第80話 アンガスさんとバイオレッタ先生
カッシーニ王国 宮廷魔導士団長 アンガス。
ファミリーネームも何も無い。ただ、アンガスと呼ばれている。
王国史上最強の魔女。二千年、三千年と齢を重ねたエルフに聞いても、アンガスの魔法には敵わないと言われる。
アンガスは、カッシーニ王国北の山脈にある、エルフの集落で生を受けた。
エルフの成人年齢は百歳。それまでは集落の大人達に囲まれ、エルフとしての生き方を学んでゆく。
外見上の人との違いは大きく伸びた耳、そして類稀なる美しさ。
ただし、男性は筋肉があまり肥大したりせず、女性はあまり出るとこがゲフンゲフン。
アンガスは小さな頃から魔法が上手だった。
小さな花を咲かせ、水を浄化し、優しい風を送る。心優しいエルフの娘であった。
しかし、二十を過ぎた頃からあまりにも魔法に傾倒し過ぎていると評価されるようになった。
「せんせー、何でこの魔法は、こっちの呪文と組み合わせないんですか?」
「なんで水の魔法と火の魔法を混ぜちゃいけないんですか?」
「なんで?」「なんで?」
どこかで聞いたことあるような話だな……
しかし、残念ながらアンガスには景に相当する存在がいなかった。仕方がないので一人で探求を始めたが、子供一人ができることなど限られていた。
百を超えると、集落に残るか、他の集落を探しにいくかの二択が与えられる。
だが、アンガスは三つ目の選択肢をとった。人の街へと出ていったのだ。
魔法に関して、エルフは人を明らかに見下していた。下手するとエルフ男性以下の能力しかない人族の女性魔法使い。攻撃魔法を発動させられれば一流扱い。
『そんな魔法弱者の群れの中でお山の大将をするのか?』
そんな具合にバカにされたが、アンガスには目算があった。
エルフにはない魔導へのアプローチ、魔導具。この魔導具の理論から新たな知見を得られれば……そう思い山を降りた。
まず向かったのは広大なブラスレン帝国だ。そこを端から端まで歩いた。さらに隣のソラシア帝国まで歩いていった。魔法の真髄を探して、洋の東西を問わず歩き回った。
独り歩きのはぐれエルフ。
狙ってくださいと言ってるようなものだ。だが、アンガスの実力は、そこらの山賊程度がどうこうできるようなものではない。
壊滅させた山賊団は十や二十では効かない。
貴族にも狙われた。貴族のコレクションに加えられそうになり、潰した貴族も十や二十では効かない。
フラフラと旅をしているうちに、四百年ぐらい経ってしまった。
その間に、帝国同士での大きな戦乱があり、アンガスは故郷の山脈を超え南のカッシーニ王国へ逃れた。
路銀も尽きかけたところで魔導士団が人員募集をしているのに気がつき応募、見事に宮廷魔導士となった。
「ちなみにな、バイオレッタとは、同期だよ」
「何ですとー!」
「実はそうなんです……」
子供部屋での魔法講義のあとの雑談である。
「アンガス団長は当時五百歳近かったですけど、私はまだ十八歳のぴちぴちギャルだったんですよ」
「見た目はあんまり変わらなかっただろ」
「見た目はね。でも、今もそうですけど、時々言い回しが老人っぽくなるんですよね」
「老人言うなっ! まだピッチピチじゃわい!」
「それっ! 今のやつっ!」
「はぅー」
お耳がしょんぼりしている。本当に気持ちを隠せない人である。
カナがアンガスに向き直って聞く。
「エルフで七百歳って、エルフとしてはまだまだ現役ですよね?」
「むしろ若僧扱いされることもあるぞ。多分寿命の三分の一もきてないし」
「バイオレッタ先生、人間で二百歳越えって、かなりヤバいレベルの老人な気がするん……いえ、何でもないです」
バイオレッタの目を見たカナが、途中で言葉を止めた。
「でまぁ、宮廷魔導士歴なんてたかだか二百年しかないわけだ、私ら二人は」
「は、はぁ……」
「そしたら、辞めちゃったって構うまいて。で、ステータス魔法を教えてもらうってことで一つ……」
これは困る。とても困る。多分、この二人が魔導士団を抜けたら宮廷魔導士団は崩壊するだろう。
魔導士団で、この二人の実力が飛び抜け過ぎているのだ。
三人娘とその取り巻きが異常すぎて目立たなくなっているが、元々王国のナンバーワンとナンバーツーなのである。
「ち、ちょっと待ってくださいな。少し相談させてください」
三人は部屋の隅にかたまり、コソコソと相談を始めた。
結局、アンガスさんもバイオレッタ先生も、二人ともただの魔法馬鹿なのだ。飛行機馬鹿とか物理馬鹿と変わらない、魔法馬鹿。だったらもう、身内でいいか……。
「お待たせいたしました」
代表してカナが話し出す。
「アンガスさん、バイオレッタ先生、お二人に確認したいことがあります」
「なんじゃ?」
「わたし達が、もし国と対立したときはどうされますか?」
「そんなもん決まっとろうが」
「やはり国の組織で……」
「以前話した通り、私もバイオレッタも、姫さま方に生涯の忠誠を違っておるのだから、国を潰してでも姫さま方をお守りいたしますぞ」
「おお?お……おぅ……?」
皆もう忘れていると思うが、四十五話『魔導エンジン始動』の時に、絶対の忠誠を誓っているのだ。
三人娘は断った気でいたが、アンガスもバイオレッタも、すでに三人娘の臣下のつもりでいる。
「では、そういうことでしたら、アンガスさんとバイオレッタ先生は今からこちら側の人として扱わせていただきますね」
「わくわく、わくわく」
「ただ、リアルにワクワク言うような怪しい人は要りません」
「わ、悪かったのじゃ……ちょっとしたお茶目なのじゃ」
「あと、のじゃロリ禁止です。って言うか全然ロリく無いし! 完全にお姉さんだし!」
ちなみに、見た目だけで言えば、アンガスが二十歳前、バイオレッタがアラサーってところである。
「あ、それと、魔導士団は辞めちゃダメですよ?」
しおりんが優しく声をかけた。
「きちんと王国を裏から牛耳れるようにしておいてくださいね」
違った。怖い方のしおりんだった。
場が落ち着いた様子を見て、しおりんが魔法陣の用意を始めた。
もう石板という時代でも無いと、ホーローの板を用意している。
丈夫で保存性が高く現代的。ダンジョンの奥に隠しておくには最適である……と、しおりんが頑張って開発した材質。
何が彼女をそこまでラノベ脳にしているのだろう。
「これが……」
「はい、ステータス魔法です。ステータスオープン魔法の上位互換ですね」
ステータスオープン魔法とステータス魔法、名前も機能もとてもよく似ているが、似て非なるものである。
某メーカーのワープロソフトで例えれば
ステータス Word
ステータスオープン Word Pad
ぐらい違う。
ちなみに
スクロール魔法さん Office
ぐらいの勢いで別物だ。
「早速覚えさせてもらっても?」
「どうぞ。いつも通りの手順で覚えられますから」
アンガスさんもバイオレッタ先生も、手元の板をじっと見る。もうインストールは始まっているだろう。
アップデートとはいえほぼ書き換えぐらい違うので、時間はそこそこかかる。
「終わりました」
「ああ、ありがとう姫さま。無事に覚えたようだ」
「一通りのマニュアルは入ってますが、わからないことはなんでも聞いてください。それと、今まで出てた『レベル』の概念は無くなってます」
「レベルってなんじゃったんじゃ?」
「しおりんの趣味です」
「え? ひどくないっ⁉︎」
その後一通り機能を確認し始める二人。
「この、魔法編集機能は凄まじいものだな……」
「魔法って、こんなに細かい要素で成り立ってたのですね。ファイヤーボールが立ち上がるまでにこれだけのことをさせていたとは思いませんでしたわ」
「その部分、呪文だと『火よ』しか言ってないんだよな。その中にそれほどの意味が含まれていたとは……」
「んー、ちょっと違いますねぇ……」
コトが呪文とソースの違いを説明していく。どちらも、マイクロマシンに対する指示なことには違いがない。
しかし、三人娘の魔法は、ステップバイステップ。全ての動作に指示を出している。
従来の魔法は、マイクロマシン群が再現する擬似人格に対し、指示を出した上で『良きにはからえ』とお任せする。
「だから、マイクロマシンが肩代わりしてくれることもいちいち指定してますので、こんな膨大な量になるのです」
「魔力はその、マイクロマシンという何かが作っているのか」
「どちらかというと、魔力とはマイクロマシンそのもののことだと、私たちは考えています。魔力の流れはマイクロマシンの移動であると、そう思って良いかと」
コトが、昨日のダンジョンアタックで手に入れた魔石サンプルを取り出す。
「ただまぁ、この色のせいで訳わからなくなってますけどね……」
流れの違う魔力の通り道に、セットした空の魔石は四十個。そのほとんどが鮮やかな色に染まっている。
大体、青、赤、黄色、緑、紫、橙で分類できるかな?ぐらいだが、更に暗く見えるものもある。
そして、見る角度により色がガラッと変わるものが多い。
試しに魔力を追加で充填したら、あっという間に黒く染まった。というわけで、しおりん登場である。
「スクロール魔法さん、教えてほしいんですけど……」
『はい、何なりと』
お、関係改善してるらしい。やっぱりデートの約束が効いたのかな? いや、魔法とデートとかわけわかんないけど。
「この魔石のサンプルの色の違いって何かしら? マイクロマシンさんの種類とか違うの?」
『マイクロマシンには、大きく機能別に分けて六つの系統があります。細分化すると何万種にもなりますが、同系統なら似たような形状になり、それぞれ配列が決まっています』
「形と配列……構造色?」
構造色。色として存在せず、光の波長に干渉して色づく現象。宝石ならオパールや真珠が代表である。
「こんな透明感のある構造色なんてあるんだ……」
コトが魔石を手に取って、光に透かしながら聞いた。
『ある』
相変わらずコトにはそっけない。
「基本的には散乱するから、光抜けてくるのが不思議……レイリーさんは、ご乱心?」
『青空だって、その向こうは見える』
「あ……」
世界最高峰の物理学者、がんばれ。
「で、こうやって分けて収集できるのはどうしてなのかしら?」
『生体内では一元製造されるマイクロマシンですが、種類別の量産専用製造装置もあります。そのすぐ近くで採取すれば、その様に種類別に分けて保存することも可能です』
ワイワイと皆で相談を始める。
つまり、あれは装置のある場所の違い? でも、下の部屋で混ざって溜まってるんじゃないの? 下で分かれているなら、回収用の穴も分けなきゃいけないの?
「あの、それぞれのマイクロマシンって、役割はそんなに違うんですか?」
『大きく違います。マッチと荷車と黒板ぐらい違います』
「それって、昔言ってたバイオマシンインターフェイス、エネルギー転送インターフェイス、次元管理インターフェイスって奴ですか?」
『それは群体としての機能です』
よくわからないけど色々わかってきた。結局、単種類のマイクロマシンだけでは何もできない、さまざまな機能を持つマイクロマシンが連携して、あの素晴らしい魔法を再現しているということなのだ。
だから
「せっかく色違いの魔石が出てきたのに、属性の概念とか出てきませんでした……」
とか膝をついて嘆いてる美少女は放っておくしかない。
「カナ姫や、しおりん姫はどうしたのかな?」
アンガスさんが不思議そうな顔して、しおりんを眺めている。
「あー、しおりんの……趣味?」
「難解な趣味をされているのぅ……」
「で、結局回収はどうします?混ぜて回収するか分けておくか」
あ、しおりん復活した。
「分ける意味は無いかなぁ。結局、そのままじゃ使えないのよね?」
『使えない。全ては連携である』
「あ、スクロール魔法さん、これ、あとから分けることって可能ですか?」
コトが気がついたように聞いた。
『可能だが、システムの非常に深い部分を制御する必要がある』
結局、三人娘のプログラム型魔法も、群体に対して指示を出しているに過ぎない。一つ一つのマイクロマシンに対しては……対して……対……
「よし、ニーモニック、やろう!」
カナが燃えた。
コトはどちらかというと論理家であり、理論家である。
しおりんは実務型の訓練を受け、実戦の中で腕を磨いたタイプだ。
カナは、一言で言えば天才だ。もう、まごう事なき天才だ。
ヒントはたくさん貰った。動かされるマイクロマシン側からの意見まで貰ってるのだ。これで綺麗に組めなかったら女が廃る。
マシン語レベルでマイクロマシンひとつずつを制御する。実際に手で書くわけでは無いが、それを支援するためのツール開発からは始めようと思う。伊達に
アンガスとバイオレッタは、今まで見たことのない、彼女たちの本気の開発を見て興奮していた。
この娘たち、外では三味線弾いてるのだ。
本気のこの娘たちの動きを見てるだけでも、この娘たちに着いて本当に良かったと思う。
まだ小さな、幼年学校の子供たち。どんなに優秀であっても、手が届く範囲はまだまだ狭い。
私たちは、この娘たちの手となり足となり、全力で支えていこう。
たまーに、魔法のことも教えてもらえると嬉しいな。
そのためならこの体を差し出ピーーーーー以下検閲
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