第71話  飛行艇を作ろう

 さぁ、いよいよタイヤも目処が立ち始めた。と言ってもただの加硫した生ゴムだし、たいした性能ではない。それでも今までの皮巻きジェルタイヤと比べたら雲泥の差の性能である。

 オートバイのタイヤも、泥濘地な砂面でも前に進めるブロックタイヤの試作ができてきた。

 ショックアブソーバーにゴムのオイルシールが使えるようになり、減衰性能も格段に上がった。

 そして、油圧ブレーキ。もう、基本構成は二十世紀のオートバイと変わらなくなっている。馬車が通れるような街道なら、それこそ時速100kmで走り抜けることも可能だ。

 しかし、安全性確保のため、緊急時以外は時速48km制限を設けることになった。

 なぜこんな中途半端? 50km/hで良いじゃん……

 実は、いまだに距離感がヤードポンドな人のための措置である。

『一刻で60マイル進める速度』

 正直、夢のような超高速だ。あとは交通ルールの周知徹底と、教習所も作らないとならないかもしれない。


 航空機のタイヤも進化した。やはり空気入りタイヤの性能は代え難いものがある。離陸も着陸も、格段に乗りやすく安全になった。


「で、兄は今日は何のお願いなのかなぁ? リンダさんもポーリーさんも来てないけどぉ?」

 カナはまだちょっと怒っているらしい。

 コトはケイの目をじっと見ている。しおりんは陛下に呼び出されて留守、サンドラは定位置でお茶の準備中だ。

「あー、その……デート用に水上機作りたいなって」

「デート用! オッケー。今作るわっ!」

 いや、展開早い展開早い。カナ、少し落ち着いて!

「うーん、ターボプロップ機にフロートつけたら飛べないかな?」

 コトが堅実そうな案を出してきたが

「リンダさんとポーリーさんが乗るなら三人乗り以上にしないと」

 カナがひっくり返す。

「だとすると、キャビンは必要かぁ。操縦席は並列にして、後ろに一人以上、できれば二人は乗せたいかな」

 何となくのアイデアを仮想スクリーンに描いていく。

「小型機となるとフロート式一択だよねぇ。飛行艇にするとなると、高翼にした上で、その上にエンジン置くとかレイアウトがキツすぎるし」


 水の上で使うとなると、離着水時に主翼とエンジンが波を被らないように高い場所に置かないとならない。そうなると今度は飛行機としての機能が制限されてしまうのだ。

 あの、豚さんが乗ってる赤い飛行機は、かなりの無理を通した上で飛んでいる。超凄腕用の飛行機だと思って欲しい。


「技研の飛行機のエンジン配置からインスパイアさせてもらおうかしら……」

 インスパイア……良いことばです。パク……インスパイアされて新しく設計するのです。


「下駄履き低翼で、主翼上に双発エンジン。高尾翼。これなら今あるエンジンそのままでいけないかな?」

 まずスクロール魔法さんの中にモデルを作り、すぐさまシミュレート。こんな手抜……効率的な開発環境はなかなか得難いものがある。


「とりあえず、水には浮いたわね」

 シミュレート空間でカナが水上機に乗る。いつも通りしおりんとコトがデータを取る。

「じゃ、いっきまーす」

 スロットルを開け、機体が進み始める……と……

「おうわっ」

『どボーン』前転気味にひっくり返って水没した。かなりびっくりした。

「水の抵抗、恐るべし……フロートの受ける抵抗をもっと減らさないとなのかな。あとは推力方向? 偏向ノズルでも付ける?」

 試しに推力偏向ノズルを取り付け、お尻が持ち上がらないように押し付けてみる。

「うー、これだとフロートを水に押し付けちゃって速度が出ない……何これ難しいわ」

 何度も条件を変えながら試してみるものの、なかなかうまくいかないまま一日終わってしまった。


 昨日は何回でんぐり返しをしたことやら。根本的にお船モードを変更することを決意し、三人で相談する。

「機体前部にセンターフロート、両翼端にアシスタントフロートで前転防止とか、どうかな?」

 困ったときのコト頼み。試してみたら調子良さそうである。

「よし、行けそう。ちょっとこれで詰めてみよう。エンジンは小さい方のターボファン二機で作るよ」

 詳細設計図を作り、それベースに再び試験。結果を元に部品発注、組み立て工場押さえて組み立て。新型一機作るまでのルーチンも確立されてきたので、割とあっという間に飛行機が出来上がる。

 もっとも、いろいろな部分で魔法に頼ってるからできる技ではある。


 フロートは、物は試しでチタン製を作ってみた。

 実は兄から仕事を増やす依頼があったのだ。

「フロートってめっちゃ抗力になるっしょ? あれ、収納できないかな?」

 無茶を言う……と思ったが、試しにやってみたところ、もしかして行けそう? になった。

 室内高が犠牲になるが、フロアを高くしてその下に収まる形でフロートを引き上げる。両翼のアシスタントフロートも引き上げちゃえば、それなりに飛べそうなプロポーションになった。


 ただ、いつものカーボンだと引き込みリンク周りの強度に自信が持てず、だったらチタン試してみようか? となった。

 と言っても、プレス加工はまだまだ難しく、折り曲げ加工と溶接で作っていくしかない。

 ものになっていない技術は、ロマーノ工房に投げとけば良い感じにしてくれるに違いない。兄よがんばれ、妹は応援だけしているぞ。

「いや、カナ、もうちょっとなんか考えようよ……」

 コトに叱られた。

 仕方がないので魔導ティグ溶接機を開発する。シールドガスが風で乱れたりしないように、外側に窒素ガスでもう一つシールドガスを流す魔法を込めた魔石付き。テストした職人にめっちゃ喜ばれた。


 さぁ、いよいよ水に浮かべる試験だ。場所は当然、テストベンチ隣の湖である。

 最近は大きな台車に乗せて三輪オートバイで牽引していくので、職人さんたちの『えっほえっほ』が見られなくなってきてちょっとだけ寂しい。

 最後に湖に入るシーンは手で押してたが、オートバイはバックできないので仕方ない。


「おー、ケイくん、浮いたねー。すごいねー」

 リンダが感心するように言う。

 この娘は何にでも感心してくれるので、職人たちにも大人気だ。


「リンダちゃん、見てくれ、この刀」

「わぁ、凄い〜綺麗な刃紋だねぇ、すっごい切れそうだねぇ」


「リンダちゃん、ほら、この溶接」

「すっごい、色が全然変わってないねぇ、これは強そうだぁ」


「リンダちゃん、新しいエンジン完成したよ」

「わぁ、力強そうな音だねぇ。きっとよく飛ぶんだろうねぇ」


 かわいいフワフワした雰囲気の女の子にこんなこと言われたら、みんなそれはそれは張り切る。

 ロマーノのあの技術力を支えてるのは、実はリンダなのかもしれない。


 今日は湖に浮かべて、バランスを見るだけである。機体から脚を伸ばして舟部分を水につけ、後退翼の先の方にアシスタントフロートポンツーンがつく、三点で支持するタイプだ。

 飛ぶ時は滑走中にポンツーンを引き上げて抵抗を下げ、メインフロートそのものの形状で水面に浮き上がろうとする『ジェットフォイル』的な舟に仕上げた。これで離水までの滑走距離を短くする算段だ。


 翼の先端に錘を乗せても安定している。ノーズコーンやテールブームにぶら下がってもびくともしない。思った以上に安定している。

 ただ、波があったら酔いそうなのが難点か。


「オッケー、完璧っ。さすがカナの設計」

 さて、引き上げである。と言っても台車を沈めてあるのでそれほど大変ではない。三輪オートバイもあることだし。

 (あー、これでトーイングカー作れば、飛行場での移動も楽々か? いや、その前に救急車と消防工作車が必要か)

 余計なこと考えながら仕事してると碌なことはない。


「あ……」


 オートバイのトレーラーヒッチメンバーが割れ落ちた。

 牽引車を失った台車が湖に再び落下していき、飛び込んだところで浮かび上がった水上機が流され始める。

 いきなり被牽引物を失ったオートバイは、前輪を高く跳ね上げて暴走し、乗員がふり落とされて倒れていた。

「誰かリンダかポーリー呼んできてくれ、飛行機は後回しでいい。怪我人はまだ動かしちゃダメだ。そのまま声だけかけてて」

 すぐさま落ちた従業員の元へと走る。

 気を失っているが、頭を打ったか? 首の損傷は無いか?

「ったたたた、ってぇ……」

 頭を押さえて動き出した。気がついたようだ。

「まだ動かないで、そのまま寝てて。頭打って気絶してたので、検診済むまでそのままで。大丈夫、すぐ見てもらうから安心して」

 声をかけながらリンダかポーリーを待つ。

 しばらくすると、リンダがサイドカーに乗ってやってきた。運転は母親セレナである。

「ケイくん、事故?」

「バイクから落ちて頭打ったらしい。ちょっと見てもらえるかな? 頭の中で出血とか無ければいいんだけど」

「ん、待ってね」

 リンダはサイドカーから降り立つと、倒れている従業員の頭側に座る。

「リンダちゃん、手間かけてすまねぇっす」

「良いの、気にしないで下さいね。すぐ見ますからねぇ……うーん……ぶつけたのはこの辺ですか?」

 リンダが頭の左後ろあたりを撫でる。

「へぇ、そのへんです。ガツーンと来ました」

「ふむふむ。はい、良いですよ。もう動いても大丈夫です。安心してくださいな」

「リンダ、どうだった?」

「頭蓋の内側は問題なし。軽い脳震盪だと思うよ。ただ、たんこぶはおっきいの出来るから、今晩は痛いかもねぇ。気をつけないと。わたしも早く回復魔法覚えたいなぁ」


 良かった。本当に良かった。

 大きな労災にはならなかったが、重大なアクシデントには違いない。これまた再発防止考えよう。

 それと、彼にはお見舞いと十分な手当てをしないと……


 ……あ、飛行機っ‼︎


 オートバイ用の単気筒エンジンを積んだモーターボートに飛び乗り、もやいを解く。

 止水弁を開き魔石回路をオン、リコイルロープを引っ張りエンジンスタート。流れていった水上機に近づいて行く。

「良かった、損傷はないっぽいかな」

 フロートの先端に有る係留具クリートにロープを結びつけると、ゆっくりと桟橋まで牽引して行く。

 桟橋手前でクラッチを切り、そっと桟橋に着けると数人の職人が水上機を係留してくれた。

「彼は?」

「屋敷に運びました。しばらく様子見でリンダちゃんが見ててくれるそうです」

「ありがとう、助かったよ」

 大きな事故にならなくて良かった……やはり気を抜くと何か起きるなぁ……そんな思いで、ぐっと気を引き締めるケイであった。

 

         ♦︎


 さぁ、今日は試験飛行だ。色々あったがここまで漕ぎ着けた。

 三輪オートバイのトレーラーヒッチメンバーは、プレスと溶接で作られていたものを鍛造削り出しで作り直した。クランクシャフト削るよりよりよっぽど楽だよ……と職人に言われた。

 新型機は格納庫から出され、トレーラーされて湖まで運ばれる。湖に浮かべたら、そのまま桟橋にもやって準備完了。


「じゃ、行ってくるよ」

「ケイくん、気をつけてね」

「行ってらっしゃいませ、ケイさま」

 リンダとポーリーに見送られる。


 三人娘は桟橋には入らず、浜で待機だ。桟橋から飛行機を押し出すために人が集まっていて入れないのだ。

 いよいよケイが乗り込み、扉を閉める。シートベルトを締めて合図を出すと、職人たちが力を合わせて『せーの!』で機体を押し出して行く。

 桟橋から離れたところでエンジンスタート。ドーンドーンと左右のエンジンの起動音が響く。

「さぁて、行きますか」

 桟橋からアイドリングで離れ、機体を風上に向けた。桟橋で白旗が上がった。

 いつもと反対の右手で、二本のスロットルレバーを押していく。翼の上にマウントされたエンジンは、あまり音が響いてこない。計器に表示される回転数とパワーゲージで状態を見て行く。

 だんだん速度が上がってきた。左右のポンツーンはもう水から上がっているようだ。足元で水を切るセンターフロートの振動が弱くなってきた。

「ローテーション」

 機体を持ち上げていく。最初の飛行なので、フロートは収納せずそのまま湖を一周してくる。

「飛んじゃえば普通? でもなんとなく頭を下げたがってる感有るかなぁ。フロート仕舞うと劇的に変わりそうな気がする」

 機体の動きそのものは、やはり大きなフロートに引っ張られるようにフラフラする。

 操作を入れても、半拍遅れて振り子を振ってるような違和感。

 でも、普通に飛んでるしこのままでも慣れれば問題なさそうで有る。

「まーた妹達に世話んなったゃったなぁ……」

 いつか恩返しを……と思っても、もうとてもじゃないけど返せないぐらいの恩を受けてる気がする。

 まぁ、安全運行で返していこう。そう思い、ゆっくりと高度を落としていった。

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