第88話  学校の三人

 三人娘、ちゃんと学校にも通っています。


 朝起きたら顔を洗い、御髪を梳かします。三人ともそれなりに髪が長いので、下から順にそっと梳いていきます。絡んだら最悪です。絡んだ髪を治す魔法はないのです。

 サンドラ一人で面倒を見ていた頃は、大変でした。

 他の侍女もいるのですが、やはりサンドラだったのです。三人の面倒を見て回るのは。

 マリーさんとエスメラルダさんが、見習いとしてですが手伝いをしてくれる様になりサンドラは大助かりです。

 だって、三人娘に一人で立ち向かうのは無謀です。

 だって、あの三人ですもの。


 その頃には朝食の準備が整います。

 今日はスクランブルエッグとベーコン。パンはカナが伝授したふわふわ酵母パン。美味しいです。デザートの葡萄ジュースを飲んだら歯磨きしましょう。

 豚の毛を植毛した歯ブラシを使います。人工繊維も何種類か作ってますが、歯ブラシ向きな物はまだないかもしれません。そのうちに作らねばなりませんね。


 制服は一人でも着られますが、そこは貴族の娘です。手伝ってもらって着ていきます。

 靴下も長ければスカートも長いです。絶対領域なんて、負の単位でしか存在していません。寂しいですね。

 宿題も授業の準備も、全てアイテムボックスの中に入っています。通学鞄も入れてあるので、その気になれば持つことも可能です。持ったことありませんが。


 あ、そろそろ学校に向かう時間ですね。急がなければ。

 王女近衛の警備詰め所にマリーさんが連絡に行きました。出動準備を整えてもらうためです。


 この時には皆いつもの子供部屋に集まっているので、動き出しは早いです。

 サンドラが扉を開けてくれるので、颯爽とスタートしましょう。エスメラルダさん先頭で、カナとコトが並んで歩き、しおりんはサンドラと手を繋いでいきます。

 しおりんはカナコトより一回り小さいので、手を繋ぐ姿がとても可愛らしいです。


 小宮の車寄せは後付けで設置したので、ホール部分が小さいです。しかし、この車寄せのおかげで、雨が降っても気軽に車を出せるのです。作ってくださった王太子……お父さまに感謝をします。

 パトリシアお母さまの手が空いている時はお見送りもしてくれますが、今日はお忙しい様です。残念ですが仕方ありません。

 王女近衛の運転する自動車に、三人横並びで座りました。

 サンドラが助手席へ。警護のオートバイ隊が並び、出発します。

 外壁門の門番に会釈しながら通過、しばらく進むとアリスタちゃんとコリンちゃんが乗った車列とも合流します。


 学校まではおよそ二十分。おしゃべりしたり仕事したりしているとあっという間です。

 スクロール魔法さんがあると、どこでもオフィスになってしまうのが欠点ですね。隙間時間にも働き続ける十三歳は、ちょっと問題がある気がします。

 学校では正門をくぐった先に、大きな馬車回しが用意されています。

 到着すると、まずオートバイ隊が安全確認をし、車を呼びます。

 到着したらサンドラが降りてドアを開けて待っていてくれます。

「サンドラありがとう。帰りはまた連絡しますね」

 こうしてる間にも、通り掛かった学友より朝の挨拶を受け取ります。

 王室預かりは大人気なのです。友達少ないけど。

『うっさいわっ!』


 馬車回しで降りてからは、三人娘とアリスタちゃん、コリンちゃんの五人で歩いていきます。

 と言っても、ここからが遠いのです。校門からエントランスまでは四分の一マイルと言ってました。ほぼ、四百メートルですね。

 ただ、この区間を馬車なり車なりで行ってしまうと大渋滞が起きてしまいます。なので、生徒は校門の馬車回しで降りると決められているのです。


 ただ、近衛は別です。王室預かりに関しては、過去に何度も学内での襲撃事件が発生しています。中には生徒が処刑される事態になったケースすらあるのです。こんなことが極力起こらない様、護衛をつけることが認められています。

 ケイも含め一人につき一人ずつ、プラス伝令二名の計六名が校内に同行することができます。

 オートバイも、二台を校舎前まで持ち込めます。


 学校に着いたら、まずは教室へと向かいます。基本的に成績順なのはお約束ですので、全員A組に所属しています。アリスタちゃんもコリンちゃんも一緒のクラスなのが嬉しいですね。


 一時間目は詩歌の授業。あら大変、三人娘が割と苦手とする授業です。成績優秀者の多いA組ですから、クラス内での順位は下から数えたほうが早かったりします。

 特にコトはこれが苦手で、過去に最下位の栄誉に輝いたこともあったのです。

 今日も苦戦している様ですね。二人の男性の間で揺れる心を表現しなさいとか、確かにコトには無理な相談でしょう。コトの信仰心は揺らぐことがありませんから。


 二時間目は数学です。流石にこれは三人とも完璧にこなします。高卒のしおりんだって一次多項式関数あたりで躓くわけもありません。

 と言いますか、コトさん? 空気読みましょう? テイラー展開して計算とか、黒板の前で先生が固まっています。

 普通で良いのです。普通で。

 はい? 普通の定義ですか? 知りませんそんなの。そういうのはあとでカナとやってくださいませ。


 二時間目が終わると、お昼です。貴族のお昼ですから、それなりに時間をとって学食でいただきます。

 学食では、すでにケイとリンダが場所をとっておいてくれてました。

 ケイの右にリンダ、左側にはコリンちゃんが座ります。コリンちゃんの前にアリスタちゃん、ケイの前にコト、リンダの前にカナ。今日の配列です。ケイの前はコトが占拠して動きませんので、その位置はいつも確定です。

 今日のランチは鶏肉っぽいソテーをメインに、スープと温野菜、パンは食べ放題。飲み物は香茶が用意してありますが、サンドラが淹れてくれたものの方が何倍も美味しいです。

 アリスタちゃんは、いつもお世話をしてくれるメーナさんの影響で、やたらと食べます。メーナさんが自分基準で配膳するものですから、それはそれはたくさんお食べになられます。

 並の伯爵令嬢ではぷくぷくにふくよかな身体になってしまうところですが、騎士団の厳しい訓練のために引き締まった素晴らしいプロポーションを維持しております。

 というか、十三歳というまだまだ身体が出来上がっていない時期に、これだけ人を惹きつける体型をしているあたり、アリスタちゃんの将来が恐ろしいです。

 コリンちゃんも体の大きさの割によく食べます。しかしアリスタちゃんほどではありません。

 すると、これまたスレンダーなアスリートが出来上がるのです。


 三人娘は普通に食べます。多くも少なくもありません。ただ、コトとカナはもう160cmを超えてきました。そこらの成人女性並の身長です。なんなら生前のしおりんよりも高いです。ついでに言えば、ケイとも並びました。

 線の細さはまだ十三歳ですが、とにかく目を惹かれることには違いありません。


 お昼休みは教室で一休み。ただ、お仕事は続けます。目を瞑っていても作業できるのは、あまりよろしくないかもしれませんね。


 午後の授業は実技になることが多いです。

 今日は一単元分の時間で魔法の実技と護身術の実技です。男子は剣術、護身術ですね。


 五人ともイキイキしています。

 ただ、五人のレベルが他の生徒と違いすぎて、この五人のグループとしか訓練できないのは寂しいですね。

 普通の学院一年生が、アリスタちゃんの連射を弾いていったり、コリンちゃんの動きを止められたりできる訳がありません。

 護身術なんて、男子も一緒の時があります。中には剣技を得意だと公言して憚らないものもいました。

 しかし、五人には掠りすらしませんでした。

 手加減抜きの全力で木剣を振り回しても、コリンちゃんどころかアリスタちゃんにもかすらないのです。

 双方木剣を持って対峙しても、気がついたら首に剣が押しつけられています。

 あ、指導に来ている剣術指南の先生がカナに足捌きを教わっています。

 この先生は王城で騎士団にも指南している先生なので、王城ではよく見る光景だったりします。


 午前二単元、午後一単元。これが一日の授業です。一単元九十分なので、合計四時間半ですね。

 これですと、十二歳、十三歳には長すぎて集中力が持ちません。ですので、途中に十分程度の休憩を入れることも少なくありません。今日も午前の授業は休憩時間がありました。

 その間もうーんうーんと悩んで詩を作っていたコトは、とても真面目な少女です。

 出来がいいとは言いませんが。

 午後の授業は順番待ちの時間があるので、休憩なしで行われました。

 三人プラス二人はほぼノンストップで動いてましたが、最後まで息を切らせることすらありませんでした。鍛え方が違います。

 

 午後の授業が終りましたら帰宅です。アリスタちゃんとコリンちゃんは騎士寮へまっすぐ帰り、そのまま騎士の訓練に合流することが多いです。

 三人娘は学院に入ってからは、帰りにロマーノの家に寄ることが多くなりました。

 以前はケイが王城に来ていたのですが、学院は王城よりもロマーノの家に近いのです。

 これでは『来てくれ』とは言いづらいでしょう。『だから寄るのよっ!』とかコトの談です。


 ロマーノ邸では飛行機を作ったり、飛行機談義したり、飛行機の操縦を習ったり飛行機を……

 ケイの趣味が爆発してしまいました。

 こんなことでは他に女の子が寄ってこないと思っていたのに、サンディさんがガッツリ居座っております。もう、おん年八十歳のはずですが、ここに来て急激に若返りつつあります。

 この調子ですと、ケイを相手に再婚狙い? とか思ってしまいますが……

『あー、うん、まぁ……』

 って、そうなのですっ⁉︎

 え? リンダとポーリー公認? え?


 こほん……失礼いたしました。あまりの衝撃で言葉遣いが乱れてしまい……


 いや、驚きますよね?


 こんなのコトが知ったら……狂信者が増えたと喜びの舞を踊ってますね。なんだかなあ、もう……


 さて、ロマーノ邸訪問が終わったらお城に帰ります。

 ここから車で二十分。もう外は暗くなってきています。

 車の前照灯にはとても苦労しています。今の所魔石を使ったランプを使っていますが、明るさを揃えるのが大変だったのです。

 最近こそ安定した品質で生産できるようになりましたが、初期の頃は不良品も多く大変でした。


 お城についたら、お母さま達に帰宅の挨拶に回ります。

 と言ってもパトリシアお母さまは大抵お仕事でお留守です。

 エレクトラお母さまは城内のどこかでお仕事してるので、見つけられたらご挨拶ですね。

 レベッカお母さまはレベッカ小宮にいらっしゃるので、こちらには欠かさず顔を出します。


 続いておじいさまおばあさまに……こちらもお忙しいお方なのですが、極力お顔を見に伺います。


 普通のご令嬢でしたらここから花嫁修行なのですが、この三人はお仕事のお時間ですね。子供部屋で新たな悪巧……事業展開を計画します。

 今、盛んにやっているのは超音速機の改良と、冒険者ギルド開設のための準備、ブルドーザーやショベルカーのような重機類の開発です。

 ただ、まだまだ大きめの機械を動かすためには魔石が足りなくて、開発が滞っています。

 やはり、大きな人工魔石の製造が待ち望まれています。


 あ、そろそろお夕飯のお時間ですね。

 三人とも着飾ります。お夕飯の時は、おじいさまおばあさまにおねだりをする、最高のタイミングなのです。

 精一杯可愛らしくして、食堂に向かいます。

 今日は王都飛行場の舗装工事のおねだりです。実は地味に全国に飛行場が増え始めているのですが、いまだに全てが未舗装の飛行場なのです。

 やはりこれから高速輸送の時代を迎えるためには、飛行場の舗装は必須だと思われます。

 たどり着いた飛行場が雨のために着陸できないケースも増えており、このままだと事故が起きるのも時間の問題と思われます。

 今日の夕食できっと予算をぶん取りますわ。


 夕食は子魔獣のステーキでした。大変美味しゅうございました。


 夕食が終わったら湯浴みです。小宮にもお風呂はあるのですが、やはり大浴場が気持ちいいのです。みんなで騎士棟女子寮へ向かい、アリコリメーナさんもお誘いしてお風呂に参りましょう。

 サンドラ、マリー、エスメラルダ、メーナと、四名の使用人も一緒に裸のお付き合いです。

 九人でまとまって入っても余裕の広さは、とても気持ちが良いですね。

 ほらほらカナさん、泳いじゃダメですよ。


 お風呂を上がると、風魔法で温風を作り髪を乾かします。

 そういえば、生活魔法を普通に使ってるシーンは初めて出てきたかもしれません。

 今まで、生活魔法といえば足引っ掛けて転ばせたり、心臓にバチバチやったりするだけの危ない魔法になりつつありましたから。


 み ん な お 前 ら の せ い だ わ 。


 いけないいけない、危うく言葉遣いが荒くなってしまうところでした。


 お風呂をあがれば一日もおわり、明日の準備の宿題は済ませましたか? あ、そんなの二分で終わりますか、そうですか。


 さて、ではいよいよ就寝……ん? イーグルの足廻りに気になるところが? 設計図見直し? スクリーン広げて、二枚三枚四枚と……あの、もうお休みの時間ですが……え? これ終わるまで寝ない? もうお子様は寝る時間ですが……あの、もしもし?


 こうして、子ども達の学生生活は営まれていきます。

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