第82話  ハニートラップ

 三人娘はいくつもの事件を起こし、何人もの人々の運命を変え、王国の発展の大きな足掛かりを作って来た。


 この、山脈に守られただけの地政学的にあまり価値のなかった土地を、大陸有数の文明国へと進歩させたその手腕は、国内ではもう知らない人が…………まだ沢山いるな。

 国は王室預かりのことは国中に周知していた。しかし飛行機や自動車、動力船の技術開発などは、ある貴族家が中心となってまとめている国営企業が行っていたことにしてある。

 ロマーノ家。極東から渡って来た小さな新興貴族。極東の鍛治技術を応用し、従来にない『魔導エンジン』なる動力源を生み出したとされる。


 当然、この技術の存在を知った国々から、盛んにアプローチを受けることになる。

 幸い、隣の帝国については子供達の活躍で話がついているが、海の向こうの南大陸や西方諸国などから次々と面会依頼が舞い込んできた。


「はぁ、めんどくぇ……」

 ロマーノ男爵ランベルトは、心の底から搾り出す様に愚痴る。

 そりゃそうだ。とにかくハンマーカンカンしてるのが好きなのだ。

 魔導エンジン? 俺はそんなもんには関わってないぞ。そりゃ技術的に行き詰まったケイオニクスにアドバイスしたり、部品の製造したりはしていたが、あれがどうやって動いているのかなんてさっぱりわからん。運転の仕方も知らん。そんなもんケイオニクスかセレナに聞いてくれ。


 西方諸国のなんちゃらという国から来た某かを適当に追い払い、鍛冶場に戻る。

「あー、今日は憂さ晴らしで飲みにいくぞ。当番以外はついてこい。当番は土産買ってくるから勘弁な」


 こうして、今夜は王都に繰り出すことが決まった。


 正直、今のロマーノ家はお金には困っていない。むしろ稼ぎが大きすぎて困るレベルだ。

 大体、機体価格の一割程度は実利が出ている。

 そうすると、輸送機一機売れれば金貨五千枚は利益が出ることになる。

 複座の高速機で千枚、ターボプロップでも五百枚にはなる。

 車だってオートバイだってお金になる。正直、もうこれ以上あっても困るのだが、無償で働くわけにもいかない。


 なので、たまに街に出た時ぐらいはパァッと使う。

 王都にも繁華街はあり、さらに花街もある。

 花街近くのバーで散々飲み食いしたあと、若い衆は花街に消えていった。

 ランベルトは工場長のパルボランと飲み直しだ。近くの高級店に移動し、割と強めの蒸留酒を頼む。

 パルボランはひたすら林檎酒シードルを頼んでいる。この男はこれが大好物らしい。

 パルボランに、今日来た使節との面倒なやり取りを愚痴っていたところに、女性二人連れが声をかけて来た。

「あははぁ、こっちのお兄さんは何飲んでるのかなぁ?」

「可愛い、シードルだわ。わたしにも下さらない?」

「ああ、素敵な筋肉……すごく鍛えてらっしゃるのね……」


 すごく不自然である。あからさまに不自然。こんな時、どうなるのか……


 ロマーノ男爵は、ただの男爵だ。しかし、ただの男爵ではない。

『何言っちゃってんの?こいつ』

 と思った方、ちょっと待ってください。


 ロマーノ家は現在、王国での最重要戦略兵器として扱われている。存在そのものが戦略兵器なのだ。当然、下っ端従業員レベルにまで監視がついている。

 男爵本人には、護衛も含めて五人が張り付いている。

 寄って来たお姉様方二人は、あっという間に拘束されて連れて行かれた。

 そう、飲み屋にはせっかくの美味しそうなハプニングから取り残された男二人が、寂しそうにグラスを傾けている姿だけが残されている。

「ランベルト様、寂しいですなぁ」

「でも、あのまま流されてたら、セレナに折檻されるぞ」

「せ、セレナ様の折檻は激しそうですな」

「ああ、飛行機から逆さ吊りにされるかもしれん」

 多分、そんな危険なことはしない。やったらケイに怒られる。ケイは危険行為にはめちゃくちゃ厳しいのだ。


「さっきのはやっぱり昼間の?」

「おそらくそうだろう。昼間の国からの間者だと思う」

「割といい女でしたよねぇ」

「そりゃ、いい女の方が成功率高いんだろ。ただし、大根役者だったけどな」

「あからさまに怪しかったですしね……」

 これが帝国あたりのハニートラップだと、もう本当に自然に恋に落ちるレベルで落とされるらしい。話に聞いただけだが。

 西方諸国は、このカッシーニよりも小さな国々の集まりである。下手するとこの王都よりも狭い国も、幾つもある。

 それらの国々も生き残りをかけて戦っているのであろう。

 先ほどの女性たちも、小さな国を助けようと必死だったのかもしれない。そんなことを考えつつ、杯を重ねた。


          ♦︎


 ロマーノ男爵にハニートラップをかけようとした二人の女性は、騎士団に捕まった後、すぐに服毒しようとした。

 しかし、ここはカッシーニ。服毒前に昏倒させられ、即座に騎士団地下の収容施設にて尋問を受けることになった。

 尋問担当は女性騎士である。


 女性騎士。普通の国の女性騎士しか知らない女は、これを侮った。

 しかし、ここはカッシーニ。抵抗前に昏倒させられ、即座に目を覚まさせられる。

 何か抵抗しようものなら、即座にビリビリ。何度も何度も意識を失い、その度に覚醒させられる。

 何度も失禁させられ、自らの汚物の中に倒れ込み、それでも許されず尋問が続く。


 気がつくと、女性騎士の姿が見えるとすぐに喋り出す様になっていた。

 これではもう国には帰れない。しかし国には家族が残されている。家族を人質に取られ、失敗したら国のために死ねと言われて送り出された。

 だから私たちを殺してほしい……そう願った。


「ふむ。それは許せんやり口じゃな。なんとかしてやりたいが……」

 国王の元まで話が行った。

 しかし、他国に攻め込むわけにもいかず、手詰まりになる。


「という話を聞いて来ました」

 面倒な奴らに話が伝わってしまった。

「とりあえずそのお姉さん方に話を聞きましょう」


 即座に動くしおりん。実はしおりん、ハニトラが好きじゃない。自分はたまたまやらずに済んでいたが、同僚の中にはそのための要員もいたのだ。そして、あまり嬉しくない話も色々聞いていた。


 彼女達が収監されている場所は騎士団棟地下。騎士団棟なら行き慣れた場所だ。

 担当は第二騎士団、王都警備部である。

 雰囲気としては警視庁? 人数も第一より相当多いらしい。

 すぐに会いに行っても警備の人に追い払われる可能性もあるので、まずは王女近衛のディートリッドに相談してみる。

「あ、ではわたくしがエスコートいたします」

 軽いな、このタカラヅカ美人。話早くていいんだけどさ。

 三人揃ってディートリッドに付いていき、騎士団棟の地下入り口の守衛に声をかける。

「王女近衛のバルボーンだ。王室預かりによる棟内検閲中である!」

 王室預かり。国内随一のアンタッチャブル。触るな危険。巻き込まれるぞ。

「お通りください」

 いいのかよっ!

「だって怖いし」

 その発言騎士団としてどうなのっ⁉︎


「通れたから良いんだけど、良いのかなぁ」

 魔導の明かりに照らされた廊下を歩きながらカナが言う。

 ここの明かりは魔石を使った長時間型ではなく、ライトの魔法を定期的にかけて回る旧来の方式である。

 これによって、定期巡回が行われていることが確認できるのだ。


「この次の角の左手の独房になります。もう一人は一つ飛ばしてその次です」

 プンと汚物の臭いが漂って来た。物音はしない。

 扉に付いている小扉を開けた。臭いがキツくなる。

「あー……ビリビリきたのー。ビリビリしてくれたら、おはなしするから、ビリビリしてー」

 !

 しおりんが激しく反応する。

「ライト」

 房内が照らし出され、そこには……


「王室預かり権限で二名をこちらで預かります。関係各所に連絡を。王室側にはこちらから通達します。王宮内に治療もできる房を作ります。作成も王室預かりが行います」

 

 ディートリッドが上に駆け上がる。しおりんは王に説明するため執務室へ。カナとコトは収監設備を作るために王宮と東宮の間の広場へと向かった。

 しおりんは前職時代に沢山のスパイの末路を見てきた。

 拷問の末に殺されたものもいれば、気が違ってしまったものもいる。

 そして、今見た二人は後者側だ。

 能動的にスパイ行為を働いたのなら仕方がないともいえる。基本的に、どこの国でもスパイは死刑だ。

 しかし、家族を人質に取られて仕方なくのハニートラップ。それもど素人である。情状酌量の余地はある。

「まだ間に合う、必ず救います」


 王の執務室前、近衛が三人。在室中だ。

「しおりん、入ります!」

 近衛が扉を開けてくれた。室内に入ると、国王がローランドとパトリシアの二人と会談していた。

「陛下! お話があります!」

 極力張りのある声を出す。訓練で培った威圧感ある声が出る。

「し、しおりん、どうしたのだ?」

「先日ロマーノに仕掛けられたスパイ疑惑の女性容疑者二名が、自我崩壊に近い状態に陥っております。あのままですと遠からず完全な廃人となるでしょう。彼女達二人を王室預かりが預かります。以上報告終わり!」

「ち、ちょっと待った。えーと、この間の酒場でロマーノが誘惑されたとかいうあれか?」

「はい、その件です。騎士団による拷問で、ほぼ自己の意思を失っております。彼女達は被害者です。このまま放置するような国ならば、わたしはこの国も滅ぼします」


 何がしおりんの逆鱗に触れたのか、王にはわからなかった。

 第二王子ステファノを『説得』した時、ノリノリで悪役やっていた娘と同一人物とは思えない。

 しかし、これはまさしく国の危機だ。この娘はやると言ったら、やる。


「後で確実な報告をすること。それと、無茶はするな」

「ありがとう、あなたっ……ちゅっ」


 ほっぺにちゅうされた。

 国王のSAN値が下がった。幸福度が上がった。炉利度が上がった。


 すぐさま騎士棟に戻り、王女近衛に指令を出す。二人を移管するために担架の用意をし、受け入れ側の状況も確認した。

 まだ収監房を作る材料が揃っていないので、今日のところは空き部屋の窓を潰し、出入り口を強化した客間に入れることになった。

 しばらくすると、担架に乗せられた二人が、王女近衛の手によって運ばれて来た。

 そのままバスルームに運び込み、服を脱がし、身体を調べながら洗っていく。

 サンドラや王女近衛にも手伝ってもらい、丁寧に洗う。

 二人の表情は抜け落ちており、時折りビクッと震えて身体をくねらせた。


「ごめんね、必ず治してあげるから……」

 必死に洗い、髪を梳き、服を着せた。

 今日はこのまま寝かせてやろうと、神経を鎮め意識野の活動を緩やかにする魔法をかけてゆく。首筋に手を当てていれば難しくはない。


 この日から、三人娘はこの二人にかかりきりになった。

 様々な開発に遅れが出たが、三人は要請に応じず、痺れを切らせた貴族が踏み込んできた時には昏倒させて追い返した。

「わたしら、心を壊すとこまでやってないから」

「責任を取るのは王国であってわたしらじゃない」

 

 そして、二ヶ月が経過した。

 収監された二人は少しずつ表情を見せ始めた。時折り笑い、家族を想って涙することもあった。

 しかし、たまにフラッシュバックするのか、突然ビリビリをねだり始めることがある。まだまだ予断は許さない。

 「あなた達の家族は、必ずわたした達が助け出します。だから貴女たちの家族のことを教えてください。住んでる場所、お仕事、お名前、見た目、全て教えてください」


 彼女達二人は、元々は知らない二人らしい。

 二人とも没落気味の貴族の娘であり、借金をした家のためと言われ、連れ出された。そして、成功報酬が家族の安全であったという……


「その国、無くてもいいよね?」

 しおりんの目が怖い。

「いや、流石にそれはやりすぎよ、しおりん。無辜な国民も沢山いるの。このお姉さん達みたいな。だから、やりすぎちゃダメ。やりすぎない限り、わたしもカナも協力するから」

 コトに諭され、少し落ち着く。しかし、この事件の首謀者に手加減するつもりは一切ない。


「まずお姉さん達の家族の保護。その後、今回の件を大っぴらにして宣戦布告。首謀者と指導者のみを対象に首狩り戦略で一気に決めます」


 怒らせてはいけない人を怒らせた。


「あ、第二の人たちにも指導はしますので覚悟決めとけと、伝えておいてくださいね」

 ディートリッド経由で連絡を入れる。


         ♦︎


 翌月、西方諸国の中の小国、ビルバオ王国が滅んだ。王室は解体され、共和制の政権が立てられた。諜報や警務まで一手に引き受けていた軍部も解体され、首脳陣やこの計画の立案実行組はことごとく処断された。


 王室の未成年は全員王国に連れてこられ、人質とされながらも教育を受けさせることになった。


 一時保護した二人の女性の家族は、本人達の希望により帰国した。王国から、娘二人への精神被害の賠償金と慰謝料を持たせたので借金はなんとかなったであろう。


 そして、二人のお姉様は……


「我が主人あるじ! 我ら二人の命、如何様にもお使いください!」


 どうしてこうなった……頭を抱えるしおりんであった。

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