第70話  ごむゴム護謨ラバー

 ダンジョン産魔臓を使った魔力充填システムが完成した。こいつに魔導蒸気タービンを組み合わせれば、輸送船をノンストップで動かすことも可能になる。

 そう、南大陸との交易が風まかせではなくなるのだ。

 ああ、ゴムが、ゴムの輸入が捗るのだ!


 タイヤ、パッキン、ホース、バルーン。ゴムの使い道はいくらでもある。

 さぁ、蒸気タービンを、蒸気タービン船をぉ。


         ♦︎


「なんか、お兄ちゃんの心の叫びが聞こえてきた気がするわ」

 コトが図面を引きながらお耳をぴくぴく……させられなかった。

 アンガスさんのアレ、可愛いのに……とか思いつつ、耳を澄ます。


 手元のスクリーンに視線を戻す。

「はぁ、ゴムを買い付けに行く船に、ゴムが欲しいわ。なんで毎回毎回缶詰の中に缶切り仕込むのよ!」

 でもまぁ、無いものは仕方ない。代用品なりなんなりでとにかく動くものを作らねばならない。

「そういえば、缶詰ってあるのかしら。この世界」

 身の回りの人が皆アイテムボックス持ちになりつつあるが、そんなもののない船乗り達はどうしてるのか。

 やはり干し肉と酸っぱいパンとライムジュースなのだろうか。

 缶詰作るぐらい、ロマーノなら簡単にやってくれそうなのに……なんて考えつつ手は動かす。


 今日はこの部屋にはコト一人である。

 しおりんは国王陛下に呼び出されて、ドレスの仕立てをしているはずだ。カナはパトリシアお母さまに連れ出されて、お茶会のおもちゃになっている。サンドラも側付きとして連れて行かれた。

 (そういえば、ここしばらく一人でいることなんて無かったな)

 カナと再会してからもう六年。お兄ちゃんに仕えさせていただいて六年ということにも! ああ、なんたる幸せっ!

 盛り上がって天に昇っていってるが、そのうち帰ってくる。仕事が気になると帰ってくる小心者である。


 さぁ、この蒸気タービン船がうまくいけば、また褒めてもらえるかもしれない。わたしは頑張る!


 最初に描いたお船用のタービンは張り切りすぎたせいで、あまりに巨大だった。

 タービン径2.5m。総重量40トン。

 こんなもの、そのままじゃ輸送ができない。

 分解してお船に持ち込んで、お船で組み立てなければならないのだが……

「描いたはいいけど、これ、組み立ててもらえる自信がない……」

『わたしのかいた、さいきょうのえんじん』じゃないんだから、ボツよボツ!


 一人で煮詰まるとダメっぽい。やはりこの手の作業はカナみたいにスマートにはいかない。

 だいたい、一万トンの船とか作ってるわけじゃないんだから、そんな巨大なエンジンいらないし!


 サンドラもいないのでお茶の準備も頼めない。

 まぁ、侍女は呼べばすぐきてくれるだろうが、呼ぶのが面倒、うーんうーん。まぁ、空のコップに水魔法でお水出して……んっんっんっ……

「不味い……イオン交換水の味だわこれ」

 味がしない味とでも言うべきか、なんかこう、プラスチックっぽい味。


「あ、そういえばお水が海水なんだよね。このエンジンが使う場所だと」

 海水を直接使ったら、タービンの傷み方は真水の比ではないだろう。

「となると、飛行機ではできなかった回収型でやるのかぁ。熱交換器の方の見積もりも始めなきゃだわ」

 魔石で加熱爆発させる部分は真水を使わないとならない。出てきた蒸気は回収して海水で冷やして、再び液相に戻して再利用する。

 すると、エンジン後方に大きな膨張室と熱交換器が必要になる。

「荷室が狭くなるのは嫌われそうだなぁ……」

 かと言ってエンジン小さくしすぎても力が出ないし。


「うーんうーん」

 リアルに声出して唸っているところに

「ただいま〜、っかれたぁ。」

 カナが帰ってきた。

「全く高位貴族のおばさま方ってのはどうしてああ……どしたん?」


「えぐ、ひっく、カナぁ〜、ふぇー」

「ちょっ、コト何があった?第一の団長でも来た?」

 カナ酷いな

「お船が、お船が動かないのぉぅぅ」

「いや、なんなん?流石のコトシミュレータでもこれは読めん。何が起きた?」

「熱交換が荷室でタービンが海水だから、船長が怒るのぉ、うう」

「いや、日本語でおけ」

 いや、ほぼラテン語なので。

「えっぐえっぐ、あのね……」


 ………………

「つまり、エンジンの設計してたら補器類が大きくなりすぎてお船を占領してしまったと?」

「こくこくこく」

「…………おばかっ!」

「ぴやっ!」

「どんな高速船作るつもりなの! こんなの、このまま走ったらお船バラバラだわ」

「だって、だって、ゴム早く来たらお兄ちゃん喜ぶと思ったから」

「安全第一、お空もお船も、なんならおかの上も一緒!」

「むぅ」

「むぅ……じゃない! 可愛くすれば許されるって訳じゃ……訳じゃ……まぁいいか」

 良いのっ⁉︎


「お船の大きさは、当面小さめのガレオン船ぐらい。出来れば現代的なコンテナ船にしちゃいたいけど無理かな。排水量はせいぜい500トンかそこら。速度だって巡航5ノットも出れば充分」

 メートル法なら9km/hである。


「南大陸まではね、今の帆船でも風を選べば三日でつくらしいのよ。今使ってる帆船なんて、一日に三十浬も進めたら御の字だからね。5ノットで進めたら二日で着くわよ。しかも、逆風でも無風でも問題なく航海出来るのは、強いわよ」


 この時代の帆船は、国が持つような高性能船でも『順風満帆』な追い風を受けて、せいぜい10ノット。そんな風を一日中受けられる訳はないし、帰りは逆風だ。風が変わるまで、何日でも待たなければならない。


「港を出て、南大陸まで行って荷物を積み込んで、帰ってくるまで七日ぐらいかな。貿易革命よ、このスピード感は」


 とは言っても、エンジンだけあればエンジン船が出来るわけではない。船内を貫くプロペラシャフトと防水機構、実際に船を駆動する大きなプロペラ、プロペラの水流を制御する舵、これらの保守管理をする整備員、動力船を動かすことが出来る船員、航海士、船長……


 船は、当初は既存船の改造から始めた。乾ドックなんて存在しないので、満潮の時に人力で引き上げられるサイズとして、わずか15トンの船が選ばれた。

 浜に引き上げられた船を見にやってきた三人娘。いつも通りに端から端まで調べていく。

 ステータス魔法さんをフルに使うと、完全3D化は難しくないのだが、やはり内部まで踏み込まないとよくわからないことも多い。

「この船はテストケースだから、ほんと最小限でいくよ。プロペラシャフトは船尾スタンから直接出す」

「え? 舵は? それとも船内外機にするの? ユニバーサルもまだ出来てないけど……」

「トラス組んで後ろに伸ばす。良いの良いの、テストなんだから」

 パイプを組んで三角形に船尾を伸ばすらしい。パイプフレームはロマーノ以外でも得意とする工房が出てきている。きっと大丈夫だ。

「今までこの船は船長と航海士、あとは水夫五人で動かしてたんだっけ?」

 カナが船主の男性に聞いた。

 船主はこの港を中心に、周辺の漁村などから買い付けをしてくる零細船会社のオーナーである。

 正直経営に行き詰まりつつあり、少し船の整理をしようかと思っていたところに王室からチャーターの打診が来たのだ。

 チャーター料金は高め。しかし船の改造には目を瞑ること。

 どうせ手放すつもりだった船である。ご自由にどうぞと契約したのがつい五日前。まさかおかに上げてまで改造するとは思っていなかった。


「その七人で動かしていたので間違いないです、はい」

 相手はお姫様だ。失礼があってはならない。零細企業のオーナーとか、所詮はただの平民である。万が一の時には首が落ちるのかなぁ? とかドキドキしながら王女殿下達のお相手をしていた。

「では、その七名をしばらく預からせてくださいませ。改造した船を動かすための研修を行いますので王都に連れて帰ります。改造終わるまでにはお届けしますのでご安心を。その間の衣食住給金はこちらで持ちますし、ご家族がいらっしゃいましたらこちらで面倒見ますので」


 こうして、この国初の動力船が作られていった。完成までの一月半、乗組員は徹底的な教育を受けさせられた。

 実は今のこの時代、羅針盤を使っているのは航空機だけであった。ケイ達が作り上げたコンパスは、その他の分野にはスピンアウトしていなかったのだ。

「こ、この針で南北が曇りでも判るんですか? はぁ、便利な装置ですなぁ」

 この辺りの教育から始まって……

「この海流の速度が3ノットで西に流れます、船は6ノットで北北西に進んでいます。このままの進路を保った場合の三時間後の船の位置を海図に書き込んでください」

 船長と航海士には航海術の基礎を教えていく。


「これがエンジンっちゅうもんですか?」

「はい、これが蒸気タービンエンジンです。このエンジン一機で、おそらく最高13ノット近くまで出るはずですが、巡航速度は10ノットまでとしてください。あまり速度を上げると船の耐久性が下がる可能性があります」

 船体の強化も、表面に樹脂を塗布したり背面からカーボンフレームで支えたりで強化する予定だが、荷を積むスペースをできるだけ残したいのでこれも最小限になってしまう。

 水夫のうち二名を選抜して、機関士として育てる。どこかで故障しても、なんとか港まで帰れるように徹底的にしごく。

 もっとも、マストは残してあるので最悪の場合は帆船として戻れば良いだけなのだが。


 残りの三人の水夫は、ゴムの取り引きも担当してもらう。水夫の中でも人当たりの良い人間を選んだつもりだが、やっぱり水夫なだけあって荒っぽい。

 こちらは国の商業機関を扱ってる部門から人を借りてきて教育をお願いした。

 B.J.にもお墨付きをもらった役人だったので、どんな仕上がりにしてくれるか楽しみである。


         ♦︎


 こうして、ついに初の動力船が完成し、乗組員教育と船体テストも完了、実際の貿易へと旅立っていった。

 初回のみ、教育係のお役人がお目付け役としてついていった。予定では七日ほどで帰ってくるはずである。

 その間に、以前少量持ち帰ってきたラテックスから、試作のゴム部品を作っておこう。


 ゴム部品を生産するには、部品の種類の分だけ金型が必要になる。その金型を作るだけでも大変な手間になるので、これも専門の工房を作ってしまうか……

 機械部品だけじゃない、ゴム手袋にゴム長靴、輪ゴムにパンツのゴム。あったらとても便利な小物たち。これだって一つひとつ全てに金型が必要なのだ。

 手の大きさも足の大きさも色々ある。右手と左手でも作りは違う。さぁ、大忙しだ。


「子供向けにゴム動力の模型飛行機キットとか作りたいな」

 ケイの夢が広がり始めている。

 ケイの夢が広がると、コトの夢も、カナの夢も、しおりんの夢も、リンダもポーリーもアリスタもコリンもシャルロットも、みんな夢が広がる。


「さぁ、その前にだ。兄っ、ちょっとそこに正座」

「な、なぜにっ?」

 言いつつ素直に座るケイ。

「ここ十日間でリンダさんと何回話した?」

「え? え?」

「ポーリーさんとは?」

「え? え?」

「じゃ、ボンバーとは?」

「うーん……しばらくテストで一緒に飛んでたからなぁ、毎日それなりには」

「で、リンダさんとは?」

「えーと……しばらく、あって……ない……かな?」

「そう、ふーん……」


 じとーーーーーっとカナの目がケイを突き刺していく。ケイはそっと目を逸らした。

「目を逸らすってことは、罪悪感はあるのかな? ん? 釈明してごらんなさい」

「うー、だって忙しくて」

「シャーラップ! ポーリーさんはともかく、リンダさんはまだ十四歳なのよ。判る? 兄は通算四十八年ぐらいは生きてるでしょ? 十四歳の女の子泣かせてる中年ってどうなん? ん? 言ってみ?」

 問い詰めているカナは通算四十五年である。


「し、正直、そこまで深刻に考えてなかった。あとで謝るよ……」

「謝れば良いと思ってるとか小学生かっ! これから毎日毎日きちんとお話しすること。ポーリーさんともね。あとは何か詫び石を用意すること」

「詫び石って……ガチャでも引かせ」

「シャーラップ! そのぐらい自分で考えて! 頭使いなさい頭っ。その飛行機しか入ってない頭でも少しぐらい何か思いつくでしょうっ!」

 カナがケイ相手にここまで怒ることはとても珍しい。

 カナもコトに負けず劣らずリンダやポーリーのことが大好きなのだ。

 そして、コトほど兄に敬意を払わない。するとこうなるのか……勉強になる。

 隅の方でその状況を眺めているサンドラの感想である。

 サンドラは賢い。この、何とも不思議な集団のお世話を、ほぼ一人でこなしているのだ。人間としての能力は、もしかしたらシャルロットに次いで二番目ぐらいに優秀かもしれない。


「ま、これに懲りたらきちんと女の子に向き合うこと。飛行機と違って、ほっといたらどっか行っちゃうかもしれないわよ」

「うん……反省するよ」

「全くもう。あと、はいこれ」

「?」

「ゴム材料届いたから、納品書。もう、これは飛行機のためなんだからねっ」


 って、お前がツンデレかよっ。てか、ツンがデカすぎだろっ!

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