第91話  航空機産業

 ある日、ケイの元に一人の男性が訪ねてきた。

 国の中央付近にあるラツィオ市。国内最大の商圏の中心地であり、ラツィオ飛行場の所在地でもある。ここを治めるグラードリン侯爵の使いだと言う。


「グラードリン侯爵は、それはそれは飛行機に夢中になりまして、とうとうご自分で作ると言い始めたのです」


 と言うわけで、飛行機を作るための基礎を教えて欲しいと足を運んだ様である。

 そして、ケイとしては……

「ぜ、全面的に協力させていただきますっ!」

 当たり前である。

 だって、乗れる飛行機が増えるかもしれないのだ。ケイにとっては福音でしかない。

 なんだったら開発費出してもいいぞ? ぐらいの勢いで食いついた。

 当初はラツィオから生徒を連れてくると言っていたのだが

「それでしたら、僕たちが赴きますっ!」

 講師陣引き連れてラツィオに通うと言い出した。

 まぁ、ラツィオまで500km、飛行機使えば一時間少々で行ける訳だし……とまぁ、飛行機を下駄がわりにする人たちは訳がわからない。ケイが飛びたがっていただけじゃないかという説もある。


 こうして、材質ごとの特徴、供給、部品の設計、製造の問題点、飛行機の基礎、飛行の基礎、そして実際に飛行教習と、侯爵の選んだ人員に対して徹底的な教育を行っていった。

 侯爵本人も講習会に出席していたあたり、その力の入れ具合がわかるというものだ。


 侯爵はすでに二機の飛行機を購入していると言う。一番手に入れやすい複座機である。

「今、輸送機も生産待ちしてるんだが、まだまだ順番が来ないのだ」

 輸送機は軍需品なので、民間に来る数が少ないのである。

 だから作っちゃおう? この侯爵もなかなか頭おかしい。ケイに近いものがあるかも知れない。


 ラツィオ市はとても大きな都市圏の中心である。人口も王都より多いらしい。確かに上空から見ると、遥かかなたまで住宅街が広がっており、その大きさを感じられる。

 ただ、その割には工業はあまり強くないそうだ。商人は沢山集まっているのだが、工業となると王都に及ばない。もっとも、王都の工業のあり方を変えたのはここにいるケイ達なのだが。


「やはり材料は輸送してこないとならないでしょうね。今王都との間の街道を整備していますので、間も無くトラック輸送がもっと活発になるかと思います。航空機輸送だけですとやはり大きさに制限がありますからね」

 輸送機満載するとニトンほど積めるが、いかんせん荷室が狭く、長尺物が積めなかったりするし、重心位置があまり狂うものも乗せづらい。陸上輸送のための鉄道も計画はしているが、その前に街道整備を進める予定である。


「魔石の供給は、もうすぐ落ち着くはずです。人工魔石の量産も始まってますので、近いうちに需要は全て満たせるようになるはずです。機体の基本部材は超々ジュラルミンで作るのがコストパフォーマンスに優れるかと思います。チタン合金……ミスリル合金は散々試しましたけど、やはり高価になってしまうのが厳しいですね」

 三人娘の尽力もあり、アルミニウムの生産が捗っている。

 アルミがあればジュラルミンはすぐに出来る。アルミ合金の一種ではあるが、アルミの何倍もの強度を持つ優れものだ。

 チタンは熱的にも機械的にも優れた強度を示す素晴らしい部材なのだが、やはりアルミに比べると自由度が低く、もう少し……を突き詰めた時にいきなり価格が跳ね上がるのが厳しい。

 妥協を繰り返していけばそこそこの価格でも作れるのだが、それじゃわざわざチタン使う意味はないだろ? となってしまう。

 やはりチタン使うならばとんがった性能にしたいじゃないかっ!


「このような機動を繰り返すと、特に翼の付け根に亀裂が入りやすいです。しかしこの部分の補強は重量がかさむ原因になりやすいので、補強するのではなく、力をうまく逃がせる作りにした方が全体としてのまとまりを仕上げやすいです」

 応力の集中を避け、できるだけ均等に、均等が無理ならスムーズに分散させる。

 翼の付け根みたいなクリティカルな場所のトラブルは、皆が気にしながら設計するはずなのに、やはり割れやすかったりするのだ。

 その部分を気にしないで設計する飛行機屋はいない。しかし、それでも毎回毎回出てくるのだ。奴らは黒光りするGの一種か何かなのか?


 六千八百万年も経っているのに、GはやはりGのまま存在している。

 相変わらず全力走行の時には前足二本を折りたたみ、体をリフティングボディと化して空気で体を支えて抵抗を極力抑え、スケールスピード地上最速の生き物として走り回っている。

 なんだよその豆知識、いらねーよ。このお話全編の中で最もいらないTipsじゃねーか!


 いや、今の話題は亀裂だった。

 実際、割れた後に見ると『ああ、こことここに力掛かって、ここに集中したのね』ってなるのだが、設計して組み立てる時には気が付かないのはなぜなのだろうか。

 誤字脱字並に撲滅不可能なトラブルである。


「エンジンは、当初はアッセンブリで供給しましょう。余裕が出てきたらライセンス生産しても良いですし、将来的にはこちらで設計生産したエンジンを作っていただいても良いと思います。製造加工の機械は当面こちらでご用意しますので、まずは使える技術者を育てるところから始めましょう」

 製造機械は飛行機そのものよりも高い技術力で作られていたりする。部品によってはいまだに三人娘の力が必要なものもあるのだ。


 いつまで経っても妹達に世話になりっぱなしである。あんな優秀な妹が存在するのは、まさに奇跡としか言えないと思う。

 コトも、カナも、そして新しい妹のしおりんも、本当に素晴らしい妹達だ。

 新しい妹といえば、響と言う妹ができたんだっけ? 元気にやっているのだろうか。三人に聞かないと消息が全くわからないので実感はないんだが、血のつながった妹なんだよね? 父さん母さん、大丈夫なんかな……


 ケイは数人の講師と職人を連れて、休みの度にラツィオに飛び、そこで航空機開発のあれこれを伝え続けた。

 そして、現地設計陣の作った最初の飛行機の設計ができた。


 流石に初めての飛行機をそのまま飛ばすのは怖いので、三人娘の協力を得てシミュレータ試験を行う。

「一応、飛ぶ。ただしかなりコツが必要だし、効率もまだまだ追いかけられるはず。アドバイス必要ならまとめて提出するけどどうしよう?」

 カナのレポートが上がってきた。

 侯爵に確認したところ、ぜひアドバイスを受けたいとのことだったので、三人を呼んだ。


「お久しぶりでございます。カナ様、コト様、しおりん様」

 侯爵クラスになると、年に数回は顔をあわせるのだ。

 そして、すぐに会議が始まる。

 

「翼の上反角を取りすぎたことによって、自律安定が強くなり過ぎてます。そのため、ロールの途中で外翼が失速しやすくなっちゃってますね。低速時にロールさせようとすると、途中で反対側へとロールしちゃうことがあるんです。これ、めちゃくちゃ怖いのでこの辺を少し変更しましょう」

 

 カナはシミュレータの中で、アプローチ中の墜落を何度も経験した。

 最初はいきなり反対向きにひっくり返って、何が起きたのかわからないうちに墜落。

 次は落ちるの警戒しながら操作していたら、ロール途中でいきなり反対側へ動く。慌ててエルロンをより大きく動かすのだが、ますます外翼が失速し、更に内翼も下がろうとするので急激に高度を下げ、また墜落。

 最後にはラダー踏むと反対側が上がる癖を利用して、操縦輪ヨークに触らずに降りる様な飛行機になってしまった。


「ああ、ぜひとも教えてくだされ。やはり事故は怖い。他には何か気がついたことはござらぬだろうか?」

「降着脚の位置なのですが、主翼がかなり前にあるために翼内収納ですと尻餅事故の原因になりそうです。できれば胴体収納にしてあと数メートル後ろにずらせないでしょうか」

「それだと、胴体内の荷室容積がどのぐらい削られるか……」

「ならば、主翼の後方から斜め後ろに伸ばすとか、何か後ろに下げる手段を考えた方が良いです。実際、何度もお尻ぶつけて痛かったので……」

 エンジンを翼下最前端に装備した変則配置が仇になったのか、重心が前にある、主翼も前に出る、脚もその分前に……となって地上でのバランスが悪くなってしまった様だ。

 主翼取り付け位置やエンジン取り付け位置ごといじれば問題なさそうだが、そうしたらもう違う飛行機になってしまう。


 ポクポクポク、チーン


「もう、擦っても良い様にお尻にスキッドつけよぅ。当てるの前提の、サスペンション付きで」

 なんかゲテモノ臭漂う代物になってきそうだ。誰か止めて……


「あいわかった、降着脚を胴体に移そう」

 侯爵の方が常識人だった!


 この他にも様々な仕様変更をし、再設計となる。


 今度の機体はそこそこ普通に飛んだ。確かに王室預かりが設計した飛行機ほど洗練されていないが、それでもこの時代の人々の設計の飛行機がきちんと飛ぶことがわかった。

 即座に学校のシミュレータ用データを作りケイにも乗ってもらう。


「おお、なんかフワフワするけどちゃんと飛ぶねぇ。そりゃ癖はあるけど、そんな毎回毎回落ちるような癖ではないかな?」

 ケイのオッケーも出たようだ。そのまま試作を進めてもらうことになった。

 試作機となると、一点物の部品を大量に作らなければならない。この手の作業は流石にまだまだ王都の工業ギルドが世界一である。


 出来上がった部品は、小物は空輸、大物部品はトラックに積み込み、ゆっくりと街道を通ってラツィオへと向かわせた。

 と言っても、ラツィオまで三日もあれば到着する。馬車とは違うのだよ、馬車とは。


 ラツィオの飛行機組み立て工場は新築したばかりの綺麗な建物だ。

 飛行場までは誘導路一本で繋がっており、試運転に出かけるのも楽々である。

 試作機の組み立て中も、度々お邪魔して機体の出来を確認していった。

 フレームの組み付け、翼との接合、操縦装置のリンク、魔導系、電装系の実装。確認すべき部分は多岐にわたる。というか、確認しなくて良い場所なんてない。あらゆる場所をチェックしなければ……

 滑走試験はともかく、初飛行の操縦桿を握るのは自分なのだ。絶対に事故を起こさないよう、本当に細心の注意を払って組み立ていく。


 組み立て上がったら、再びカナチェックだ。今日はポーリー、リンダにサンディさんまでやってきてアシスタントをしている。

 工業ギルドって、暇なの? とか思うことなかれ。これも仕事の一環なのだ。王都以外の都市の工業レベルを推しはかり、更なる発展のためにイチャイチャイチャイチャ、ケイ爆発しろ!

 そこっ! 八十婆さんが、手が触れたからって赤面しないっ! ケイもっ!

 リンダとポーリーがほんわか見てるけど、仕事っ!


 それでもきちんとデータは取れた。

 スクロール魔法さんシミュレータの結果は良好。設計とほとんど変わりなく飛ばすことができた。

 さぁ、あとはテストの日々だ。

 エンジンは今回はアッセンブリで供給しているため、信頼性は高い。複座機に使ってる一回り小さい方のエンジン二機を翼下に吊り下げ、上反角のついた中翼後退翼構成の飛行機である。水平尾翼は主翼より少しだけ上、垂直尾翼は大きめだ。

 主脚は胴体中央より少し後ろに、左右に張り出す様に出てくる。

 極力室内にはみ出さないように、ぐるりんと回りながら胴体に張り付くように収納される。設計の人頑張った!


 エンジン試験、走行試験を繰り返し、細かい不具合を潰しながら初飛行の日を迎えた。

 毎度おなじみ、上がって降りるだけの初飛行だ。

 しかし、初めて飛行機を作った集団の作品である。やはり緊張するし、恐怖感もある。

 事前にシミュレータでは随分練習した。トラブル対応もやりまくった。


 今日は訓練のごとく、丁寧に大胆に、よし、行ってくる!


 ここ、ラツィオのマーシャルの指示に従ってエンジンスタート。圧力、温度、回転数、異常なし。

 ブレーキ解除、移動開始。

 滑走路の端を目指し、進み始める。カード通信機からの指示に従い、六番と書いてあるコーナーから滑走路にエントリーする。


 滑走路に入る前に一時停止、降りてくる飛行機を待つ。最近急激に交通量が増えてきたために、管制システムも更なる改善が必要になってきた気がする。


 前の飛行機が無事に降りたようだ。滑走路クリア、侵入せよの指示に従って滑走路に入った。今からしばらく、この飛行場はこの飛行機専用になる。

 離陸許可が出た。スロットルを押し込んでいく。エンジンのレスポンスはいつも通り、快調そのものだ。徐々に速度が上がっていくと、なんかお尻がフワフワする。エレベータがガタついてるのか? 離陸中止し管制に連絡を入いれる。

「こちらツインケイ、違和感を感じた、離陸を中止する。タキシングウェイで戻るので指示を頼む」

「ツインケイ、こちらコントロール。了解した。安全を確認後タクシーを認める」

 減速終わったところで右に折れ、連絡通路タキシングウェイを通って駐機場まで戻った。

 エンジンを停止し、ドアを開けて機体から降りた。

「お兄ちゃん、何かあった?」

 今日は三人娘も応援に来ていた。

「お尻がフワフワしてさ、エレベータがおかしいのか足なのか、ちょっと調べてみる」


 整備の人が寄ってきてケイと相談を始めた。

 そのまま機体に取り付き、あちこち調べ始める。


「ケイ教官っ、有りました!」

 整備の一人が原因を見つけたようだ。どうやらエレベータを制御するリンク、二系統のうちの一系統にガタが出ている。

 一系統生きていればコントロールは出来るのだが、やはり両方ちゃんと動作していないと違和感感じるレベルで動きが変わるみたいだ。

 リンクのジョイントを交換するのには時間がかかるため、今日はここまで。工場まで回送して分解作業を手伝う。

「うーん、なんでここだけこんなにガタが出たんだろう……まだろくに動かしてないのにね」


 こんな時はスクロール魔法さんの出番である。とりあえずカナが部品をチェックしていく。魔力の流れで部品の中を少しずつ少しずつ輪切りにするイメージで。

「うーん、ここかなぁ。ボールジョイントの製造でコストダウンしてるのかな? ボールに合わせ目パーティングラインが残ってて、それがリンクケース削ってる感じだね。このボールジョイント、どこの製品かな。ちょっと全数検査した方が良いかも」


 さぁ、大ごとになってきた。

 同じ部品を使ってる機種は全て飛行停止になる可能性がある。王都の大手ベアリングメーカー製なので、ロットの特定は容易だった。

 確かに最近生産工程が少し変わり、コストダウンに成功したとのことだったが

「コスト以上に品質落としてどうすんのよっ!」


 同一工程で作られた部品を調査すれば、異常摩耗が認められる部品が出てくるわ出てくるわ。

 当然、メーカーの責任で全数交換を指示したところ

「そんなことしたら工場が潰れちまう!」

「だったら潰れろや!」

 封建制舐めんな!


 創業一族には責任を取ってもらって退任。

 無理なコストダウンを指示した実質経営者の子爵は隠居を命じられ、経営権も取り上げられた。

 新たな経営者にはロマーノが指定され、技術指導もロマーノで請け負うことになった。

「いや、これ以上手を広げたくないんだけど……俺は刀鍛冶なんだよ!」

 男爵の叫びも虚しく、日が暮れていく。


 後日、ラツィオの新型飛行機は無事に空を飛んだ。

 少し操縦にクセがあるが、室内から貫通させて長さ10mクラスの物も運べる様にする改造を施し、それなりに売れる飛行機になった。

 

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