第67話 ケイの悩み
(おかしい。声変わりが来ない)
ケイはもう十四歳。第二次性徴期も終わりに差し掛かっているはずである。
しかし、声も変わらず、あのあたりもモニョモニョと、成長している気がしない。
カナが言うにはマイクロマシンとやらが完璧な体調に整えてくれているはずだと言うのだが……これは誰に相談すれば良いのだろうか。
妹達に相談するのは、いくらなんでも恥ずかしい。リンダやポーリーは論外である。母に言うのもなんか……父? そんな繊細なことを相談できるような人ではない。
というか、恥ずかしくても妹達に相談しないとわからないだろうな……そもそもマイクロマシンとか話が通じる人間が、あの三人しかいない。
♦︎
「とまぁ、声変わりしないのがなんでかな? って思ってさ、コトたちに相談したいんだ」
お兄ちゃんからの相談、お兄ちゃんがわたしを頼ってきて、お兄ちゃんっ
「はーい、兄そこに寝て。はい、コトはちょっと邪魔、どいて。しおりん手伝って。スキャンしてスクリーンに投影するから解析お願い」
カナが酷い。けどまぁ、コトが邪魔なのは確かなので致し方ない。
「うーん……確かに喉頭部の骨の育ちがあんまり良くないみたいですね。でもなんで?」
「ちょっと全身スキャンするわ。何となく心当たりあるのよ」
そう言って、カナがケイに魔力を流しながら全身をスキャンして、スクリーンに整理していく。
MRIっぽい輪切り画像が何枚もスクリーンに表示され、周りに何かのデータがテキストで表示されていく。
「あー、やっぱり前立腺少室が大きくなってる。精巣が体に収まりつつあって、陰茎の成長も微妙っと」
全年齢ギリギリの診断をされ、ケイは恥ずかしがっている。しかし見てる方の三人は脳内がお医者さんモードになっているため、なにも感じていなかった。
「これ、マイクロマシンの忖度じゃないかなぁ?」
「はい?」
ケイ、コト、しおりんの顔にハテナマークが浮かんでいる。
「ほら、兄はさ、男性なせいで魔法がうまく使えなかったじゃない。でも、今までにワイバーン対策とか、ステータスオープン魔法入れる時とか、魔法をもっと使えるようになりたいって願ったりしてたでしょ?」
「お、おお。魔法のために女の子になりたいって言ったら、リンダとポーリーにめっちゃ怒られた覚えが……」
「でまぁ、マイクロマシンさんが忖度して、兄の体を魔法対応させたと」
「じゃあ、もっと魔法使えるようになったってこと?」
「その代わり、五分の一ぐらい女の子になってるけどね」
「ちょっとまてぇぇぇぇえええっ! それ困るっ、リンダにめっちゃ怒られるっ!」
「と言われても……うーん、何とかなるかなぁ? まぁ、やってみるけど一応リンダさんとポーリーさんには話しといた方がいいかも」
♦︎
リンダとポーリーに話す……
とても怖いが、これやっとかないと後でもっと叱られるやつである。
「リンダ、ポーリー、ちょっと話があるんだけど……」
「え、えええええええっ? ケイくん、女の子になっちゃうの?」
「なっちゃうというか、半分女の子になりかけてるというか……いや、まだ判らないよ? 妹達が何とかしてくれるかもしれないし。ただ、今の状態だと男性としての機能も半分しかないらしくて」
「うー、ケイくんの子を産みたいという、ポーリーさんの気持ちはっ?」
いや、リンダさん、そこは自分の気持ちを表明しないとダメなんじゃないですか? ほら、ポーリー真っ赤になってるし。
「子供を作れるかどうかはまだ確認してないから判らない。もう少し相談してくるから、泣かないで、ね」
『うー』と唸りながら涙を浮かべ始めたリンダを前に、ケイは焦りまくっていた。
♦︎
「で、今度は子供を作れるかどうか? うーん、今ならまだギリ戻れるかなぁ? スクロール魔法さんで色々確認したんだけど、そもそもわたしら三人も子供は難しいかもしれないのよね。色々いじられすぎちゃって」
カナさん爆弾発言です。
「アリスタちゃんやコリンちゃん、シャルロットがそうならないように気をつけるけど、兄は間に合うかなぁ」
魔臓の代わりを卵巣と子宮が代替している都合上、子供の入る場所が現状無いのだ。
妊娠出産の時期だけ魔法を止めてやればいけるかもしれないが、やってみないと判らない。その上、寿命マシマシなのが判明しているので、成長曲線も意味不明と化している。この先どこまで成長できるのか……
とりあえず、兄の身体の保護方針の変更を兄の中に書き込めるか、魔法陣を作って読ませてみた。
あとは時々検診を行いながら治療方針を決めていくしか出来ない。
「あとはあれだ。祈っておいて。子供ができますようにって」
こうして、ケイの
♦︎
今日はとても良い天気だ。気流も安定していて良いテスト日和でもある。
今日乗るのは輸送機型の新型機だ。
大きめのエンジンを機体後部に二つつけて、長めの後退翼と高尾翼。
めちゃくちゃビジネスジェットっぽくなってしまっているが、そのレイアウトの合理性が解るだけに仕方がない。
積載量いっぱいになる荷物を積み、推進水も目一杯積み込んで、いざテスト飛行だ。
いつも飛んでる飛行機の何倍もの重さがあるので、駐機場から滑走路まで出ていくのにも時間がかかる。
なんとか
手旗が上がり、振り下ろされた。ブレーキをリリースして加速を開始する。
のろのろのろのろ。なかなか速度が上がらない。
計算上の離陸速度は110ノット。まだまだ速度が足りない。
じりじり……やっと離陸決心速度を超えた。
もう、速度が上がらないから飛べませんとかは言えない。何があっても一度地面から離れなければならない。じゃないと湖に飛び込むことになる。
「ローテーション」
そっと操縦桿を引き上げる。
今までの小型機のスティックタイプの操縦桿ではなく、操舵輪型の操縦桿である。旅客機っぽいアレだ。
前輪が地面を離れる。
この機体で初めて採用されたフラップ。主翼の一部を下向きに下げ、揚力を増加させるため装置が効果を発揮して機体を持ち上げ始めた。
「おお、最大離陸重量でも飛べた……ふぅ、機体が重い……輸送機は大変だなぁ……」
ケイは飛行機に好き嫌いはほとんどない。旅客機も好きだし、軍用輸送機だって大好きだ。
ただ、こと操縦経験に関しては小型のビュンビュン動く機種にしか乗ったことがなかった。
T-7練習機、T-4ジェット練習機、そしてF-15J戦闘機。どれもスパスパと向きが変わり、ぐんぐん空に上り、スパッと降りられる。そんな飛行機ばかりだったのだ。
なので、浮くかどうか本当にギリギリな飛行機の操縦なんて初体験もいいところである。
「うわぁ……ロールしないと思ったら、今度は止まらない……」
しばらく飛ばしているうちにだんだん傾向はわかってきたが、それでもなかなか慣れない。
「油断すると高度が下がる、向きを変えるにも、変えようと思う五秒前には動かし始めないと動かねえ……ムズイ……」
そろそろ着陸準備。推進水は二度までのゴーアラウンド分を除き投棄する。
「お水の分軽くなったけど、まだ重いぃ。アプローチで高度が下がるぅ」
飛行機操縦ってこんなに難しかったんだ……新たな思いを持ちながら滑走路に近づいていく。高度維持を頑張っても速度がなかなか落ちない。高度が下がるとすぐ加速してしまう、ドキドキしながらもパピ……進入角指示装置に従って降りていく。
実は、この進入角度も戦闘機とは大きく違って少し怖かったりする。
「30ft……20ft……10ft……タッチダウン」
コールしながら下ろした瞬間、後ろからガリガリっと大きな音がした。
「うわ……やっちまった……」
いわゆる『尻餅事故』である。
慣れない飛行機とはいえ、事故は事故だ。
まだ航空機事故を報告する制度などはないのであるが、全く何もしないわけにもいかない。
事故がもう起こらないように再発防止策を考え、周知させねばならない。
しかも、やっちゃった本人が……である。
こんなことの相談をする先も……
お兄ちゃんからの相談、お兄ちゃんがわたしを頼ってきて、お兄ちゃん……
「はい、コトはどいて。で、今度は? 事故の再発防止? それって兄の専門なんじゃ?」
その通りである。
「いや、事故起こした本人の再発防止策とか、誰が聞くんだよってなるでしょ?」
その通りである。
「うーん……コト、ちょっと考え……」
あ、もう考えてるっぽい。なら安心である。
「兄、ちょっと待ってね。この表情だとすぐ戻ってくるはずだから。サンドラ、お茶のお替わりお願い」
それからほんの五分ほどでコトが帰ってきた。
「スクロール魔法さんで再現してるシミュレータさ、外部演算でできるようにならないかしら。男性でも利用できるように」
「あ、シミュレータ訓練できるようにするのか。ならパイロット相手だからみんなステータスオープンは入ってるよね? インターフェイスはそっち流用すれば行けるかな?」
「完全没入型バーチャルリアリティじゃなくてもいいと思うのよ。それこそPCでフライトシミュやっていた時レベルの再現度でも、役に立つと思うんだけど」
「だったら、魔導具で行けるかな。操縦装置型魔導具作って、表示系はステータスオープン魔法を利用すれば出来そう」
「お兄ちゃんだけなら、今の身体ならカナのシミュレータに入れると思うんだけどね」
そう、微妙に女性化している今ならスクロール魔法さんもインストールできるかもしれない。ただ、その場合完全に男性に戻れる確率が下がったりしないの? という思いもなくはない。
というわけで、とりあえず操縦装置を作ろうと思ったら、もう有るよ? と言われた。
そういえば飛行学校に操縦席だけの訓練設備がいくつも並んでいた気がする。
それを改造してステータスオープンと繋ぎ、フライトシミュレータ化するシステムを作り上げる。演算処理に使うリソースは魔石にカバーして貰えば、男性でも無理なく視界ハッキングできる。
さっそく運用開始したのだが……恐ろしく評判が悪かった。それはもう皆に恐れられた。
視界を完全にハックしたのが悪かったのか、酔う。恐ろしく酔う。乗り始めて五分で酔う。そして、ちょっと見せられない醜態が発生する。
後片付けする人にも評判が悪く、早急なバージョンアップが求められた。
「これは三半規管やら身体のGセンサやらと視界の齟齬が原因ですよね。なら、そっちもハックしましょう」
しおりんが良い笑顔で言った。
もう、こんな時はしおりんに任せた方が良い結果になる。多分。結果だけは。
「オロロロロロロロ……」
カナが試験で乗って酷い目にあった。
「オロロロロロロロ……」
コトが試験で乗って酷い目にあった。
「オロロロロロロロ……」
アリスタちゃんもコリンちゃんもサンドラまで酷い目にあった。
「ふむふむ。よし、これで完成かな?」
ついに完成したが、しおりんに任せたことを心から後悔したカナとコトであった。
しかも、最後まで自分は乗らなかったよコイツ!
しおりんをコイツ扱いとか、陛下に知られたらえらいことになりそうな気がする。
最近はカナよりもしおりんを優先する方が多い国王陛下なのだ。さすが元女スパイ。籠絡はお手のもの。
「でも、ハニトラ要員とか、そーゆーのは全然なかったんですよねぇ。荒事ばっかりで……」
実は、当時の室長が幸田巡査長の大ファンで、その手の仕事を一切回さなかったのは、本人以外のみんなが知ってる公然の秘密であった。
しおりんだけは、殉職した今でも知らないままだ。おそらくその方が幸せだろう。
予定より少し遅れて完成したシミュレータを、航空学校に納品しケイに試してもらう。
いつも通りシートに座り、シートベルトを締める。
起動用の魔法陣を読み込むと自動的にシステムがスタートする。
「おお、すごいや、これは乗ってるわ。いや、マジで良いものだ、このシミュレータは」
「基本はカナのプログラムだけど、仕上げたのはしおりんだよ。褒めてあげて褒めてあげて」
コトはお兄ちゃんが誰を褒めても、まるで自分が褒められた様に喜ぶ。
「しおりんありがとう。これは凄いよ。愛してるっ! ちょっと無茶な機動かけるよ。おおっ、おおおっ、おおおおっ、うわぁぁぁぁああああああっ‼︎」
どうやら堕ちたらしい。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……リアルすぎるのも考えものだな……ビビった。超ビビった。これは下手すると、ちびるぞ……」
「いや、それは責任持てないです。せめて乗る前にトイレ行ってきておいてくださいな」
って、幼児かっ!
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