第75話  飛行機でデートに出かけるのは有りですか?

 水上機が実用レベルまで完成した。これも妹達の協力があってこそだ。

 と言うか、こいつは設計からほぼ全部妹が作ってくれた気がする。俺、何かしたっけ? テストしかしてなくね?


 軽快に動く水上機を飛ばしながらケイがぼーっと考えている。

 と言っても、パイロットにはぼーっとしてる時間なんてありゃしない。あっち見てこっち見て計器確認して、またあっち見て。

 っとと、いけないいけない、深呼吸。


 フロートを収納した状態なら、ちょっと重い複座ぐらいの動きをしてくれるので、そこまで神経質にならなくても落ちたりはしない。離着水以外は。

 さぁ、その着水準備だ。降りる予定の水面を右手に見ながら確認。障害物は無さそう。波の向きで風向きもわかる。最終的に止まる場所と停めたい場所も見ておく。停めたいのは桟橋だから、その近くに止まれる様に風向きを見ていく。

 右に二回曲がって着水域に正対、安全速度まで下がってることを確認してフロートを下げる。空気抵抗が一気に大きくなり、速度がガクッと下がる。一緒に頭が下がりがちなのでちょっとエレベーター引いておきながら、フラップを一段下げた。これでまた速度低下するが、ちょっとだけ推力上げて速度を維持する。アプローチ、ゴーだ。

 

 間も無く着水。フラップはフルに出し切る。スロットルはオフ。せーのっ、ドスンっ

 ザザザザと水を切る音と突き上げる振動。サスペンションの無い水上機は、陸上機以上に滑走中に背筋に響く振動をする。

 機体を桟橋に向けたところでエンジンカット。ジェットエンジンで水面の車庫入れは正直難しすぎる。

「フフフフ、こんな時のために、ぱんぱかぱーん、秘密兵器〜」

 カナに無理言って最後に設計変更してもらった部分。メインフロート後部への船外機取り付けだった。これのおかげで、桟橋への出し入れを自力で出来る様になったのだ。


「よーし、調子良いねぇ。水上機ちゃん。じゃ、明日はよろしくね」

 スティックを撫で回すケイ。いつもの風景とはいえ、手つきがちょっとアレで怖いです。


 翌日。気持ちよく晴れてくれた。良かった。

 今日はリンダとポーリーを乗せて大空のお出かけである。

 フライトプランとしては、海を渡ってパレルモ島を経由、そのまま更に南下して南大陸を見てくるコースを提出してある。

 ちなみに、万が一の可能性のために、すでに救助艦隊が南大陸方面に向かっているらしい……大袈裟なことになって申し訳ない。


 水上機はすでに桟橋に係留済みだ。リンダとポーリーを連れて、歩いて桟橋に向かう。

「この桟橋、昔ケイくんがワイバーン倒したとこだよね?」

「あー、懐かしいなぁ。初代グライダー、直してやろうかな。今ならワイバーンとか落とし放題だもんね」

「どうも、ワイバーンの個体数が減りすぎて、保護しようかという動きがある様ですが……」

 って、それ絶対三人娘のせいだろっ!

 奴らがポンポンポンポン撃ち落とすからっ!

『だってお兄ちゃんの邪魔でしょ? デストロイ』

 もう邪魔になる程いないらしいよ?

『ならよし』


 水上機は頭を岸に向け、左の翼が桟橋の上を横切るように横断した状態で、メインフロートを桟橋にもやってあった。

 フロート脚の高さがあるので、タラップを登る。この機体はタラップドアではなく、乗り込んだらはしごを外して仕舞い込むタイプだ。

 三人ともヨイショヨイショとのりこんだら、はしごを仕舞って扉を閉めた。

 機長席にケイ、副操縦士席にリンダ、ケイの後ろにポーリーが座ったが、あとでリンダとポーリーは入れ替わったりするらしい。

 

 今日はここには三人だけだ。マーシャルも管制もないので自分で安全確認して自分で飛ぶ判断をする。

「機体周囲人影なし。まずは出航だ」

 船外機を動かして少し後退しながら向きを変えていく。

 機首ノーズが沖を向いたらクラッチを前進へ。前に進みながらエンジン始動の手順を進めていく。ドーンドーン。いつもの始動音が響きわたり、タービンが調子良く回り始めた。

 計器を端からチェックしていきオールグリーン。さぁ、行きますか。

「二人ともシートベルトは良いかい? じゃ、行くよ」

 スロットルを押し出し、機体を滑走させ始める。船外機はすでに前に向けて倒してあるので水の影響は受けなくなっている。

 ちょっと進んで舵が効き始めたらサイドポンツーンを引き上げて抵抗を無くす。残るはセンターフロートのみだ。

 波からの衝撃がだんだん小さくなってきたところで機首上げ。すぐに機体が浮かび上がった。


「よーしよーし、良い子良い子。今日は頼むよ」

 言いながらメインフロート格納のスイッチを上げる。フロートが収納されて表示が黒くなった。

 実は未だに電気式のランプ類が無いのだ。

 試作は進めているのだが、どうにも性能が出ない。ガラス球も、アルゴンガスも用意できたが……タングステン製のフィラメントがどうにもこうにも手強くて、未だ実用化の目処が立っていない。


 フロートを引き上げ抱え込んだ機体は、ぐんぐんと速度を上げていく。あっと言うまに250ノットに達した。

 女の子二人を乗せているので高度は控えめ。4,000ft。それでも地上からみたら少し肌寒く感じられる。

 さぁ、空のお散歩を楽しんでもらおう。

 そう張り切り、南へ南へと進路をとる。パレルモ島まではほんの三十分だ。そこからパレルモ空港まで、更に十五分。あっという間に隣の空港までやってきた。

 と言っても、この水上機はおかには降りられないので、空から見学するだけである。

「ここがパレルモ飛行場だよ。小さいけどアプローチしやすい、降りやすい飛行場なんだ」

 説明がいちいち飛行機ばかだ。女の子乗せてるなら他に言うことあるだろう。

「ああ、なんて素晴らしいレスポンスなんだ、君は」

 飛行機褒めるな、女の子褒めろ。だからいつまで経ってもお前は景なんだよっ!


「ケイくん、この飛行機って、どのぐらい飛んでられるの?」

 ケイに飛行機の質問するとか、ほんとによく出来た嫁である。ケイに爪の垢煎じて飲ませるが良い。

「積んである水だけだと、だいたい四時間でなくなるかな。航続距離としては、四人乗って800浬は飛べることになってる」

 キロに直すと1,500kmぐらいである。結構飛べるが、水ターボファンジェットのおかげだ。

 熱をいくらでも無駄に使えるというのは、本当に凄いことなのだ。


 そんなこと言ってるうちに、アレよアレよという間に南大陸が見えてきた。

 

「うっわぁ、綺麗〜」

「はぁ、これは……珊瑚礁でしょうか。素晴らしい海ですねぇ」

 飛行機から見る珊瑚礁の美しさは格別である。しかもこの辺りには隕石クレーターの跡がたくさん残っており、珊瑚の中に青黒く落ち込んだ部分、いわゆるブルーホールと呼ばれる穴が沢山見えて、まるで宝石箱の様である。

「これは見応えあるなぁ。観光飛行とかもありかもしれないねぇ」

 そんなことを言いながら、軽くロールさせ、高度を落としていく。

「ちょっと海に近づいてみよう」

 すーっと高度を落とし、すでに海面から100ft。高度わずか30mの場所を飛んでいる。

 前世ではこの高さは海鳥が怖くて仕方なかったが、リフレクトマジック搭載のこの時代の飛行機ならばそれほど怖くない。万が一バードストライクで割れてしまっても、リンダでもポーリーでも張り直しは出来るのだ。

「この高さだとすっごい速いのが良くわかるねぇ。ケイくん凄いねぇ。板背負って飛んだケイくんがこんなスピードで飛び回るとか、ケイくんは本当に凄いの」

「いや、それは言わないで……」


 夕食時の団欒などで、未だにその件で弄ばれているケイであった。


 と、前方に小舟が見えた。驚かしてはいけないのでスティックを引き、高度を上げる。

「おうっ、びっくりした。なんか、背が縮んだ気がしたよー」

「いや、今の良いとこ3Gだから大丈夫っ」

 何が大丈夫なんだ?

 リンダもポーリーもそこそこ鍛えてるが、それと耐G能力は別物だって、自衛隊で散々習ったでしょ?

 これだからケイは……


「今のお舟の人大丈夫かな?」

 リンダは優しいねぇ。

 少しラダー蹴りながらスティックを倒し気味にして、横の窓から確認する。驚いた顔して見上げている現地のオジサンが見えた。

 よく考えたら、この地域に飛行機が来たのは初めてかもしれない。そりゃ驚くか。というかワイバーンの一種として認識される可能性が微レ存。


「あー、降りるのはまだ時期尚早かなぁ」

「捕まえに来そうだよね」

「おめおめ捕まるとは思いませんが、わざわざ敵対する必要はありませんよね」

「じゃ、少し高度上げるね」

 再び高度をあげ、少し内陸に入ってみる。

 ちょっと進むと密林であった。見渡す限りの大密林。富士の樹海が町の公園レベルに見えるほどの大密林だ。

 (とか、しおりんに言ったら発狂しそうだ)

 こちらの世界に来てから出来た妹に思いを馳せる。

 彼女は富士の樹海でのサバイバル訓練がよほどキツかったのか、今でも時々その時の苦労が口から出ることがある。

 大抵は食べ物の話で出てくるので、ただの食いしん坊なのかもしれない。それほど大食いではないのだが。

「はーい、ケイくん、今は他の女の子のことは考えないよー」

 何故バレたっ!

 時々リンダはこの手の反応をする。実は読心能力者じゃないかと思うことも多い。

「その娘とデートしてる時はその娘のことをちゃんと考えてあげて良いから、今はわたしとポーリーさんのことを考えようね」

 はい、その通りです。ごめんなさい。

「うん、よろしい」

 やっぱり読心能力者だろ。


 そろそろ二時間弱ほど飛んでいる。帰りの推進水のことを考えると引き換えす頃合いか。

 そう思っていたら、前方から何か巨大な飛行生物が飛んできた。


「ん? 何あれ?」

 大きいと言ってもドラゴンほどではない。

 しかし、この飛行機よりはずっと大きい。全長全幅20mはありそうな『翼竜風』の生物だ。

 カッシーニの王都を飛び回っているワイバーンを三回りぐらい大きくした感じである。

「うわー、おっきいねー。こっちに敵対はしてくるかなー?」

「どうかな。まぁ、こちらが速すぎるから追いつかれることはないけど……」


 頭がやけに大きく、翅も長く幅広い。代わりに尾はほぼ無い。

「イメージとしてはケツァルコアトルスなんだけどなぁ。きっとまた指の形状が違うとか言われるんだろうなぁ」

 以前、カナにワイバーンがプテラノドンじゃない?と聞いた時の反応を思い出す。

「カナさま、厳しいですからねぇ。良い方なのですが……」

「ああ、カナはね、自分に厳しく人に厳しくコトに甘いんだよ」

 ただ、最近はコト以外にも甘くなってきてるよなぁ、なんてことも考えていると

「また別の女の子のこと考えてるでしょ」

 !

 やっぱり絶対、心の中読まれてる。間違いない。リンダと一緒の時は他の娘のことを考えてはいけない。ちぃ覚えた。


「じゃ、そろそろ戻ろうか。ゆっくりお昼でも食べながら」

 はい、あーん! とかの、ケイ爆発しろ的なリアクションされそうなひと時を過ごし、機体を北に向けた。


 北上するに従って、徐々に雲が増えてきた。朝よりも明らかに視界が悪い。

 こうなってくると、やはりコンソール魔法さんの出番になってくる。

 これから向かう王都の湖をマーク。途中のウェイポイントとしてパレルモ飛行場を選択。

「あー、下が見えなくなっちゃったの」

 たいして高い場所を飛んでるわけでも無いのに、地上が見えない。これは悪い兆候である。

 正直、コンソール魔法が無かったらとっくに途中の海に降ろしてるレベルだ。

「まぁ、コンソールあるから大丈夫。水面の障害物まで表示してくれるし」


 更に王都に近づく。ついに自分も雲の中だ。窓の外は真っ白で何も見えない。コンソール魔法さんが視界内に地上のバードビュー詳細マップと障害物の表示をしてくれているが、どこまで信頼して良いのか……


 湖まで、コンソールの数字を信じると残り30浬。このままだとあと八分ほどで行き過ぎてしまうので、減速を始める。コンソール魔法の高度誤差はほぼ無いはず。機体の高度計では500ftを切った。このままぐるっと着水点の周りを回ってから降りよう。

 ワイヤーフレームの古いゲームを思い出しながらコンソール魔法の指示に従って高度を落としていく。

 フロートを下ろしフラップを下げる。

 残り100ft。間も無く着水だ。いきなり目の前に桟橋が現れたり、実は水じゃ無い場所に降りたりしないことを祈る。

 正直、心臓が破裂しそうな勢いで怖い。

 残り20ft

「ケイさま水面です。真下水面確認しました」

「ありがとポーリー。おろすよ」

水面スレスレ。グランドエフェクトで水が舞い上がる。フレア。ザザん。

「はぁ……緊張したぁ」

「ケイくん凄い凄い」

「ケイさま素晴らしいですっ」


 ジェットエンジンを止め、船外機で桟橋と思われる方面へと向かう。

 ワイヤーフレームに表示される桟橋が視界を埋め尽くすぐらいになったところで、本当にその場所に桟橋が現れた。

「コンソール魔法、マジすげぇな……これ」

 作ってくれたカナに感謝していると

「ケイくん、また?」

 恐るべし、リンダ。


 ドン。ちょっと桟橋にぶつけた。まぁ、このぐらいは良くあるレベルだ。

 ポーリーが桟橋に飛び降りて係留してくれる。

「ポーリーありがとう」

 声をかけ、リンダを手伝って桟橋に降りた。


「ふう、二人ともお疲れ様。どうだった? 空のお散歩は」

「最高でした」

「凄かったー。また行きたいねー」

「ああ、また行こう」


「ふふ、ケイくん」

「ケイさま」


 ちゅっ。


 左右からほっぺに何かきた。

 ケイ、家族以外からの初めてのキスは、爆発しろ系の甘いあまーいキスだった。  

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