第66話  アリスタちゃんとコリンちゃんは御令嬢

 「あぁ、コリンさま、今日の御髪もとても良い感じにフレアってらっしゃって、素敵ですわぁ」

 一人暮らしのコリンちゃん、朝寝坊してセットする時間がなかっただけです。

「アリスタさまも、憂いを帯びてとてもお美しくてらっしゃって…」

 今日の夕方からのイベントが楽しみで寝られなかっただけです。

 

 幼年学校五年生になったアリスタちゃんと、コリンちゃん……と、三人娘。

 アリスタちゃんとコリンちゃんは相変わらずの大人気。

 三人娘は、王女殿下たるカナはそれなりに人気はあるし、しおりんは男子生徒に猛烈なファンを抱えている。コトもアレなファンならたくさんいる。

 しかし、アンタッチャブルなのだ。触ってはいけない三人なのだ。

 じゃないと殺虫パンチがががが……


 今日は魔法のテストと護身術のテスト。当然二人とも必死に手を抜いて普通の合格圏内を目指す。しかし、護身術はともかく魔法は発動が早すぎるわ威力の加減が難しいわで、三人娘に慣らされた教員の目を欺くことは難しかった。


「相変わらず成績抜群で素敵ですわぁ」


 学校が終わると一目散に騎士寮に帰る。制服から運動着に着替えるとすぐさま練兵場に向かった。

 今日は御前訓練。そう、国王陛下王妃殿下が御観覧になるというのだ。

 二人は張り切っていた。今ここでどんどん成長できているのも、陛下がここに住まうことを許可してくださったおかげなのだ。ならばその成果を、是非とも陛下に見ていただきたい! 全力ですっ!


         ♦︎


「おお、ウチ伯爵令嬢アリスタと、ボルドリー伯爵令嬢コリンの演武じゃと?」

 国王陛下にアリスタちゃんとコリンちゃんの実力を見ていただこう。そうすれば、護衛がいかに足手まといかというのを実感してもらえるかなぁ?という作戦である。

 最近、更に二人の実力が伸びていると聞いて、自分たちも見るのを楽しみにしていた。

 ここのところ新型機械の開発が重なり二人とほとんど会えなかったので、どのぐらい成長したのかワクワクである。


 そして今日、その日を迎えた。


「用意、始め!」

 コリンちゃん vs 第一騎士団一個小隊

 王国の一個小隊は士官一人、斥候二人、弓一人、槍剣四人の八人編成である。

 王女近衛だけは七人体制だが、それ以外は軍も騎士団も八人だ。


 相手が男性騎士なので、コリンちゃんのみ魔法なしの物理縛りでの一戦。男性は使えるものなら使ってもいいぞ……とのことなので、全力で使う。

 誇り高い第一騎士団だ。婦女子相手だとしても常に全力を出すのが礼儀だと心得ている。

 と言うか、そこまでしないと勝負にならないのだ。たった一人の幼年学校五年生に、国内最高峰の戦力が翻弄される。


 突き出された槍をスウェーバックで躱す。二メートルにも及ぼうという突き出しを、身長百四十センチの少女がスウェーで避ける。物理的におかしくね?

 戦っている方はそう思いながら戦っている。

 観客席から観ていると、コリンちゃんが避けたところに槍が出てくるように見えるのだ。

 元々はカナの特技だったアレである。コリンちゃんに軽く理論を教えたところ、気持ちよくものにした上で更に昇華させている。

 しかも、これを八人分行う。どんな反射神経してるのかと思ったら、神経シナプスはとっくにマイクロマシンに置き換えられていたと言う、なに人の友達勝手に改造してくれてんのよっ!


 あ、誘い込まれた騎士が放ったイグナイトに、向かいの騎士が引っかかって硬直した……

 その後は、崩れた場所から一気に攻め込んだコリンちゃんの圧勝であった。


 続いて、王女近衛の魔法使い七名 vs アリスタちゃんの戦いである。

 相対距離三十メートルでスタート。

 二秒後には七人の王女近衛全員が倒れ込んでいた。


「おじいさま、これが今のこの国の近衛兵の実力ですの。アリスタちゃんもコリンちゃんも、これ、魔法威力は全力じゃありませんわ」

 観覧してる大人達は先ほどから何も喋らなくなっている。

「次のプログラムは、アリスタちゃんの人質救出作戦と、コリンちゃんの魔法の遠当てですね」


 と、練兵場の管理棟屋上にアリスタちゃんが現れた。

 屋上から肩にかけたロープを垂らすと、自分にロープで襷をかけ、滑り降りた。リペリング

 地面に降りると同時に二発のファイヤーボールでターゲットを撃ち抜き、次の部屋にフラッシュバンを叩き込む。

 姿勢を低くしながら次の部屋に飛び込み『あたるくん』二体を制圧、すぐさま次の廊下に。

 廊下に飛び出すと同時に飛来した矢を、リフレクトマジックで弾きながら矢の出所にウインドショットを撃ち込んで沈黙させ、フラッシュバンを廊下の角の先へと叩き込む。

 飛び出してくる『うごくあたるくん』をナイフで切り裂きながら、次の部屋に飛び込み、『あたるくん』だけ撃ち倒し『人質人形』を押し倒して伏せさせた。

 そこから、地を這う高さで扇状にプラズマビームを一閃、敵の全滅を感知したタイマーが止まる。

「只今の記録、二十七秒。誤射ゼロ、撃ち漏らしゼロでした。ウチ嬢に拍手を」

 最近はしおりんが悪ノリして監修したため、ほぼ二十一世紀の特殊部隊の訓練のようになっている。


 最後に、コリンちゃんの遠当てである。

 練兵場の端と端でやるのかと思ったら……遥か彼方の上空を、三機の飛行機が吹き流しを曳いて飛んでいるのが見えた。


「標的は、二マイル先の航空機が曳くターゲットです。速度は毎時三百マイル」

 高齢者に配慮した距離の単位で解説が入る。

 ある程度以上の歳の方は、未だにヤードポンド法の方がわかりやすいらしい。


 標的を見つめたコリンちゃんが右手を突き出し、ファイヤーボールを三発発射した。

 出現と同時に射出されたファイヤーボールが、そのまま吹き流し三つを一瞬で焼き尽くす。


「以上を持ちまして、ウチ伯爵令嬢アリスタ、ボルドリー伯爵令嬢コリンの演武を終了いたします。ご覧いただきありがとうございました」


 その日、城に戻った大人達はしばらく沈鬱な表情をしていた。

 どこから突っ込めばいいのかわからないが、さっきのあの娘達はあのままで良いのかどうかの判断すら下せない。


「一つずつ整理しましょうか……まず、前提としてあの娘達の先ほどの演武は、戦う方々にとってはどの程度のものなのかしら」

 王妃ノエミがとりあえず切り出す。

 この席には、第一騎士団の団長と魔道士団の団長も同席していた。この二人は国内では最高に近い戦力のはずだ。

 はずだった。


「じゃ、わたしから……あの距離の遠当ては、魔道士団でこなせる人間は一人もおらん。せめてあの半分で、相手が止まっていればなんとかなるが」

 まず、魔道士団長アンガスが答えを出した。他にも、フラッシュバンを的確に打ち込み、走りながら正確にあたるくんの頭を撃ち抜いていくアリスタの真似も無理だと。矢が飛んできてからリフレクトマジックを張るとか、ステータスオープン魔法使っていても無理だぞと。

 七人の魔法を使える敵を前に、発動ワードを唱えさせる間もなく全員を戦闘不能にするのも意味がわからんと。


「では、続いてわたくしも……」

 第一騎士団団長が答える。

「騎士団一個小隊を相手に一人で戦うのは、普通は無理です。彼らはコンビネーションにも膨大な時間を割いて訓練しています。彼女のような避け方ができるわけないのですが……当たりません。わたくしも何度も手合わせしておりますが、もう一年以上、勝てていないのです」

 そう、もともと、一対多人数の戦闘訓練なんてする計画はなかった。

 だが、一対一では彼女達が強すぎて訓練にならないのだ。

 彼女達はまだまだ十一歳の女の子である。当然筋力も弱く、足の速さだって全力疾走の大人には敵わない。

 しかし反応速度と判断力が桁違いに速い。振り下ろされた剣の、どの部分を押し返せば一番相手の力を利用していなせるか、どの位置なら触れずに回り込めるか、その状況で自分のどの部位が相手の注意を引いているのか。


 当初はそれでも彼女達も魔法有りで戦っていたのだ。しかし、攻撃魔法有りではお話にならなくなり、生活魔法だけにしても騎士団が勝てなくなり、とうとう子供達は魔法なし、大人は使いまくるという変則的な訓練が日常になった。


「つまりだ、今の王宮の全力であの二人と戦ったら?」

 国王が一番気になる部分を聞いてきた。

「お二人が魔法を使われるのでしたら、我らに勝ち目はありません」

 それに、律儀に答える第一騎士団団長。

「更に言えば、カナさまコトさましおりんさま相手でも同じですわ。我々に勝ち目はありません」

「あ、あと、最近はシャルロットさまにも勝てる気がしなくなってきております」

 待て待て待て待て待て!

 シャルロットはまだ八歳だぞ?二年生だぞ?


「もしかして、三人娘に預けるとみんなそんな風にされちゃうの?」

 パトリシアが不安そうな顔をして聞く。

 そうですね、世間的にはあなたの娘がその筆頭だと思われてますね。

「いえ、流石にみんなではないと思われますが……ルイージさまでしたらまだまだ第一騎士団の皆でも戦えますし、ケイさまでも三人がかりでなら倒せますから」

「二人とも男の子でしょうが!」


 この会議を、同じ室内でこっそり見守る三対の目があった。毎度お馴染み三人娘である。


 スタート地点は『新型防御魔法を作ろう』であった。

 従来のリフレクトマジックは、ある程度の威力の攻撃を受けると崩壊する。

 人間相手ならほぼ問題はないが、ドラゴンブレスの直撃などに対応できるかは自信がなかった。

 ならばもっと良いものを作ろう、きっとできるはずだ。そう考えるのが三人組という生き物だ。


 今まで、コトがずっと解けなかった謎がある。

 リフレクトマジックの鏡は、表から見ると反射率100%の完全鏡である。

 しかし、裏から見たら存在が知覚できない。つまり、100%反射してるはずの光が、100%透過してきているのだ。

 この『1-1=1』の謎が鍵になると考え、リフレクトマジックの呪文を『反射』『透過』『発散』『吸収』などに分解し、更に素粒子レベルでのエネルギー交換やら足りなくなるエネルギーの補充やらしていたら……

「なんか変なのできたわ」

 光学迷彩が出来上がった。

「原理は?」

「まだ不明」

 なんだか良くわからないけど出来てしまった魔法。コトの目が悔しそうだ。いつか解明しちゃるっ!の決意を感じる。


 とまぁ、そんな経緯でできた光学迷彩に身を包み、大人達の会議に潜り込んだ三人娘。酷い言われように激おこである。

『こんな可愛い幼年学校生捕まえて、まるで元凶のように言うとか酷くない?』

 いつもの念話でカナが愚痴る。

『でも、結果論から言ったらあながち間違いじゃないような?』

『いやいやいやいや、先読みと崩しは確かにわたしが教えたけどさ、体術はほとんど全部しおりん担当でしょ!』

『まぁまぁ、いくら可愛くても責任の押し付け合いはカコワルイよ』

『『魔法理論はほとんどあんたでしょうがっ!』』


 うむ、責任の押し付け合いは醜い。三人合わせて三人娘なのだから。


『えーい、もう出るっ』

 カナが魔法を解除して姿を現した。

 ため息をつきながらコトとしおりんも解除する。

「お母さま、わたくしは決して元凶などではございませんわぁっ!」

「うわっ、お前らどこから出てきよったっ!」

 国王が叫び、室内は騒然となる。そりゃそうだ。国王の居室に突然現れるとか、たとえ三人であってもアウトの所業である。

「あ……」

「あ……じゃありませんっ! とりあえず三人とも五日間おやつ抜きです。あと正座一時間っ!」

 正座一時間は、ケイの家の体罰文化である。さすが極東出身。いつか日本探索してやるぜ……

 そんなことを思いつつ、長い足を折りたたんで正座する。


「だいたい、なんだ今の……魔法か? 魔力の揺らぎもほとんど感じなかったぞ?」

 アンガスさんが不思議がっている。

「最近開発した光学迷彩魔法です。まだ、防御力は持たせていませんが」

 コトが律儀に解説を始めた。

「まず、リフレクトマジックとは…… 略 ……この時の次元断層からのフォトンの流れを反転させるために、先ほどの水素原子へと中性子を衝突させ、発生したプロトン崩壊から追加のフォトンを取り出して…… 略 ……残った余剰エネルギーは、再び次元断層の外側に置いてくれば見えなくなると言うことですの」

 カナ以外誰もついていけない。当たり前だが。

 だいたい、正座してもう一時間半が経っている。コト、どんだけ喋るん?

 ちなみに、この光学迷彩は湿度が低すぎたり、真空中だったりすると使えないらしい。今の所水素に依存した魔法だそうだ。


 って違った。そもそもの部分を忘れていた。今日、アリスタちゃんとコリンちゃんの演武を見てもらった最大の理由。


「おじいさま、おばあさま。今日見ていただいた通り、わたしたちにとって護衛の方々が重荷になっているのです。正直なところ、護衛の方を庇いつつ戦うのは、制限が大きすぎて危険が伴うのです」


 この娘たちは何を言っているのか。いや、まず護衛ってなんだ? 護衛と言うのは護衛対象に守ってもらうものなのか? それは護衛と護衛対象が逆転してないか?


「なので、護衛をつけるなら、せめてわたくし達並みには動ける方をつけていただくか、または護衛無しでやらせていただくか……」


 護衛無しで? 王室預かりを? いや、あり得んだろう。


「もしくはアリスタちゃん、コリンちゃんを護衛として指名していただくとか」


 ああ、それなら有りなのか? いや待て、二人とも伯爵令嬢だぞ。有力貴族家からお預かりしてる婦女子だぞ。そんな危ないことやらせられるか?

 しかし、あの二人の実力を考えると……護衛対象はドラゴンスレイヤーの三人ともなれば、そうそう危険も無いのか?

 いや待て、また護衛と護衛対象が入れ替わってないか?

 ああもう、何が何やら……


 こうして、なし崩し的に『三人の護衛はアリスタちゃんとコリンちゃん。全体の周りを遠巻きに王女近衛が手伝う』ことを認めさせた。


「これで、これでやっとダンジョンに潜れる……長かったわ」

 カナがほっとした顔で胸を撫で下ろした。

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