第83話  幼年学校卒業 三人娘編

 三人娘が幼年学校に入って六年。ついに卒業することになる。

 幼年学校の六年間、本当に色々なことがあった。いや、色々なことをやらかした。

 三歩歩くとトラブルにぶつかる。違う。三歩歩くとトラブルを巻き起こす。でも、直接会った人で三人を恨む人はほぼいなかった。

 怖がる人は沢山いたが……


 三人が卒業することで先生方も……これは、大喜びであろう。

 ただ、まだシャルロットが残っているのが気になる。


 アリスタちゃんとコリンちゃんの卒業は、泣く人が多そうだ。この二人がいなかったら、三人娘の暴れ方はもっとひどくなっていたかもしれないと思うと、先生方も別れを惜しむレベルである。


 というわけで、当然だが卒業生挨拶はアリスタちゃんがすることになる。

 カナが普通の姫君なら、カナだったのだが。


 三年前の事件があったので、王族の参列はしないことになっている。

 代わりにすでに王族から離れているセレナが出席……学校側からセレナはやめてくれないか? との打診があった。

 ということで、三人娘には保護者がつかず、勝手に卒業しなさい……らしい。

「酷くない? わたしら、これはグレても良いよね?」

 そこらの愚連隊の方がまだ安心感高いとか言われてますよ?


 アリスタちゃんのウチ伯爵家、コリンちゃんのボルドリー伯爵家は普通にご両親が見えられるとのことで、二人とも喜んでいる。

 ちなみに、この両家にはすでに自動車が納入されているが、道の整備が追いついていないので活躍の場面がまだまだ少ないと嘆いているようだ。

 整備は、工場と整備士を自前で持つことで解決する。さすが貴族家である。

 厩と馬丁を何人も抱えてるのと変わらないと言ってしまえばその通りなのだが……


 結局、国一番の都市ラツィオまで行き、ラツィオ中央飛行場から飛行機で王都へやってくることになった様だ。

 これで、片道十五日以上かかっていた時間が、三、四日ほどまでに短縮できるとか。

 飛行機が本当に実用段階に入って来たことが実感できた。

 これを聞いたケイが満面の笑顔を浮かべ、それを見ていたリンダとポーリーが尊死した……と聞いたコトが、すごく羨ましがっている。何それわたしも見たい神の満面の笑顔をわたしも尊死する。

 いや、ダメだろ。リンダとポーリーもちゃんと蘇生したよ?


 卒業式まであと十日ほど、王都には続々と貴族が集まってくる。

 卒業式から一月半後には、今度は学院の入学式がある。そのため、この間二ヶ月近く王都に滞在する貴族家も出てくる。

 王都にある貴族街は活況を呈し、商売人はここぞとばかりに売り込みにかかる。

 おりからの好景気にも煽られ、王都の経済活動は最高潮を迎えていた。


「ちょっと経済活動がヒートしすぎてるなぁ」

「危ないですねぇ」

 カナとしおりんが少々心配している様だ。しかし、幼年学校の児童に何ができるわけでもない。

「まぁ、金貸しがこれ幸いと金利あげまくってるから、ブレーキはかかると思うんだけどねぇ」

 まともな金融法なんかもないので、正直ぼったくりの金貸ししかいない。

 いわゆる『トイチ』ですら、まだ良心的な業者なのだ。


 この辺の整備にも手を出したいところだが

「手を広げすぎても、どうにもならないし……」ということで、財務省のお偉方にいる子飼いを教育している最中だ。

 財務省のお偉方。そう、副財務大臣 第二王子ステファノ・カッシーニである。

 

 先日、ロマーノ男爵を陥れようとした二人の女性を全力で救ったしおりん。

 ステファノ半分洗脳しようとしたのに何故? との疑問が大人たちの間で広がっていた。

 ただ、しおりん側から見たらきちんと違いがあるのだ。


 ステファノは自らが主体で動いていた。コトとカナにも手を出そうとした。

 ミスリル鉱山の利権が弱くなったのはしおりんがミスリルの盾を宝物庫で見つけたせいかもしれないが、その分の埋め合わせは今、教育という形で返済しているつもりだ。

 しおりんが授業をすると、それはとてもとても幸せそうに微笑みながら受講してくれる。

 しかも、とても優秀なのだ。ノエミの血を引いているのは伊達ではないらしい。

 教えたことはその場で吸収し、疑問点、不明点は自分でまとめ上げ、三人娘に聞く前に大臣補佐官や学院の教員、更に上位の研究機関である大学院の研究職にまで意見を求めに行く。

 この学習を学院時代からやっていたら、おそらくステファノが王太子に指名されていたであろう。


 お姉さん二人は、そのまま王宮や東宮で使うわけにもいかないので、こちらも教育中だ。

 王女近衛、宮廷魔導士団、侍女教導室と、三箇所で扱かれて大変なことになっているらしい。

 ……あ〜れ〜……

 

 訓練計画を立ててるのが、あの『幸田詩琳』だったのが運の尽きかもしれない。


 今更だが、お姉さん方のお名前は

 マリー・トランピオさん 二十二歳

 エスメラルダ・ライアットさん 二十歳

 お二人とも男爵令嬢だったそうだ。


 祖国ビルバオ王国はカッシーニの手で王室がなくなり、ビルバオ共和国として共和制貴族主義という難しい政治形態に変わっていっている。

 徐々に貴族も減らし、将来的には完全な共和性を目指すそうだが、きっとどこかで頓挫するであろう。

 封建主義はいつかは崩壊すると思われるが、今はまだ無理だ。何よりもエネルギーが足りなすぎる。

 やはり化石燃料が一切ないという状況は、世界のあり方を根本から変えてしまうのだろう。


         ♦︎


 いよいよ卒業式になる。この学校で出会ったアリスタちゃん、コリンちゃんはきっと一生を共にする友人になるだろう。

 彼女達は臣下だと言い張るかもしれないが、わたし達にとっては友人だ。それも大親友だ。なんなら嫁にもらってもゲフンゲフン


 そんなこと言ったら、ほんとに嫁になるとか言い出すからやめてください。百合タグついてないんですから。


 三つ年下のシャルロット。将来わたし達の妹になる筈の娘。三年間で随分育ちました。能力も桁違いですが、見た目の育ち方もすごいです。美少女度がどんどん上がっていきます。もうルイージになんてもったいないです。なんならわたし達が嫁にもらってもゲフンゲフン


 だからやめいっ!


 そのルイージも素直に育ってくれた。当初はあれだけ問題を抱えていたシャルロットとルイージが、とても良い弟妹になってくれて本当に嬉しい。願わくば、わたし達が卒業した後の幼年学校を導いて行ってくれると嬉しいのだが。


 いや、あなた方、ミリも導いてませんよね?荒らすだけ荒らして。


 そのほかの友達も……ほかの友達も……ほかの友達? えーと? 最初にしおりんが殺虫パンチで潰した侯爵の子とか?


 それは多分友達ではない。素直に友達少なかったこと認めなさい。


 と、とにかくわたし達は明日、卒業式を迎える。代表挨拶はアリスタちゃんが担当するらしい。優秀だもんなぁ、アリスタちゃん。


          ♦︎


 いよいよ卒業式の朝が来た。

 三人娘はそれぞれ自室で目覚めると、自分でゴソゴソと着替え始める。

 三人とも高位貴族以上の立場である。通常の貴族令嬢なら、朝は二人以上のメイドが張り付き、髪のセット、着替え、洗顔、全て任せきりになるところだが……


「そんな面倒なことしてらんないわよ」

 とまぁ、そんな感じでバタバタとする。


 可哀想なのはサンドラである。

 この三人に着いていける侍女は、サンドラしかいない。ただでさえ面倒な娘が三人。倍率ドンで三倍速で動かなければならない。

 いっそ、侍女服を赤くしてやろうか? と思ったりするレベルだ。

 マリーさんとエスメラルダさんの侍女デビューを、一番心待ちにしているのはサンドラかもしれない。


 制服の上着を着る前に朝食を戴く。

 あまり時間は取れないので、ハムエッグとサラダで済ませた。卵はサニーサイドアップだ。

 この国の料理としてはターンオーバーが主流らしいが、ここは日本人としては譲れないところだろう。


 食後の歯磨きをして、制服を着る。

 と言っても、割とゆったりしたローブなので着るのは簡単である。

 来月から通う学院の制服はかなり凝っているものなので、もう少し時間を取らないとならないかもしれない。学校も遠くなることだし。


 三人それぞれほかの人を点検して、さぁ、準備万端整った。

 通学は自動車である。今日の運転は王女近衛団長自らがハンドルを握った。

 後席に三人とサンドラ、四人が二列で乗り込む。流石に全席前向きシートだ。シートベルトもヘッドレストもきちんと装備されている。

 なんならチャイルドシートもあるが、三人ともすでにそのサイズは超えた。


「ただ、この頭部後傾抑止装置の高さ合わせがさ、ちょっと面倒なのよね。クリック式にしたいです」

 しおりん、言い回しがいちいちおかしいって。ヘッドレストで良いじゃん……


 警護のオートバイも揃って、いざ出陣。

 と言っても、東宮から幼年学校までは、車でほんの五分である。

 なんなら歩いても行ける。というか回り道しない分、歩いた方が距離は圧倒的に近い。


 校門前はいつにも増して混み合っていた。父兄が別の馬車に乗って、更にそれに護衛の馬がついたりすると交通量が莫大になる。

 三人の乗った自動車も、その渋滞に巻き込まれて学校から二ブロック手前で動かなくなった。


「いいわ、ここからは警護のオートバイの後ろに乗ります」

 突然の指示でも慌てず騒がず対応する近衛たち。普段から姫さまの無茶振りに慣らされているのだ。大したものだ。


 三人だけなら、もう飛んでっちゃおうかとも思ったが、サンドラ置いていくのも可哀想だし……と急遽決めたタンデム走行。

 オフロード仕様の高いリヤシートによじ登り、さぁさイケイケゴーゴーと拳を振り上げる。

 完全にわがまま娘になっているが、まぁ卒業式だし。思い出作りの一環とでも思えば……

 いや、普段からこんなもんだな。この娘達は。


 校門前でオートバイから降りる。

 無駄にバク宙とかしながら降りてくるカナ。やんややんやの喝采を浴びている。

 でも、友達いないのよね……


「コトさま、カナさま、しおりんさま、おはようございます」

 アリスタちゃんの声だ。振り返るとご両親と並んで歩いて来たようだ。

 騎士棟女子寮からここまでも徒歩で充分来られる距離だ。アリスタちゃんもコリンちゃんも今は女子寮で生活しているため、昨日はご両親もお泊まりになったのであろう。

 貴族の挨拶をしようとするご両親を手の動きで止め、ではまた後ほど……と講堂方面へとご両親を誘導する。

 卒業生は一度教室に集まって、最後のホームルームを行ってからの式典だ。


 まぁ、今このクラスにいる人はほぼ全員、そのまま学院生になるわけだから感慨も何もないが……


「では、みなさん、講堂へ向かいます。講堂にはすでに下級生全員と御父兄の方がお待ちになっています。恥ずかしくない様、綺麗な隊列でお願いいたします」

 担任の先導で講堂へ向かう。並びはアルファベット順の二列縦隊。キャナリィは前の方、カテリーナは中列、シャイリーンは後ろの方。この三人がばらけると、間の人たちが大抵不幸になるのであまり歓迎されない。


         ♦︎


「卒業生、入場」

 アナウンスが入り、扉が開く。

 いよいよ卒業生が見えられるのだ。ということは、お姉さま方が本当に卒業してしまうということで……


 シャルロットはお姉さま方のいない幼年学校で、うまく立ち回っていける自信がなかった。

 今、わたしが自信を持って生きていけるのは、全てお姉さま方の指導があったからこそだ。

 ただ強がっていただけの王妃候補だったわたしでは無い、今のわたしの自信の源。わたしを救ってくれた救世主。そのお姉さま方と三年間も離れなければならないなんて……そんなの無理。できない。

 シャルロットの頬に涙が流れ落ちる。普段、泣いているところなんて想像もされないようなシャルロットが泣いていた。


 ルイージはしおりんお姉さまのいない世界なんて想像もできなかった。

 しおりんお姉さまは世界を照らしてくれる。しおりんお姉さまがいれば世界は平和になる。

 しおりんお姉さまがいれば……


 卒業生が着席した。

 ここから、来賓挨拶、校長挨拶、そして在校生代表の挨拶。


「卒業生代表 アリスタ・ウチ!」

「はいっ!」

 アリスタちゃんが演台に上がっていく。くるりとふりかえり、そして声を出す。

「本日はわたくしどもの卒業式にご参列いただき、ありがとうございます」


 って、拡声魔法使ってるよ、おい。みんなめちゃくちゃ驚いている。

 拡声魔法は特殊な魔法だ。範囲内にいる人には、どこにいたとしても同じ音量で音が届く。遠いと聞き取りづらいとか、近いとうるさいとか、そんな不便なことは無い。

 遠いと音が遅れるとか、そんなことも無い。マイクロマシンさんが上手いことやって、蝸牛かぎゅうに直接電気を流しているのだ。

 なので、稀に耳が不自由な方でも音が聞き取れたりもする。

 この原理を使って補聴器なども考えているが、小さい機械は安定した性能を出すのが難しく、難航している。


「……今までありがとうございました。在校生のみなさん、これからの王立幼年学校をよろしくお願いします」

 アリスタちゃんの挨拶が終わった。

 次は卒業証書授与。そして閉会だ。


「卒業証書授与。アダム・スミス」

「はいっ!」


 出席番号順に一人ずつ呼ばれる。


「アリスタ・ウチ」

 はいっ!

 アリスタちゃんは出席番号二番である。

 

 我らが姫の順番が来た。

「キャナリィ・カッシーニ」

「はいっ!」

 父兄席から『おお!』の様などよめきが上がる。

 あれが……とか

 王室預かりの……とか

 魔王……とか


 いや、最後のこらっ!


 そのまま、カテリーナ・マデルノとかシャイリーン・リットリーとか、誰も覚えてないような名前を呼ばれて、全員無事に卒業証書を受け取ることができた。


 在校生の方から割としっかりとした泣き声が聞こえてくる。あら珍しや、シャルロットがわんわんと泣いていた。

 すぐ飛んでいってなでなでしてやりたいけど、それやったらシャルロットのためにもならんしなぁ。


 よし、声だけかけるか。


「シャルロット、後を頼みます。三年後、学院でお待ちしてますわね」

 って、カナっ! それ拡声魔法使っちゃってるっ! 全員ガッツリシャルロット見てるっ!


「あーあ、これはシャルロット、後が大変そうだね」

 コトが他人事のようにつぶやく。

「まぁ、バックに王室預かりがいることをアピールしてますし、大丈夫じゃないですか?」

 割と楽観的なしおりん。

 ただ、しおりんはこの手の予測を得意としてるので、大丈夫なのかもしれない。


 最後まで周囲を騒がせながらも、ついに三人娘が幼年学校を卒業した。

 先生方は今日は宴会であろう。


 六年間。

 この世界に生まれてからの人生の半分を過ごした場所。

 三人が再会したのが五歳の誕生日。それからの人生のほとんどは幼年学校と共に……共……

 それ以外の場所で暴れすぎて、幼年学校ならではのイベントがほとんどなくない?

 遠足ネタとか運動会ネタとか、ひとつも出てこなかった気がする。

 だから友達少ないのかもしれない。


 でも、無事に卒業できた。来月からは王立学院だ。なんだったらタイトルに『幼年学校編 完』とか入れて、次回から第二部とかにしても良いぐらいの区切りのはずだ。


 マリーとエスメラルダの世話をするために、仕事を休みまくっていたツケがくる。

 区切りなんてつけてる場合じゃない。とっとと次の仕事を進めなければ……ああ、お兄ちゃんを超音速で飛ばすための準備も進めないと。ブラスレン帝国に飛行場作ったりもしたいし、わたしらもそろそろ飛行機のライセンス取りたいし、新しい魔法の開発もしたいしああもう、時間が足りな過ぎる!


 三人組の活躍は、まだまだ続きます。


 ケイの活躍? ケイは爆発しろっ!

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