第95話 帝国 vs 帝国
カッシーニ王国のすぐ北側にはブラスレン帝国と言う巨大な帝国が有る。
面積はカッシーニ王国の六倍近い大帝国で有る。
ブラスレンの西側には、小さな国がいくつも並ぶ西方諸国連合があった。
そして、ブラスレンの北から東へ、そこからはるか東の方まで続く超巨大帝国ソラシア。
あまりにも広すぎるために東の端は極東まで続いていると言う。
途中には巨大な砂漠や、不毛な永久凍土、更にはドラゴンたちの楽園すらあると言われる。
この超巨大帝国ソラシアとブラスレン帝国は、あまり仲がよろしくない。
むしろ、積極的に険悪と言っても良い。
半世紀ほど前には両国間で大きな戦乱もあったが、その時は両者痛み分けで勝負がつかなかった。
そして今、また両者の間に嫌な空気が流れ始めた。
どちらの国も、面積は広いが人の数は多くなく、ソラシアに至っては面積が広すぎるために人口密度はブラスレンの十分の一、カッシーニの二十分の一である。
ここ最近、ブラスレンの景気が急激に回復した。
カッシーニ王国との貿易により大量の資金が流入した。
更に、国内を自動車が走り始め、流通革命が起きた。
この自動車を走らせるために、道路工事の公共事業も次々と着手されている。
魔石、魔臓欲しさに魔物が狩られまくっていることもあり、安全圏も広がりつつある。
こうなると馬車の移動も捗り、ますます経済の流れが活発化していく。
これで面白くないのはソラシアだ。
ソラシア帝国は、都会部はともかく地方都市は貧しい場所が多い。
特に北東部方面は気温も低く、冬は氷に閉ざされ、短い夏も魔物に占拠され、それはそれは生活が厳しい地域である。数少ない現金収入が、魔物素材の売買と、いくらでも有る針葉樹を切って作った炭の販売ぐらいしかない。とにかく広すぎるため、食糧輸送などほぼ不可能。
帝国の最大東西幅は、一万キロ近いのだ。しかも道路が悪く、気温が低すぎて馬も使えない。
雪が降る地域はソリも使えるが、内陸部には雪もあまり降らない。ただただ寒い。
広大な湿原地帯や、大草原、大きな山脈、大砂漠に果ての見えない森林と、様々な地形があり、さまざまな生物が生息しているが、人が住めない。
集落は、国のことなど知らないとばかりに、あちらに一つ、こちらに一つと点在し、それぞれ隣の集落としか交流がない。そんな地域が国のほとんどを占めている。
かろうじて人の多い地域が西の端に数ヶ所。極東部の海岸線沿いに二ヶ所。東南部の暖かい地域に少し。
十数年前に起きた不作がいまだに尾を引き、人々の活動は停滞したまま動こうとしない。
ここ数年はそれなりの豊作が続いているが、皆備蓄のことを考えて市場に出てくる量はいつもと少しも変わらない。
ついには一揆を起こす集落も出てきており、鎮圧部隊の派遣で更に資金が目減りしていった。
「ブラスレンでは大層な好景気で、人もお金も流動性が高く、今がお買い得」
人の国の人命をお買い得とか言うな、蛮族め。
ブラスレン皇帝が聞いたら憤慨しそうな論調を受け、ソラシアがついに挙兵した。
時は年に三度もある泥濘期が終わりに差し掛かった頃。農民たちは今季の作付けを始めなければならない頃である。この時期を逃すと、来季食べるものが国レベルでなくなる……しかし、貴族たちの考えは違った。
ならばブラスレンから持って来れば良い。
ソラシア皇帝だって馬鹿ではなかった。今は挙兵するのは危険で有ると。挙兵するなら数年かけて準備を整えなければ、勝てる戦も勝てなくなる。
しかし、ここ数年の経済低迷と、隣国の急激な発展で眼を曇らせた貴族たちには伝わらなかった……
♦︎
「ソラシアが東部国境で開戦準備をしておると?」
「はい、草からの連絡がございました」
「うむ、では、空から確認してみようではないか。東部方面に飛行場を一つ作ろう。それまでは帝都の飛行場から向かうか」
帝都から東の国境まで、およそ800km。複座機での往復はギリギリの距離だ。風向き一つで帰れなくなる。輸送機はもう少し飛べるが大差ない。あとは王国から偵察機を借りる……恐らく貸してはくれないだろう。あの機体は恐らく機密の塊だ。
残る手段は水上機である。
東部国境付近には三日月湖がたくさん有る。今の時期なら氷結はしていないので、桟橋と整備小屋一つで離発着場の出来上がりだ。
その水上機で時間を稼いでいる間に、飛行場を作る。しかも複数箇所だ。帝都と東部国境との中間にも必要だ。
♦︎
偵察のため、水上機が飛んでいく。水上機は淡水の上への着水状態なら、推進水をタンクに補充することは難しくない。そのための魔導ポンプまで装備しているのだ。
魔石の予備を積んでおけば、数日間にわたるキャンプフライトなどお手のものだ。
偵察飛行三日目。ついにソラシア帝国の軍勢を発見した。
帝国のパイロットは、最小構成のステータスオープンをインストールしている。
その中にはマップも、カード通信も入っていた。
ソラシア帝国の侵攻位置、軍勢の数、戦力配置、果ては司令部まで全てが即座に帝都にまで伝わるのだ。
これでまともな戦争になるわけがない。
飛行場は、畑をいくつか強権で買い上げ、自動車で資材を運び、土をならし、ひと月もかからず完成した。
二機の輸送機と自動車部隊が侵攻ルート前面に兵を送り込む。
国境はこの十数キロ先を流れているオシデンスブーフ川で有る。
大きな川であり、周囲に湿原も多い。そのため、大軍勢が通る場所は限られてしまう。
迎撃するならば、川を渡って国境侵犯されてからにするようにとの厳命が下っていた。
ならば、それまでは見つからないよう、距離を置いて周辺の森の中や丘の裏に隠れ、敵を待ち構える。
敵も斥候は出してきているのだが、それを見越して距離を取っているため、そうそう見つかりはしない。
飛行機も、できるだけ高度を取り、距離を空け、不審な音はさせていても見つからないように飛び続けていた。
数日後、ついに渡河作戦が始まった。
航空偵察での敵軍勢はおよそ十二万。先頭の一万程度が越境したら、ブラスレンも動く計画で有る。
朝から始まった渡河作戦は、昼前には一万人を超える人数が川を越え、後続のためのキャンプ地を作り始めていた。
『全機出撃せよ。敵司令部に魔法をお見舞いしてやれ』
カッシーニであれだけ懸念していた女性の前線投入。
ブラスレンの魔道士団は、全員がファイヤーボールを五秒以内に発動でき、半数がリフレクトマジックを使える。
リフレクトマジックは移動する飛行機に展開することができなかったが、ファイヤーボールは後部座席からでも撃ち込めると判断され、飛行機に乗せられたのだ。
前線飛行場を離陸した四機は、近くの湖から上がった水上機と合流すると大きく迂回。
背後から敵軍勢の司令部を目指した。
地上軍は報告を受け移動を開始する。
機動部隊のうち、四輪グループはこの先の荒野に入ることはできないが、二輪騎馬隊は追随できる。しかし、できるだけ音を立てないよう二輪騎馬隊は後から合流させる予定だ。
飛行機から地上の人間を確認するのはとても大変で有る。一瞬でキロ単位で離れてしまうのだ。どこに何がいるかなんて、そうそうわかるものではない。
そう、目立つ旗でも立ってない限りは……
『前方下方、大旗を立てた馬の隣の馬車だ』
全機、急降下なんて姿勢回復訓練の時にしか経験がない。したがって、まるで着陸するかのようなゆったりとした降下率で敵陣に迫る。速度は最小、フラップまで下げている。
複座機は、今日この作戦のためにキャノピーの一部を取り外してきていた。
ゆっくり飛んでいるとはいえ、速度は100ノット近い。いきなり腕を出したら持って行かれて大怪我をする。
後席の魔導士が、右前方に見えてきた敵将の陣地に向けてそっと手を出す。
「火よ全てを焼き尽くす火よ我が前に顕現なりて彼方の敵を焼きつくさんファイヤーボール!」
五秒以内の発動……めっちゃ早口なだけだった。
縦列で敵陣に迫った五機の飛行機から、次々と魔法が発射され、そのまま再び上昇していく。
最低高度は三十メートル程度であろうか。
振り返ると、慌てふためいたような兵隊と、爆炎をあげている馬車周辺が目に入る。恐らく、あの中にいた人間は助からなかろう。
上空をぐるりと旋回した後、輸送機二機が再び高度を落とし、大量のビラを撒いていく。
国境侵犯に対する抗議と、その報復のために首狩作戦を実行したこと。今回の攻撃は警告であり、次回は首都を攻撃することも視野に入れること等が書いてあるビラだ。
まず、ほとんどのソラシア軍兵士は、飛行機を見ること自体が初めてであった。
空からワイバーン以上に巨大な生物が叫び声を上げながら飛来し、炎の魔法で司令部を焼き払って去っていったのだ。
その上で、更にビラまで撒いていく。つまりあれはブラスレンが使役していると言うことなのか。
空を飛ぶ魔物は本当に厄介である。矢を射かけても、殆ど当てることはできない。魔法だって詠唱しているうちに離れていってしまう。
アレにこれからは狙われるのか?
逃げ場はあるのか?
士官が悩んでいる間にも、末端の兵が恐慌に陥り逃げ出して行く。
更に川の向こうでも動きがあった。川向こうに黒煙が上がっている。もしや渡河した先には……
渡河した先は、阿鼻叫喚であった。
首狩作戦を終えた飛行機が、帰り際にファイヤーボールをテントに撃ち込んでいく。
恐慌に陥りかけた先行兵達に、オートバイに乗った騎兵隊と数千人の歩兵が襲いかかった。
まだオートバイの使い方が馬と変わらないために、冷静に対処すれば普通の騎馬より与しやすいのだが、こんな恐ろしい咆哮を上げながらやってくる鉄の馬など誰も見たことがないのだ。
そして、恐怖に駆られて背中を見せた兵に対処することは、難しくはない。
あっという間に一万のソラシア兵は、数を減らしていった。
総勢十二万の兵を送り出したソラシア帝国。司令部にいた上位四名の指揮官達を一瞬で失い、渡河した兵のうち半数を失い、更に潰走する時に軍から離脱して逃げ行く農奴が全体の半数を超えた。
大敗である。
はい、皆様、ご唱和お願いいたします。
せーのっ! 『 三 割 や ら れ た ら 全 滅 』
現地に水上機と整備士、パイロットを残し、残党の監視を続けさせる。
魔石の補充には、魔導士を二人付けた。
部品が必要になったら、カード通信で補給を要請。すぐに輸送機が飛んできて投下していく。
これから、定期的な哨戒飛行が必要になるだろう。カッシーニへと、飛行機の購入を打診するべきだろうか……
♦︎
ブラスレン帝国から、飛行機購入の打診が来た。
話を聞く限り、譲った五機の飛行機が実戦に投入されたらしい。
隣のソラシア帝国からの侵略を撃退するために飛ばしたらしい。
そして、これからは侵略されないために飛行機の数が欲しいと、そのようである。
『侵略されないために』イコール『平和利用のために』と言いたいのであろう。しかし、いざ戦いとなったら必ずまた、実戦に投入されるであろう。
別に飛行機を戦争に使うなとは、言わない。
しかし、その矛先を王国に向けられたらたまらない。この一点が輸出をためらっている理由である。
確かに皇帝陛下はしおりんを女神と呼び、従う意思を見せている。
しかし、それはしおりん、コト、カナの三人に限っての話である。
更に、皇帝に近い立場の人間以外は、今でもカッシーニ王国のことを『最近色々作って調子に乗っている小国』だと認識しているのだ。
万が一クーデターでも起きれば、一瞬で攻め込まれる可能性だってある。
「それに、女性部隊も攻撃参加させられてたのよね…」
相変わらずカナは女性を戦争に駆り出されたくないようである。
「いっそ爆撃機でも作る? ファイヤーボール撃つために女性に無理させるより、まだマシな気がするわ……」
「でも、ファイヤーボール以下の効果ならやっぱり女性乗せていきますよね……」
そうなのだ。よりコストパフォーマンスの高い方を選ぶのが当たり前だ。
「かと言って爆薬作りたくないし……機銃と水爆弾かなぁ」
機銃はすぐにでも作れる。ジョンブローニングさんのデッドコピーになってしまうが……
爆弾は……こちらも水と魔石と密閉容器が有ればその場でできちゃう様な代物だ。
ただ、あまりに簡単にできてしまうのが恐ろしい。
飛行機エンジンはそうそうコピーされないだろうが、機関銃や爆弾では、手作業で作成することだって可能なのだ。
我らの優位は、加熱魔法の魔法陣ぐらいしかないのではなかろうか。
「火薬の製法が伝わると流石にコントロールできませんけど、水鉄砲なら弾の数をこちらで制御できませんか?」
「水鉄砲言うなし! 弾の後ろで何か膨張させれば飛び出すよってところから、火薬の製法まで辿り着くのは遠くないかなぁ? って思うのよね」
「まぁ、黒色火薬なんて誰でも作れますもんねぇ」
中世としては、異常に多いこの国を含めた各国の人口。これを支えているのは大量の食料であり、それを支える大量の肥料である。
肥料はどこから供給されてるの?
『こいつを漉き込めばいくらでも麦が収穫できる』
という植物が有るのだ。
スクロール魔法さんによると、滅亡寸前の人類を保護するために、豆科の植物を改良して窒素固定しまくる肥料草を作ったらしい。
窒素リン酸カリ。三大栄養素を固定しまくり、一年で枯れ、割とすぐに分解される。
大きな葉っぱで太陽の光をたくさん浴びて、窒素と炭素を固定する。
って、リンとカリウムは?
『つい六千八百万年前、世界中のすべての場所に海水が降り続けたんです』
あー、そう言えばそんな話ししてたねぇ。
「と言うわけで硝酸カリウムを手に入れるのは難しくない、硫黄なんて火山だらけのこの時代、いくらでも落ちてる、木炭なんて主要燃料、ない場所がない」
材料はすぐ揃う。ヒントを出したらすぐにでも作ってしまう、優秀な人々もたくさんいるだろう。
「はぁ、参ったなぁ。でも、女性魔導士を戦争に出したくないしなぁ……」
ステータスオープン魔法が広まったら、ますます戦場での女性の価値が上がってしまうだろう。
「やっぱ、多少は武装させた航空機も作らないとかしら……うーんうーん」
兄は軍人だ。聞けば仕方ないよって言うだろう。
最前線のしおりんもきっと、仕方ないって……
「婦警です」
でも最前線に
「婦人警官です」
結局、機銃と爆弾は開発だけはしておくことになり、あとは政治家に任せることになった。
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