第89話 冒険者ギルド
アンジェリーナ・トルーマン。ハンターギルドのナンバーツー。
荒くれ者の多いハンターを牛耳ることができる女傑である。
年は四十半ば。だった……筈。
最近どんどん綺麗になっていっているのは気のせいだろうか?
元々魔法を得意としていたアンジェリーナであるが、三人娘と出会い世界が変わった。
『ステータスオープン魔法』
三人娘の授けてくれた魔法は、ハンターの能力を根本から変えてしまう脅威の魔法だ。この魔法が普及した場合、ステータスオープン持ちとステータスオープンを持たないものとでは、できることに差が付きすぎてしまう。
『アンジェリーナさん、一緒にみんなを導きましょうね』
黒真珠の女神が言った。私を名指しで声をかけてくれた。ならば私は女神に全てを捧げよう。
♦︎
「と言うわけで、この魔法をギルド員全員に覚えてもらう方向で進めたいと思います」
ハンターギルドの定例会議である。全国のギルド支部からも人が集まり、年次報告と翌年の予定確認、新しい法律の周知、新しいギルドルールの策定など、話し合うことは山ほどあった。
中でも今年の目玉はこの魔法である。
現在、ギルド員ではギルド長のガムリン・トコルテッロと副ギルド長のアンジェリーナ・トルーマンの二人だけがこの魔法を覚えている。
そして、大半の支部代表はそんな魔法の存在すら知らなかった。
ステータスオープン魔法の凄まじさは説明したところで伝わらない。それならば……
「皆さま、お初にお目にかかります。王室預かりのシャイリーン・リットリーと申します。以後お見知り置きを」
王室預かりと聞いても、ほとんどの出席者にはピンと来ない。王都でこそ多少名が知れてきたが、それでも『知る人ぞ知る』レベルである。これが地方になると、『飛行場の有る街なら、知ってる人がいるかも知れない』ぐらいの知名度になる。
あ、一人反応した。
「リットリー……リットリー子爵家からいなくなったというあの……」
「いなくなったは酷いですわね。でも、そのリットリーで間違いはございませんわよ。ただ、今のわたくしは王家預かりの身。子爵家とはなんの関係もございませんのでお間違いなきよう」
発言したおじさん、少し顔色悪くなったかも……可哀想だったかしら? でも、言っておかないとならないことですし……
ちょっと頭を掠めるが本題に戻る。
「今日、来ていただいてる方全員に、このステータスオープン魔法を覚えていただこうと思います」
皆の視線が集まるが、気にせず一拍置いて続ける。
「魔法なんて覚えられるわけないだろ、ほとんどが男性だ……と思ってらっしゃるでしょうか?」
うんうん、と頷く人々。
「皆さま、飛行機はご存知ですか?」
切り口を突然変える。この娘は何を言い始めたんだ? と注意を集める。
「今日、王都まで来るのに利用された方もいらっしゃるかもしれません」
確かに、集まった支部長クラスの三割は、飛行機を利用してきた。
航空運賃は安くはないが、下手すると一ヶ月以上もかかる旅程が二日もあれば着いてしまうのだ。宿代、食事代まで合わせれば、圧倒的にお得になる。
「あの飛行機を操縦している方々は、九割五分が男性ですが、全員この魔法を覚えています」
「し、しかし彼らは選ばれたエリートなのだろう?」
「いいえ。ほとんどのパイロットは雇い主に言われて訓練した、元下働きです」
「なんと……」
「今まで、男性でこの魔法を覚えられなかった方は、二例のみです。どちらも怪我で、男性機能を失ってしまった方でした」
この時代、争いごとがあれば命の取り合いになるケースが多い。となると、急所として本気で潰しに行くのだ。いざ戦いとなると。
なので、機能を失ってしまった現役世代もそれなりに居るのである。
「では、皆様に魔術書をお渡しいたします」
魔術書とか言ってるが、いつものインストールカードである。ラノベ脳が変換してるんだと思われる。
「この魔術書を見て、視界内に『インストールしますか? はい/いいえ』と出たら、はいを指で押してみてください」
皆にカードが行き渡ったところで指示を出した。
そこかしこから、おおっ! とか、うおっ! とか聞こえてくる。
「Install completeと出ましたら、完了です。無事に覚えられました。何かエラーと表示されたらお知らせくださいませ」
誰からも申告がない。問題なくインストールできたようで有る。
「うまくいったな……と思ったら、こう言ってください『ステータスオープン!』」
ステータスオープン! 皆が叫ぶとなかなか壮観で有る。そしてまた、うおっ! とか、おおっ! とかうめいている。
「表示されてるお名前、生年月日はお間違いないですか? 細かい機能は右下のヘルプという場所に使い方が載っています。今は、まずは魔法という場所にタッチしてください」
今インストールしてもらったパッケージには、生活魔法一式が入っている。また、男性向けステータスオープン魔法の基本機能である、マップ、コンソール、メモ帳、計算機、スケジューラ、カレンダー、時計、ギルドカードを使った通話機能などもイネーブルされている。
「この中には生活魔法が一式入っています。点火魔法、水魔法、水洗魔法、風魔法。使えない魔法はグレーアウトしてますが、色のついた魔法は使えるはずです。これで皆さんの冒険が捗ると思います」
ついに冒険の言葉を出してきた。本性を表し始めたのか?
「他にも、地図機能、時計、カレンダーと、フィールドワークに使える便利機能満載の魔法です。わたくし達は、この魔法を全ての冒険者が利用できる環境を整えたいと思っております」
「全ての……冒険者?」
「ハンターではなく?」
「冒険者とはなんじゃ?」
「冒険者とは、ハンターも含めた冒険を生業とした方々全てのことですわ」
「冒険を……生業に?」
「ええ。魔物を狩るのも、薬草を取ってくるのも、庭の草むしり依頼を受けるのも、商人の護衛を務めるのも、町外れの一軒家の幽霊退治も、ダンジョンに潜って探索するのも、皆等しく冒険者なのです!」
しおりん、ついにぶちあげました。
ちなみに、アンジェリーナさん経由でガムリンにも話は通してある。
ハンターギルドを冒険者ギルドへ。それを実現するためなら、全力で行動しよう。王室預かりの権力をフルに使って!
何が彼女をここまで掻き立てるのか……
謎のままであるが、しおりん嬉しそうだから良いじゃないか……という論調が、主にスクロール魔法さん側であったとかなかったとか。
こうして、ひとまず各支部への根回しが進み始めた。
続いて本部の改革である。
ハンターギルド本部には様々な人が働いている。受付のアザクさんや解体所長のオズマさんは顔馴染みである。しかし、その下で働いてる方々のことをあまりよく知らないので、アンジェリーナさんに頼んで色々な部署に顔を出し……
「あの、アンジェリーナお姉さま、女性職員があまりいらっしゃらないようなのですが……」
「あまり……と言うか、ほとんどおりませんわ。ご存知の通り、ハンターは大体荒くれ者ですので、そんなのを相手にしたい女性なんてそうはおりませんの……」
数少ない例外がご自身だそうです。
「ステータスオープンを導入すると、基本的に男性は女性に敵わなくなります。女性ハンターも増えてきますので、受付には美人受付嬢が必要になりますわっ!」
断言しました。
「あと、お仕事あがりの冒険者が食事を取る施設も必要ですわねっ!」
もう『わたしの考えた最強のギルド』を目指してるようにしか思えないんですが……
「わたくしはしおりん姫さまの思うようなギルドを作りたいと思いますが、ギルド長を説得できるかどうか……」
ギルド長のところへ直談判に行ったしおりん。
「おう、それは良いな。女の子が入ってくれるなら大歓迎だ。今までも何度も入れようとしたんだがな、アンジェリーナ以外は全滅してただけだしな」
ガッハッハと笑うギルド長、ガムリン。
ただ、今まで全く人が集まらなかった職場である。そのままにしていたら誰も入ってくるわけがない。
今のハンターギルドには女性に対するアピールポイントが皆無なのだ。
忌避ポイントだけは有り余ってるのだが……
「どうにかしてステータスオープン魔法の良さをいろんな方に知ってもらわないと……」
まずは、無料の魔法講座を行ってみたが、やはり人が集まらない。
そもそも、ハンターギルドに行こうとか思う女性がどうかしてるのだ。イベントやっても、誰も知らないなら誰も来るわけがない。
じゃあ、どうすれば魔法を広められる?
そだ、学校で広めちゃえ。
マジックオペレーティングシステム以前のこの世界では、女性でも三人に一人は魔法が使えなかった。
と言うことは、今でも三人に一人は使えないのだ。
じゃ、学校で魔法を使えない女性を集めて覚えてもらい、家で宣伝してもらおう。
コトカナアンガスの承認を得て、まず学校の魔法学の先生経由で王室預かりの魔法教室を申し出たところ……
「な、何この人数……」
カナが少しビビってた。珍しい。
「なぜか、魔法使える方も集まってしまって」
魔法学の先生が苦笑いしていた。っえ、この先生もそっち側に座ろうとしてない? あれ? まって、学校の女の先生みんな来てない? 食堂のおば……お姉さんまで?
「んー、インストールカード足りるかな……」
「マスターカードならありますけど、どうしましょう」
「回収前提でマスターカードのコピー使う?」
魔法が使えないと思われていた女子生徒二百三十人のうち、八割ぐらい来るかな? 二百人ぐらいかな? と思ってたら、七百人を超えていた。
リードアットワンス仕様のいつものカードは、余裕を持って三百枚ほど作ってあったのだが……
「仕方ない、魔法使えない人全員と先生方、職員の方には今日入れちゃおう。あとの人は講習のみで、また後日用意する。もともと今日は使えない人のための講座なんだし」
こうして、今まで魔法を使えないとされてきていた女の子が、全員一気に使えるようになった。
七日後には、魔法を覚えていた従来型の魔法使いの娘達も、全員が受講した。
当然、皆貴族の子女だ。家に帰れば使用人が沢山いる。中には魔法を使えない女性も多いし、魔法自慢の家族だって沢山いる。
『宮廷魔導士クラスでもない限り、詠唱省略なんて出来る訳がない』
なんてバカにしていた魔法自慢が、目の前で次々に詠唱省略で魔法を使われたら……
しかも、時計? 貴族の当主様ぐらいしか持てない高級品だよね? 計算機? 何それ? 地図を自動で作る? 何言ってんの。え? アイテムボックス? 聞いたこともないよ……
『ハンターギルドには、このステータスオープンを低額で覚えることができる講座がある』
ここまでセットで伝えておけばあとは簡単である。
講習と引き換えにギルドの説明会を行い、攻撃魔法が使える女性には更に積極的な勧誘まで行われた。
必要なら練兵場の射的場やロマーノの試験場まで使われて攻撃魔法の訓練も行った。
更に、受講者には街にもバンバンと噂を広めてもらい、ハンターギルドの講習会は毎回定員オーバー気味で開催されていた。
「って言うか、カード生産が間に合わないんだけど!」
今まで、無地カードをロマーノで作ってもらい、これに三人娘がレーザー印刷を手作業で行ってきていたのだ。
一日の生産枚数が、頑張って八十枚。百は難しい。
このための魔導具、作るか?
隙間時間に頑張って作った。
二週間かかったが、なんとか出来た。
それでも、一枚一枚全部違う管理番号部分だけは手作業で刻印していくのだが
「それでも随分マシだわ……」
ただ、将来的には国民全員分……となると、やはり完全自動化を目指さないとならないだろう。
攻撃魔法を使える女性ハンターも、ごく少数ながら存在した。次代のアンジェリーナを目指してはいたが、いかんせんハンターの間での魔法使いの評価が最悪だったために、今まで苦難の道を強いられてきていた。
「ストーンバレット! ストーンバレット! ストーンバレット!」
三発の魔法を五秒で繰り出し、接敵前に魔物を潰して行く魔法使い。
「ファイヤーボール!」
木の上から落ちてきた厄介なスライムを、二秒で焼き尽くす魔法使い。
いきなり、最前線中の最前線に躍り出た。
夜道で女性に襲い掛かり乱暴を働こうとした常習犯が、麻痺させられて捕縛されてからは更に流れが変わった。
攻撃魔法を使えなくても、力がなくても男性を倒せる。そんな女性が急激に増え始める。
ハンター登録してある男性にもステータスオープンを導入し始めたが、魔法同士で戦えば女性に分がある。
能力差が大きいとレジストだって可能だったりする。
こうして、急激に女性が自信をつけ始め、ついにハンターギルドの募集に応募してきてくれた女性が現れた。
「アンジェリーナお姉さま! とうとう現れたと聞きましたが!」
しおりんがハンターギルドに現れると、アンジェリーナが即座に臣下の礼をとる。
「お顔を見せてくださいな、お姉さま」
しおりんのセリフでまたまた感激して涙を……
話が進まない。
とにかく、これでギルドにも受付嬢が配属になる。
肝心のギルド名は、翌年度から『冒険者ギルド』に改めることになった。
酒場……じゃなかった。当初は食堂としてオープンするが、こちらも翌年までにギルド本部を改装することになっている。
ちなみに、改装費用は全てしおりんの個人持ちだ。
「これで夢への第一歩を踏み出しましたわっ!」
いや、これでまだ一歩目なのかよっ!
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