第93話  サイクリングデート

 とある休日の朝だった。

 

「じゃ、ちょっと行ってきますね」

 珍しく皆が揃った朝食のあと、しおりんが一人で食堂を出て行った。

 

「おや、今日は一緒じゃないのかね?」

 国王陛下おじいさまがカナに聞く。

「今日はデートに出かけるらしいよ」

「な、ななな、なんじゃとーーーーーっ! また帝国かっ! 帝国の皇帝とやらがそんなに偉いのかっ!」

 国王陛下しおりんの婚約者が荒れまくる。

「んーん、今日はねぇ、魔法とデートなんだってさ」


          ♦︎


「らんららんららー、らんららんららー、らんららんららー」

 黒髪白ワンピース美少女が自転車に乗って楽しそうに歌っている。

 王城から南へ、湖畔を目指して自転車は走る。

「スクロール魔法さん、行き先は湖でいいですか?」

『はい、湖に行きましょう』


 よく晴れて、爽やかな風が流れている。そんな中を赤いフレームの自転車で駆け抜ける。前カゴにはわざわざアイテムボックスから出したお弁当まで入っている。

 おお、前方に歩いている人発見。

 チリンチリーン、チリンチリーン

 とっても驚いた顔して振り返ったけど、どうしたのかしら……


 どうしたもこうしたもない。まだ自転車なんてほとんど走っていないのだ。みんな見たことのない物を見て驚いているだけだ。


 しおりんが乗っているこのタイプの自転車は、いろいろコストダウンに励み一台あたり金貨一枚程度に落ち着きそうだ。

 それでも普通の職人の給料一ヶ月分よりちょっと少ない程度の、それなりに高価な商品になる。

 

 間も無く大通りを渡ることになる。安全のために一時停止をしなければ。

 ブレーキシステムは、テフロンチューブの製造が間に合ったためにワイヤー式にすることができた。これによってブレーキの取り回しに自由度が出来、フレームデザインも華やかになった。

 ブレーキシューはゴム製である。たまにキーキー鳴ったりするが、ブレーキなんてそんなもんだ。

 大通りを渡る前に一時停止、右左。馬車や車が来ないことを確認して、さぁ出発。

 と言っても、超センスで車などが来ないことはわかっていたが、交通ルールは守るべきルールである。わかっていても止まるの大事。止まる習慣つけるの大事。


「スクロール魔法さん、ちょっと飛ばしますよ〜」

『はい、しおりんっ』

 三人娘の飛行魔法は風魔法の派生である。と言うことは、単純な推力として使うことも……ことも……

 200ノットとか出る魔法で思い切り背中を押したら、多分回転部分が壊れます。なので手加減してるはずなんですが、それでも無茶苦茶な速度ですっ飛んでいきます。

「たっのしー!」

『ヒャッハー』

 いや、スクロール魔法さんの叫び声、それ違うやつですよね?


 湖の方へ街道沿いに進むと、そのうちロマーノの家に着いてしまう。

 なので、ちょっと手前で右に曲がり、今日は湖の西側へと進んでいく。

「そういえば、こっち側ってあんまり来たことないですねぇ」

 東側には飛行場が有るので、それなりに馴染みがある。しかし西側にはあまり来たことがない。

 湖岸沿いの道は思ったよりも綺麗に整備されていて、自転車通行に不便は感じない。むしろ専用サイクリング道じゃね? と勘違いするレベルで快適だ。

 少し進むと丘に登る道になるが、魔法アシスト自転車には関係ない。ぐんぐんと登っていく。

 左手の湖面が徐々に下に見えていく。

「あ、試験場とカタパルト」

 いつも試験をやっている湖岸の試験場が見える。ケイが初めて空を飛んだ場所だ。


 その手前にある桟橋には、水上機が係留されていた。ケイの自家用機である。

 つい先日も、水上機デートに出かけたらしい。リンダとポーリーとサンディさんを乗せて、南の島で海水浴デートだとか。

 ただ、スクロール魔法さんの前でケイの話題を出すのは厳禁だ。またご機嫌を損ねたらちょっと困るし。


 婚約者の国王陛下の話題なら大丈夫なので、貞操観念の強い魔法さんなのかもしれない。

 なんだよ、その魔法……聞いたことねーよ、そんな魔法……


 お、この先は少し下ってる。ペダルから両足を浮かせて前に出す。

「いえーい」

 からからからと、ラチェットが空回りする音が響き、耳元で風を切る音が聞こえてくる。

 飛行魔法の時はシールドしている風を、今は全身で感じているのだ。

「スクロール魔法さんはどんな食べ物が好きですか?」

 いや、魔法に好き嫌いとかないだろ。ってか、食べたりしないだろ!

『黒糖タピオカミルクが飲みたいです』

 いや、あんのかよっ! って言うか黒糖タピオカミルクとか微妙にそれっぽいのやめい!

 だいたい、どうやって飲むの? 魔法使用者との感覚共有か何かか? しおりんと感覚共有とか、それすっごい変態チックなんだけど……


「タピオカはまだ再現してませんねぇ。今度やってみましょうか」

 キャッサバは有るかどうかわからないが、片栗粉なら厨房に常備してあるはずだ。作り方は簡単。カナに聞けばいい。

 いや、ちょっと待てぃ! それは簡単とは言わない! 歩くクックパッドじゃないんだから。


「あ、飛行機……」

 頭上を輸送機が飛んでいくのが見える。あの方角だとラツィオ行きかな。

 王都とラツィオを結ぶ便が一番多いのは確かだ。人の流れも物の流れも、他の飛行場と比べると一桁大きい。

 他の飛行場全部を合わせたものよりも、まだ多いのだ。

 ラツィオ飛行場の舗装工事は、先日終わったばかりである。でも、これで欠航便がかなり減ったらしい。


「こっちでも飛行機のライセンス、取りたくなってきましたね。いや、空は飛べるけど運転は別腹なんですよ」

 生前のしおりんは、いろいろあっていろんなライセンスも持っていた。

 飛行機の免許……操縦士技能証も、実は二種類持っていた。

 自家用操縦士(飛行機)と、事業用操縦士(回転翼航空機)である。

 前者は空自で、後者は陸自で叩き込まれた。

 退役間近のT-3練習機で瀬戸内海を飛び回らされた日々。

 退役間近のOH-6で北関東の山の中を這うように飛び回らされた日々。


「どっちも退役間近のロートル機だし……」


 ちなみに、大型自動車免許、牽引免許、自動二輪免許、大型特殊自動車免許や、一級小型船舶免許、特殊船舶免許なんかも持っている。

 特殊船舶免許なんて、海で遊ばせてやるって連れて行かれた先で、ウエットスーツを着込んだ上で深夜の海上からの敵地侵入なんてやらされて……だいたいあれは、分析官が余計な情報引っ張ってくるからブツブツブツ……


『しおりん、元気ないですか?』

「ん?んーん、楽しいよ、心配しないで。スクロール魔法さん」

 なんかもう二人? 揃って爆発しろ。


「そろそろお昼にしましょっか」

 湖岸周回道路から外れ、湖岸の砂浜に降りていく。

 砂浜といっても、ほぼレゴリスな尖った小石の集まりである。裸足で歩いたりすると、さぞかし痛かろう。


「こんなのを見ると、クレーター湖だなぁって実感しますね」

『まだまだ将来にかけて、大きな隕石が落ちてくる可能性があります』

「軌道上のことって少しはわかるんですか?」

『軌道上に残るマイクロマシンが数を減らしているため、現在の状況はあまり良くわからないです。将来的にはまた軌道上にマイクロマシンを送りたいですね」

「どのぐらいの軌道を予定してるのかしら?」

低軌道L E Oに上がればあとは数で押し通します。ただ、低軌道だと落ちてくるのも早いので、中起動M E Oにも欲しいところです」

「マイクロマシンの皆さんは、バンアレン帯の外でも大丈夫?」

「問題ありません。元々、バンアレン帯の外で活動する人のための機械だったのですから」


 そうだった。マイクロマシンは元々は火星へと移住する人たちのための自衛機械だったのだ。むしろそちらが本業と言っても過言ではない。


 しおりんがお弁当の袋を開ける。包み紙を開くと、そこにはサンドイッチととり唐揚げと枝豆……枝豆? ポリポリ食べてますね。好きなのかしら。

「スクロール魔法さん、美味しいですか?」

『しおりんが美味しいと思ったものが美味しいのです』

 だからお前ら爆発しろ。


「宇宙にはどうやっていけば良いのかしら。粒子ビームにして撃ち出したら?」

『しおりんになら撃たれても良いですけど……流石に壊れちゃいます」

「そか、なら却下だね。あとはロケットかなぁ。コトとカナならなんとかしてくれると思うけど、もう少し二人に優しくできないかな? スクロール魔法さんも、二人のこと嫌いなわけじゃないよね?」

『嫌いではないですが、どうしても事務員感が強くなってしまって……』

 事務員感ってなんだよ。事務員の方に叱られるぞ。

「いや、あれ王女と公女なんだけどね……」

 アレとか言わないであげてください。

「でも、もう少し態度を改めてもらえると、わたしも嬉しいな」

『しおりんが嬉しいならそうします』

 あくまで主体はしおりんなのね。

 しおりん、何でこんなにスクロール魔法さんに好かれてるのか、全くわかりません。けど、おかげで色々捗ったのも確かなので文句もいいませんが。


 お弁当も食べ終わり、後片付け。

「後片付けしたら、ゆっくりもどろっか」

『はい、また遊んでくださいね』

「ええ。遊びましょう……ん? あの飛行機、何かおかしくない?」


 上空を飛んでいる複座機から、エンジン音がしない。しおりんはコンソールを立ち上げ、超センスをアクティブにしていく。


「やっぱりエンジン動いてないね」

 ギルドカードシステムを起動し、音声通話で緊急回線を開く。

「緊急、緊急、緊急。こちら王宮預かりしおりん。湖上空の複座機のエンジンが停止している模様。飛行場各局の事前準備を要請する」

『しおりん、こちら王都飛行場コントロール。こちらから連絡を取るも確認取れず。レスキュー待機させながらコールを続ける、どうぞ』

「王都コントロール、こちらしおりん。こちらでも確認します。上がりますので周知願います」

 お弁当のバスケットと自転車をアイテムボックスに仕舞う。

「スクロール魔法さん、飛びますね」

『はい、周辺確認こちらでやります。しおりんは飛行機を』


 しおりんがふっと浮き上がると、一気に空気を吹き出して加速した。

 先ほどの飛行機は、もう数キロは先に進んでいる。高度は更に下がっているようだ。全速で近くまで飛んでいく。


 飛行場まであとほんの数キロ。だが、もう高度がほとんどない。飛行場に対して角度もついてしまっているので、このままだと滑走路に斜めに飛び込んでしまう。


 後ろから追いついたしおりん、コクピット脇まで行き、キャノピー越しに拡声魔法をかける。

「大丈夫ですか? エンジン始動は難しいですか?」

 機長がダメだ……みたいに手を左右に振る。副操縦士は必死にギルドカードに話しかけているが、うまく通話が繋がらない様だ。


「スクロール魔法さん、何が起きてるかわかりますか?」

『魔石の魔力切れです。カード動かす分の魔力も途切れています。おそらく、体内魔力もほぼ無い状態でしょう』


 基本的に飛行機の魔力切れはあり得ないとされている。何故なら水が先に無くなるからである。点検整備基準では、離着陸の度に魔力は補充することが定められているのだ。

 水は重さを避けるために必要量しか積まないが、魔力はあって悪いことは何もない。


 原因究明は後回しだ。今はとにかくこの状況をなんとかしなければ。

 この機種の魔石はエンジン基部の内側、胴体内部にセットされている。魔石交換などは副操縦士席を前にリクライニングして、その後ろのパネルを開けて作業する。飛行中に触るのは難しい。


 今必要なのは何だ? 魔力だ。じゃあ、なんで魔力が必要なんだ? エンジンを動かすためだ。エンジンは何で必要なんだ? 速度を得るためだ。速度を得るには……

「機長さん、後ろから押します。操縦お願いします」

 機体後部にまわったしおりん、身体に虹色膜を展開して機体後部に押し当て、全力で押し始めた。

 機体の速度がジリジリと上がるが、しおりんの腕肩腰が悲鳴を上げる。

 身体だけではなく虹色膜を直接風で押していってはいるのだが、やはり主体は身体になる。風に押されて呼吸が厳しくなる。徐々に上がっていくコンソール魔法の高度計と速度計の数字を睨みながら、必死に押していく。

『これ以上押したらしおりんが潰れちゃいます』

「もう少しだけ……だから……飛行場……まで……」


 コンソール魔法さん、プチパニックです。大事な大事なしおりんが、自分の目の届く場所で苦しんでる。

 どうすれば良い。どうすれば。

 世界の深淵すら覗き込む魔法が一人の女の子を前にどうにもならないもどかしさを覚え……こんな時、しおりんならどうする?

『コトとカナなら何とかしてくれる』


 ぽーん!

 コンソール魔法さんからの通信要請だ。緊急マーク付きとは珍しい。何があった?

「コンソール魔法さんどした?」

『コト様、カナ様、助けてくださいっ!』

「どしたの? 何があった?」

『しおりんが、しおりんが……今王都飛行場上空で、しおりんが飛行機を支えています。助けて』

 何を言ってるのかさっぱりだが、コンソール魔法さんが『様』付けで呼んでくるとか、これはとんでもない事が起きてるとみていいだろう。

「サンドラ、ちょっと出てくる。あとで報告するわ」

 カナが駆け出して窓をあけ、ベランダへと出た。コトも飛び立つ用意を終えている。

「行くよっ」

「うんっ」

 二人揃って飛び上がり、コンソール魔法さんの言っている王都飛行場へと向けて一気に加速した。

 王都飛行場まで、全力だとほんの数十秒である。高速の飛翔体にとって、10kmの距離なんてないに等しい。

 途中、公共緊急回線で王都上空での飛行機トラブルについて放送があった。

 近くを見回し……あれか?


 しおりんはすでに息も絶え絶えである。飛行機はギリギリ高度を失わない程度の速度で落ち着いてしまった。ここから旋回動作をすると、また一気に高度を失うことになるかもしれない。

 しかし、これ以上の加速はもう……

「しおりんっ、よく頑張った! あとは任せてっ!」

「しおりん、交替よ。コンソール魔法さん、しおりんの飛行コントロール、奪っちゃっていいわ。あとは任されたから」

 

 カナとコトが飛んできた。

 わたしにとってのスーパーマンだわ。

 あはは、やっぱりこの二人がいないと駄目よね。だって、こんなにかっこよくて、こんなに強くて、こんなに綺麗で、わたしの女神たちなんだから。


 しおりんが意識を失う前に、スクロール魔法さんがしおりんの魔法制御を奪う。そのままコトとカナの後ろにつき、意識をなくしたしおりんを、風魔法でそっと抱きしめた。


 二人分の推力を得た複座機は、ぐるりと旋回し、ゆっくりと飛行場に降り立つ。

 フラップも出さず、脚も出さず、とにかく抗力を抑えて飛距離を伸ばし、飛行場に胴体着陸した。


 飛行場に降り立つ二人、そして、その後ろにそっと横たえられたしおりん。

 コトとカナは慌ててしおりんの脈を取り、身体の中に魔力の糸を垂らしていき、全身のチェックを始める。


「しおりん、無茶したなぁ。肩とか肘とか、ヒビ入ってる……あんま心配かけさせんじゃないわよ」

 カナがちょっと泣いてる。

「スクロール魔法さん、良く声かけてくれました。ありがとうね」

 コトがスクロール魔法さんにお礼をし……

『こちらこそ、今までの非礼をお詫びいたします。コト様、カナ様。我らスクロール魔法一同、御三方に絶対の服従を誓わせていただきます』

 いや、一同ってなんだよ! こんなの沢山いんのかよっ! せっかくの感動の場面返せよっ!

「んーん、良いの。しおりんのこと大好きだもんね。スクロール魔法さん……これからもよろしくね」

『はい、コト様』


 こうして、墜落という最悪の事故は防がれた。しかし、王室預かりが重傷を負うという、大変な事態には違いがない。

 すぐさま事故調査委員会が開設され、原因の追及が始まった。


 原因は、またもや貴族による過度のコストダウン指示であった。

 飛行機は着陸の度に魔石の魔力を満量にしなければならない。

 航空局の保安基準管理業務規定に明記されているルールである。

 しかし、推進水と違って魔力には常に余裕がある。

 通常、出先での魔力補充は難しいので、その地の魔石屋に魔石を売却し、差額を払って満タンの魔石を購入することが多い。

 いくつも魔石を持ち歩いているケイみたいなのは例外なのだ。


 これを嫌った貴族が、帰ってから補充すれば良いと指示したのが始まりだった。そのうち、三日に一度補充すればいいや……という運用になり、ついに点検補充忘れによる魔力切れとなった。


 これを、ただ『ルール遵守の徹底』で済ませてしまったら、どこかのKK省と変わらなくなってしまう。

 まだ飛行機が少ない今しかできない対策。

『全ての航空機は、駐機中に外部から魔力残量と推進水残量を確認できる構造でなければならない』

 新しい保安基準が作られた。

 飛んでる時には見えなくても構わない。なので、降着脚の扉内側辺りに設置するのが主流になる。

 マーシャルは、これを確認出来ない機体の離陸許可を出してはならないことも明文化された。


 また、法令無視の指示を出した伯爵家は罰金と航空機事業からの撤退を命じられ、関わっていた飛行士、整備士も資格を剥奪された。

 伯爵家で実際に指示を出した家令は労務刑を受け、ミスリル鉱山へと送り込まれた。


 そしてしおりんは……


「あーん」

「ほっほっほ、うまかろう。奇跡のスイーツと言われる『天使のたまご』のとろとろ絶品プディングじゃ」

「ええ、とても美味しいですわ、あなた」


 国王ともども爆発しろっ‼︎

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