第92話 人力飛行機を作ろう
飛行機は作った。
船も作った。
自動車もオートバイも作った。
しかし、魔導エンジン付きの乗り物はどれもとても高価なのだ。それこそ、貴族か大商人じゃないと維持できないほどに。
平民の移動は、まだ徒歩がメインである。
平民でも手が届く乗り物を……こうして、自転車の開発が始まった。
決して
『ステータス魔法さんと、サイクリングデート行く約束したんですよぅ』
とか言うわがままを叶えるためではないのだ。
大体、魔法とサイクリングってなんだよ。どんなデートなのか想像もつかないわ。
と言っても、要素部品は大体なんでも揃う様になってきている。チェーンはオートバイ用をスケールダウンして軽くしたものを使う。
クランクのベアリング、ホイールベアリング、ステムベアリングなどの小さなベアリングも、一時期よりずっと安く作れる様になっている。
変速機も作ってみたが思ったよりも高くなる上に信頼性も低く、初期型では諦めた。
あとはハンドル、サドル、前後のブレーキ、後部に付ける再帰反射板。
夜間走行用のライトだけは、魔導具を使わないとできなかった。電灯ってこんなに難しいの? ジェットエンジンよりむずいよ?
と言うわけで、出来上がりました試作一号。みんなで試運転。
「なんか、めっちゃフラフラしない?」
「しますね……真っ直ぐ走れない」
「これは、アライメント失敗してるわ……」
試作二号!
「フラつくのに曲がらない!」
「ですね、なんかフラフラするのに曲がって行かないです。ポケバイとアメリカンの悪いとこを足し合わせた感じかな」
「失敗失敗。次行こ次」
試作三号
「やっと落ち着いた? けど、重い」
「重いですね。車体も重いけど駆動系も重い……」
試作四号
「これならまぁ?」
「もう少し後ろに重心移したいかな? 前を持ち上げたい時に上がらないかんじ」
「いや、ウィーリーとかそんなにするっ⁉︎」
「しますよ。じゃないとブッシュとか超えづらいじゃないですか」
「どこ走るのっ⁉︎」
試作五号
「おお、なかなかいいかも」
「随分軽快になりましたね。これならデートも捗りそうです!」
「いや、どんなデートなのっ⁉︎」
こうして、五号にしてやっとオーケーをもらえた。
同型のフレームをロマーノで十台ほど作ってもらい、その他の部品も初期生産をしてもらう。
「あ、中でローターが廻るタイプのベルが欲しいです! チリンチリーンってなる奴が」
しおりんがまためんどくさい事言い出した。
まぁ、しおりんだし……とベルも作った。
こうして、試作量産型自転車が十台揃った。みんなで乗り回してテストをしよう。
まずは練兵場でみんなに乗ってもらう。
騎士団の連中はすぐにレースを始めた。まぁ、そうなるよね……
アンガスさんは割と気に入った様だ。ニコニコぴこぴこしながら乗ってる。かわいい。
バイオレッタさんは、ちょっと苦手っぽい。と言うか、転けてるし。
ケイやリンダ、ポーリーも呼んで乗ってもらった。
元々乗れるケイはともかく、体術の訓練してる人たちはみんな器用に乗り回す。
「皆さん、上手ですねぇ」
もう五分以上
ケイが颯爽と走るポーリーとリンダを見ている。
「なぁ、コト。人力飛行機って、なんか夢があるよなぁ」
ふぉぉぉおおお!
お兄ちゃんの新しい夢っ! お兄ちゃんの新しい希望!
ならば叶える。わたしはコトだ!
「って、いやいやいやいやいや、兄! あの大人にも子供にも大人気のあのアニメの、メガネかけたあの人の乗ってる人力飛行機とか無理だからっ! まともに飛ばそうとしたら翼幅30mが最低線よ?」
「ここで飛ばすにはちょっと狭いか?」
「違う、そうじゃない!」
「カナ。お兄ちゃんが飛びたいんだから飛べるのよ。神だから」
「お、おぅ……」
コトには甘い、カナだった。
♦︎
さぁ、基礎設計だ。まずは兄の体力測定。
エアロバイクを作ってパワーを確認……
「兄、もう少し頑張って欲しいな…せめて離陸時750w、水平飛行で150wぐらいは出し続けられるぐらいに」
「ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ」
「ちなみに、アリスタちゃんは余裕でクリアしたわよ」
「‼︎」
ちなみに、アリスタちゃんとコリンちゃんの訓練は、今も毎日続いている。
♦︎
「と言うわけで、兄の体力から導き出した機体スペックなんだけどさ、これを満足できる素材って、何よ……無理くない?」
とにかく体力が足りていない。なら、抗力を小さく、重量を軽く……
幸い兄の体重は軽い。十六歳男子としてはとても軽い48kgである。
機体重量まで含めて75kg以下を目指す。とすると、機体は27kg以下。これで片翼15m以上の翼を、折れない様に支えないとならないのだ。
更に胴体を伸ばし、尾翼も必要である。自転車本体だって軽量化が必要だし、なんならタイヤもゼロから作り直さなければならない。
プロペラ駆動用のチェーンはチタン板から作った。耐摩耗性やら考えずに、とにかく数十分持てば良いのだ。
中のローラーはほぼ手作業だ。ピンはチタン、ローラーベアリングとリテーナーは流石にスチールだ。
スプロケットなんてジュラルミンである。耐久性? なにそれ美味しいの?
ブレーキ? ねぇよそんなもん。
キャノピー? カーボンのカゴに、ポリ乳酸フィルム貼った様な奴だな。
タイヤもホイールも極薄素材で、耐衝撃性とかほとんどない。最初の数十メートル持てばおけっ!
フレームはカーボン一択。これも薄々ペラペラ。羽根の主桁は先の方なんてメートル単位で上下に動いてしまう。
翼に貼り付けるフィルムもポリ乳酸。とにかく薄くしてあるので、気を抜いて触れると破けてしまう。触るのは決められた場所だけだ。
さぁ、シミュレーション開始だ。
離陸滑走前、羽根の先端は地面に触る直前だ。ちょっと風が吹いたら地面に触って壊れてしまう。このままではまずいので、急遽翼端保護のカートをシミュレータ内に二台作った。羽が浮いたらお役御免で、地面に取り残される。
どうせ、二回飛ぶ強度はないのだ。
しかし、このままでは何度やっても、途中で翼が崩壊した。ちょっと切り詰めすぎたらしい……
駆動系は大丈夫。行ける。問題はやはり翼だ。
主桁のカーボンパイプの厚みを、二割増やす。
横桁も数を増やし、フレーム下部と主翼の間にもテンションビームを装着する。
全部で5kg以上増え、ケイと合わせると80kgを超えてしまった。
再度シミュレート。機械的には行けそう?あとはパイロットの脚力をどこまで鍛えられるか、頑張ってもらいましょう。
ケイも頑張っている。
毎日、学校から帰ると、湖畔のカタパルトレールの整備道を自転車で駆け上る訓練に打ち込んでいた。
毎日、足腰パンパンになるのだが、サンディさんのマッサージがそれはそれは気持ちよく……
ポーリーとリンダは下請け部品メーカーを駆け回っている。三人娘が設計した部品を、実際に作り上げてくれるのは下請けの彼らなのだ。
チェーンのサイドプレートのチタン板、予備も合わせて三百個を、プレスから出てきた一つ一つ丁寧に手作業で揃えてくれるドワーフの職人。
ローラーベアリングのローラーを一つずつ測定して、ミクロンオーダーの不良を弾いてくれる猫獣人のおばさま。
更に、それらの部品の中から相性の良いもの同士を選び出して、チェーンとして組み立てていくイケメンのお兄さん。
ちなみにこのお兄さん、彼女に二股かけられて、現在傷心の独り身だそうです。
『俺の恋人はピンポンチとハンマーだけだぜ』
とか言って組み立ててます。誰か慰めてあげてください。
フェアリングの木型から、雌型を作ってるのはロマーノの工場長、パルボランだ。元は刀鍛冶だったのが、ケイに巻き込まれ、
『今日からお前、工場長な』
って男爵に言われたのが三十八歳の時。
あれから八年、立派に工場をまとめ上げているのだから大したものだ。
パルボランの長男もこの工場で、エンジンの砂型職人の修行をしている。
次男は鍛冶場の下働きだ。
タイヤは薄い布をゴムで貼り合わせながら形を作り、薄く軽くできるだけ真円に近く作り上げていく。タイヤも耐久性は最低限にして軽く組み上げる。
当初は離陸したら地面に残す予定だったのだ。しかし、離陸時に上がったり降りたりを繰り返した時のために、残すことが決まった。
完璧に整備された路面を数百メートル走れれば、それで良い。ただし、その数百メートルは確実に走れること。
木型に貼り合わせたタイヤを、熱しながら木槌で叩いて修正していく。
量産品ではない物なので、職人の手と経験だけが頼りの世界だ。
タイヤが生まれて、まだ数年。手探りの部分も多いが、それでも確実に積み上げてきたものがここにある。
フレームもカーボンだ。
ロマーノのカーボン工場には、ポーリーとサンディが詰めている。
二人とも繊維のエキスパートだ。プリプレグのわずかなヨレも見逃さない。
バイオマスレジンの特性も、ずいぶん進歩した。とにかく気泡が出来づらいので安心して積層できる。
二人とも、一切の妥協をせず、ギリギリの緊張感の中、部品が形作られていく。
翼の主桁副桁にリブパーツを組み付けていく。この部分に歪みがあると、真っ直ぐ飛ばない飛行機になる。
水平面にパーツを並べ、糸で直線を確認しながら接着していくのは、北部国境方面軍の元副司令、処刑されたガルバーグ中将の元妻と三人の娘だ。
息子はステファノ王子のミスリル加工場に預けてある。
末の娘も昨年学院を卒業した。お取り潰しされた貴族ではあるが、王家の庇護のもと学校教育だけは完遂させた形となる。
しかし、酷いいじめや暴行などもあり、それに付随して放校処分された生徒もいたという。無理に学校に通わせたのが正しかったのか、判断に迷う。
部品が揃い、組み立てが始まる。この部分も職人達の技が光りまくる。スポークホイールの組み立て一つでも、熟練の職人とペーペーでは転がり方が全然違うのだ。
翼はあまりにも巨大なため、取り付けは現地で行う予定だった。
しかし、やはりあまりにも巨大な上に、後から手を入れることができない場所があることが判明し、飛行場の端に半地下の組み立て壕を作ることになった。幅40mもの巨大施設だ。搬出の時は出入り口の柱を全部取り払ってから出てくる。
ここならば風の心配もなく安心して組み立てられる。
飛行機の離着陸の邪魔にならないよう半地下で作ったのだが、垂直尾翼付近だけ盛り上がってしまった。
滑走路にも改良が必要だ。
以前、陛下におねだりしたおかげで舗装工事は終わっているものの、幅は30mしかない。人力飛行機の翼幅は32mもあるのだ。となると、滑走路の左右16mずつの部分には、何もない状態を作らないとならない。
指示看板やら標識やらを、試験日には全部取り払うことになった。また、少しでも風があったりすると飛ばすことができない。
予定日に風が有れば中止になるし、下手すると風がないから今日いきなり飛びますとか言い出す可能性もある。
いきなり国内最大の飛行場を貸切にするのだ。こんなわがまま、普通は通るわけがない。というか通しちゃだめだ。
しかし、国内の航空関係者は一人残らず全てケイの教え子である。
「え? ケイさまの計画? おけおけ。ダメなら最悪パレルモかアベリノに
いや、ダメだから……そんなん許しちゃダメだから。
そして、全ての準備が整った。
♦︎
飛行予定は、最初の三回は前日のうちに中止が決まった。四回目は朝のうちは良かったのだが、搬出が始まる前に少し風が出たので中止になった。
そして五回目。風は1m/s弱程度の弱い風だが、吹いている。正直ギリギリだとは思うが、ここは基本的に湖からの風が止まることは無い場所なのだ。勝負をかけよう。
横に十四人がならび、そっと機体を押し出していく。スロープを上り、地上に出るところで横からの風を受け、機体が周りそうになる。
無理やり止めると壊れてしまうので、そっと受け流すように作業員に指示を出し、左翼側を前に進ませた。
ケイはすでに機内だ。構造上、普通に乗り込むことはできないので、乗り込んだ状態で最終組み立てを行っている。
もう、トイレに行きたいとか言っても無理である。
機体が南を向く。彼方に湖が見える。
作業員が計画に沿って、二人ずつ機体から離れていく。ポーリーがその小さな体の全身を使って全員の指揮を取る。
管制塔の吹き流しは垂れ下がっており、今がチャンスか。
ポーリーの手が上がって、前に出た。ゴーだ。
ケイがペダルを漕ぎ始め、プロペラが空気をかきむしるブーンという音が響き出す。ゆっくり動き出す機体に手を添えてバランスを取っている地上員が手を離した。
風は微風だが、向きは悪くない。もともと風に合わせて飛行場を作ってあるのだ。対気速度が徐々に上がり、秒速2mにもなると翼は持ち上がり、今にも浮かびそうになってくる。
ケイは必死だ。とにかく速度を稼ぐために、今は必死に漕ぐ時だ。
秒速3m。ついに車輪が地面から離れたり再びついたりし始めた。
秒速3.5m。完全に浮いた。離陸した。ついにケイの力だけで機体が空に浮かんだのだ。リンダが隣を自転車で走りながらケイに声をかけていく。
「ケイくん浮いたよ。そのままそのまま。もう少し……はい、行ってらっしゃいっ」
飛行高度が1mを超え、声が届きにくくなるとリンダは邪魔をしないように少し下がった。
ケイは……やっぱり必死だ。周りが見えているのかどうか、外からはわからない。
漕いだ、漕いだ、一生分漕いだ。そうしたら、タイヤの感覚が途切れ途切れになっていき、リンダの声で完全に浮いたことがわかった。
あまり感動は無い。というか、感動してる余裕が無い。漕ぎ続けなければ落ちてしまう。汗が流れてきて目に入りそうだが、拭き取っている余裕も無い。もう、無理かもしれない……けど、もう少し……みんなの期待に応えて……
リンダの後ろからポーリーやコト、しおりんもやってきた。コトは箒に乗って、兄と並んで飛んでいる。赤いリボン付けてるあたり、誤用の方の確信犯だろう。
カナは出発地点でポーリーに代わり指揮を取っている。
高度が下がってきた。間も無く着地する……
車輪が地面に……ついた。着地点にマーク。あとで離陸地点からの距離を測ることにする。今はケイのケアだ。ケイはすでに漕ぐのをやめて、ハンドル部に突っ伏している。バランスを崩した機体の左翼が接地し、そこを中心に大きく円を描くように滑って止まった。
リンダポーリーコトが協力してフェアリングを引き剥がし、ケイを救出する。
と言っても怪我してるわけでもなく、ただ疲労困憊で動けないだけだ。
「お兄ちゃん、お疲れ様、すごく飛んでたよ。超かっこよかったよっ」
「ケイくんお疲れ様、よかったよ〜。綺麗なフライトだったよ」
「ケイさま、お疲れ様でした。見事な飛行でしたよ」
しおりんはフライトレコーダー代わりの魔石を回収し、ケイと魔石の間のシンクロを解いていく。ケイのコンソール魔法のデータが、全部この中に記録されているはずである。
これは整理してあとでケイにプレゼントするものだ。
機体は一発勝負の使い切りだが、記録と記憶は何度でも反芻出来るのだ。
ケイはまだゼハゼハしている。リンダ特製蜂蜜レモンを飲むことすらできずに、ゼハゼハしている。
あ、カナがやってきた。
「兄、飛行距離246m、最大高度1.7mだったよ」
「やった、ハァハァ、飛んだっはぁはぁはぁ」
「飛んだよ、お兄ちゃん飛んだよっ」
コト号泣。リンダももらい泣きしている。
ただ、いつまでもこのままではいられない。大至急滑走路を空けないとならないのだ。
次に降りる飛行機が待っている。
職人の皆さんを呼んで、人力飛行機を滑走路外へと押し出し、細かい部品類が落ちてないか大至急の確認。
確認が終わったらすぐに管制塔へと連絡を入れ、次の着陸に備える。
人力飛行機の残骸は、左右の翼を取り外し、プロペラを外し、尾翼を外し、テールブームを外し……あっという間に丸裸になってしまった。感慨に耽る時間もない。
でも、成し遂げた。自らの力で飛んだのだ。
ひっくり返ったまま青い空を見上げる。
すぐ脇の滑走路に、貨物機が降りてきた。
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