第90話  アルミニウム

「カナ、何踊ってんの?」

 ある休日、朝起きて、お着替えしてから子供部屋に来たコトが、部屋の中で怪しい踊りで練り歩く妹を発見した。

「アルミができた音頭だよ。見てわかって!」

 いや、無理だろそれは、いくらコトでも!


 アルミニウム、今まで何度もトライしながらもほとんど作れなかった軽金属。

 原料となるアルミナの融点が高く、融かすための容器が用意できなかったのだ。

 最強品質の坩堝が、そもそもアルミナで出来てるんだからお話にならない。


 再びカナが踊り出したところにしおりんも起きてきた。そして目をぱちくりしたあと

「えっと、カナ? どうしました? 熱でも出ました?」

 いや、熱出したら踊り出すとか、どんな人だよ! ただの危ないやつじゃんか!

 いや、ただの危ないやつだな、これ。

 

坩堝るつぼの内壁にね、こう、虹色を何枚か張って、上から熱源投入すると、なんと、出来ちゃいました〜」

 ぱちぱちぱちぱちとセルフ拍手をしているカナ。

 途中参加のしおりん、話しが見えなくて訳わかめな顔をしている。

「カナがね、アルミの新製法試して成功したんだって。それで喜びの舞を踊ってたみたいよ」

「はぁ、アルミの製法……アルミ……あ、そうだっ! 忘れてました」

 しおりんがパチンと手を合わせて話し出す。


「この間、皇帝陛下と宝物庫で遊んでた時に……」

 またお前かー!

 って、いや待って、ツッコミが追いつかないから。

 なんで皇帝陛下? え? 浮気? ステータス魔法さんは? うちの陛下も捨てられた?

 そもそもなんで毎回デート場所が宝物庫なの?


「これ見つけてね」

 ごとっ!

 しおりんがアイテムボックスから何かのキラキラを取り出すと、テーブルに置いた。

「ん? 何? 水晶クォーツ?」

 カナが手に取り……

「違う、これ正三角形! え? 蛍石フローライト⁉︎」


 蛍石フローライト。フッ化カルシウムの結晶体である。正八面体で成長するために劈開へきかいしたときに正三角形の面で囲まれた形で割れるため、一目で判る。

 様々な用途に使われるので、もうこの時代には残っていないかと絶望視していたのだが……


「ほっほっ、ほーたる石こいっ、こっちのみーずはあーまいぞ」

 怪しい踊りが復活した。

「フッさんフッさん、フッさんがやって来たっ!」

 新しい歌を歌い始める。

 フッさんってあれか? 最恐の工業利用化学物質、フッ化水素酸のことか?


「これでアルミナだけじゃない、いろんな工業製品が一気に捗るっ!」

 あるあるあるみーなと歌いながら練り歩くカナを、残念な人を見る目で見ているコト、しおりん、サンドラ、マリー、エスメラルダ……


「はっ! もしやわたしの作ったばかりの魔法、もうお役御免っ!」

 突然力尽き両手両膝を床に付けるカナ。

 残念な生き物を見るような顔をしつつ、コトが声をかけた。

「ねぇカナ。フッ酸作ったとしてさ、何に入れとくつもり?」

「何って、ポリエチレンかテフロン……どっちもないっ!」


 また缶詰の中に缶切りが入っている。


 フッ化水素酸はとにかく様々なものと反応し、侵してしまう。ガラスはもちろん、大抵の金属瓶も焼物の釉薬も、みんな溶かして流れ出してしまう。そして、それに触れた人は激しい火傷症状を示し、一歩間違えると低カルシウム症で死亡する。


 金属ならタンタル製……アルミナなんて目じゃない超高温が必要だから無理!

 ポリエチレン容器……だから化石燃料が無いんだってば!

 テフロン……それを作るためにフッ酸が要るのよっ!


 なんでこう、毎回毎回似たような展開が続くのだろうか。


 あとは鉛にパラフィンコーティングで行けるかな?……ただし長期の保管は無理。

 鉛容器にパラフィンコートしたもので一時保管、その間にテフロン樹脂をなんとか合成して、まずは自らを入れる容器の開発を進めるか。


 とにかく危ない薬品なので、慎重に進めないとならない。しかも、防護用具の開発もできてないのだ。防護用具を作るためにフッ化水素酸を使わなければならない。

 でも、これが使えるようになると本当に様々な製品が一気に作れるようになるのだ。


 ついにカナの踊りが巡り巡って阿波踊りっぽくなってきた。


「その前に、輸入するならそれなりの準備しないとなりませんよ?」

「あー、そだね。とりあえずあれだ。皇帝陛下に会いに行こうか」

 気軽に言うが、普通は会おうと思って会える人では無い。

 でもこの娘たちはちょっとだけ普通から離れてるから……

 即座に行動開始。朝食キャンセル手持ちで済ませる。飛行場へ飛んで行って現場で貨物機チャーターしてロンバルディ辺境伯領飛行場へ。


「ラリー機長、おはようございますー」

 今日は地上勤務のラリー機長を捕まえ

「ロバートさん、ちょっとお時間いただけますか?」

 非番で家にいるロバートさんと、商店街で何故か踊っていたリズムボーイを捕まえ


「じゃ、帝都までお願いしますね♡」


 私用で飛ばす。ダメだろ、それっ!


「ははは、後でスクランブル訓練で申請しておきますから大丈夫ですよ」

 ラリー機長甘すぎない? これもしおりんパワー?

「我ら、しおりん様のためでしたらなんでもいたしますよ」

 しおりんパワーだった。


 三人娘が飛行機に乗っていると、裏技が使えることも判明した。

「あ、見て見て。水タンクの蓋開けとくと、ウォーターの魔法で水供給出来るの!」

「魔石に魔力供給もできるから、実質無限に飛べる?」


 水タンクの蓋は機外にあるので、並行して飛びながら開けることになる。こんなの三人にしか出来ないし。

 実は響にもできるが、あちらには魔導エンジンが無いから意味がない。


 そんなこんなで約二時間。やってまいりました帝都上空。

「じゃ、いつもみたいに待っててね。ちょっと行ってきます〜」

 気軽に言って飛び降りていく三人娘。

 送ってきた乗組員も慣れたもので、行ってらっしゃいませと手を振っている。


「じゃ、しおりん、案内よろしく」

「まっかせて。この時間なら執務室だと思うから」

 なんでそんなことまで把握してるのか……


「来ちゃった (照)」

 来ちゃった……じゃないよっ!

「おお、これは女神様、本日もご機嫌麗しゅう……」

 あっさり馴染んでんじゃないよ、皇帝陛下っ!


「今日はわたくし達も一緒ですわ」

 コトとカナも姿を表す。

「天使様方まで、これはこれは良くいらっしゃいました」

「実は陛下にたってのお願いがあるのです。先日頂いた、割ると光る石。あの石を大量に輸入したいと思います」

 

 そして、商談が始まった。


 結局、大樽一つ金貨十枚。輸送費は全て王国持ち、ただ、空港設置を王国指導のもと帝国二ヶ所に建設してもらうことになった。

 一ヶ所は帝都、もう一ヶ所は蛍石鉱山のそばである。


 更に、皇帝一族のために飛行機五機も譲ることになった。

 人員輸送用に輸送機二機、護衛用の複座型を二機、水上機を一機である。

「これで女神様にこちらから会いに行けるようになります」

 皇帝陛下、めっちゃ嬉しそうだ。


 おそらく、対ソラシア帝国の偵察用にも使われるだろうが、それは仕方ない。王国に敵対しなければそれで良しにするしかない。


「それではまた、寄らせていただきますわね」

「ははっ! いつでもご歓迎いたします。これからも帝国をよろしくお願いいたします」

 完全に帝国を支配し始めている? 恐るべししおりん。

 王国も国王がしおりんの傀儡になりつつ

『してません』

 だって国王陛下のあの甘さは

『王国の実質の支配者はおばあさまですから』

 あ、そうでしたか。


 さぁ、帰りましょ。窓から飛び出したところで姿を隠し……って、コトさんや。ニヤニヤ笑いを残しながら消えるのはやめなさい。チェシャ猫じゃ無いんですから。


 そのまま上昇すれば真上で待つは偵察機。信頼感高いメンバーなので重用してきたが、近日リズムボーイがパイロットの道を目指すためにチームを抜けるらしい。

 ンムワイくん大好きしおりん、リズムボーイがとても嬉しそうだから一緒に喜んでるが、ちょっと寂しそう……

『王家専任パイロットに任命させるからいいの』

 うわ、何その公私混同。


 そうこうしているうちに、帰ってきましたロンバルディ辺境伯領飛行場……って、え? このまま王都まで送ってくれるの? あ、なるほど。空中給水して飛んじゃうのね。


 乗り換え時間が無かった分、凄く早く戻れました。

 チャーターした輸送機には、きちんと連絡して空荷で戻ってもらったのでご安心を。料金は往復分払ってあるから大丈夫。


 久しぶりに王都飛行場へ降りたラリー機長が、よく整備された飛行場の状態にとても驚いている。

 実は舗装前の下処理を終えたところで、ここから更に飛びやすくなるんだよと教えたら、早いところロンバルディ辺境伯飛行場もやってくれとせがまれた。

 やってあげたいのは山々だけど、流石に費用と人手の工面が難しい。

 しおりんパワーでも出来ることと出来ないことが有るのだ。

 当然、カナパワーもコトパワーも同じである。


「ラリー機長、ロバートさん、ンムワイさん、ありがとうございました。またよろしくお願いしますね」

 キラっニコっ

 ああ、三人とも表情が蕩けていきます。デレデレです。


 偵察隊の三人と別れたら、そこから飛んで帰り……最近自重してないな、ほんとに。王女近衛の人たちが泣いてるぞ。

 その長たるディートリッドなんて……え? アリスタちゃんちに入り浸り?


 王城に戻ったらその足で王の執務室へと向かった。

「王室預かり、しおりん、入ります」

「カナ、入ります」

「コト、入ります」

 いつもの挨拶をして、第一の近衛兵に扉を開けてもらう。


「ん? 三人揃ってどうしたんじゃ?」

「今日はお願いがあって参りました」

「いつもお願い聞いてる気がするのは気のせいかな?」

「あー……事後承諾の案件も少々」


 またかよコイツら。今度は何やらかした? とりあえずノエミとパトリシアとエレクトラを呼ぶ? あ、パトリシアは今国外か……

「ふむ。少し待て。おい、ノエミとエレクトラを呼んできてくれ」

 背後に控える侍女に告げ、執務机から離れて応接ソファーへと移った。

「お茶を頼む。濃い目でな」

 別の侍女に給仕を頼み、腰を下ろす。


「お茶が入るまでしばし待て。そろそろ二人も来るじゃろ」


 バタバタバタバタと廊下を走る音が聞こえ、ノエミおばあさまとエレクトラお母さまが名乗るのが聞こえてくる。


「よし、揃ったようじゃな。で、今度は何をやらかした?」

「お、おじいさま酷い……そんないつもいつもやらかしてたりしませんよぅ」

 カナが抗議するが

「では、今回はやらかしたことを認めるんですね?」

 ノエミに突っ込まれて黙った。


「えーとですね、ちょっと帝国と貿易することになりましてですね」

 しおりんが説明を始めた。

 航空機の提供、飛行場建設の指導、蛍石の空輸。

「将来的には船で輸送したいのですが、蛍石の採掘地が内陸にあるので、しばらくは道の整備が追いつかないため、空輸を選択しました」

 

 いきなり他国との貿易。そのための開発の手配やら機材の供給やら、一体何を始める気なのか……

「この蛍石という石によって、大きな人工魔石も作れるようになるかと思います」

 ‼︎  人工魔石っ!

 今現在、人工魔石はごく小粒の物が少量作られているだけである。

 ただ、それでも魔石の価格を劇的に下げることに成功し、魔導具の普及に貢献している。

 銃などはこの人工魔石がなければ成り立たない。


「おそらく、飛行機飛ばせるぐらいの魔石を定期的に生産できるかと思いますの」

 飛行機を飛ばせるぐらいの魔石!

 飛行機を飛ばしているのは基本的にB級の魔石である。Bクラスの魔物五十匹に一個ぐらいの確率で出てくる魔石。

 国全体でも、三日に一個出てるかどうかレベルの代物だ。


 B級魔石の需要はとても多い。

 飛行機のみならず、四輪車や船でもこのサイズを使うケースが多い。年間百個かそこらしか手に入らない魔石を巡って、生産が滞っている乗り物がいくつもあるのだ。


「それは……確かに輸入できれば嬉しいの……しかし勝手に決めてきたのはどうかと思うが」

「そうねぇ、その点についてはあとでじっくりお話しましょうねぇ」

 ノエミチェック入りました。


 ただ、これで何とか国内側の筋は通した。あとでおばあさまとじっくりお話をしないとならないらしいが、仕方ない。勢いって大事だよね?

 勢いだけで生きてる奴に言われたくないと思う。


 こうして、ついにこの時代でもアルミニウムが量産される様になった。

 超絶危険物のフッ化水素酸についての教育は、徹底的に行われている。実技ではごく少量でも死亡するというのをマウス実験で見せた。残酷な様であるが人の被害には変えられないのだ。


 人工魔石の生産も、試験生産レベルは終わり、間も無く量産に入れるであろう。

 これで、機械の大量生産ができるようになるはずである。

 手間ばかりかかっていたチタンではなく、アルミニウムが使えれば捗る機器も沢山ある。


 フレームとエンジンをアルミ化したオートバイは、重さが一気に半分近くまで減った。

 これをめちゃくちゃ喜んだのがしおりんだった。実はオートバイ大好き?

「もう少し足のストローク伸ばしたやつに乗りたいです」

 あ、偵察用オートバイに乗りたい訳ね。


 飛行機も、翼内の桁をアルミハニカム化したおかげで軽量化も進みコストも安くなり整備性も向上し、いいことずくめである。

 

 船だって、小型のモーターボートはアルミ化により『二人いれば余裕で持ち運べる』様になり、車に積んで出かけることも可能になった。


 軽量なアルミ食器などは、ステータスオープンを覚えていない旅人に大人気らしい。


 三人の娘たちにより、また一つ時代が進んだ。

  

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