第84話  王立高等学院 三人娘編

 ついにお兄ちゃんと同じ学校に通えるのねっ!


 って、コトの心の叫びからわかる通り、三人娘が王立高等学院に入学する。


 王立高等学院はカッシーニ王国の全ての貴族子女が通い、貴族として、官僚として働くための教育をする施設である。


 平民にとって、貴族のイメージなど

『自分勝手で我儘で平民の事など何も考えていない自己利益最優先の厄介者』

 あたりだろうか?

 では、実態はどうか?

 こんな貴族ばかりでは、国の運営なんてできるわけがない。


 確かに税率が高く取り立ての厳しい貴族もいたりするが、だいたいどこの貴族も領地運営を適正にするべく尽力している。

 そして、王国側からもそれをサポートするために、領地経営コンサルタントや税務調査官などが全国を渡り歩き、公正で安定した経営ができる様尽力している。


 では、そのコンサルタントや税務調査官はどうやって?

 学院で育てるのだ。見込みのある者を徹底的に教育して、将来の国のため、人民のために働いてもらうのだ。


 これらはエリート中のエリートであり、高額な報酬と栄誉が与えられている。

 三人娘の周りだと、B.J.が元税務調査官である。


 他にも、騎士を目指す少年、魔導士団を目指す少女、家を継ぎ領地経営をする貴族後継者、王室で侍女をして良い嫁ぎ先を探したい次女三女。

 皆結構必死で学業に励む。この六年間で将来が本当に決まってしまう。あとで挽回とか、そんな余裕はない。弱者救済のシステムがほとんどないのだ。

 

 仕事が出来ない傷病者のための炊き出しボランティアや、国と教会がそれぞれ持つ孤児院。そして、新しい事業が次々と生まれている今は職業訓練校があるが、そのぐらいである。

 学生時代を無駄に過ごした貴族の子息など、使い物にならない。そう判断されたら、仕事先がどんどん減っていく。だから、それを理解できるだけの頭がある学生は全力で頑張る。


 まぁ、ケイの全力は飛行機のほうに傾きすぎているので、あまり参考にならないが……

 そのくせ成績がやたら良いから、嫉妬を受けたりもする。リンダ可愛いし。


         ♦︎


 明日はいよいよ入学式だ。

 学院は幼年学校と違い、王都の郊外に近い場所になる。

 魔法や武術などで広い場所が必要になるため、広大な敷地が取りやすい郊外が選ばれた。

 また、学生数も幼年学校の三倍に近く、寮生もとても多くなる。この辺りも学校が広く大きくなる原因であろう。


 通学は自動車通学の予定である。パトリシアの小宮を出てここまで、二十分弱。今までの四倍もの時間が!

『いや、馬車で一時間かけていくのよりずっとマシでしょ』

『帰りに、お兄ちゃんち寄りやすいし!』

 ロマーノの家には割と近い。というか、ロマーノが田舎にあるわけだが。

『プライベート飛行場付きだから最高の環境なんだよ!』

 いや、あそこ国営飛行場なんですが……

 

 明日着る制服の準備も、持っていく書類も、準備万端整った。

 書類なんて、忘れない様にもうアイテムボックスの中だし!

 明日はアリスタちゃんちやコリンちゃんちの分も車を出すので、パレードみたいになるかもしれない。

 雨降らないといいな……せっかくの制服濡らしたくないし……

 三人とも休む部屋は別々だが、似た様なことを考えながら眠りについた。


         ♦︎


 さぁ、待ちに待った入学式! いつもより早めのお目覚めでした。

 朝ごはんを済ませてお着替えを……学校で着替えることも想定しているのか、ちゃんと一人で着替えられる構造の制服になっている。

 ボタン構造で留めるブラウスとか、ブレザーとか……ただ、スカートは長い。七十年代のスケバンかよってぐらい長い。

 女の子は足を見せてはいけません……だそうです。

 緩めのパニエ付きでフワッとしているが、お椅子に座ったりするのは難しくない優れもの。

 しかし

『めちゃくちゃ戦いづらいです』

 先日、試着した時のコリンちゃんの感想である。


 しおりんがコリンちゃんにロングスカートでの闘い方を伝授していった。

「相手から足運びがうまく見えなくなることを利用すると、ゆったりと動くだけでも割と選択肢が広げられるの。良いですか? こんな感じです」

 スススっとしおりんが動く。外から見てるとすごくスムーズに動き回ってる様にしか見えないが、コリンちゃんは凄い勢いでウンウンしている。

「この辺のコツをマスターしてしまえば、またコリンちゃん無双が始まりそうです」

 コリンちゃんは近接戦で、無類の強さを発揮する。無手やナイフ一本と、近接魔法の組み合わせまで使うとしおりんすら圧倒することがある。

 騎士団のメンバー数人がかりでも止めようがないのに、授業の護身術の先生が敵うわけがない。

 実は手加減してるので、そこに攻撃魔法を織り交ぜることすら可能だったりする。


 ただ、魔法の撃ち合いだと、アリスタちゃんに軍配が上がるかもしれない。威力、精度、速度、どれをとっても並ぶものなし。魔法使い最大の弱点、手数問題を完全解消した『任意の場所からの連射』は三人娘にとっても驚異だったりする。


 アリスタちゃんとコリンちゃんが味方で良かった……と、心から感謝している三人であった。


 さて、食事が終わり、お着替えが終わり、出発のお時間です。


 小宮側のエントランスにも車寄せを設えたので、お出かけがとても気楽になった。

 今回も保護者なしの『一人で行ってこい』な方針なので、三人プラスサンドラが車に乗り込む。

 今日も運転はディートリットかと思っていたら、別の士官だった。ディートリッドはウチ家の車を運転してる……って、あんにゃろ、私情を優先しやがった! メーナさんが同乗してるんだな、多分。

 

 さぁ出発時間だ。いつもの様に四隅と前後を囲われた状態で隊列を組んで、学院に向かった。



         ♦︎


 王立高等学院。この国で学院と言えば、王立高等学院のことを指す。たまに学園という人もいるが『学園』とは民間にある貴族以外の学徒が通う高等学園のことであり、『学院』とは一線を画するものだ。

 ただ、学ぶことは国全体で推奨しているため、民間の学校といえど国や領地から大量の補助金は支払われている。


 学院は大きい。王都飛行場から飛び立った飛行機からも目立つ数少ない施設なので、地文航法で飛ぶ時には重要な目印だ。


 車で学院に近づく。門の前にはやはり馬車が並んでいた。

「いいわ、ここからは歩きましょう。車止めてくださる?」

 カナが指示をだした。

 車を止めた運転手が、ぐるっと回り込んで扉を開けてくれた。

「ありがとう。帰りもよろしくね」

 にっこり笑いかけ運転手を蕩けさせたあと、サンドラに向き直る。

「サンドラ、送ってくれてありがとね。じゃ、戻る前には連絡入れるわ」

 今では、オペレーティングマジック系の魔法持ちは全員、ステータスカード……ギルドカードっぽいものを持たされ、いつでも連絡が取れる様になっていた。

 きっと、この機能もハンターの生存率に寄与するであろう。

『冒険者です』

 え?

『冒険者の生存率です』

 いや、ハンターギルドに所属して……

『いつか冒険者ギルドに書き換えて見せます。彼らは冒険者です』

 ハンターとアドベンチャラーってそんなにこだわる部分なの?

『部分です』

 しおりんが怖い。


「しおりん、ナレーションと会話してると置いてくよ〜」

「はーい、今行きますー」

 三人揃ってちゃんと歩き出した。いきなり飛んだりしない。だって常識人だから。


「ごきげんよう」

「カナさまコトさましおりんさま、ごきげんよう」

 三人ともきちんとお姫様の教育も受けている。

 普段の言葉遣いがアレ過ぎて今ひとつ信頼感がないが……

「お嬢言葉、使うかぁ」

「そだね。目立たないためにも必要だね」

「まぁ、目立たなくなることは、ないと思いますけどね」


 新入生向けの案内看板に沿って講堂に向かう。

「うは、おっきい! ……ああ、大きな」

「これは、壮観だわ……ですわ」

 ダメだ。


「でも、これは大きいですわねぇ。さすがは学院ですわ」

 しおりんはなかなか上手である。やはりこれも内調が絡んでいるのであろうか。

『その辺は教育されましたわね』

 内調……内閣調査室って、ほんとなんでも教えてくれるな。


 幼年学校は全校児童数五百人程度だったが、こちらの学員は千五百人近い生徒が在籍している。

 三人娘の学年も、幼年学校では八十四人だったのが、ここでは二百四十五人。ほぼ三倍だ。

 国内にいる世襲貴族家の子息令嬢は、学院に通うことが義務付けられている。

 教育を受ける権利ではなく、義務だ。

 もしも通わなければ貴族としての特権を失うため、余程のことがない限りは通わなければならない。その代わり、家督を継がないものでもその代に限りは貴族として取り扱われるのだ。


 新入学生のうち半数以上が、直接三人娘の被害に遭ったことがない。

 そして、皆十二歳、誕生日を超えていれば十三歳の者もいる。厨二病の発症期に差し掛かっているのだ。

 無駄に膨らむ全能感。アンタッチャブルチルドレンに対する認識の不足。更に……


「あの女……必ず復讐してやる……」

 六年前、しおりんに殺虫パンチを喰らった侯爵の長男がいた。


 彼は王立幼年学校を辞めさせられたあと、逃げる様に地元の幼年学校に転校した。

 元々は次期侯爵だった筈が、嫡子を弟に取られた上に田舎に引っ込めさせられ、家の中での扱いも散々なものになった。

 彼はあの時点で王立幼年学校を中退していたため、三人組の非常識さを知らない。

 教育も放置気味になっていたので、世間の情報もアップデートされていない。

 新たに通った地元の幼年学校では、腐っても領主の息子だ。お山の大将ここに極まる。


 そして、六年かけて手駒を集め、田舎の山賊にまで声をかけ、三人娘を虎視眈々と狙っている。

 誰も止めるものがいなかったのか? もう、自分より上位の人間からは注意も払われていなかったため、本当に止める人間がいなかったのだ。


 今日、入学式にはたくさんの父兄が集まる。ならば、金さえかけて装いを整えれば、闘いに長けた手駒を多数潜り込ませることも容易であろう。


 今年は王族の出席がない。

 王族が来ていれば、こんな杜撰な警備になることはなかった。

 しかし、混乱を避けるために王族は来ていない。これが仇となった。


 三人は揃って渡り廊下を進んでいた。周囲の人影が途切れた瞬間に、囲まれた。

「ふはははは、貴様らへの恨みは、ひと時も……」

 ドサドサドサ。

 周囲を取り囲んだ人間が全て倒れた。

 三人を指差し、口上を述べている新入生らしき少年が、口をぱくぱくさせている。


 三人娘が校門に入ったところから、妙な動きをする集団が超センスに引っかかっていた。

 ただ、人数がそこそこ多い。二十名近い。こんなのが暴れ出したら一般生徒やご父兄に被害が出るため、人気の少ない場所に来てもらったのだ。

 案の定襲いかかってきたため、とりあえず対処。主犯と目される少年だけ残してある。

 まだパクパクしてる。アドリブに弱いらしい。


 対処が終わったと判断したのか、近衛の護衛が寄ってきた。

「姫さま、捕縛に移ってよろしいでしょうか?」

「あ、うん、お願い。外に応援の連絡はこっちから入れるから、人は揃うと思う」

 すでにしおりんがディートリッドへと連絡中だ。王女近衛をもう一小隊連れてすぐに来る筈である。


「きっ、きっ、きっ、貴様らぁ!」

 パクパク人が突然叫んだかと思うと、ナイフを片手に駆け寄ってきた。

 三歩で近づいたしおりんが、顔面を掴むと同時に地面に叩きつける……

「あ、この感じ!」

「しおりん、どしたん?」

「この人、幼年学校一年の時にコトを攻撃しようとした不届きものじゃありません?」

 しおりんの右手は記憶を司るらしい。


 その頃には周囲に人が集まり始め、しおりんが殺虫パンチを繰り出したところで辺りに悲鳴が響き渡った。


 時間をおかずに到着した王女近衛が、現場保護と場の収拾を開始し、第二騎士団の出動を要請する。

『なんじゃなんじゃ、何事じゃ』

 と寄ってきたお偉いさんにも、現場上位者として学校封鎖を指示する。

 校内にいるすべての人間を洗い直すためである。当然、入学式は中止となった。

 王宮預かり襲撃。犯罪としてはとても重大なものになる。

 前回はまだ、学校での子供同士の喧嘩としての裁決であった。

 しかし、今回は犯罪者を雇い、武装した集団で王族に牙を剥いたのである。


 大慌てになったのは城の大人たちだ。どうも、良かれと思った王族の不参加が招いた重大事件。しかし王族の不手際を認めるわけにはいかない。となると、責任を取るのはことを起こした本人と、その家である。


 王族襲撃。それこそ、何人もの責任者が処刑される様な事案である。しかし、実行犯がまだ学生であったことから、家の方は責任者たる侯爵の流刑、侯爵家お取り潰しで済んだ。

 また、侯爵の弟が男爵位を持っていたことから領地は男爵領とし、そのまま一族で経営してもらうこととなった。

 子供達が必死に交渉した結果、ここまで温情溢れる裁決に落ち着いた。

 

 ただし、実行した少年には重い判断が下った。

 幼年学校を卒業した時点で、子供時代は終わりなのだ。少年法に守られることがなくなる。子供達が何を言おうと、法は法だ。


 首謀者たる少年は服毒となった。

 その他実行犯は全員公開処刑である。これが中世の正義なのだ。異を唱えることはできない。


「はぁ、異常を感じた時点で全員昏倒させた方が良いのかしら」

「でも、それだと動きが怪しいってだけで倒される人が続出しないかしら?」

「あー、あの偵察隊の……リズムボーイだっけ?」

「ンムワイさんは怪しくないですよぅ」

 しおりん、リズムボーイ大好きっ娘である。

 

「結局、手を出してくるまでは手を出せないかぁ。でも、そしたらその人たちは破滅だよなぁ」

「破滅覚悟で手を出してくるのでしょう。でも、今回みたいに判断力がまだ育っていない子供達が相手だと、やるせませんね……」

「前回の北部国境方面軍の事件も、国のためを思ってやっちゃった面もあったでしょ。あんなのも、やっぱり少しモヤルしねぇ。王族、めんどくさいなぁ」

 しかし、まだ民主制は無理だ。せめて、王室預かり四人全員がいきなりいなくなっても、このレベルの文明を維持できるぐらいになってもらわなければ。


「教育と技術移転、がんばろ」

「うん」

「はい」


 三人の学院生活は、まだ始まってもいない……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る