第77話  王国からの招待状 皇帝編

「正体不明の敵に城に入られた」

 この報告が皇帝ボルスワグ・ダリンド・ブラスレンに届けられてから、間も無く十分。世界最強の帝国騎士団が制圧に向かった筈だが一向に排除の連絡が来ない。魔法師団にも出動を命じた。

 この部屋は近衛兵と魔法師団のエース級団員で固めてあるため心配はないが、一体何人の賊に襲われているのか一切わからない。

 時折り窓から見えるのは、王国の飛行機という奴であろうか。絶え間なく轟々と音が響いてくる。

 となれば王国からの強襲? 首都に直接侵攻できるほどの脅威の兵器なのか?


 皇帝が避難している場所は、謁見の間であった。ここからならばいくつもの逃走経路が確保されており、パニックルームとしての機能も持たされている。水、食料の備蓄。強固な扉。宮殿内で最も安全な部屋だ。

 扉は鋼鉄製、脆弱なヒンジ部には魔法師団の技術の結晶、リフレクトマジックを表面に展開する魔法陣が組み込まれている。更に、今は魔導士が扉の前にもリフレクトマジックが……

『ズドン』

『コンコン、失礼致します』

 声をかけられると同時に、強固なはずの扉が室内側に倒れ込んできた。

「わたくし、カッシーニ王国から親書を……」

 緊張に耐えられなくなった魔導士がファイヤーボールを唱えはじめた。

 その女性の胸元に火の玉が浮かんだ瞬間には、しおりんが対処し終わっている。

 崩れ落ちた女性を見て、激昂した数人の騎士が飛びかかって来ようとして、やはり昏倒する。

「すみません、お話聞いていただけませんか?」

「ええい、何者だっ!」

「もう、だから最初から言おうとしてるのに、ずっと邪魔ばっかりするから……」

 プンスコしながら自己紹介。

「わたくしはカッシーニ王国、国王からの親書を届けにきました。カッシーニ王室預かり、シャイリーン・リットリーでございます。皇帝陛下にあらせられましては……」


 は? 親書? 何言ってんの? 親書じゃなくて侵略でしょ? もうこの部屋の半数は倒されてるとか意味わかんないし。

 あ、隙を見て飛びかかろうとした騎士が三人まとめて倒れた。あれは何が起きてるの? 殺されてるの?

 魔導士がリフレクトマジック張ってくれた、これで一安心って、ノォォォオオオー! 割れるの? リフレクトマジックって、割れるの? 全てを防ぐ最強の盾じゃなかったの?

 何この化け物……だんだん近づいてきて、だ、誰か早くあれをなんとかせんか! 今すぐに排除せいっ!


 周りを固めていた近衛兵が一斉に飛びかかっ……崩れ落ちる。


「あの、皇帝陛下、大丈夫ですか? もう、陛下しか残ってませんけど……」

「な、なんじゃ、何が望みじゃっ! た、頼む、命だけは……」

「何をおっしゃってますの? わたくしはただのカッシーニからの使いですわ。先日いただきましたお手紙のお返事をお持ちしただけですのに」

「………………は?」

「ですから、先日ブラスレン皇帝陛下から王国に頂いたお手紙のお返事をですね」

「で、ではなぜこのような乱暴な事を」

「いえ、いきなり襲いかかってきたので防御しただけです。こんな幼年学校通ってるような子供に、いきなり矢を射かけてきたりファイヤーボール撃ち込んできたり、荒っぽい国ですわね」


 しおりんはスタスタと皇帝の元へと近づき、親書のコピーを手渡す。


「はい、確かにお届けしましたからね。いつお見えになっても、歓迎いたしますわよ。なんでしたら今から飛んでいきますか?」

 ぷるぷるぷるぷる

 威厳も何もなく、首を振る。

「あ、倒れてる方々はみなさま、意識失っただけですのですぐに気がつくと思いますわ。転んだ時に打ち身ぐらいはあるかもしれませんが、女の子襲おうとしたんだから仕方ないですわよね?」

 しおりん、あくまで普通の女の子だと言い張る気か?

「そうそう、皇帝陛下にプレゼント持ってきたのでした!」


 空間収納から取り出したのは……見慣れた石板


「ちょっとこれを見ていただけますか?」

 皇帝陛下に手渡し、魔法陣を覗かせる。

 実は、意思確認無しでインストールが始まるウイルス並のタチの悪い石板である。

「うおっ、なんじゃこれはっ! だ、誰かっわしの、わしの前に何かがっ! 誰かおらぬのかっ!」

 起きてる人は誰もいません。目の前の小悪魔がみんな倒しちゃいました。

「はぁ、はぁ、止まった?」

「はい、できましたねぇ。では、ちょっとこう言ってもらえますか? ステータスオープン!」

「な、なんだというのだ。ステータスオープンなどとうぉっ!」

 安全装置外しまくったステータスオープンさん、意思を込めずとも起動します。

「はーい、お名前と年齢、生年月日は間違いないですかぁ?」

「これは一体なんじゃっ!」

「これは、王国で開発された新しい魔法ですの。わたしの魔法もこれと似たようなもので動いてますのよ」

「これが魔法じゃと? わしは魔法なんぞ使えんぞ!」

「今から使えるようになりましたよ。魔法って書いてあるところを触ってみてください。生活魔法が並んでますよね? ウォーターに触れてからウォーターって言ってみるとわかりますわよ」

「う、ウォーター……っうおっ! 水がっ!」

「はい、使えましたねぇ。これが王国からの贈り物ですわ。詳しい使い方は、下の方にヘルプがありますので、そちらをご参照くださいませ」


 皇帝から離れ、周りを見回す。ちょっとこのままだとまずいかな? と思い、気付け魔法をばら撒いて行く。


「それでは失礼いたしますわね。もし御用がございましたら、連絡いただければまた飛んできますわ。来るだけでしたら、カッシーニからここまで、一刻程度ですので」

 そのまま浮き上がり、窓から抜け出す。

「ご機嫌よう、皇帝陛下。また、お会いいたしましょうね」

 女神もかくやの笑顔を振り撒き、腰のあたりで手を振りながら、後ろ向きに離れて行く。そろそろ見えないかな?のところで前に向き直り加速。上空の偵察機へと向かった。


         ♦︎


「う、うぅ……はっ! へ、陛下! 陛下はご無事かっ!」

 騎士団長が目を覚ました。周りの騎士たちも次々と目を覚まして行く。

「くっ、面妖な術を使いよって…次にあったらタダでは……」

「辞めよ!」

「はっ、し、しかし陛下、恐れながら……」

「辞めよと言っておる。しばらくは南の王国とは宥和政策を取る」

「あのような小国に宥和政策とは、帝国の威信が」

「あのような小国の子供一人に、いったい何人の帝国騎士が倒されたのだ? 魔導士団は?」

「し、しかしそれは敵の情報が何もなかったからで」

「ではお主は、一人で我が国の騎士団と魔道士団を相手にして勝てるというのか?」

「い、いえ……」

「とりあえず被害をまとめよ。倒されたもの、倒されなかったもの、どのような戦いをしたのか、全てまとめて提出せよ」

「はっ!」


 皇帝は袖机の引き出しを開け、パイプを取り出した。

 葉を詰め、指を近づける。

「イグナイト」

 チチチチチチ、ポゥ……火がついた。

 先ほど無理やり渡された親書を開ける。


 南の小国、カッシーニ王国。数年前から、やたらと話題に上り、鬱陶しい国。しかし、調査をする度に何かしらの被害が出る。

 ならば正面から堂々と調査に行こうと思えば、とうとう帝都にまで、我が居城にまで被害が広がった。

 いったいあの国に何があるというのか……


「いや、わかっておる。もうわかっておるのだ」

 独りごちる。そう、皇帝は理解した。メッセンジャーがなんなのかを。

「南の小国は……いや、カッシーニ王国は……女神と手を組んだのだ」

 理解そっちっ? え?

「聖教会を呼べ。カッシーニに女神が降臨したと」


 カッシーニ王国では教会の影が薄い。国としては宗教を否定も肯定もしていないが、教会は存在する。しかし影が薄い。

 王都に聖堂もある。しかし参拝者も多くなく、経営は国からの補助金プラスわずかな信者からのお布施でなんとか……レベルである。

 帝国の聖教会はなかなかの規模だ。国教にも指定されている。

 ガイアナ聖教会。王国、帝国のみならずこの大陸のかなりの地域で信仰されている教会だ。

 最高神ガイアナと、ガイアナを支える八柱の神の物語。


「間違いない、あれは戦いの神『マルス』か美の女神『ビーナス』の化身である」

 って、宗教それかいっ!


「カッシーニ王国の飛行機観覧には、余が直接行く。準備を整えよ」


         ♦︎


「お待たせっ!」

 上空待機すること三十分。下から上がってきたしおりんが偵察機に追いつき、下部ドアから入ってきた。

「しおりん様、ご無事で……」

「ごめんなさいね、どうにも聞かんちんが多くて……」

「き、聞かんちん?」

「あ、えーと……人の話を聞かない方が多くてですね、交渉に時間かかりましたの」

 オホホホホと、いまひとつ似合わない笑い方も可愛くて、機内は先ほどまでの緊迫トゲトゲな雰囲気から解放された。

「それでは帰還いたしますね。お席にお願いいたします」

 口の悪いラリー機長が恐ろしく丁寧な物言いで案内してくれる。操縦桿を握っているのはロバート副操縦士だが、会話に加わりたそうだ。チラチラこちらを窺っている。

 リズムボーイは監視窓に張り付き、きちんとお仕事をしていた。その仕事ぶりにしおりんが感心している。

 しおりんは、この手の仕事に打ち込む男性の姿に割と弱い。

 本性を表す前の第一騎士団団長に、ちょっと憧れたのもそのせいかもしれない。

 今では汚点でしかないのだが。


 お手洗いを借りた時には、ここに来たことをちょっとだけ後悔した。

 いや、この環境は改善してやろうよ……魔法でなんとかできないか、コトカナに相談しようと思った。


 そんなこんなで、二時間ちょっとで山脈地帯を抜け、まもなくロンバルディ辺境伯領飛行場だ。機長に操縦桿が渡され、偵察機は高度を下げ始める。

 前方に飛行場が見え始めた。まだコントロールタワーの吹き流しが見える距離ではないが、しおりんが風向きを確認してラリー機長に指示する。

「風は北東からです。西からアプローチしてください」

「西からアプローチ了解しました」

 機長が飛行場の東側に機首を向ける。東側の風下から、飛行場への並行ラインへ入り、左手に滑走路を確認しながら西に抜ける。

 そこから直角ターンを二回繰り返すと、風下側の滑走路正面、このまま高度を下げる。

「スピードチェック、ギヤダウン」

 機械音と共に、風がゴウゴウと渦巻く音が出始める。降着脚が気流を引っ掻き回す音だ。

「ギヤチェック、フラップダウン」

 機体全体が震えて行く。やはり二十一世紀の輸送機ほどには洗練されてないかしら。


 詩琳は、やたらと輸送機に乗せられることが多かった。普通に旅客機で行かせてくれればいいものを、なぜかC-130ハーキュリーズが出てくる。

 挙げ句の果てに、後部扉から飛び降りるのが日常だった。警察官なのに。

 なので、今回の作戦でも、飛び降りることには何の感慨もなかった。


「高度 500……300……100……50…30、20、10」

「タッチダウン」

 ゴキュッ、ゴトゴトゴトゴトコト……

 ゴムタイヤになったとはいえ、未舗装滑走路には違いがない。機長の腕か、それでもスムーズな着陸であった。

 そのままタワー前の駐機場に入り、エンジンを切る。

「ラリー機長、ロバート少尉、ンムワイ一等兵、お疲れ様、ありがとう」

 乗員にお礼を言う。

 リズムボーイがタラップドアを開けてくれた。コトとカナが走ってくるのが見えた。


「ただいま、お待たせ」

「ぽかえり!」

 カナが思った通りの出迎えをした。

 ちなみに、コトはかな打ちなのでこのミスタイプはしない。

 

         ♦︎


「して、首尾はどうじゃった?」

 翌日、謁見の間。

 しおりん、コト、カナ、そしてラリー、ロバート、ンムワイの三名も国王の前に呼び出されていた。


 国王ディーノは、何となく嫌な予感がしていた。孫娘たちが何かやらかした時の空気感? そんな流れを感じ取っている。


「はい、陛下からの書状を帝国に無事、届けてまいりました」

 しおりんが報告する。

 ああ、わしの予感は気のせいだったか。良かった良かっ……

「ブラスレン皇帝に、直接手渡しで」


(あー、窓の外、空が綺麗だなぁ。鳥はいいな。どこにでも飛んでいけて……)


 誰も口を開かない。

 いや、開けない。この状況で何か言える人間はなかなかいない。


「逃避しても何も変わらんな……で、最初から話してくれるんじゃろ?」

「それはもちろん、旦那さまっ♡」

「いや、今は流石に騙されんから」

「ちっ」

 今、ちっとか言ったよ? この女神の化身?


「まず、お手紙投下作戦は、きちんと皇帝の手に渡るかが不安でしたので……」

「でしたので?」

「渡しに行きました」

「いや、飛行機飛んでるだろ? あれは飛行場無くても降りられるの?」

「あ、飛び降りました」

「飛ぶなー! 頼むから無茶せんでくれ」

「飛行機からは、割とよく飛び降りてたので」

「いや、どんな生活だよそれっ!」

「しかもほら、今はわたし達って飛べるじゃないですか。飛べなかった頃に比べると、飛び降りる時の怖さが半減どころか皆無でしたねぇ」

「飛べなかったのに飛んでたのかよっ!」


 話が進まない。


「しおりんしおりん、お話進めて。他の人たちが呆れてるから」

 カナの助け舟が出た。

「はっ、そうでした。と言うわけで飛び降りて城壁の方々とお話ししたんですけど、攻撃されまして」

「いきなり城に人が飛んできたら警戒するだろ、普通は!」

「話せばわかると思ったんですが、なかなかわかってもらえずに、ズルズルと」

「攻撃されたから防御魔法張りまくったとかでさらに警戒されたんだろ」

「お城をほぼ制圧しまして」

「ちょっと待てーーーー! 制圧した? 帝国の皇帝居城を? 何してんのっ!」

「制圧と言っても、そんなに沢山じゃないですよ? 騎士三百人ぐらいと魔導士八十人ってとこかしら? 誰一人殺してませんし、ちゃんと皇帝に会えましたし!」

「いやいやまてまて、多いってそれは! うちのこの城だと、魔導士全部合わせても七十人だぞ? 騎士だって常駐は百人かそこらだろ」

「暴れたお詫びに皇帝にスクロールオープン魔法教えて、手紙渡して帰ってきました」

「待てコラステータスオープン教えただと? 何してくれちゃってんのこの娘っ子どもは!」

「でも、おそらくすぐにまたお手紙来ますよ。懇切丁寧にお願いしてきましたから」

「いや、もう良い……あとで報告書を提出しなさい。それと、ノエミとパトリシアのお説教を半日な」

「「「へ?」」」

「お前らなぁ、ちょっとは反省してもらうぞ? いくらわしがしおりんに甘いと言っても、限度が……限度……まぁ、あまりきつく言わないようにと、伝えてはおく」

 いや、甘すぎだろ!


 こうして、王国と帝国の関係は、新たな局面を迎えた。

 

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