクスプローラーワン了解。これより離水する」

 船外機を収納し、スロットルを押し出す。

 インジェクタから吹き出した水が魔法で加熱され水蒸気となり、タービンブレードに叩きつけられる。タービンは高速で回転を始め、コンプレッサファンを駆動し、コンプレッサは背後に風を送りながら膨張室に圧力を加えていく。

 従来型エンジンよりもファンブレードの出口角度をキツくして、その分回転速度を抑えたエンジンは最大出力は小さくなった。

 しかし、機体構造材がチタンからアルミハニカムとカーボンの複合材へと代わり、フロートもアルミ製になったために軽量化され、軽快感は相当向上している。燃費も離水速度も大きく改善され、耐久性も良くなっていることが期待されている。


 エンジンの音が絶好調に上がっていく。

「ンムワイくん、行ってらっしゃい!」

 しおりんが叫んだ。

「四人とも頼んだよー」

「気をつけてねー」

 カナとコトも続く。


 こうして、カッシーニ王国初の探検隊が出発した。

 もしもよその土地で人に出会ったとしても、とりあえず安全を優先してできるだけ接触しないような計画である。

 とにかく、どこに向かうとどんな土地があるのか。町はあるのか。砂漠なのか森林なのか湿地なのか山岳なのか。魔物は多いのか少ないのか。航空偵察でわかることだけを調べる探検である。


「四人とも、無事に帰ってきてね……」

 三人娘の願いは、結局それに尽きることになった。


 予定では最初の探索期間は二ヶ月間。その後も定期的に外征することになっている。

 彼らの活躍と無事を祈りつつ、出陣式は幕を閉じた。

 

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