第72話  航空偵察

 国からの依頼であった軍用機も何機種か開発した。

 その中でも発注数が多いのは、一番高価な輸送機である。試作段階から比べたら劇的に下がったのだが、それでも一機で金貨五万枚コースだ。それを三十機用意しろと言われ、先月末で七機を納品できた。

 複座の小型ジェットは量産型そのままの形で、すでに二十数機が納められた。

 練習機としてターボプロップも十機以上配備済みだ。水上機も、そのうち海軍に使われる様になるだろう。

 

 新開発の偵察機仕様も製作した。輸送機の胴体腹部に窓を複数設置し、後席に乗る偵察員が腹ばいになって地上観測する仕様だ。

 対空時間を伸ばすために、荷室分はほぼ推進水タンクで占められ、あとは食事と手荷物程度しか積めない。

 対空時間の関係上、トイレだけは有る。極寒低圧の過酷なトイレが……マニュアルでは、人の住まない場所で使えと書いてある。なにそれ怖い。


 すでに二機が北部山脈を飛んでいるが、偵察員はかなり体がきついらしい。とにかくお腹が冷えるので、毛布をお腹の下に敷いて対応している。 

 一応、偵察員四人で、二人ずつ二交代で飛んではいるそうだが。


 オートバイ部隊も揃いそうで有る。まだまだゴム部品が足りないので、数が圧倒的に足りて無い。そのうち、馬の半数はオートバイにすると言われている。

 魔石も足りておらず、価格の高騰を招いてきた。しかし、小さなものなら人工でも作れるようになり、オートバイ程度なら動かせる物も作られている。

 一つ作るごとに特殊な坩堝るつぼを一個消費する様な製法なので、まだまだ価格は下がらないだろう。


 大型の船はゴム輸送船の技術で、まだ開発の途中である。

 小型のボートは何艘も納品し終わっている。


          ♦︎


 北部国境方面軍、ロンバルディ辺境伯領飛行場基地。

 ここに偵察機が配備されていた。

 搭乗員は、機長、副操縦士、偵察員四名の六名体制で、二チーム存在する。

 整備は、今の所は飛行場の整備施設に丸投げで有る。


 今日も偵察任務が始まる。

 起床!

 朝食!

 点呼!

 始業準備!

 機体搬出!

 運行前点検!

 

 機長のテペラン中尉の指示で動翼の動作確認をしていた偵察員が、不思議なリズムで体を動かす。

 明らかに南方大陸人の特徴を持つ、通称『リズムボーイ』と呼ばれている年若い兵だ。

 本名はンムワイ・ギシンジ・キバキと言うのだが、発音しづらいと言って誰も名前を呼んでくれない。

 人種特性なのか寒いのが大の苦手だが、あまりの目の良さで斥候部隊に配属され、そのままズルズルと飛行兵にされてしまった。

 リズムボーイは教わった通りに機体の動作確認をし、リズムアレンジを加えた返答を返す。


「あんのバカ、あれじゃどっちかわかんねぇだろうが」

 機長席でぼやいているのはラリー・テペラン機長。階級は中尉である。

 難しい偵察機の機長を任されているのだからとても優秀なはずだ……ただ、少々口は悪い。

 副操縦士席で苦笑いしているのは副操縦士ファーストオフィサーのロバート・ニクソン少尉。隊員達からの評判も良く仕事も出来る、唯一の欠点はこれといった特徴が無いぐらいの出来た士官だ。


 他に三人の偵察員が乗る、定員六名の飛行機である。

 飛行準備が終わると、離陸指示までの間に二度目の朝食を取る。といっても、甘く焼いたパンを数切れつまむだけだ。ちなみに柔らかいとは言っていない。

 航空兵はとにかく寒い場所が勤務先になりがちである。なので航空糧食として一般兵の三割り増しのカロリーが供給されている。


 管制塔に離陸準備の旗が上がった。


 整備員がマーシャルに早変わりして機体の前に立つ。

「よし、行くぞ」

 おしぼりで手を拭き、ドアタラップに足をかけた。全員が乗り込み、タラップを引き上げるとそのまま扉になる。

 空の上で開かないようにロータリーレバーを回し、さらにロックレバーをスライドする。

 離陸時は全員シートに座るのがルールだ。


 マーシャルの指示に従ってエンジン始動、そのまま滑走路へと向かい、スルスルと動き始める。

「さーて、今日のお散歩は高めの指示が来てるぞぉ」

 機長の脅しにリズムボーイが顔をしかめた。高いところイコール寒いところなのだ。

 滑走路端に着く。機体最終確認。解氷機デアイサースイッチオン。

 離陸許可の旗が上がる。

 スロットル全開、離陸開始。


 数日前に付けてもらった新型のゴムタイヤと言うやつが、偉く快適だ。離陸滑走のゴンゴンが、ゴトゴトくらいにまで治った。

 VR、操縦桿を引き上げていく。V2、機体を風に浮かべた偵察機は、脚を引き込み速度と高度を上げていく。

 目指すは高度22,000ft。この山脈の最高峰『カスタネア・コルケ山』と並ぶような高さである。

 今の時期なら間違いなく氷点下の世界だ。リズムボーイが嫌がるのも仕方がない。


 やって来ました22,000ft、メートル法に直すと6,600mである。外気温は-12℃。機内はエンジン排熱を利用した空調で多少は暖かいものの、それでもかなり寒い。そして加圧はされていないので空気が薄い。

 そのままだと低酸素症で長時間の活動は無理である。 

 放置すればものの五分で酩酊状態に陥り、二十分で意識を失う。

 これは、訓練されたパイロットや偵察員であっても無茶な環境のため、酸素マスクが用意されていた。

 だが、まだまともな機内通信も装備されていないので、声も届きにくくなる。近日中には改善すると上層部からは言われているが、いつになることやら。


 今、下を見ているのはリズムボーイと、いつもサラミを持ち歩いている、通称サラミの二人だ。

 サラミはよほどサラミが好きなのか、飛行服のポケットにもサラミを入れてある。

 ただ、この高度だと咀嚼中に酸欠になるので、食べられないと嘆いていた。

 リズムボーイは寒くて寒くて仕方がなかった。根は真面目なのでちゃんと下の様子を観察し続けているが、寒いもんは寒い。

 寒くなると少々お手洗いが近くなるのは仕方ない。リズムボーイは先ほどから我慢を続けていた。


「よーし、そろそろ交代だ。替わるぞ」

 残りの二人の偵察員、フィリッポとパレーノが声をかけてくれた。これでトイレに行けるぜ! でも、あそこ寒いしなぁ……なんて思いつつ場所を空け、機体後部の個室の扉を開く。

「さみーよ、早く閉めろ」

 声をかけられ、慌てて中に入り扉を閉める。

 この部分、究極のぽっとん式である。水洗魔法を仕込んではあるが、貯溜機能は無いのだ。だから人が住んでる地域では使用不可と言われてるが、風向きによっては不幸な事故もあるかもしれない。


 幸い、リズムボーイは小用の方である。便座の中心から地上が見えている。この辺りは少し山が低く、地上が遠く感じられた。


 機体にただ穴を開けただけだと、ベルヌーイの定理により、恐ろしい勢いで空気が吸い出されてしまう。

 なので、ギリギリ微妙に吸い出される角度を自動で保つ機構が開発された。

 空の上で速度を変えながら、ひたすら水を流すテストは辛かったらしい。氷点下で吹き返しの水を被った時は、死を覚悟したとか……


「ふぃー、スッキリした」

 リズムボーイが幸せそうな顔をして、水洗スイッチを押す。魔石の効果で水が流れた。

 今は酸素マスクを外しているので、すぐに戻らないと脳が麻痺する。戻る間際に穴からチラリと下を見た。

 遥か下に山肌と……あれは、人? 軍勢?

 慌ててトイレを飛び出す。

「下、人、人!」

「なんだぁ?」

「下に人、人」

 とりあえずシートまで戻り、マスクを口に当てて深呼吸。頭がクリアになっていく感じがする。

「真下にたくさんの人です。確認してください」

「んー? なんも見えんぞ?」

 見ている先は標高2,000m前後に広がる大草原だった。羊の群れらしき塊は見えるが、なんと言ってもここから4,500m以上下なのだ。そうそう見えるものでもない。

「機長、下方に人が見えます。真下後方の草原の縁です。少し下げていただけませんか?」

「まぁ、お前の目は特別製だもんな。わかった、下ろしてやる。その代わりちゃんと見つけろよ?」

「はいっ!」

 ラリーが軽くバンクさせながら機首を下げた。


          ♦︎

「止まれー、小休止!」

「ぜんたーい、止まれ! 小休止!」

『ぱっぱらっぱぱっぱっぱらっぱぱっはぱぱーっ』

 小休止のラッパの音が高らかになる。

 

 彼らは帝国を出発し、遥か南方を目指してこの山脈を越えようとしているところだ。ここは、通る道筋を選ばないと非常な危険が伴うため、斥候隊を展開しながら慎重に進んできた。


 先ほどから、ゴゥゴゥとどこからともなく音が聞こえて来ている。辺りを見回しても何も異常は無い。ただ、どこからともなく音が響き渡ってくる。

 最初は遠くから近づいてくるように。そして、今は徐々に大きくなりながら近づいたり離れたりを繰り返している様だ。

 正直、兵たちも困惑している。この音は一体なんなのか。

 ハルキリウス・エンテンス准将は戸惑っていた。

 皇帝陛下から直接南部山脈攻略部隊をお任せいただいたのだが、このような面妖な現象の話は聞いてていない。ただの山鳴りにしては長すぎる。地震か火山の噴火でもあるのだろうか。

 しかし、このような場所に止まっていても仕方がない。帝国側から一般的に使われる回廊ではなく、この平原地帯を抜けて南の小国へと侵攻することが可能か、部隊を率いて通過試験を行っている最中なのだ。

 率いているのは一万五千もの兵隊である。これだけの部隊を動かして敵に気取られないように敵国に侵攻出来るか? の実証試験だ。実際には山二つ手前まで行き、そこに一月駐留。その間に斥候を送り出し、最終経路を開拓する予定だ。


 あの音が再び響いてきた。あれは一体なんなのだろう。この山のどこかに住むという、ドラゴンの叫びなのか?


          ♦︎


 「して、その帝国の部隊が通って来ているルートが、未だ未開拓のルートと言うことか?」

「御意。このままですと一月ほどで辺境伯領へと侵入されるかと」

「偵察の飛行機は張り付いておるのか?」

「は、毎日飛ばしておりますが、キョロキョロするばかりで未だ飛行機を認識されてはいないと思われます」

 飛行機には、光学迷彩こそ仕込んでいないが、リフレクトマジックの虹膜無しバージョンを下面に張ることで下からの視認を難しくしている。


「うむ。もう見つけてるぞ、ルート開拓も無駄だぞ、と気づかせてやった方が良いか……」

 もう、内政の方で手一杯なので、外からちょっかいかけられたくないのだ。内政で手一杯なので。大事なことだから二回言ってみた。


 主に子供部屋対策でみんなヘトヘトなんだよ。


「航空機部隊を飛ばして、敵兵の士気を削ごう。全航空戦力を動員してもかまわん。作戦立案は軍部に任せる」


 こうして、初の航空作戦が行われることになった。


 参加するのは北部国境方面軍に納められた航空機十二機全部と、王国軍からは身軽な複座機部隊十六機、合わせて二十八機もの大部隊である。


 普段そんなに飛行機が来ることがないロンバルディ飛行場に、爆音が轟く。

 パンパンに詰め込まれた駐機場から飛行機が一機、また一機と動きだし、滑走路から飛び立って行く。

 上空に上がったら山脈手前の川の上でしばらく待機。大きく旋回しながら僚機が上がり切るのを待った。


 全機揃った。

 編隊飛行の訓練はまだそれほどしっかりやっていない。各機十分な距離を取り、先行の偵察機について五列で現地に向かう。

 ジェット後流を避けるために少しずつ位相をずらし、真後ろにつかないよう注意を徹底させた。


 離陸から二十分。間も無く敵兵が蠢いていると予想される山間部だ。高度を下げ、威圧感を上げる。


          ♦︎


「准将どのっ! いつものあの音が、今日はまたやたらと響いている気が致しますが……」

 ソルビートリア・サハトニ大佐が警戒を強めているようだ。

「ああ、何やら面妖な気配がするが……斥候からは何も言ってこんか?」

「はっ、今のところ何も」

「うむ……」

 と、何やら兵が騒ぎ出した。

「何事だ?」

「閣下っ!、空に魔物の群れがっ!」


 空から大量の魔物が舞い降りてきた。あの音はあの魔物たちが出していた音なのだ。

 兵が慌てて弩や弓矢を用意して射かけている。 


 と、うち一匹が舞い降りて来たかと思うと、そこから紙がばら撒かれてきた。

 ゆっくり我らが上を回るのを良く見れば……あれは人か? 人が乗っている? あれが間諜たちが言っていた空飛ぶ機械なのか?

 空飛ぶ機械は、一つでは無いのか? こんなに大量に飛んでいるとか、どこからも報告はなかったぞ。


 再び魔物の群れが……いや、飛行機械の群れが戻ってきて頭上を超えていく。そして、爆音を立てながら山の向こうに消えていった。


 飛行機械から撒かれた紙には、我らの人数や行動は全て空から監視していると書かれている。

 更に、空の上で描かれたと思われる、恐ろしく詳細な絵も添えてあった。


 このルートはすでに見つかっていたと言うことなのか。それも、我らの手の届かない遥か彼方から。

 この件は大至急皇帝陛下へとお知らせしなければならない。部隊は今すぐにでも引き返さねばならないだろう。これ以上ここにいることに意味は無い。まずは帰って報告、そして、あの機械対策の検討だ。


 南の小国を落とすことなど造作もないと考えていたが、これはなかなかやりがいがあるかもしれん……

 

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