第76話 王国からの招待状 お届け編
「帝国が鬱陶しいから、呼びつけて実力を見せつけよう」
こんな論調が一部貴族から出始め、気がつくと軍部も巻き込んで大きなうねりとなりつつあった。
しかし呼びつけると言っても誰を? まさか皇帝を呼びつけるわけにもいくまい。
ならば見せに行く? いや、降りる場所ないし。水上機なら降りられるか?
まぁ、そのうち公開パレードでもするさ……と思っていたら、帝国側から連絡が来た。一度その飛行機とやらを見たいので伺いたいと。
帝国がこんなに下手に出るとは思わなかった王国の偉い方々。慌てて準備を整え、船を動かし、帝国南部の港へとお出迎えに出かける計画を立てた。
船は造ったばかりの最新の動力船である。ガレオンがあまりにも太ましくて速度が出ないので、小さめのクリッパーを一つ作ってもらった。これに新型蒸気タービンを二機掛けした、300トン級の快速船。向かい風でも20ノットを維持したまま何日でも走り続けられるという、海運革命どころじゃ無い化け物である。もう、面倒なので追い風でも帆なんて張らない運用で、センター以外のマストは取り外そうか?という計画も立っている。
と言っても、帝国の帝都は遠いのだ。王国の北西側にある帝国の港町、コペルから帝都までおよそ馬車で一ヶ月。直線距離でも800km程度はありそうである。
お返事ができるだけ早く届くように……航空郵便を送ることになった。
結局飛行機で行くのかよ!
航続距離ナンバーワンといえば、やはり偵察機だ。積める推進水の量が違う。
となると、やはりテペラン中尉の隊に白羽の矢が立った。
だが、帝国帝都までの詳細な地図などあるわけがない。たとえあったとしても、地文航法だけで往復できるかどうか、全くわからない。万が一帝国領で墜落でもしたら……
「はいはい、わたし行ってきますよ。この手の任務は慣れてますしね」
しおりんが手を挙げた。
当然だが、猛反対を受けた。
中でも最大の反対勢力は国王陛下そのものであった。そんな危険な任務に向かわせるわけにはいかないと。俺の嫁は俺のそばに置いておくのだと。
しかし、カナ、コトはもちろんケイも反対しなかった。
彼らは幸田詩琳の実力を聞いていたから。しおりんの能力に幸田詩琳の実力。そんなのただのチートじゃん。危険な任務ではなく、危険を回避するためのしおりんだよ。たとえ帝国が潰れても無事に帰ってくるから心配するなよ。
概ねそのような論調で、最後にはウンと言わせた。
ただし、しおりんとの間の連絡は随時国王に伝えること。緊急時のための救助部隊を、ロンバルディ辺境伯領飛行場に待機させておくことを約束させられた。
♦︎
ロンバルディ辺境伯領飛行場、早朝。
今からブラスレン帝国の帝都に向けて一機の偵察機が飛んで行く。
乗組員は
機長 ラリー・テペラン中尉
副操縦士 ロバート・ニクソン少尉
偵察員 ンムワイ・ギシンジ・キバキ
あとの三人は留守番である。少しでも機体を軽くするためだ。
そしてもう一人、シャイリーン・リットリー……しおりんがナビゲーターとして一緒に飛ぶ。
機体の性能的には問題ない。整備は徹底的にしてある。
「じゃ、行ってきますよ」
「うん、行ってらっしゃい」
「みってらー」
わざわざミスタイプ風の表現をするカナ。きっと帰ってきたら『ぽかえり』と言うに違いない。
そして今日、ここにはもう一人……
「必ず、必ず無事に帰って来るんじゃぞ、しおりんよ」
「はい、行ってきますね、あ・な・た」
しおりん、悪ノリしてるな。国王が真っ赤だ。かわいい。
しおりんはそのままタラップを上る。そして、リズムボーイがタラップを引き上げ、扉を閉めた。
機体から離れろの合図で全員機体から離れる。マーシャルがコクピットに合図を送り、二発の大径エンジンに魔力と水が送られる。
ドーンドーンと一発目の水蒸気爆発の音が響き渡りファンがゆっくりと回り始めた。
徐々にタービン音が高くなり、機体が動き出す。
その向こう側では、護衛の複座機が二機、スタンバイを始めた。と言っても、最後まで付き合うと航続距離がギリギリすぎる。途中で戻らせるしかない。
そのほか十機ばかりが国境までお見送りすると言うのだから、なんとも壮大なおでかけである。
偵察機の窓から、手を振るしおりんが見える。帝都までは二時間ちょっとで到着するはずだ。そこで、できるだけ低空でパラシュート付きの荷物を城に落とす予定である。
偵察機は、滑走を始めたらあっという間に浮かび上がって見えなくなっていった。
「ああ、行ってしまった……わしのしおりんが……」
ちょっと待て国王! しおりんファン多いんだから言動には気をつけた方がいいぞ。
「さーて、うまくやってくれるかしらね」
「しおりんが失敗するわけないでしょ」
♦︎
飛行機は順調に飛んでいた。スクロール魔法さんのマッピングのおかげで道に迷うこともなく、帝都ブランデンブルクが遠くに見え始めた。
ここから、三人娘の立てた大人の知らないサブプランが実行される。
「では、あのお城、あのそばで荷物を投下してくださいね♡」
「はいっ、しおりん様っ!」
ここまでの旅路で、三人ともしおりんにメロメロであった。何やった? しおりん。
「そのあと、ちょっとわたくしはお散歩してまいりますので、帝都上空で200ノット以下で旋回して待っててくださいね♡」
「はいっしお……は、はぁ?」
「大丈夫ですよ。わたくし、飛べますので」
このために、飛行魔法のリミッターを変更してきた。もうパーマンでは追いつけない。と言うか、新幹線より速い。200ノット、時速360km以上だ。
「では」
にっこりと最高の笑顔を振り撒きながら、荷物投下のために開いた下部扉から落下していくしおりん。
慌てて飛び降りようとしたリズムボーイを引き留めたニクソン少尉が、前を指差す。そこには、後ろ向きで飛びながら笑顔で敬礼しているしおりんの姿が。
「ふう、第一段階成功っと」
高度を落としながら目標を探す。城の上、塔の傍の広場に人が集まって飛行機を指さしている。
「よし、あそこからアプローチしましょ」
一気に高度を下げ急制動、城壁の外側に浮きながら拡声魔法で声をかけた
「わたくしはカッシーニ王国、王室預かり、シャイリーン・リットリーです。カッシーニ王国より書状を持ってまいりました。どなたか責任のある方をお願いします」
「ば、化け物だぁ!」
いきなり矢を射かけてきたものが出た。ちょっとだけ予想外である。
もっとも、普通にバリアで弾いたが。
「り、リフレクトマジック! 魔法使いかっ!」
いや、空飛んでるんだから気づけよ! と思ってるしおりん、一つ誤算があった。
三人娘は、帝国では飛行魔法はまだ未確認のフェイクだと思われている事を知らなかった。
カッシーニ王国にはアンガスと言う飛行魔法の使い手がいた。
より強大だと言われる帝国に、一人もいないとは思ってなかったのだ。
「はーい、カッシーニの子飼いの魔法使いですよー。えーと、書状はどうしましょうか?先日皇帝陛下から頂いた書の返信なのですが……」
皇帝陛下から!
となると無碍にはできない。慌てて士官らしき人が建物に駆け込んで行った。
(じーっと見られるだけなのも、なんか微妙ですねぇ)
誰も話しかけてこない。飛行機はまだちゃんとぐるぐる待ってくれている。カナはそーっと城壁に近づくと、そっと城壁の上に降り立った。
五分ほどそのままいただろうか。先ほどの士官らしき人間と、なんか立派そうな服装の男がやってきた。後ろにはお付きらしき人々がゾロゾロと十人近い。
「ふむ、そちが南国からの使者と言うものか?」
「カッシーニ王国、王室預かり、シャイリーン・リットリーです。皇帝陛下の書状の返信を持ってまいりました」
「知らんなぁ。ひっ捕えよっ!」
『あっちゃー、話わかんないやつ出てきちゃいましたよ』
『あー、ダメだったかー。危なかったら制圧しちゃってね』
『了解です。まぁ、死人出さない程度に穏便にやっときますね』
いや、それ、穏便?
って言うか、念話届くのね。スクロール魔法さんスゲェ。
しおりんに向かって槍を持った帝国兵が飛びかかってきた。
『パチンっ』
指パッチンで二十名ほどが崩れ落ちる。
「は?」
「まだ続けます?」
「ええい、殺しても構わん、とらえべバブべボブべっ」
まだ寄って来る兵を再びの指パッチンで倒し、痙攣している偉そうな男の脇まで寄っていく。
「えーと、まだ襲って来るなら対応しますけど、いかがしますか?」
ヒュンっ!
見張り塔から弩の矢が飛んでくるが、リフレクトマジックに弾かれる。ついでに塔の上の兵もビリっとやっといた。
「もしくは、話のわかる方を連れてきていただくかかしら?」
超センスにまた帝国兵の一団が寄ってくるのが感知された。とりあえずもう面倒なので、視界に入る前に片っ端から制圧する。
あ、この反応は魔法師団だ。ちょっとお話ししたいな。
「ちょっとここで痺れててくださいね。魔法師団の方とお話ししてきますから」
そう言って、偉そうな人を昏倒させ、魔法師団の方へと飛行魔法を使う。
♦︎
我が魔法師団は、世界最強の魔法使いの集団である。団員の半数はリフレクトマジックを使いこなし、全員がファイヤーボールを五秒以内に発動する。更には近接時にも身を守れるだけの剣術を仕込まれた最強軍団である。
今、この皇帝居城に賊が侵入したとの情報があり、今から包囲殲滅するところだ。
賊は城壁上の訓練施設に侵入とのこと。どこから潜り込んだかはわからんが、あの場所なら思う存分叩きのめしてやれる!
帝国魔法師団はその数五百名を超えるが、今この場にいるのは八十名ほどである。
ただ、帝国最強の魔導士と言われる師団長をはじめ、四名もの方面部隊長も集まっていた。
師団長はなんと、ウインドショットも呪文省略できると言う最高峰の魔導士だ。
間も無く広場だ。さぁ皆のものよ、気を引き締めろ!
広場への出口には、一人の幼い女の子がいた。
浮いていた。
何を言ってるか自分でもわからないが、浮いている。
「こんにちは。わたくしはカッシーニ王国国王より親書を……」
「制圧せよっ!」
魔導士達が一斉に呪文を唱えはじめる。超センスを全力で解析しているしおりんには、どの人が何の呪文を唱えているのかが全て見えていた。
とりあえず無詠唱で飛んできたウインドショットをバリアで吸収する。そのままその他の攻撃魔法も全て防いだ。
飛行機にリフレクトマジックを張る魔石を作っていた時に覚えた技、盾ずらし。
ただ単にリフレクトマジックやバリアを、張り直さずに位置だけずらす魔法だ。
周り中バリアだらけになっても面倒くさいという理由だけで開発した。
「あの、お話し聞いていただけませんか?」
魔道士団の周りにも何枚かのリフレクトマジックが貼られたので、ファイヤーボールで叩き割って会話を続ける。
「わたくしはカッシーニ王国の……」
再びファイヤーボールを唱えようとしていたので、偉そうにしている五人以外に眠っていただく。
気絶させたとも言う。
「わたくしはカッ……」
後ろの四人が詠唱開始したので、その四人にもお休み頂いた。
「もう、あなただけしか残ってませんけど、お話聞いていただけますか?」
「き、貴様、何が目的だ」
「いえ、だから最初から目的言おうとしてるじゃないですか。その途中で攻撃してきたら、身を守るために反撃しますよね」
「何を……」
「とりあえず、あなたは魔法師団の団長さんでよろしいのかしら?」
「何が言いたい……」
「いえ、先日こちらの皇帝陛下からお手紙をいただいたので、そのお返事を持ってきただけですよ? カッシーニ王国の、国王の使いです」
正しくは、国王がお返事としたいくつかの航空郵便のコピーを持ってるだけである。
「で、この国では尋ねてきた他国の使者は、問答無用で攻撃してくるのが普通なのですの?」
「貴様がこのように、我らを攻撃したのではないか」
「声をかけただけなのに、いきなり矢を射かけてきたり、殺しても構わんとか言われたら、そりゃ防衛行動しますって。とりあえず、あなたもお話し通じないみたいですし、ちょっと休んでてくださいます?」
言った瞬間には意識を落とす。内調の任務は厳しいのだ。
「さて、どなたか案内できる方は? って、誰もいないし」
ぐるっと見回すと、城壁の中にはそれはそれは立派な宮殿が建っている訳で。
周辺スキャンすれば、魔法使いの大きな魔力とその他男性っぽい小さな反応に囲まれた人が宮殿中心部奥あたりに引っかかり……
『お偉いさん見つけた、ちょっと渡してきますね』
『りょ、きぃつけてね』
念話では、この緊迫感は伝わらない。カナもコトも、まさか宮殿全体を制圧しにかかるとは思ってなかったであろう。
宮殿の窓まで飛ぶと、そこから侵入。あとは普通に歩いて進んでいく。
廊下の前後から、騎士らしき方々が飛び出してくるたびに話をしようとするが、なかなか聞いてもらえずに意識不明者ばかりが増えて行く。
とうとう、そのお部屋の前についた。部屋の扉は閉まっているが、こんなものは……
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