第65話  地方空港を作ろう

 セレナ経由で国王から飛行場の増設を確約してもらえた。

 そのためには、空港を作ることができる技術者を育てなければならない。

 と言っても、今のところはまだ『平で広くて、あまり風向きが暴れない場所』『アプローチがトリッキーでは無い場所』『地盤がしっかりしていて、水捌けの良い場所』程度の要件を満たせば、飛んでいける。そんなこんなで数十人の飛行場開拓責任者を育て、各地へ送り出してから半年ほどが過ぎた。


 飛行場を作る予定地は現在四ヶ所。

 北の辺境にあるロンバルディ辺境伯領に一つ。ここは帝国との最前線になるであろう地域だ。

 国の中央付近にある都市、ラツィオに一つ。ここは王都を凌ぐ人口を誇る一大商圏でもある。

 半島南端にある王都から、更に南へ100kmほどの場所にあるパレルモ島に一つ。この島は南大陸との交易にとって重要な地域であり、王国の最南端でもある。

 そして、ミスリルラッシュダンジョンの近くにあるアベリノ市に一つ。ほぼ三人娘のわがままである。

 一番最初に離着陸が可能になったのはアベリノ市の飛行場だった。

 アベリノ市は、カンパーニャ伯爵領の領都カンパーニャから西に広がる平原の端、かなり海に近い都市である。

 飛行場からダンジョンまでは馬車で一日かからない程度となっているので、将来的に自動車を走らせられれば数十分での移動も可能であろう。


「じゃ、まずはこいつで行ってくるわ」

 ターボプロップ機を用意したケイが言った。

 速度が遅い分離着陸性能に余裕があり、あちらで降りられなくても戻ってこられる航続性能ということで選ばれた。

 同乗はB.J. 彼なら副操縦士コパイロットとして不足はないだろう。


「じゃ、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。気をつけてね〜」

 リンダに送り出され、マーシャルの指示に従って離陸滑走準備に入る。

 あちらには整備士もマーシャルもいないので、建設担当者と会談したのち、自分で点検整備して帰ってこなければならない。


 しかしまぁ、慣れた道のりではあるのだ。三人娘に請われて何度この区間を飛んだことやら……なんなら目を瞑ってコンソール魔法だけの計器飛行でも辿り着ける自信がある。


 離陸と共に高度を上げ、進路を真北に取る。半島南部は軽くカーブしているので、しばらく進むと一度海の上に出てくる。前方は少し雲が多いか? コンソール魔法無しなら、ちょっと怖いかもしれない。雲の向こうの障害物まで表示可能とか、何そのインチキ……でも、安全性のためなら文句はありませんけどね。


 なんてツラツラと思っているうちにダンジョン上空を通過、ここから見て北側の平原の西の端……あれかな?

 一度高度を落としていく。前席のB.J.がキョロキョロしながら飛行場を探している。

「お、あった。十時の方向、距離二浬」

 視界の広い前席のB.J.が先に飛行場を見つけてくれた。

 高度を下げていき、一度飛行場のすぐ隣をフライパスしながら、滑走路の状態を見ていく。

「概ね大丈夫ですかな?」

「ですね。見たところ問題なく降りられそうです」

 滑走路脇の小屋の周りには人が集まっていて、盛んに手を振ってくれている。こちらからも手を振りかえし、機体をトラフィックパターンに乗せていく。

 風向きヨシ、進入角ヨシ。そっと機体を滑走路に近づけ、三点着陸。プロペラを回しながら小屋に近づいていく。よく見たら、小屋の屋根に登れる様になっており、これがコントロールタワーなのかもしれない。


 バルっバルっとエンジン最後の爆発音の後、周囲から人が集まってきた。先頭にいるのは、ついこの間まで飛行場整備の座学を教えていた生徒である。今はここの臨時場長も兼任してもらっている。

「ケイさま、ジャクソン先生、ようこそいらっしゃいました」

 B.J.は今は飛行訓練校の校長先生だ。

「素敵な飛行場をありがとうございます。路面もすごく滑らかで、とても使いやすそうです」

 そう、まだジェルタイヤのままなので、ちょっとした段差でもゴツゴツ振動が伝わってくるのである。はやくこいこいゴム材料。


「じゃ、ちょっと端から端まで確認させてもらいますね」

 近日中にロールアウトする予定の輸送機がここに離着陸できるかどうか、細かい部分まで見なければならない。

 輸送機は重量五トン近くなるのだ。滑走距離も気温や湿度次第では1,200mを超えてしまうかもしれない。

 滑走路の端から、B.J.と並んで歩き始める。

 一歩一歩地面を注視しながら、小石や小枝、小さな段差などをチェックしていく。

「思った以上に綺麗にしてもらえてますね。これなら明日にでもターボファン降ろせそうです」

「ふむ、明日は二機で来ようかね。これなら編隊離着陸もできるであろう」

 B.J.の腕もメキメキ上がり、編隊飛行を安全にこなせる様になってきていた。

「流石に、編隊でアクロはまだまだ難しいがな」

 宙返りループ一つとっても、地上から見て綺麗な円にするのは大変なのだ。普通にスティックを引いているだけでは、縦に長い風船の様な形になってしまう。


「とても綺麗な飛行場を作っていただきありがとうございます。また明日、今度はもっと大きな飛行機二機で来ますのでよろしくお願いします」

 こうして、アベリノ飛行場が稼働を始めた。


 続いてカッシーニ王国最大の都市、ラツィオの近くに飛行場が完成。この時は距離があるため、B.J.が先に馬車で確認した上でターボファン機で飛んだ。

「流石にこの機体だと早いな。二時間もかからず着いちゃうんだもんなぁ」

 降りた飛行機を愛おしそうにポンポンする。妹の頭ポンポンする時より優しい手つきだったりするのが、この少年である。


 更に南の島のパレルモ島飛行場、ロンバルディ辺境伯領のロンバルディ飛行場と、当初予定していた飛行場が全て揃った。


 飛行訓練中の生徒たちが、目的の飛行場まで迷わず飛べる様にするための航法訓練を開始する。

 と言っても、衛星測位システムなんてあるわけがない。電波航法だって無理だ。

 きちんと測量したわけでもない地図を片手に、地文航法と推測航法で飛ぶ訓練を繰り返す。

「けど、これは危ないよなぁ……」

 そんなことを言っていたら、救世主が現れた。


「お兄ちゃん、これ、はい。訓練生と卒業生の分、全員分」

 ついに解禁になった一般へのステータスオープン魔法。その男性向けバージョンをコトが運んできてくれた。

 そう、こいつがあればコンソールが使える。マッピングだって可能なのだ。安全性の桁が変わる! やったっ! コト愛してるヤッホイ!


 あ、コトが尊死した。魂抜けてますよ? リンダさんとポーリーさんが必死に蘇生してますが……肝心のお兄ちゃんは踊ってますね。愛する妹の状態が見えてないらしいです。酷い兄です。


 でも、これで安全性は爆上がりである。初めてコンソール魔法使った時に風情が無いとか言ったのを、ヒラにヒラに謝ります。


 これ以降、航空機操縦ライセンスを取るには、ステータスオープン魔法が必須技能とされる様になる。


 そして、ついに航空機が実用に使われる様になった。


 今まで、同じ場所で飛んで降りて、同じ場所をぐるぐる回るだけであった飛行機だが、都市間を飛ぶことができるようになりそれに従って都市間での郵便輸送事業が行われ始めた。


 朝一番で王都飛行場を出た飛行機は、ラツィオ中央飛行場を経由してロンバルディ飛行場へと赴くのに五時間。

 昼前には到着できるのだ。

 帰りも頑張れば、返事をもらって当日中に帰ることも可能である。


 今まで二ヶ月掛けていた『ただ問い合わせをかけて返事をもらう』だけの行程が、一日で完遂可能になった。これはもう、国の運営の根幹に関わる大きな変化につながった。


 また、辺境伯側からもすぐに連絡が取れるように、ロンバルディにも常駐連絡機を置くことになり、国境近辺を見て回る偵察機も複数体制で飛ばすことになった。

 最初のうちは北の山脈の空を飛ぶ魔物に追われたこともあったが、高度を15,000ft以上に取れば、そこまで上がってこないことも判明した。

 魔石への魔力充填は、女性に頼んでもよし、空輸して王宮で充填してもよし、バックアップ体制がとれるようになってきた。

 ちなみに、王宮での充填は、ドラゴンの魔臓頼みである。


「この充填作業、各飛行場でやってもらえると嬉しいよねぇ」

「となると、やっぱ魔臓がもっと欲しいです。そのためにはダンジョン行くか辺境に行くか、どちらでも可能にはなりましたが」

 やはり三人娘が現場に行かないと話が進まない。

「よし、輸送機を急ぎましょう」

 輸送機開発に、更に気合が入る。


         ♦︎


 輸送機には、結局もう一回り大きなエンジンを作ることで対応することになった。

 やはりエンジン四発より二発の方が効率が良いのだ。ただ、製造は格段に難しくなり、量産型の完成が遅れている。試作レベルの手間ひまかければ良い性能なのだが、量産化しようとすると、部品部品の相性問題などでなかなかうまく行かない。エンジン工場には苦労をかけるが、今しばらく、手間暇かけた一点ものに近いエンジンで製造を進めることになった。

 おかげで、このエンジン一機で、今ケイたちが乗っているジェット機が丸ごと三機買える金額になっている。


「でも、できた! 操縦士、副操縦士、その他人員八名の、十人乗り飛行機ができた!」

 人の代わりに荷物を二トンまで運ぶことが可能なのだが……

「今の所、運びたい人員がどいつもこいつもアイテムボックス持ちなのよね……」

 そう、騎士団メンバーあたりなら、二トンぐらいの資材は普段から持ち歩いているのだ。

 輸送機のありがたみが薄い。というか魔法が便利すぎる。

 何が便利って、ダウンサイジングを進めた新型オートバイは、普通にアイテムボックスに入れて持ち運べるのである。

 道が良ければオートバイで、がれ場や河川、泥濘地、崖や密林は徒歩でと、自由に変更しながら進むことができる。なんと駐輪場要らず! 駐輪場で困っている東京の人に教えてあげたい!


「でも、これでアベリノ飛行場からダンジョンまでの行程も短縮できるから、助かるわ」

 そう、この区間を馬車で行くと、ダンジョンに着いたらまず一泊……と考えていた。

 しかし、この区間を一時間で踏破できるようになれば、朝八時に王都を出ても、十時前にはダンジョンに到着できる! 機械文明最強!


 いよいよ、王国に大航空時代がやってきた。素晴らしきヒコーキ野郎達も次々と生まれている。

 B.J.の学校も、卒業生が三桁を数え、飛べる飛行機の数も間も無く五十機にもなろうとしている。


「飛行場も増えたし、いろんな場所に飛んでいけるのは嬉しいね」

 ケイは今日、リンダと空中デート中である。

 リンダも飛行機の操縦を習いたいと言ったのがきっかけで、時々一緒に飛んでいるのだ。

 もっとも、リンダはそれほど勘がいいわけでも無いので、成長は少しゆっくり目である。適性皆無というわけでも無いので、まぁゆっくり育てている最中である。


 ポーリーも操縦には挑戦したのだが、ケイの身長が伸びるにつれて大人用操縦装置が使えるようになり、身長の伸びないポーリーは取り残されてしまった。

 一通り飛ばすことだけはできたのだが、ライセンス貰えるとこまでは無理だった。

 しかし、飛行機を飛ばすことのできるマーシャラーはそれはそれで貴重なので、航空学校で地上要員の教育を頑張っている。


 リンダの操縦で南の島へ行く。距離にしておよそ100km。半島と島との海峡部はわずか10kmほどなので、海の上を飛ぶ距離はそんなに長く無い。

「えーと、五分飛んだから、向きを三十度東に向けて、三分で見えてくる……はず……」

 訓練中なのでマッピング機能は切ってもらっている。地文航法と推測航法でうまく辿り着けるか。

「海は青いねぇ。ケイくん、前に言ってた、海に降りられる飛行機は作らないの?」

「作りたいね」

 空飛ぶ豚が赤い飛行機で大活躍するアニメを見て育った景が、飛行艇に憧れないわけがない。

「船にするとエンジンの置き場がなぁ……かと言って下駄履きは空気抵抗が……」

 むむむむむ……と悩んでいたら飛行場が見えてきた。

 まだ、リンダは気づいていない。通り過ぎたら指摘するつもりだが、果たして……


「あ、飛行場! 着いたよ、ケイくん!」

 間も無く真横を通ろうというタイミングでやっと気がついた。

「ちょーっと気がつくの遅いね。見張りは集中してね。見落としたら、本当に落ちるからね」

「はい、先生!」

「返事は素晴らしい!」


 今日はこのあと、南の島で海産物でも買ってから帰ろうか。それとももう少し足を伸ばして海上散歩しようかな。


 ケイは、また一つ夢が叶っていくことを実感していた。

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