第68話 三人娘のダンジョン攻略 (前哨戦)
ついに輸送機が実用段階に入った。
となると、やはりアレに行かなければならない。そう、ミスリルラッシュダンジョンで有る。
念の為、スケジュールには余裕を持っている。
初日、二機の輸送機で三人娘とアリコリ、サンドラ、王女近衛を一個小隊、合計十三名を輸送した。
飛行機に初めて乗ったアリスタちゃんとコリンちゃんのはしゃぎようが新鮮である。
もっと怖がるかと思ったのだが
「ケイさまの運転なら大丈夫ですよね」
って、何その信頼感。
ケイの人気が止まるところを知らない。
今日はアリスタちゃんとコリンちゃんがいるので、飛行場からダンジョンまでは馬車で移動する。
と言っても、馬車を引くのは三輪オートバイである。まだ、四輪車の開発は済んでいないのだ。信頼性の高いユニバーサルジョイントの完成が待たれている。
それでも馬と違って疲れない三輪オートバイ馬車は、ほんの二時間でミスリルラッシュ鉱山に辿り着いた。
ここまでの道のりで襲ってきた魔物は皆無であった。バタバタブンブン五月蝿い見慣れぬ馬を襲うのは、怖かったのであろう。
時間は午前十一時。昼食をとってから、今日は様子見で二時間進んで戻り、今晩はここにキャンプの予定である。
まずキャンプ地の策定、防衛設備の設置、かまどの作成。姫君たちが泊まるのだ。一切の手は抜けない。一ミリの隙もなく、完璧な陣地を……
「とか思ってやってるんだろうね」
「多分ね……」
「わたし達がアリスタちゃん、コリンちゃん、サンドラの安全確保、しないわけないんだけどねぇ」
周辺の索敵、敵の処理はすでに済ませている。半径二キロぐらいの範囲には、脅威は何もない。
しかし、それを近衛に伝えるほど無粋でもない。ニコニコしながらありがとねーと、愛嬌を振り撒いていく。
アリスタちゃんとコリンちゃんは、まだ魔物を倒したことがないという。ならば、今日はいろいろな経験をしてもらおう。
お昼ご飯はアイテムボックスのサンドイッチ。ピクニックかよ!
そうです、前回も今回も、ピクニックの程で来ています。至ってお姫様らしい……な訳あるかー!
と、
「では、行きましょうか。まずは肩慣らししながら、どんな魔物が出るのか解説していきますわね」
というわけで、しおりんを先頭にコリンちゃんアリスタちゃんと続き、コト、サンドラ、
近衛はひとまず、ベースの維持で残してきた。
ダンジョンに入って100mほどで最初のエンカウントがあった。とは言っても
「はーい、今からダンジョンに入ります〜。最初の敵は入って100mぐらいのあたりにいるコボルトですね。最初なので解説しながらしおりんが戦います。よく見ててくださいね」
とか言われているのだ。
そしてしおりんが戦いながら、一つ一つ解説をしてくれる。
「コボルトに限らずこの手の人型は、普段相手にしている人間とは構造がそれほど違いませんが、フェイントとか視線誘導はあまり効きませんので注意してください」
などと説明しながら、実際にフェイントをかけてリアクションを取れないシーンを見せてくれる。
「はい、スライムですね。スライムに触れたり体液を被ったりすると、皮膚から溶かされるので十分注意してください。また、金属製の武器も腐食することがあるので注意です。一番簡単なのは焼いちゃうことですが、洞窟の中などで火が使えない時は、熱湯ぶっかければ大抵動きが止まります」
そう言いながら熱湯を用意して、その中に包み込む様に……
しばらく維持していたら、プルプルに固まったスライムになる。
「はい、この通りです。後ほどまた出てきたら試してみましょう」
そのまましばらく進んだところでコトが叫んだ。
「次の部屋にローパー!観察用意ね。毒対策も用意!」
そう、ついにまたローパーに逢える。あの時、一瞬で倒してしまった自分のバカさ加減はどうよ?とも思う。
次の次の角、そこにローパーがいてくれるはず……
「あローパーっていうのはね目玉と触手の化け物でね……」
コトが早口で説明し始める。
これが始まると『ああ、ケイと兄妹なんだなぁ』と、実感できる。飛行機の解説を始めた時のケイとそっくりなのだ。主に喋る早さと間の取らなさが。
そんなこんなで次の部屋。しおりんがローパーを釣りに行く。後ろからはリフレクトマジック(改)をスタンバイするカナ。
新型防御魔法はまだ出来上がっていない。リフレクトマジックの形状を変更できる様になったのが、成果といえば成果か。
従来は六角形でしか作れなかったリフレクトマジックが五角形でも可能になった。
そうなると、球状に包み込みたくなるものである。敵をなのか、味方をなのかは臨機応変で。
ただ、今のところまだ座標合わせが手動計算なので、早いところ自動化したいものだ。
しおりんがローパーに接触した。威力を抑えたウインドショットを当てて様子を見る。ローパーがこちらに気付き……浮き上がる。
コトは全力で記録して行く。画像記録、魔力の流れ。周囲の磁気の流れ、次元断層の存在、空気の移動。
ローパーの移動はそこそこ速い。すぅっという感じで寄ってきた。カナがリフレクトマジック(改)を発動、ローパーをサッカーボール状の空間に閉じ込めた。
これで安心して観察できるかと思ったところ、ローパーがボール内から消え、皆の後ろに出現する。
完全に予想外の動作だった。テレポーテーション、瞬間移動、空間転移。いろいろな呼び方があるが、二点間を飛び越えて移動したことだけは間違いがない。
流石に脅威だと判断したカナがローパーの中心をアサシンで焼き落としたが、流石にびっくりしている。
「今の、見た?」
「見た……と言うか、記録はかなり詳細にとってる。うふ、うふふ、うふふふふふふふふふ。これは解析のしがいがありそうねぇ」
コトが邪悪な笑みを浮かべている。だから変なファンが湧くんだよ、あなた。
ほら、カナですら苦笑してるじゃない。
その後は安定して狩り始めた。戦闘はしおりんが下がり、コリンちゃんとアリスタちゃんと……
「わ、わたくしもでございましょうか?」
「そりゃ、サンドラも近接訓練やってもらってるし、魔法はこの国では一流と言っても良いぐらいだからね」
アリコリサンの三人で交代しながら魔物を倒し、三人組のアイテムボックスに回収して行く。
進行開始から二時間、そろそろ戻ろうか。と話し合っている場所に、再びローパーが登場した。
囲むと厄介な跳躍をすると判ったので、今回は魔法無しの剣士が戦えるかの検証をしてみる。
と言っても、毒を撒くと言われているのでそのままでは怖い。最速でボール内退避できる様に準備した上で、剣士としては最強のカナが相手をする。
『とんっ』と軽く踏み込んだカナは、そのまま面を打ちに行く。目玉がギンっとカナを見据え、カナの動きが止まった。
「カナっ!」
即座にカナの周りにリフレクトマジック(改)を展開したコトが、続け様にローパーに7.62mmのレールガンを撃ち込んだ。
ローパーの巨大な目玉部分が弾ける様に無くなり、目玉からぶら下がっていた触手部分が地に落ちる。
「物理攻撃も効くことは効くんですね」
しおりんが冷静に言う。こんな時は慌てたものの負けだ。さすがしおりん場数が違う。伊達に荒事の最前線で五十八……おっと、誰か来た様だ。
「カナ、大丈夫?」
「おっけ、
「睨まれると動けなくなる?」
「そんなそんな。あと一つ踏み込めば届くってところで、手も足も動かなくなったよ。脳内では振り下ろしてる感触があるのに身体が動いてないの。新しい経験だったわ」
「無事でよかった。とりあえず戻ろっか。帰って検討会だわ」
こうして初日のアタックは終わった。
途中、訓練がてら物理攻撃もしていたので前回ほどの距離は進んでいないが、新たな知見をたくさん得られてコトが幸せそうである。
コトが幸せならカナも幸せだし、この二人が幸せならしおりんも幸せだ。
しおりんが幸せならアリスタちゃんも、そしてコリンちゃんもと、幸せの連鎖は続く。
「おおおおっ!」
テントの中にコトの叫びがこだました。
「凄い、これ凄い。次元断層乗り越えてるよ。この転移は」
「あー、なるほど。生物の入れるアイテムボックス用意して、入り口と出口を別の場所にしてるイメージかぁ。これは人間には無理そうかな?」
「断層の向こう側は原理上伺えないからわからないけど、この子の通った経路がわかればワンチャン?」
「ああ、安全な通り道がある可能性が微レ存?」
新しい理論も次々と生まれる。
「これ結局、カナが最初にやった弩の矢飛ばした時と同じ浮き方?」
「落下すると言うベクトルを固定? 今考えると、なんであれでできると思ったのかわかんないのよね。しかも、出来ちゃってるのが更に訳分からんわ」
「物理的には落ちるよね。重力がある部分ではその重力に逆らわないのが運動方程式なんだから」
「この星の自転も公転も、星系の移動もひっくるめて動いてるはずだしねぇ」
「まぁ、周辺の物質に対して相対固定なのかしら。いや、どうやって止めてるのかカナに聞きたいんだけどさ」
「はい、フローチャート。これ見てなんとかして」
「うーん……」
「よし、コトが静かになったから、ミーティング始めようか」
カナが酷い。けどコトの扱い方は流石である。伊達に同一人物を謳っていない。
「で、コリンちゃん、アリスタちゃん、初めての魔物討伐はどうだった?」
「巻藁に比べると、硬いなぁ?って思いましたわ。だから、切る時に弱いところを狙わないとって、努力しました」
コリンちゃん、普通に関節をひとなぎで切り落としていっていた。絵面を出すと全年齢が微妙になるので出せないが。
「全体的に魔法の通りは良い感じですね。物理だと弾かれる鱗や毛も、魔法だと割とすぐダメージ入りましたわ」
アリスタちゃん、それ多分、出力がおかしいだけです。
それでも、ステータスオープンを使える攻撃魔法使いなら、このダンジョンで戦って行くのは難しくなさそうである。
代わりに、剣と槍だけで進むのがあまりにも無謀だということもわかった。
ローパーの様な特殊な攻撃を仕掛けてくる敵も、この先は増えるかもしれない。明日はもう少し気持ちを引き締めて、アリスタちゃんコリンちゃんサンドラにも魔法主体で戦ってもらうことにしよう。
ポクポクポク、チーン
「うーん、今までの物理学ってさ、反重力はほぼ否定されてきたでしょ」
コトが突然語り出した。サンドラが即座に反応して、お茶の用意を始める。長丁場を覚悟したのであろう。
「モノポールは計算上、必ずあるはずだ! って探して探して探し回ったけど、結局マイクロマシンさんが持ってることがわかるまで、見つけられなかった」
モノポール、磁気単極子。N極だけ、S極だけの磁石。
同極同士は常に反発し合い、異極同士がぶつかると対消滅して周囲の素粒子に干渉し、大量のフォトンをばら撒く。
「じゃ、反重力子が絶対ないって計算結果は出てる?」
「出てないかな?」
「うん、出てない。でも、わたしは無いと思ってる」
「なんじゃそりゃー! 結局無いんかいっ!」
「まぁ、勘……かなぁ。で、それだけで終わったら、じゃあローパーも、カナの矢もなんで浮いてるの? となるよね」
「まぁ、それがこの疑問のスタート地点だし」
「物がそこにあるって、どんな状態だと思う?」
また飛んだ。コトと学術話を始めると、この手の会話の飛躍が良くある。慣れてるカナやしおりんならともかく、アリスタちゃんとコリンちゃんは普段のポンコツコトとのギャップに驚き……驚……なんか、めっちゃ尊敬の目つきで見てるんですが!
アリスタちゃんとか、お目目キラッキラにして……かわいい。
「物がそこにある? えーと置いてあるとかじゃなくて、存在してる的な?」
「そそ。物がそこに存在してるって、どういうこと? そこには本当に物があるの?」
物理は突き詰めると数学になり、更に進むと哲学になる。
ここで『だって、有るじゃん』とならないのがコトなのだ。
「物質としては、存在してるかな? 見えてるし、触れるし」
「たとえば、わたしらのシミュレート空間。完全バーチャルリアリティだと、見られるし触れるよね。VRだと頭で理解してるからバーチャルだってわかるけど、知らない間に連れてかれたらわからないよね?」
「うー、じゃ、物があるなんて仮想だって?」
「えっとね、物はあるのよ」
「まてこら! 凡人を置いて行くな!
「さっきさ、リフレクトマジック(改)で囲んだ時、ローパーはどうやって動いてた?」
「あ、それならわかる。次元跳躍したってさっき言ってたよね」
「同じなのよ」
全員、はてな? となっている。カナですら置いて行かれた。
「あれ、常時同じ場所に出現し続けてる次元跳躍なのよ」
「!」
移動する時は少しずつ位相をずらし、止まるとその場に出現し続ける。
出たり入ったりではなく、隙間なく出続けているので実態はあると言える。
ただ、他次元と重なり合い、その場に居るという動作を続ける。
「あ、だから矢はわたしでも出来たのか」
矢は無生物である。同じことを生き物でやろうとしなくて良かった。
「というわけで、現状同じ飛び方をするのは難しいとわかりました。残念」
今日はここまで、あとは明日。
夕飯は近衛のみんなが作ってくれたスープと、持ってきたパン、それに乾燥肉にフルーツ。
乾燥肉も、王宮仕様の高級品なのでとても美味しく食べられた。良く物語に出てくる、硬くてしょっぱいだけのお肉とはちょっと違う様だ。
さぁ、寝る……前に周囲の索敵。超センスを目一杯の感度で立ち上げて周辺を探査、見つけた魔物はオールデストロイ。コトさんいい仕事しております。
それでも近衛から二人ずつ三交代で見張りが出る。ありがたいことです。あとでお礼にしおりんの笑顔をプレゼントしよう。
「勝手に人のスマイルを〇円にしないでくださいませ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます