第99話 ゴシックアンドロリータ
実は、奏はゴスロリファッションが好きだった。
ただ、コトは基本的に事務的な服装しかしないために、奏も大体そんな感じの服を着ている事が多かった。
たまに着る時のために、ゴスを買うときは常に二着買っていたのは公然の秘密である。
シャルロットが黒い髪のカナとコトが夢に出てきたと言っていた。
二人は黒い服を着て、見慣れぬ飛行機の前でケイとご飯を食べ、ケイの解説を聞き……そんな夢を見たと……
そしてカナは……
「ふふふ、三人の服の新しい意匠を考えたぜい」
カナがデザイン画を二人に見せた。
「んー? ゴス?」
「そそ、ゴシック。この時代の女性ファッションに合わせつつ、金でも黒でもプラチナでも映えるデザインを目指しましたっ!」
天才はデザイン画もできてしまう。
もっとも、スクロール魔法さんの手を借りてはいるからこその出来栄えだったりもするのだが。
あの、しおりんスーパーマン事件のあと、スクロール魔法さんの態度が本当に変わった。なんなら変わりすぎて元がどんなだったのか忘れてしまうレベルで変わった。
しおりんだけではなく、カナにもコトにも甘々に甘くなった。なんでも手伝ってくれる。
もしかして、悪意を持って人を堕落させようとしてるんじゃなかろうか? と思わせるほどには甘かった。
「あら、これは可愛くてかっこいいですねぇ。脚も出てないし、装飾華美でもないし、素敵じゃないですか」
しおりんには割と好評な様だ。
「うーん……カナっぽいかな」
「いや、そりゃわたしが描いたんだから、わたしテイスト満載よ」
コトはシンプルな服装を好む。この辺ちょっとコリンちゃんに似てるかもしれない。
シンプルなのを好む理由は、考えるのが面倒だから……らしいが。
何を着るか考えて、どうアレンジするか考えて、どう着るのが一番おしゃれなのか考えて……キィってなるらしい。
頭使うの好きなくせに何を言っているのやらである。
なので、頭を使う作業をカナに丸投げできるのなら着ること自体はやぶさかでは無い。
と言うわけで、このデザインでやってもらいしましょう。
出入りのテイラーを呼び、デザイン画と参考用の型紙を渡す。
三人のサイズも取り直してもらった。コトとカナはまた背がのびた。
「やっぱりシャルロットの夢の話?」
「うん。あれ、兄と行った茨城空港のピクニックだよね?」
「うん、お兄ちゃんと行った最後のピクニックだと思う」
景が中学三年生の時、来年から全寮制の学校に通うことに決めた。
来年からは一緒にいられない。その前に一緒に遊びに行こう!
そう言って、景がピクニックに連れて行ってくれたことがあった。
もっとも、行った先はいつもの百里基地の反対側、茨城空港の表口側だったのだが……
この時、精一杯のオシャレをしたいと申し出た琴を、目一杯可愛く仕上げたのがゴスロリファッションであった。
普段見かけない妹たちの姿に、景もメロメロに……メロメロ……あれ?
「ほらっ、ボーイング737-800だぞ。初期型が飛んでからもう五十年近くも経つのに、まだまだ新型が出てくるとか凄すぎないか? 旅客機で七千機も作ってるやつは、あとはエアバスのA320ぐらいしかいないんじゃないかなぁ」
いつもの景ですね。
あ、でも、いつもより琴と奏のことを見てる時間が長いかもしれない。
やっぱりちょっとは寂しいのかな?
「あ、今度来たあれ、あれがエアバスのA320っ!」
やっぱり気のせいかもしれない。
とまぁ、そんなことがあったのを思い出し、久々にゴスロリを着たくなったということらしい。
「しかも今なら、しおりんいるから低身長ゴスと高身長ゴスを並べて楽しめるんよ」
琴と奏の二人の時は、背の高さはいつも同じだった。
双子コーデには最高なのだが、バリエーションを考えるとしおりんの存在はとても貴重に思えた。
「そのうち、アリスタちゃんやコリンちゃん、シャルロットの分まで作ろうかね」
資金が豊富だと何やらかすかわからない。
……あれ? サンドラさん、ちょっと着てみたくなってませんか?
『ぷるぷるぷるぷる』
首左右に振っても誤魔化せませんよ。
大人ゴスも可愛いので頼んでみれば良いのに。
なんだったらマリーさんやエスメラルダさんも一緒に。
まぁ、今は三人分。テイラーさんへの発注も終わり、完成を待つだけとなった。
「わたし、前世も含めて初挑戦なんですよ。ゴシックファッションって」
「高校生まではどんなファッションだったんですか?」
「うーん……普通に制服でルーズソックスとかだったかなぁ」
「ガングロとか?」
「いや、それはもう少し後の世代ですよ」
普通に女子高生してたらしい。
流石に高校時代は匍匐前進で弾の下這い回るとかはしてなかったのね。
「社会人になってからは、迷彩服の時代が長かったですねぇ。いや、婦警ですよ。婦警なんですけど……」
迷彩服を着た婦警さんとか、かなりレアなのではなかろうか。それはそれで需要ある気がする。
「そんなこというカナはどうだったんです? 高校生までのファッションって」
「琴と同じ格好。以上」
「あ、四国沖鏡の時と同じパターン?」
「そそ。可愛いでしょ」
「そ、それは認めます。あの時のお二人もめちゃくちゃ綺麗でした。冷静に考えると、ただのリクルートスーツなんですけどね」
そんなこんなでひと月ほど。注文した服が届けられた。
「おおお、これはこれは……」
まずカナが着替え、コト、しおりん、サンドラマリーエスメラルダにお披露目する。
サンドラがふんすふんすと鼻息荒く、コトとしおりんにも着替えろとばかりに寄ってきた。
コト、しおりんがその場で剥かれて着替えさせられる、あ〜れ〜
「お三人様が並びますと、これはもうわたくしどもだけで拝見するのはバチが当たりそうでございます……ぜひ王陛下や王妃殿下にもお見せいただきたく」
サンドラが珍しく激し目の意見を伝えてきたので、それならばと執務室へ。
いや、執務中に邪魔しちゃダメじゃ?
『これは許されるやつ』
基準どこっ⁉︎
小宮東宮を出て、王城内をゾロゾロと歩く。それは目立つ。めちゃくちゃ目立つ。すれ違う人すれ違う人、みんな立ち止まり見惚れている。
今までこの国には無かった感じの服装である。近いと言えばメイド服なのだが、もっとドレッシーなフォーマルなイメージ。更にそこにミリタリー成分も少し乗せ、カナの全力が火を噴いている。
執務室前についた。近衛が三人いるので王陛下が在室しているのは間違いがない。
三人に気がついた近衛が、ガタガタっと動いた。
カナは人差し指を唇の前に立て、シーっと黙らせた。
「王室預かり、カナ、入ります」
「コト、入ります」
「しおりん、入ります」
近衛に扉を開けてもらい、中へ
「おお、どうしたしお……」
口を開けながらこちらを見た国王陛下、そこで動きが止まる。
その前に立っていたローランド王太子殿下も振り返り、そこで動きが止まった。
「あ、ああ……すまん、その……なんだ……俺の嫁可愛すぎない?」
いや、王様っ! まだ婚約中なだけだから!
っていうか、もらう気満々でしょ! ノエミさんのケアは大丈夫?
王太子も愛娘が可愛すぎてもう、今にも意識が飛びそうになっていた。
(何この黒い天使たち。あ、俺の娘じゃないか。俺の娘、三人とも天使なんだなぁ。うん。やはり天使は良い)
いえ、あなたの娘はその中の一人だけですよ。後の二人は違いますからね。
「よし、成功っ! 次行こう!」
そのままカナが二人を連れて出て行ってしまった。いや、酷くね? 王様も王太子殿下も固まったまま動けなくなってるよ?
続いて王妃殿下の自室へ向かう。
王妃殿下のお部屋にはマデルノ公爵夫人エレオノーラもいた。コトの祖母である。
「これは……可愛いとか綺麗とかじゃない何かね……」
「うちの孫が尊過ぎて寿命が伸びるわ。あとで一族郎党連れ立ってまた会いにくるわよ」
東宮に隣接する四つの小宮のうち、一つはマデルノ家専用の面会施設となっている。あとでコトがめちゃめちゃ撫で回される未来しか見えなかった。
パトリシアお母さまとエレクトラお母さまは行き先がわからなかった。遠出はしていないらしいのだが、小宮にはいらっしゃらない。
レベッカお母さまはいつも通り小宮にいらっしゃった。レベッカお母さまをはじめ、その場にいた侍女たち全員を撃沈させてから子供部屋へ帰ってきた。
「いやぁ、なかなかの攻撃力だったと思わない?」
「なんというか、めちゃくちゃ好評なのにみなさん金縛りにあったような微妙な反応?」
「うん、カナが悪い」
少々やりすぎたのかもしれない。
しばらくするとパトリシアとエレクトラが飛んできた。
ローランドから連絡が行ったのだろうか。血相変えて飛んできて、そのまま愛でられていたら、今度は王女近衛のディートリッドがやってきた。
アリスタちゃんとコリンちゃんもしっかり後ろに着いてきている。
アリスタちゃんがしおりんに、コリンちゃんがカナに張り付いて離れない。
こいつら最近自重という言葉を捨てたらしい。
アンガスさんとバイオレッタ先生も参加してきてえらい騒ぎになってきた。
「というか、わたしも着てみたいんじゃが……」
「な、ならわたしも……」
この三桁年齢コンビっ!
って、あれ? カナさん? 注文取り始めてるんですか?
「わたし、アンガスさんもバイオレッタ先生もガッツリ好きですからね。当然着せますよ。絶対似合いますもん。あ、こうなったらみんなで着ません? お母さま方もぜひ!」
なんか一気にゴシックファッションが制服になりかかってる気がするが……良いのか?
「アレンジも承りますよ〜」
って、何始めてるんですか。
結局、大人向けのシックな感じなゴシックから、シャルロット用にギチギチのロリータまで、一気に何種類もデザインしていくカナ……じゃないな、これスクロール魔法さんがアレンジしてるし。スクロール魔法さん有能すぎません?
こうして、王城から突然新しい流行が発信された。
国内の有力女性が集まる王城。そこで突然始まった大流行は、飛行機にのり全国にあっという間に広がっていく。
更にはその格好で帝国に遊びに行ったしおりんのせいで、帝国にまで流行が広がり始めた。
犬耳リッカさんのために、カナが専用デザインまで作り上げた。
「もしかして、本当にやり過ぎた?」
「うん、明らかにやり過ぎたね」
「ゴス好きだけど、こればっかり目に入るのもちょっとアレだねぇ……新しい流行でも作ってみますかぁ」
しばらく部屋の片隅を見上げた後、ふっと視線を戻す。
「これで姫騎士作って近衛に着せたら、可愛くない?」
「可愛いかもしれませんけど、スカート短くしたら怒られません?」
「タイツで隠せば文句ないでしょ! ディートリッド呼んでモデルしてもらおうかしら」
タカラヅカ系に似合うゴスロリ風姫騎士衣装。ちょっと想像がつかない。
サテンキラキラとかならまだわかるんだが、ゴスロリ風……
後日、完成した王女近衛の新制服は概ね好評だった。
ただ、隊長は微妙……との意見もあったのだが、ディートリッドを救う大事件が発生した。
「あら、わたくしはとてもお似合いだと思いますよ? 可愛らしくて」
メーナさんの発言である。
翌日から、ディートリッドのメイクがガラッと変わった。
というより、カナがアドバイスして変えさせた。
それまでの強気一辺倒のメイクから、カナに習ったドール的ゴシックへ。
まるで別人の様だが
『思った以上にヤバい美しさがハマったわ』
とカナが自賛。
『うーん……綺麗だけど強そうではなくなった?』
『いえ、相対したら恐怖感はアップだと思います』
恐怖感言うな!
と言うわけで、今までの半プレートメイルの様な制服が、一気におしゃれに……
「カナ様、とても良い制服なのですが、もう一声着替えを楽にできないでしょうか。特に訓練後に汗をかくと割と大変なことに……」
問題が出た。
この手のロリータファッションは、マルチレイヤーが基本だ。動き回って着たり脱いだりなんて想定していない。
「でも、もう以前の可愛くないのになんて、くっついてきて欲しくないし」
酷いなオイ。
脱いだり着たりしやすく、汗をかいても邪魔にならず、動きを阻害しない……黒ワンピに金糸で刺繍して、タイツで誤魔化すか……襟元寂しいなぁ。ワンタッチのチョーカーとか、邪魔になるかな……
ブーツはもう、黒い軍靴で行くとして。
来る日も来る日も頭を悩ませ、脳内試作を繰り返し、ついに完成した。
「あー……うん、ちょっとスカートがフレアな軍服?」
「軍服ですね……」
結局、ディートリッドのメイクは元に戻った。ただ、少々カナとしおりんの指導は受けたが。
『もう少し女性らしさを出した方がメーナさんに受けそうよ?』
この一言で、必死に練習するタカラヅカ美人は、めちゃくちゃかわいかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます