第97話  シャルロット、最上級生になる

 シャルロット・マリーア・スフォルツァ。

 王太子の長男、ルイージ・カッシーニの婚約者である。順調に行けば、次の次の王妃になる可能性が高い。

 そんなシャルロットが、幼年学校最上級生になった。


 三人のお姉さま方がいない学校でなんて、過ごしていけない……そう思っていたが、やはり人とは慣れるものなのだ。今では幼年学校がシャルロットによって回されていると言っても過言ではない。

 シャルロットの優秀さは折り紙付きだ。しかも金とか銀とかのキラキラした折り紙だ。それに更に熨斗を付けて渡されるレベルだ。

 

 三人娘に言わせても

「いや、わたしら程度じゃシャルロットの才能の足元にも及ばないわ」

 とか言ってしまうのは、もう人外領域に半分足を踏み入れてるのではないだろうか。

 

 カナが『一を知れば百を知る』天才なら、シャルロットは千を知ろう。

 コトが『神の想像力』を持っているなら、シャルロットは創造神であろう。

 しおりんが『婦警』なら、シャルロットは……いや、それは前提がおかしいや。

『おかしくないです、わたしはちゃんと婦警です!』

 いや、今競ってるのはそこじゃないので……

 

 最近、シャルロットは授業中以外は職員室にいることが多い。

 主に先生方の手伝いと称し、テスト問題の作成や採点、指導要綱の作成、問題のある児童へのケア計画立案など、それは幼年学校の児童の仕事じゃないよ……ってことをしていた。

 先生からの信頼はこの上なく、ほとんどの場合は決裁も含めてシャルロットが行っている。

 いや、決裁はダメだろ。六年生よ? 児童なのよ? この国で大人として扱われるのは幼年学校卒業後だよ? 国レベルでも、まだ子供よ?

 

 職員室にたまに来る児童も先生も、シャルロットの微笑み一つで赤面して離れていく。

 って、手伝え! 特に先生!

 いや、手伝うのはシャルロットなんだから主体でやれよっ! 先生がっ!

 

 シャルロットは、充実はしているが孤独な学校生活を送っていた。


 同じ学年に婚約者のルイージがいる。クラスも同じAクラスである。

 ルイージはかなり自由に生きていた。

 授業が終わると、王宮に帰ってから帝王学や剣術の訓練が待っている。

 しおりんお姉さまが見てくれる予定の日はまっすぐ帰るが、そうじゃない日はなかなか車まで戻ってくれず、侍従がソワソワする日が増えていた。


 時々、シャルロットがルイージ王子を嗜める。しかし、あまり言うことを聞いてはくれなかった。


『しおりんお姉さまの言うことを良く聞くのだから、それで良いのかしら』

 ちょっとだけ弱気になる。

 シャルロットはルイージ王子に立派な王になって欲しかった。立派な王の妃になりたい。そう思っていた。


 ある時、王城での魔法の訓練中にしおりんお姉さまに相談してみた。

「あー、ルイージ王子はねぇ……いい子なんだけど、流されやすいのよねぇ。多分、学校でまたちやほやされてるんじゃないかしら?」

 確かに、最上級生になったせいか、下級生からやたらと頼られているところを見る気がする。

 しかし、頼られるのは悪いことではないだろう。


 結局、シャルロットは王子を変えるよりも自分を更に磨くことにした。


 シャルロットが本気で鍛え始めると、三人娘が危機感を覚える。

「いや、マジでシャルロットが優秀すぎて怖いわ。わたし、シャルロットの嫁になる!」

 いや、カナさんや。あなたこないだ犬獣人のリッカさんを嫁にするとか言ってませんでしたか?

 まぁ、リッカさんは帝国皇帝の愛人ですし、そうそう嫁になんて貰えないと思いますが……


 シャルロットの教師は三人娘である。学校の先生レベルではもう教えられることがほとんどないのだ。幼年学校六年生、十二歳にして万有引力の法則と運動の法則を、微分積分を使って解いていく問題に取り組んでいる。

 これができる様になると、軌道力学の基礎が出来て宇宙機の軌道計算が……って、おいっ! 何教えてんねんっ!

 それ、王妃に必要か? もっと教えることあるだろ!

『だって、興味持ってくれたら教えたくなるでしょ?』

 いや、気持ちはわからなくもないけどさ……

『それに、わたしより計算早かったりすることあるのよ。この娘』

 いや待て、天才物理学者より計算早いとか何者?

『スクロール魔法さんの電卓使えばわたしの方が早いし』

 いや、それ自慢になんないだろっ!


 十二歳にしてコリンちゃんより魔法が上手で、アリスタちゃんより体術に長けているとか、かなり狂った性能の王妃候補だ。

 確かにコリンちゃんが得意なのは体術だし、アリスタちゃんは魔法の方が得意だ。

 だが、それぞれ魔法も体術も騎士団、魔導士団以上の能力なのだ。そこらの大人が束になってかかっても敵わないレベルでの話である。

 

 最近は人体構造も習っており、回復魔法も随分と腕を上げた。

 三人娘が下手に二十一世紀の医療に慣れてしまって回復魔法の手順が煩雑になっている分、シャルロットの方が優秀かもしれないとか、ほんと訳がわからない。

 

 先日も、剣術護身術の授業中に腕を折ってしまった男子児童を、その場で整復して腕を普通に使えるレベルまで仕上げてしまって皆に驚かれた。

 もっとも、完全に回復したわけではなく、折れた部分をマイクロマシンに頑張って繋いでもらっているだけだったのだが。


 ただ、その後一週間で本当に接合は完了した。

並大抵の技術ではない。宮廷魔導士の医長でもここまで出来ないかもしれない。


 三人娘が苦手とする詩歌、音楽、マナー関係はシャルロットの方が断然上である。

 ダンスに限っては対等だと言えるが、優雅さが全然違う。

 三人娘のはアクロバットに近いが、シャルロットは本当に優雅に踊るのだ。


『アクロバット言うな! 高度な技と言ってくれ!」

 確かに高度な技だけどさ、リフトから降りる時にバク宙してくるのはアクロバットじゃないのか?

『パンツ見えないからヨシ』

 いや、ヨシじゃねーし! 令嬢としてどうなのよ?


 それでいて、シャルロットは凄まじく可愛い、滅茶苦茶美しい。十二歳の可愛らしさと、十二歳ならではの美しさを兼ね備えているのだ。隙なくいつも必ず常にである。

 本人曰く

『メルエットがいつも整えてくれるてるから』

 だそうだが、本人の努力がなければここまで完璧な美少女は生まれない。

 『残念感』が一つもないのだ。


『残念言うなっ』

『残念とか言わないで』

『あの、残念ってわたしじゃ有りませんよね?』

『残念勝負だったら、うちのバイオレッタを外せんじゃろ』

『残念エルフがでしゃばるんじゃ有りませんっ!』


 この手の話題では出てこないリンダとポーリーは素晴らしい。ケイは本当に良い嫁貰ってると思われる。

 あ、サンディさんは微妙かも知れん……

『サンディさん、最高のお嫁さんですよ? 何言ってんですか?』

 ケイの方がベタ惚れじゃないかい? これ。いや、四人とも幸せそうだから全然構わないんですが……

 

 ああ、シャルロットから話が逸れすぎた。

 

 そんなこんなで今日の王宮授業もおわり、家に向かう。家までは当然お姉さま方にいただいたシャルロット専用自動車だが、近衛の護衛も付けてある。

 もっとも、シャルロットを襲って無事で済む賊はいないんじゃないかな? と思われてはいるが。

 護衛の近衛がいきなり牙を剥いても、多分シャルロットに勝てない。そのぐらいは余裕でこなすのが三人娘に育てられたチルドレンである。


 伯爵家に到着したら、まず家族に挨拶。そして今日習ってきたことの報告を済ませる。

 自室に帰ったらお着替えをする。メルエットに手伝ってもらい、部屋着へとトランスフォーム。


 今日は騎士団の訓練に参加していないので、お城の大浴場には入ってきていない。

 一階のお風呂なら水汲みは割とすぐにしてもらえるので、あとで入れてもらうことにする。

 水魔法で簡単? 閉鎖空間では空気が乾くばかりでなかなか貯められないのだ。飛んでる飛行機だと猛烈な勢いで空気が入れ替わるので、割とすぐに集められると、カナお姉さまがおっしゃっていた。

 

 なんでも、飛んでる飛行機に直接お水を補給するらしい。そんな器用なことができるのは、世界中探しても三人しかいないだろう。本当にあのお姉さま方はなんでも有りだ。

 

 お姉さま方に出来ないことってなんだろう……と、時々考える。

 すると、割と出来ないこともあるんだなって気がつく。

 コトお姉さまは詩歌と音楽が苦手で、良く学校から課題を持って帰ってきている。

 カナお姉さまは、なんでも出来る顔して実は、ダンスのステップがいつも一つずれる曲がある。わたしが知ってるだけでも二曲ある。

 しおりんお姉さまは、数学物理化学の学習がわたしとあまり変わらなかったりする。コトお姉さまカナお姉さまが最先端過ぎるとは聞いているが。


 夕食は伯爵家っぽく、豪華な晩餐である。

 女の子とはいえ育ち盛り真っ只中。結構モリモリと食べていく。

 しかし、騎士団寮にいる人外たちと比べたら可愛いもんだ。

『人外言わないでくださいませ……ちょっと殿方より多めに食べるだけでございますのに』

 メーナさん、騎士団若手のガツガツモリモリ連中が、困った人を見る目で見てますよ? あの方々の限界の、更にはるか上行ってるの、みんな見てますからね?

 尊敬の目つきで見てるのはディートリッドだけですから!


 お食事のあとは家族の団欒。と言っても事務的な報告が多い。次の休みにお呼ばれしているお茶会のお話、最近のルイージの様子、王妃教育の進捗……

 王妃教育では、またルイージと差が広がり始めたと報告があったらしい。

 ルイージがしおりんお姉さまのいない時に、サボる癖がついてしまったせいか。

 王室はルイージとしおりんお姉さまならば、しおりんお姉さまを優先する。そして、しおりんをお姉さまを含め三人のお姉さまは、いつもとてもお忙しい。

 もしかしたら、王宮でも五本の指に入るんじゃないか? レベルでお忙しい。

 正直ルイージに関わっている暇はないのだ。しかし、それでも無理やり時間を作ってルイージの教育をしてくださっている。


 ルイージにはそれがわかっているのだろうか?

『もっと僕を優先してほしい』

 などの不敬な考えを持っていそうで恐ろしい。

 後輩に囲まれて、わいわいとどこかへ去っていくルイージに、切迫感はあまり感じられない。でも、しおりんお姉さまと訓練している時はとても良い笑顔で頑張っているのだ。

 ルイージの本心がどこにあるのかが、わからない。しかし、あまり干渉するとまた以前のように疎まれるかも知れない。

 ここ最近のシャルロット最大の悩み事である。


 さぁ、待望のお風呂! メルエットに綺麗綺麗してもらう。シャルロットはメルエットに全幅の信頼を置いているので、もうリラックスしまくって目をつぶっており……んん? って寝てるし!

 よだれ……涎垂らしてるシャルロットとか、めっちゃレアじゃない? カナとかすごい勢いで録画しそうな……え? 割とあるの?

 メルエット曰く、よくあることだそうだ。確かに、どんなに優秀な天才児であろうと、身体は十二歳の女の子なのだ。


 お風呂でしばらく休ませたあと、メルエットが優しく起こす。

 身体を拭き上げ髪を梳き、寝巻きに着替えたら……今日の復習ですか。

 魔導の光の下で、ケプラーの法則と運動の法則、重量の法則での計算結果を見比べていく。

 綺麗に揃っている数字に満足して、やっと今日はお休みの時間……

 シャルロット、また明日ね。


 朝!

 メルエットがカーテンを開け、シャルロットに声をかける。

「おはようございますシャルロットさま。本日も学校でございます」

「メルエット、おはよう……夢を、夢を見ていました」

「どんな夢でしょう」

「黒い髪をしたカナお姉さまとコトお姉さまが、見知らぬ飛行機の前を歩いている夢でした……時折り、空には大きな飛行機が飛んでいて、ケイお兄さまがその飛行機を指差して何か解説して……」

「ケイさまが飛行機を指差して解説するのは、普段と変わりませんね」

 メルエットがクスリと笑う。

 その笑顔を見て、シャルロットも笑顔になった。

 

 黒い髪の奏と琴。景と一緒にピクニックに行った時か。

 おしゃれをしたいという琴に、初めてゴスロリ着せた奏。二人ともとても良い笑顔であった。

 お弁当を食べたのは茨城空港公園の、F-4EJとRF-4Eの前であった。

 飛行機が飛んでくるたびに景がメーカーから機種名、エンジン型式、座席数、更に航空会社の豆知識まで事細かく解説してくれたことがあった。これが果たしてピクニックなのか? という疑問もあるが、飛行機欲を満たせた景と、景欲を満たせた琴と、琴欲を満たせた奏の、WinWinWinなピクニックだったのだ。


 ただ、シャルロットは黒髪のコトカナなんて知らない。となるとマイクロマシンが見せた夢なのか? それとも何かの混信なのか。


「黒い髪に黒い服も、とても似合ってらっしゃったわ。ケイさまやしおりんさまは、いつも黒髪ですので見慣れてますけど」

 あとでお二人に、黒髪の夢をお話ししよう。そのためには夢を覚えておかなければ。


 さぁ、お姉さま方と同じ学校に通えるようになるまであと一年。しっかりやるぞ! えい! えい! おー!

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