第74話  シャルロットの一日

 伯爵令嬢の朝は早い。

 明るくなり始めたら、すぐにメイドが起こしにくる。

「コンコン、おはようございますシャルロット様」

 シャルロットは朝が微妙に苦手である。だが、頑張る。良い王妃は、きっと朝寝坊でぐだぐだ言ったりしないはずだ。

「おはよう、メルエット。今日のお天気はいかが?」

 シャルロットは比較的天候を気にする。なぜならば

「生憎の雨模様でございます」

「……そう、はぁ」

 見事な縦ロールも、湿度があると安定しづらいのだ。

 この縦ロール、寝てる間はカーラーで巻いてある。朝起きたらメイドに手伝ってもらってセットをしていく。

 鉄の棒に巻き付けてから、鉄棒を温める魔法で形を作っていく。しかし湿度があるとどうしても冷えて安定するまでにシナシナになってしまう。


 実は、他の人間から見たら、いつでも完璧な髪型に見えているのだ。しかしシャルロットの完璧主義は許さない。

 そのために髪の周りだけ湿度が安定する魔法を開発した。

 風魔法と温めをアレンジして、髪を痛めない様湿度を一定に保つ。雨の日風の日はこの魔法を一日中掛けている。

 お姉様方に教わる魔法は、使い方次第で本当にさまざまなことができるのだ。シャルロットはあれほどすごい魔法使いに出会えた幸せを噛み締めながら食堂へと赴いた。


「お父さま、お母さま、おはようございます」

「ああ、おはようシャルロット」

「シャル、おはよう」

 父と母に挨拶をし、食事を摂る。朝は軽めにミルクと果物。パンも出ているが手をつけず、バナナパパイヤマンゴーと、南国フルーツをいただいた。

 これらの南国フルーツは、南大陸との間に高速な貿易船が走る様になってから豊富に出回る様になったらしい。

「ご馳走様でした」

 お姉様方の真似をして、両手を合わせて食後の挨拶をする。

 令嬢マナーと違う? 国の姫が令嬢マナーだ! 不敬であろう!


 食事が終われば通学準備。学校に持っていく荷物は、基本的にアイテムボックスに全て入っているため、手ぶらである。

 令嬢たるもの、手に物を持つとは何事だ? というわけではない。しおりんお姉様の教え

『選択肢を増やすために、手ぶらでいなさい。武器が必要ならその辺のものがいくらでも使えます。それに、あなたはアイテムボックスにも武装があるのだから大丈夫です』

 これを守っているのだ。

 傘やステッキ、ハンドバッグ等は一切持たない。

『太陽光なんて頭上に紫外線カットフィルター展開すれば良いのよ!』

 とか教えられたし、更には

『多少紫外線喰らっても、遺伝子周りは保護されてるから大丈夫。シャルロットはいつまでも美しいシャルロットのままでいられるわ』

 なんて言われてるから安心できる。


 去年まで、学校には馬車で通っていた。

 しかし、数ヶ月前から王宮に行くたびにお抱え御者を連れ出され、ついには

『この馬なし馬車で通いなさい』

 と、自動車というものを下賜された。


 最近、騎士団の方々がオートバイという鉄の馬に乗って走っているが、どうやらあれの親戚らしい。

『実は、シャルロットの自動車が、国内で三台目なのよね』

 なんと、国王陛下専用車、王室専用車に続く三台目らしい。公爵家であるコトお姉様のご実家にもないとか、恐れ多すぎるが

『シャルロットがわたし達の妹である証だから』

 と、これで通学する様命じられた。


 自動車は速い。とても速い。安全のためにゆっくり走ってると言うのだが、それでも馬車の三倍は早く着く。

 あっという間に学校に到着、ここからは気を引き締めて勉学に励まなければならない。

 将来の王妃になると言うことは、名実ともにお姉様方の妹になれるということなのだ。そのためならばなんでも吸収して見せよう。


 最初の授業は古典である。古語と呼ばれる昔の世界共通語を習うのだが、お姉様方の授業の方が何倍も詳しく掘り下げてくれるのでとてもわかりやすい。

 カナお姉様曰く

『言葉としての成立は、今使ってる言葉の方が古いのよ。古語はもともと本当に狭い地域の言葉だったの。もっとも、今となっては誤差のうちだけどね』

 だそうだ。

 と言っても、代名詞の格が三つしかないとか、過去を表すのにわざわざどのぐらい前なのか言わなければならなかったり、意思疎通難しくないのかしら?といつも思う。

 だいたい、親愛なるお姉様方をお呼びするのも、今教壇に立ってる教師をお呼びするのも、どっちも同じ『you』で済ませるあたりが気に入らない。

 しかし、お姉様方は時々もっと無茶苦茶な言葉でお話をされていることがあるので、お姉様方にとっては簡単なのかもしませんね……なんて思ってるうちに一限目が終わった。


 休み時間には取り巻きのお嬢さん方がやってくる。よく聞く取り巻きとは、高位貴族の令嬢に、下級貴族の令嬢が付き従ってゾロゾロゾロゾロ……のイメージなのだが……

「今日もシャルロット様の御髪おぐしはお見事でらっしゃいますわぁ」

 侯爵令嬢の談である。

 この学年には、王族の姫はいない。公爵令嬢もいない。となると、この侯爵令嬢が最高位になるはずだが

「え? この学校、身分による上下関係は禁止ですわよね?」

 と言ってはべってくる。確かに校則的にはその通りなんだが、本当にそれで良いのかしら? とちょっと思う。


「さぁ、次の授業は魔法の中間試験でしてよ。みなさまご準備は、よろしいかしら?」

 皆に声をかけ、魔法教室へと向かう。

 男性は剣術試験の時間になるので、別の教室だ。ルイージ殿下は剣術は得意らしい。学年で一番の成績だとおっしゃっていた。

 わたしの魔法はほぼお姉様方に教わったものだけだ。だから、わたしの成績はわたしのものではない。お姉様方の成績なのだ。ならば、決して順位を落とすことがあってはならない。


 魔法の授業は理論の時間と実技の時間がある。実技は実力差が大きくなりすぎるのでいくつかのクラスに分けて行われる。

 シャルロットは当然、実践魔法クラスの中の大規模魔法行使クラス……二年生女子四十七人中、たった一人のクラスであった。

 二年生だと、生活魔法を行使できれば最優秀。二つ使えたりしたら神童扱いだった。五年前までは。


 この学校にリフレクトマジックを張れる教師はいない。攻撃魔法を四種も使える教師もいない。詠唱省略できる教師もいない。魔法理論で効率の良い呪文構築を考えようとする教師もいない。

 なので、シャルロットの評価をすることが難しく、シャルロットの試験日には、宮廷魔道士団から講師をお迎えすることになる。

 

「やぁ、シャルロット嬢、ご機嫌いかがかな?」

 泣く子も黙る、王国随一の魔女、魔女王と呼ばれるアンガス宮廷魔導士長の一番槍。

 

『紫炎のバイオレッタ・アンサンデリカ』


 泣く子も黙る大魔法使いである。

 しかし、シャルロットは知っている。お姉様方の前では借りて来た猫よりもおとなしくなる『紫炎』の姿を。

 なんならシャルロットの魔法の前でぷるぷるしていたこともある。


『魔法の出力は負けてないと思うんだが、出の速さがダンチなんだよ。シャルロットの魔法は。あと、体術は絶対に敵わない。イコール、勝てる気がしない』

 先日、王宮でバイオレッタ先生に言われた言葉だ。確かに体を動かすのは少し辛そうではある。

『いや、魔法使いが体術で騎士団員とタメ張っちゃダメだろ』

 しかし、お姉様方には

『まだまだアリスタちゃんやコリンちゃんと比べたら、全然普通だから。安心していいよ』

 と言ってもらえている。

 ならば、まだまだ鍛えても大丈夫なはずだ。今日も王宮での妃教育のあとで騎士団に鍛えてもらおう。


「じゃ、リフレクトマジック張ったから、ファイアーボール単発で入れてみて」

 きっとこれは期待されているはず。ならばその期待に応えるまで。

 ピチュンッ

 この間自分でアレンジしたファイヤーボールを撃ってみた。

 ファイヤーボールの悪いところは、周辺被害が大きくなる部分だと思うのだ。お姉様方もよくそれで苦労して、別の魔法を開発したりしている。

 ならば、被害が小さくなるようにできるだけコンパクトに、できるだけ安定していつでも行使できるように。


 シャルロットの撃ち出した小さな点は、そのままバイオレッタの張ったリフレクトマジックを撃ちぬき、背後の土嚢に穴を開け、外部へと消えていった。


「ち、ちょっと待って……うん、ちょっとまっててね……うん」

 バイオレッタが席を外し、どこかへ行ってしまった。

 十分ほど待っていると、あちらから見えられたのはお姉様方‼︎

「カナお姉様、コトお姉様、しおりんお姉様、ご機嫌麗しゅう……あの、わたくし、お姉様方にご迷惑を?」

「あー、シャルロット、大丈夫だよ、気にしないでね」


 お姉様方とバイオレッタ先生が相談の上、カナお姉様がリフレクトマジックを張ってくださるようだ。

「とりあえず二十枚並べるわ。一番後ろにバリア入れれば安全性は保てるでしょ。よし、じゃこれでやってみよう」

 カナお姉様が振り向くと

「じゃ、シャルロット、あの的をさっきやったっていう魔法で撃ってみて」

「は、はい。わかりました……ファイヤーボールっ!」

 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピチュンっ


          ♦︎


 恐ろしいものを見ている気がする。

 ファイヤーボールの威力を上げていくとリフレクトマジックを一発で破壊することが可能なことは、カナのファイヤーボールや、みんなのNon-Mass魔法の実験で分かっていた。

 しかし、一枚だけだ。一発の魔法では一枚のリフレクトマジックしか抜くことはできなかったのだ。

 レールガンでもファイヤーボールでも、リフレクトマジックの裏側を攻撃するためには二発必要。それが当たり前だった。


 最初にバイオレッタ先生が五年生の教室に飛び込んできた時は、何事かと思った。

 しかし、これは確かに緊急事態だ。バイオレッタ先生が青い顔して飛んでくるわけだ。


「シャルロット、ちょっとだけソース見せてもらって良いかな?」

「はい、お姉様。どうぞ」

 シャルロットがスクリーン共有をかけてきたので拝見する。

 ざっと見た感じだと、通常一回しか行われないエネルギーの圧縮工程が、ループで果てしなく続けられているのが判る。発動子がトリガーになってループが途切れる関数。その間、エネルギーは供給され続け、圧縮され続け、そして解放される。


「これ、ゲーム用語で言うところのいわゆるチャージ? それにファイヤーボールの圧縮をかけてるから、エネルギー密度が恐ろしいことになってる……」

 カナが解説をするが、コトとしおりん以外の人にはカナが何を言ってるのかさっぱりわからない。

「この関数、色々使えそうだけど、どれとっても戦略兵器になりそうな予感ですね」

 しおりんも興味津々だ。

「ただ、これはわたしらの切り札になりうる魔法だね。やばい、シャルロットが愛おしくてたまらないわ」

 カナがシャルロットを抱きしめて頭にぐりぐりほっぺた押し付け始めた。

 シャルロットはちょっとだけ迷惑そうである。くるくる縦ロールがぐりぐり解けていく。

「カナ、やめたげて。シャルロットが迷惑そうにしてる」

「あう、ごめんシャルロット」


「と言うわけで、次の休みの日は空けといてね。色々テストしたいからさ」

 シャルロットの次の休みにアポを入れる。この娘はめちゃくちゃ忙しい娘なのだ。王妃教育とは休み無き詰め込み教育なのである。

「はい、わかりました。お姉様」


「じゃ、バイオレッタ先生、シャルロットの成績は頼みましたよ。わたしら以上に優秀ですからね。この娘」

「わかってますわ。毎回びっくりさせられすぎて、心臓が持ちそうもありませんけどね」


         ♦︎


 ふう、魔法のテストではえらいことになってしまった。まさかお姉様方がいらっしゃる事態になるとは……今度からはアレンジしたらお姉様がたに先に見ていただいた方が良いのかしら。


 続いてお昼になる。学食だが、基本的には皆同じメニューだ。そうそう何種類もあるわけではない。日替わりでさまざまな料理が出てくるが、一番人気は揚げパンと呼ばれる砂糖をまぶした柔らかいパンを油で揚げたものである。

 発案はお姉様らしい。


 午後はホームルームをやって、今日の学校はおしまいだ。このあとは王城に寄り王妃教育の続きを受ける。

 今日は詩歌とダンスと聞いている。この二つは割と得意なので、気持ちよくやらせてもらおう。伸び伸び踊れた方が見映えも良くなる。


 教育終了後、護身術を習うという建前で騎士団へと向かった。アリスタお姉様とコリンお姉様はいらっしゃるかな? また色々教えていただかないと。

 アリスタお姉様の魔法の使い方は、本当に熟練の極みとしか言えない。

 正対して戦っていても、いつどこから飛んでくるか全く予測がつかない。まるで幽霊の群れと戦っているような、そんなつかみどころのない戦いになる。

 コリンお姉様の体術は、見えない。本当に見えない。

 例えばカナお姉様も戦闘中に消えるのだが、消えるまでは見えているのだ。カナお姉様は。

 カナお姉様にコツを教えていただき、わたしもある程度動ける様になった。騎士団の方あたりなら、大体捕まらない程度には。

 しかしコリンお姉様は、最初から最後まで見えない。でも、コリンお姉様が戦っているのを外から見てると、普通に見える。もう、何が何だかわからない。


 ギリギリまで絞られて、ハァハァ言いながら締めの挨拶をする。

 疲れ切った身体に夕風が気持ちいい。このあとは女子寮のお風呂をお借りしてから、自動車で家まで帰るのだ。帰りの車の中で、うとうとしてしまうのは仕方ない。まだ八歳になったばかりだし。

 帰ったら夕食が待っている。ああ、動き回ったからお肉が食べたい。栄養学の勉強で言うところの赤い食べ物が欲しい……緑も黄色も好きだけど、今は赤だ。鳥さん豚さん牛さん羊さん、なんでもいいから早く食べさせて……


 そのあとはまたお風呂。今度はメルエットに手伝ってもらいながらゆっくりと髪を解いて。はぁ、明日も頑張りましょう。世界一の王妃になるためには、まだまだ研鑽が足りません。そう、現王妃ノエミさまを超える王妃様に……


 

 

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