第94話  操縦技能証明

 飛行機の運転には免許が必要である。

 二十一世紀の航空機免許では、エンジンが一個か沢山か、それはレシプロなのかタービンなのか、翼が回るか回らないか、自家用か事業用か定期便か、降りる場所が水の上か陸の上か、更には有視界なのか計器飛行なのかや、大きい飛行機なら機種ごとに試験があり、やっと『この人はこの飛行機で空飛ぶ技術がありますよ』という証明がされる。

 

 景なら多発タービン事業用。F-15J飛ばすための資格ですね。

 詩琳なら多発タービン回転翼事業用と単発レシプロ自家用。

 

 しおりん、なんで固定翼は自家用なの? T-33とか乗らなかった?

『うっさいわっ! わたしが飛んでた頃はもう退役してたよ!』

 あと、ヘリコプターは単発で取ったんじゃないの? OH-6だよね?

『OH-1で散々頭はたかれたわよ!』


 ただ、技能証明だけじゃ飛べない。更に毎年毎年身体検査を受けて『この人は安全に飛行機を飛ばせる身体能力がありますよ』というのを調べなければならない。

 お年を召してきたら半年に一度だ。それはもう、しょっちゅう更新してるイメージになる。


 では、こちらではどうなるだろうか……


 まず、航空機の基本インターフェイスが統一されているのが大きい。全員、コンソール魔法で機体の状況を把握しながら飛んでいるのだ。

 更に、レシプロエンジンの航空機も存在しない。単発機も今のところ無い。回転翼機も無い。

 と言うわけで、免許そのものは自家用と事業用の二種類。機種ごとに違う特性に慣れるために、初めて乗る機種に対しては十時間の完熟訓練の義務付け、毎年の身体検査程度のシンプルなものになっている。


 やはりコンソール魔法の優秀さが際立つ。誰が乗っても同じ場所に同じ情報が正確に表示されるのだ。視界ゼロでも、対地高度だけじゃ無く前方の障害物まで表示されるのだ。こんなに安全に寄与する魔法は、そうは無い。

 (やばい、妹たちへの愛が止まらないわ)

 そりゃケイだって惚れ直す。


 そんなところに

「お兄ちゃん、わたし達も技能証明取りたいんだけど……」

 とかおねだりされたら、それはもう大騒ぎである。


 と言っても、三人ともスクロール魔法さんのシミュレータで散々訓練を繰り返してきた。

 訓練? むしろ航空機開発の最前線だった。なんせ、シミュレータ上とはいえケイよりも先に操縦桿を握るのは三人なのだ。

 メインで飛ぶのはカナだが、三人で意見を出し合うためにはコトもしおりんも操縦桿を握る。


 なんで生前から技能証明持ってるしおりんがメインじゃ無いの? と思ったあなた。その通りですね。なぜ?

『普通に飛ぶ分にはカナの方が上手いから』

 あ、そうなんですか……さすが天才。

 で、普通じゃなく飛ぶとは?

『……………………』


         ♦︎


 開発者とか王女とか色々言ってますが、きちんと教習を受けます。

 まずは学科……あ、講師陣の半数が教え子だわ。

 飛行機を作り始めたばかりの時、まだケイしか飛べなかった頃、ケイだけでは手が回らないので三人娘が学科の指導をしていた。

 校長であるB.J.からして教え子なのだ。


 『私にはコトさまにお教えする権利などございません……』

 と言ってちょっと目をうるうるさせてる教官がいる。これはアレだ、ダメな方のコトファンの匂いだ。

 

 たとえ教官の更に教官であっても、きちんと法定時間は受講が必要である。

 

 B.J.がちゃめっ気を出して、三人娘をあまりよく知らない若い教官に預けた。


「あ、先生、そこの理解ちょっと間違えてますね。この場合の重力mgは機体の質量mと重力加速度gの積ですから、降下率、高度Aを時間tで除したものを……」

 嫌な生徒で有る。

 これをやられすぎると、さっきの教官とか第一の騎士団長みたいなのが生産されるのだが、コトはまだ気が付いてないらしい。


 一ヶ月掛けて規定時間の授業を受ける。毎日学校帰りは飛行場だ。

 三人が来るとケイがニコニコしながらすっ飛んでくるので、コトもニヨニヨである。コトがニヨればみんなハッピーのこの集団、側から見るとちょっと変かもしれない。


 そんなこと言っていたら、試験日で有る。と言っても、何を心配することがあるのか。だって問題の半分は三人娘が作ってるし……当然三人とも全問正解でした。


 さて、シミュレータ訓練です。

 と言っても、このシミュレータも開発したのはこの三人だ。安全基準と運行規則に則った点検確認操作さえしていれば、不安感のある状況には全くならない。

 エラー試験もなんのその。というかエラー条件作ってるのもこいつらだ。

 突然の横風の最中にエンジンダウン? あ、フラップも脱落した。おーっと、突然ピッチが上がったぞ! みたいな状況でも、冷静に立て直して下ろしていく。

 三人でそれぞれ、意地悪な設定を作りあって試験しまくっていたのだ。

 翼半分無くなったイーグルとか、ケイがやりたがったから作ったし。


 さぁ、いよいよ実機である。

 三年前に初めて作ったターボプロップの初等練習機は、練習機としては退役していた。

 尾輪式の飛行機は離着陸の感覚が違いすぎて、その後の機種転換に支障が出ると判断されたためだ。

 今ではあの機体はエンジン換装の上で、B.J.とケイのおもちゃになっている。


 現在初等練習機として使っているのは、いわゆる複座機と言われているものだ。

 タンデム配置の座席に双発のターボファンジェット。胴体には少量とはいえ格納倉もあり、軽輸送にも使える。速度もそこそこ速く、機体価格も維持費用も比較的安いため、現在最も数多く飛んでいる機種である。


 以前、しおりんが墜落を防いだ機体もこれだった。


「では、搭乗してください」

 機体の周りを一周回り、叩いたり開けたりしながら点検をする。

 各部の緩みはないか、動翼にがたつきはないか、油漏れ、水漏れはないか、タイヤは減っていないか、空気はきちんと入っているか、水の量は? オイルの量は? 魔石は新しい?

 決められた項目を確認しながらチェックシートに記録していく。点検が終わったらやっと搭乗。

 そしてまた点検。静止状態でのメーターの針の位置は合っているか。各スイッチの位置は初期状態になっているか。パワー無しでも動翼を動かすことができるか。

 

 魔力回路を開き、エンジン内部を加熱していき、水バルブを開ける。エンジン始動だ。

 エンジンがかかったら残りの点検。動翼へのパワーアシストは正常か、メーター類はアイドル時の正常位置にあるか。エンジンの音は? 振動は? 回転数は? 油圧は? 温度は? 一つずつ、声に出して確認していく。

 よし、オールオッケー。コンソール魔法のデータとの整合性も取れている。


「機体チェック確認、完了しました」

「はい、では実際に飛びましょう。今日は離着陸は私がやります。上空で操縦を変わりますので、指示通りに飛んでみてください」


 初期の訓練手順である。まず教官の操縦で安定水平飛行まで済ませる。ここで、ユーハブアイハブ、操縦を変わった。今操縦桿を握っているのはコトである。

 三人の中では一番慣れていない人と言うことになろうか。

 

「では、高度そのまま速度そのまま、標準旋回率で左回りに120度まで旋回してみてください」

 標準旋回率とは、二分間で一周する旋回率である。とすると毎秒3度ずつ向きが変わる。

 今の速度が250ノット、高度は5,000ft、外気温は15℃。

 (旋回率ωは、一周360度を2πで除したものと、重力加速度9.8m/s^2とtanθの乗を速度Vで除したものとの乗だから、バンク角37度ってあたりでその辺になるはず)

 違うよコト。それは座学でやるやつだ。飛んでる時は、旋回率計見ながらボールがすっ飛ばないようにしてれば良いのよ?


 時々お尻がフラフラするが、概ね綺麗な旋回を見せてくれた。


「はい、今度は上昇してみてください。毎分200ftの上昇率を保ってください」

 (今の速度が250ノット、以下略で、0.5度ピッチを上げれば……)

 だから上昇率計を見てと……


 教習は順調に進んでいく。

 コトでも全く引っかかるところはない。天才少女カナや、実際に飛行感覚を持っているしおりんにはなんの問題もない教習である。


 離陸訓練、着陸訓練、そして単独飛行 ソ ロ 。綺麗なものだ。

 カナとコトは、さすがに初めての着陸は本当にドキドキだった。

 しかし、慌てず騒がず、きちんと決められた手順を守り安定した着陸を行なった。


 下から見ていたケイから、

『教官の着陸と変わらない安心感を持って見てられたよ』

 って言われたコトが狂喜乱舞した挙句、飛行機の主翼前縁に頭ぶつけてたんこぶ作ったのが事故と言えば事故か。

 カナとしおりんは笑ってみていたが、ケイはリンダとポーリーにしこたま怒られた。

 責任取って嫁に取れまで言われたが、さすがに妹を嫁にするのは無理だろ。


 三人の技能証明が取れるまではあと少し。規定の時間の単独飛行も間も無く完遂できるだろう。

 となると、やはり欲しい飛行機の話題とか出てくるわけだ。


「うーん……イーグルはさすがに敷居が高いかなぁ。楽しそうではあるんだけど」

 カナは割と派手好きなのだ。コトが絡まなければだが。

 コトになりきる時は、ただのコト好きに成り下がる。


「わたしは実は、初期型の風魔法仕様の子に乗ってみたいんですよ。ただ、あの子はレール式じゃないですか。なので、あんな感じの子を作りたいなぁって」

 しおりん、かわいいもの好き?

「あの子、すっごいゆっくり飛べるんですよ。しかも静かに。あれで匍匐飛行したら楽しそうだなって」

 お……おぅ。


「わたしは水上機が良いなぁ。お兄ちゃんのデート機とお揃いとか、もうね、転がるよね」

 うん、よくわからないです。


 ただ、水上機となるとこの後、機種別の資格をまた取らないとならないので、少し時間かかるか。

 場所は目の前の湖でできるから問題はない。


         ♦︎


 さぁ、いよいよ試験日だ。と言っても、誰一人として心配していない。当たり前か。

 今日までの教習で、三人の操縦の技術はトップクラスであることが証明されている。と言うか、普通に教官より上手かったりする。

 さすがにケイには届かないが、B.J.とどっこいどっこいぐらいには自由に飛ばせる。

 しおりんなんて低空限定ならケイにも肉薄できるかもしれない。

 匍匐飛行のうまさと言ったらもう……ただ、基本的に禁止だけどなっ! 匍匐飛行はっ!

「なぜにっ⁉︎」

 いや、どこの敵地に侵入するんだよ。今の所この国平和よ?

「楽しいじゃないですか。匍匐飛行」

 いや、あれってめっちゃ気を使うから物凄く大変だよって聞いたんですが。

「わたし、ヘリ乗らされてた時は高度100も取ったら頭はたかれましたよ?」

 高度100ft、30mである。

「基本的に木立の上に出るなと……」

 本当に幸田巡査は何をさせられていたのだろうか。


 結局、当然ではあるが三人とも一発クリアであった。

「そうそういつも問題ばっかり起こしませんもの」

「「ねー」」

 誰も信じてません。


 ちなみに年齢……身体検査の方で年齢要件もあるのだが、いかんせん全国のパイロットの頂点に立つ人間が

「はい、十六歳です」

 これだから……しかも、八歳ぐらいから飛んでやがるし。

 と言うわけで

『基本的に十八歳以上、その他審査で認められたもの』

 という逃げ口上が謳われていた。


         ♦︎


「はい、これで水上機の訓練も終了です。三人とも良い操縦でした。これからも常に事故へ警戒を怠らないよう十分な注意を払って運行してください」


 ついに三人娘も航空機ライセンスを取得できた。水陸どちらも運転できる。しかも事業用だ。

「どちらかと言うと、お金払って飛んでもらう方の立場のはずなんだけどね」

 カナが笑いながら言う。


「さて、じゃあ自分の考えた『さいきょうのひこうき』の話でもしますかー」

「もう、既存技術でできるものでシミュレータモデル作っちゃいません?」

「おお、それ良いかも」

「わたしはお兄ちゃんと同じ型の水上機で……」

「コトはそうなるよねぇ。わたしはどうしよ。イーグルのエンジン使えば、もう少しマイルドな高速機出来ないかなぁ。別に音速超えなくても良いから」

「カナ専用なら、燃費悪くても問題ないですもんね」

「そそ。水と魔力足せる構造にしとけば良いのよ」

 セルフの空中給油……給水とか、何そのチート。


 この後、みんなで『わたしのかんがえたさいきょうのひこうき』を作って楽しんだ。

 そして、みんなでひっくり返って大笑いした。


 って言うかしおりん、マジで回転翼やるんですか?

『思い出したら乗りたくなっちゃいまして……』

 固定翼機なんて目じゃないぐらいに危ないですからね。ほんとに、ほんとに気をつけて開発してくださいね。

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